ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.3「リクという少年」

【マハルの地 人の大地(ハイランド) 21番エリア】

 

 

「──よし、ここまで来ればもう大丈夫だろ」

 

 

 案内されるがままに走り抜けた先、辿り着いたのはこじんまりとした木立だった。

 ここに来るまでの道はロクに舗装されておらず、走る度に砂利と土が足元を汚していた。

 

 そうして到着した木立の中で、少年は周囲をキョロキョロと見回した後、1本の木に近付く。

 そこから垂れ下がったツタを引っ張るや否や、樹冠からツタでできた縄はしごが落ちてきた。

 

 はしごに足をかけて数回ほど軽く踏み、強度を確認。

 返ってきた感触に満足したらしい少年は、そのままソラたちに手を差し伸べる。

 

 

「何してんだ? ほら、上がれよ。おいらだけの“ひみつきち”だ、誰にもバレねーぜ?」

「あ……うん、そうね。色々と聞きたい事もあるし」

 

 

 この摩訶不思議な世界に来てから、サッパリ分からない事だらけ。

 それでも、“がむしゃら”に走っている内に幾分か頭も冷え、冷静に考える事ができるだけの余裕はできた。

 

 何がなんだかとパニックになるよりは、落ち着いた場所で一息ついて、それからゆっくりと問い質せばいい事くらい、今の彼女には理解できる。

 だからこそ少年の誘いに頷き、スルスルと縄はしごを登っていく彼に続いて、その自然物100%な天然のはしごに手と足をかけた。

 

 

(……あ、結構丈夫。無駄に揺れる事も無いし、これなら私でも登れそうね)じいちゃん、わたしの背中に乗って。そっちの方が楽でしょ?」

「では、お言葉に甘えニャして。いやはや、ここまでの道中、老骨(ロートル)にはキツいものがありましたニャス」

「ケテ?」

 

 

 よいせと跳躍したニャースが、ソラの背中に捕まり、彼女の肩に手を置く。

 それを確認し、恐る恐る縄はしごを登っていくと、下からスマホロトムが“ふゆう”しながらに追ってきた。

 

 そうして登りきった先にあったのは、樹冠の中にできた大きな()()であるらしい。

 幹が床や壁代わり、枝葉が天井代わりとなったスペースは、思っていたよりは過ごしやすく、また広々としていた。

 

 

「どうた? ここがおいらの“ひみつきち”さ。長年かけてコツコツ作ってきたんだよ。人を招いたのはあんたらが初めてだけど……ま、人助けだから特別にな」

「……やっぱりアレは、わたしたちを助けようとしてくれてたのね」

「そりゃそーだろ! “死出(しで)の森”の入口に突っ立って、出てきたガチゴラス相手にボーっとしてんだぜ!? 一瞬、自殺願望かと思っちまったよ」

 

 

 死出の森、というのはなんとも物騒な名前だが、話から察するに、あのガチゴラスが現れた森の事を言うのだろう。

 あと1歩遅ければ、ぼうくんポケモンの胃袋に収まっていたであろう自分たちを逃がす為、ああして割り込んでくれた……という訳だ。

 

 

「ガチゴラスの事なら、心配しなくてもいーぜ。大方、入り口の方に人の気配があったから、警戒して出てきたんだろ。縄張り意識の強いポケモンってのは、凶暴に見えて実際は“おくびょう”だからな。だから、ほっとけば自分の縄張りに帰ってくだろーさ」

「……そ。それならいいけど」

 

 

 この世界に対する疑問はまだ数多くあるが、それでも助けられた事実は分かる。

 見るからに屈託の無い少年を前に、ソラはくしゃりと、不器用な笑みを作った。

 

「……さっきは助けてくれて、本当にありがとう。わたしはソラ。こっちは、わたしのお世話をしてくれてるニャースのじいちゃん」

「どうもニャス。先ほどは、ひいさまを危機から救って頂き感謝するのニャス」

「ケテーッ!」

「あ、ごめん。あなたもいたわね。この子はロトム。いつもはこうして、スマホの中に入ってるの」

 

 それぞれの自己紹介を受けた少年は、顎に手を当て首を傾げ、「ほー?」と声を零した。

 

 

「『すまほ』? 『すまほ』ってなんだ? その浮いてるキカイか? スゲーな、それ」

「へ?」

「それに、そっちのニャース……なんか、おいらの知ってるニャースと見た目が違うんだよな。どうなってんだ?」

 

 どうなってるんだと言われても、色々と質問をしたいのはこちらの側である。

 そういうニュアンスのツッコミをしようとした矢先、ハッと我に返った少年が手を叩いた。

 

 

 

