ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.48「朝の陽射しの中で」

「……よかったのか?」

「んー、なにが?」

「テレネットだよ。あのちっちゃいやつ、仲間にしてもよかったと思うんだけど」

 

 

 “ギムレの洞穴”を離れ、歩き始めて少し経ち。

 随分と明るくなった道の中で、リクが不意に問いを発した。

 

 頭の後ろで腕を組みつつ空を見上げれば、もうすっかりルナトーンの姿は見えなくなっていた。

 中空をふわふわと舞い踊るソルロックたちが、その身に取り込んだ光を放出し、それが地表や遠くの“壁”に反射する事で、“あさのひざし”を生み出しているのだ。

 

 朝の眩しさの中でそう問われ、ソラは自分の唇に指を添えて「うーん」と声を漏らす。

 

 

「確かにあの子は良い子だったし、心強い仲間になってくれるかもしれないだろうけど……でも、()()旅に誘うつもりは無いかな」

「そりゃあ、なんでだ?」

「今回の件で分かったけど、やっぱり、1度にたくさんのポケモンを育てるのは難しいわ。今のわたしじゃあ、びぃタロにはるりん、ちゆりんの3匹で精一杯。ここから旅を続けて、トレーナーとしての腕が上がれば別でしょうけど……」

 

 

 手を握っては開いてを繰り返し、見え隠れする手のひらをじっと見る。

 

 今回は相手が格上だったとか、色々と特殊な状況(シチュエーション)だったとか、そういうのは言い訳にはならない。

 リクたちが助けに来なければ、びぃタロが新しいわざを会得しなければ、幼いテレネットが割り入らなければ。

 

 

(わたしは、負けてた……ううん、もっと酷い目に合ってたかもしれない)

 

 

 知識はある。

 

 ポケモンに関する事。トレーナーとして必要な事。バトルや育成のハウツー。

 父の残した資料や、学校の教材で学んだ事、ネットの海で見聞きした情報など、人と関わらないが故に持て余した好奇心の結果が、今のソラを形作っている。

 

 だが、彼女自身の腕と経験が、その知識に追いついていない。

 それは、1番エリアで野生ポケモンを捕まえ損ねた時点で、嫌というほど分かっていた筈なのだ。

 

 

「だから、今のわたしがあの子を捕まえても……たぶん、お互いにとっていい結果にはならないと思うんだ。せめて、1つでもいいからジムをクリアできるくらいには、わたしが自分の腕に自信を持てないといけない」

「ひいさまがそうご判断なされたのであれば、ニャーに差し込める口はありませんニャア。お互いの事を考えての事ニャのですから、無責任であるよりずっといい事ニャス」

「ま、そーだな。長い旅になるんだから、焦ったって良い事は──」

「それに、さ」

 

 

 思い立ったように立ち止まり、体ごと振り返る。

 

 “ギムレの洞穴”がある崖は、目を細めないとよく見えない程度には、すっかり遠くになってしまっている。

 最初は草むらもチラホラ見えた道も、谷に向かって降りるにつれ、石や砂利が多くなり、山道のようになっていた。

 

 そんな丘陵と谷の狭間に立ってなお、先ほどまでの鮮烈な体験と、その中で出会ったポケモンの姿が、少女の目には色褪せず残っている。

 

 

「同じ群れの仲間たちを……ボスさんを助けてほしい、って頼まれたのよ? なのに、折角元通りになった群れの皆と引き離すのは違うでしょ。あの子は、ようやく平穏に過ごす事ができるようになったんだから」

「……そっか。確かに、その通りだな」

 

 

 会得がいったように、そしてそれ以上は何も語る事なく、リクはただ笑みだけを返した。

 ニャースも同様に、2人の足元で満足げに頷いている。

 

「やっぱりあんた、優しくて凄い奴だな。ポケモンの事をちゃんと考えてる」

「……なに、急に。そんな褒める事あった?」

「いーや、あったぜ間違いない! 前から言ってるだろ? あんたはおいらが見出した、とびっきりのポケモン博士だってよ!」

「また言ってる。ほんと変な人ね、あなた」

 

 溜め息をつき、そんな言葉で誤魔化すソラ。

 普段から人との関わりが薄く、褒められ慣れていない事もあって、言い様の知れない気持ちで口がモニョモニョしてしまう。

 

 

(……本当、不思議な人。いえ、彼だけじゃない。この世界(マハル)で会う人会う人、みんな不思議な人たちばっかり)

 

 

 リク、ルスティカ博士、宿屋の魔女。

 地上でのソラたち一家の風評を知らないのもあるだろうが、それでも彼らは善性かつ好意的で、真っ直ぐに接してくれていた。

 