「っと、いけねぇ。名乗られたんなら、こっちも名乗り返すのが礼儀ってヤツだな。おいらはリク。こっからちょっと行ったとこにある、ウツシタウンって町に住んでんだ」

 

 

 

 そう言って、少年──リクはニカッと笑う。

 日に焼けて浅黒い肌に、黒いバズカット。顔いっぱいに浮かぶのは、如何にも裏表のなさそうな表情だ。

 

 

「リク、ね。よろしく。それで、さっきのニャースは? じいちゃんと見た目が違うって言ってたけど……あなたの手持ち?」

「ん? おお、そうだぜ。あいつはおいらの相棒で……っと、言った傍から帰ってきたな」

 

 

 背中の向こうへ投げかけられた目線を追い、振り返る。

 果たしてそこには、ツタのはしごを登って入ってきた2匹目のニャースが立っていた。

 

「はにゃお!」

「おー、よしよし。無事みたいだな、相棒。格上相手によくやった、偉いぜ~」

 

 てこてこと客人たちの間をすり抜け、主人の下へ駆け寄るばけねこポケモン。

 駆け寄ってきた彼(或いは彼女)は、膝を曲げ視線を合わせる事で迎え入れられた。

 

 青色の体毛に、錆ついた色合いの小判。

 手足の指には水かきが形成されていて、ヒゲもどことなくエラのように見える。

 

 成る程、確かにソラのよく知るニャースとはまったくの別物だ。

 にも拘らず、リクはそのニャースを、長年連れ添った幼馴染と言わんばかりに撫で回し、その活躍っぷりを褒めちぎっている。

 

 

「ね、そのニャース……もしかして、“リージョンフォーム”?」

「よーしよし……って、おん? リージ()ン……なんだって?」

「リージョンフォーム。ポケモンの中には地方によって、同じ種類でも見た目やタイプ、能力、進化先がまったく異なるポケモンがいるの。その地方特有の環境でそうなってるって話なんだけど……」

 

 

 リクのニャースを見る。

 先ほどガチゴラスに対して使用されたわざ、そしてこの見た目。

 

 そこから考えられるのは、つまり。

 

「多分、その子ってみずタイプよね? もし、ここが本当に“マハルの地”だって言うんなら……さしずめ、“マハルのすがた”のニャースってとこかしら」

「だから、何言ってんだ? ニャースがみずタイプなのは常識だろ?」

 

 訝しむような視線が向けられる。

 その「疑惑」を込めた眼差しを前に、ソラは本当の意味で冷静さを取り戻した。

 

 

 

(そうだ……そうよ! 色々あり過ぎてすっぽ抜けてたけど、なんでわたし、知らない人と喋ってるの!? これまでも皆、わたしや父さんの言う事ぜんぶを疑って、否定して、ウソつき呼ばわりしてきたじゃない! なんでそんな当たり前な事を忘れてたのよっ!?)

 

 

 

 思い出すのは、かつて通っていたスクールでの一幕。

 父の残した資料や、書斎の本、自習で得た色んな知識を、クラスメイトたちに否定され、嘲笑われたあの瞬間。

 

 彼らはソラに恨みがある訳でも、父であるクレオメ博士に恨みがある訳でもない。

 ただ、皆が博士の事を「ウソつき博士」と言っていたから、その娘である彼女の語る言葉も、すべてがウソなのだと、そう決まっているのだと、指を指して笑っていたのだ。

 

 それ以降、彼女は人に対して何も語らなくなった。

 そのトラウマさえ“ふきとばし”てしまうのだから、極限環境がどれほど思考に負担をかけていたのかがよく分かる。

 

 今一度、目の前の少年を見た。

 この屈託の無い、裏表も無さそうな彼だって、本当は何を考えているか分からない。

 

 少なくとも、それがソラの世界だった。

 

 

「あ……の、わたし、わたしは……」

 

 

 自覚した途端に声が震え、何も言えなくなる。

 彼女のトラウマを知っているからこそ、ニャースは主を庇うように、するりと前に立とうとして……。

 

「その『すまほ』とかいうよく分かんねーキカイといい、変なニャースといい、もしかしてあんた……」

 

 それよりも先に、リクがソラに詰め寄った。

 彼は少女の両肩をガッシリ掴み、真正面から目と目を合わせにかかる。

 

 恐怖と混乱で、喉が独りでにキュッと絞まる。

 何がなんでも主を守らねばと、ツメを剥いたニャースが戦闘態勢を──

 

 

 

「──もしかして、ポケモン博士なんじゃないかっ!?」

 

 

 

 ……取る直前に、呆気に取られてしまった。

 

「「──へ?」」

「ケテロト……?」

 

 キラキラしている。

 文字通りの「目と鼻の先」からこちらへ飛び込んでくる彼の眼差しは、好奇心と高揚でキラッキラしていた。

 

 

「それアレだろ!? 最近、都会の方で作られてるっていうすっげぇキカイなんだろ!? 隣の家のにーちゃんが言ってたぜ、都会ってのはなんでもかんでもキカイで作られてて、皆キカイ使って頭いーコトしてるってよ!」

「え、ええと、その……」

「それに、毛が白くて喋るニャースなんて初めて見たぜ! あっ、そうじゃんよく考えたらニャースが喋ってる!? スッゲェー! これがポケモン博士の実力ってヤツか! 珍しいポケモンとかバンバン捕まえてんだろ!? ヤッベーよなぁ!」

 

 

 矢継ぎ早に繰り出される言葉の“みだれづき”を前に、もう目を回すしか無かった。

 助けを乞うようにニャースを見てみれば、彼もまた、思っていた展開と違ったらしく、逡巡しながらに困った風な表情を返してくる。スマホロトムは浮いているだけだ。

 

 どうやらこの少年は、本当にこちらをリスペクトしてきているらしい。

 それをそう簡単に信じられるかどうかはまた別の話だが、それでも彼の言葉に悪意が無いのは、流石のソラをしても明白で──

 

 

「しかも、よくよく見ればその服もユニークでイカすじゃん! ポケモンがモチーフみたいだけど、これもこれで見た事無ぇ! 耳が長くて、白っぽくて……イーブイの色違いか?」

「い、いや……これ、ヒバニー……だけど」

「ヒバニー!? 聞いた事無ぇポケモンだ! やっぱ博士ってのはなんでも知ってるんだなぁー! 同じ博士でも、()()()()()()とは大違いだ! あんたのツメの垢を煎じて飲ませてやりたいぜ」

 

 

 “だくりゅう”の如く放たれる怒涛の言葉の中に、聞き逃がせないワードがある事を、ソラはしっかり知覚した。

 肩を掴み揺さぶってくる両腕を、今度はこちらから掴み返して「待って!」と振り払う。

 

「あなたのお姉さんも、ポケモン博士なの?」

「ああ。同じウツシタウンに研究所立てて、そこに住んでるぜ。普段はすっげぇだらしないけど、マハルのポケモンの事で、知らない事は滅多に……」

「そこ!」

 

 重ねるようにして、言葉を挟み込む。

 

 

「さっきからずっとそうだったけど……ここは、本当に“マハルの地”、なのね?」

「だから、そう言ってんだろ。リージョンフォーム?だかの話をしてた時だって、あんたも自分で“マハルのすがた”がどうこうって言ってたじゃんか。変なヤツ。アネキもそうだけど、ポケモン博士って実は“かわりもの”ばっかだったりするのか?」

「……」

 

 

 数歩下がり、胸に手を当て、呼吸を繰り返す。

 

 

 マハル。

 マハル。

 マハル。

 

 

 父、クレオメ博士が提唱し、誰からも信じてもらえず、その証拠を求めて世界中を飛び回り、やがて行方知れずとなった、すべての切っ掛け。

 

 地底深くに存在するという、ポケモンたちの楽園にして秘境、“マハルの地”。

 それが、その場所が──今いるここであるならば。

 

 

「ねぇ、リク」

「んー? なんだ?」

「わたしを、あなたの町に連れてって」

 

 

 足元と背後でそれぞれ驚くニャースとスマホロトムは、一旦意識の外へ追いやって。

 数度の呼吸の後、次の言葉を紡ぐ為に、喉と舌を回し出す。

 

 人間不信とか、疑われる事への恐怖とか、そういうものが消え去った訳ではない。

 けれども、ここが父の追い求めていた世界だと、その一端だと言うのなら。

 

 知らなければならない。不信や疑い、恐れが内にあるのであれば、尚更、自分の目で確かめなければならない。

 その為には、色んな感情を一時的にでも横に置いて、冷静に物事を考えなければならない。

 

 この世界の事を知る為に。

 自分たちが何故ここにいるのかを知る為に。

 

 そして、何よりも。

 

 

 

「あなたのお姉さん……ポケモン博士に、会わせてほしいの」

 

 

 

 元いた世界に帰る方法を、知る為に。




マハル図鑑 No.026
【ニャース(マハルのすがた)】
ぶんるい:ばけねこポケモン
 タイプ:みず
とくせい:はやおき/テクニシャン(きんちょうかん)
ビヨンド版
 水辺で 生活する 過程で 水中での 狩りにも 適応した。基本的に 魚しか 食べない。
ダイブ版
 この土地が できた 当初から 住んでいた 神様の 使いだと 伝承には 残されている。



この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。
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