 “船出仕合”で戦った少年もそうだ。

 彼はぶっきらぼうで当たりの強い、ともすればソラが地上で接してきた人間たちに近しいとも思えるような人物だったが、ソラはどうしてか、彼の態度に悪意や害意を見出す事は無かった。

 

 

(もしも、この世界に迷い込む事が無かったら……わたしは、リクの言うみたいな褒め言葉を、きちんと受け取る事ができてたのかな)

 

 

 その答えは、すぐに出せた。否だ。

 何を言っても信じてもらえず、ただ嘲笑と侮蔑ばかりが返ってくる世界で、自分を守るべく殻に閉じ籠もっていたような少女が、どうして他人の言葉を信じられただろうか。

 

 ……そんな少女の世界は、たったの1週間かそこらで砕かれた。

 完全に打ち砕かれた訳ではない。それでも、少女の閉ざされた心の殻は、徐々に解きほぐされ、壊されつつあった。

 

 今回の一件こそ、まさしくその証左だ。

 リクは自分の事を「友達」と呼び、そして自分を助ける為に危険を厭わなかった。

 

 世界に怯え続けてきたこれまでの少女であれば、その事実を受け入れる事はできなかっただろう。

 でも、今ならば?

 

 

「ね、リク」

「おん? どした、ソラ」

 

 

 すぅ、と小さく息を吸う。

 

 テレネットたちに回復してもらったとはいえ、今のソラは傍目から見てもボロボロだ。

 ラベンダー色のボブヘアはボサボサで、土やら埃やらでぼんやりくすんでいる。

 

 お気に入りのヒバニーパーカーも、汚れやほつれがよく目立ち、破けている箇所さえあった。

 着替えは鞄の中に入っているものの、これは後でニャースに頼んで、修繕してもらわなければならないだろう。

 

 夜通し走り回った疲れから、顔色もそんなに良くはない。

 “あさのひざし”に照らされた自分の顔は、齢14のうら若い乙女のそれとはかけ離れているだろうと、鏡を見ずとも理解できる。

 

 しかし、それでも。

 ソラは今の自分が、目一杯の明るい笑顔を作れていると、心の底から確信できた。

 

 

 

「ありがとう、わたしを助けに来てくれて」

 

 

 

 この世界に来てから、色々と七転八倒し通しだったけれど。

 きっとこれが、彼女にとって、本当の意味での“さいしょのいっぽ”なのだろう。

 

 

「おう!」

 

 

 そんな少女の心境を読み取れずとも、彼女がポジティブな気持ちを顕わとしている事は分かる。

 故にリクはただ一言、声を返す形で彼女の言葉を受け取った。

 

 

「……さ、早く街まで行こっ! わたし、もうクタクタだよ」

「ふふ、そうで御座いニャスね。急ぎ宿を取り、疲れを取りニャしょう」

 

 

 この場の雰囲気が小っ恥ずかしくなったのか、照れを隠すように無理やり話題を切り替えるソラ。

 彼女はニャースの返答に頷くだけ頷くと、小走りに駆け出し、2人を通り過ぎて山道を下っていく。

 

 足元は傾斜が徐々に大きくなり、山道というよりも崖道の様相が色濃くなっていた。

 

「それに、ジムにも挑まなきゃだもん。休める時間は多めに取らないと!」

「だな。あいつ(テレネット)を胸張って迎えられるようになる為にも、早いとこクリアしないとだ」

「……! そうね、まさにそう! ジムを突破して、いつかあの子とも──」

 

 そうして少女は、リクからかけられた言葉に反応しようと、駆け出した勢いのまま振り返り……

 

 

 

「──あ、れっ?」

 

 

 

 ずるり、と。

 勢い余って足を滑らせ、崖道から身を投げ出した。

 

 

「っ!? ひいさま──!?」

「ちょ、ソラぁっ!?」

 

 

 リクもニャースも、ソラが彼らを置いて先走った為に、追いつけず。

 如何に街に近付いているとはいえ、傾斜のある山道故に、そこから滑り落ちた先との高低差は大きいもの。

 

 そしてびぃタロたちは勿論、ウェボムも洞窟内での疲労からボールの中に戻っていて、即座に取り出せる事も無い。

 

 

「え、ぁ」

 

 

 空中で捻られた視線は、落下先の岩肌に縫い付けられていて。

 “ギムレの洞穴”で上下逆転した穴に落ちた時よりも、いっとう強い浮遊感と落下の感覚が、少女の全身に“まとわりつく”。

 

 

(これ、不味──)

 

 

 どれだけ手を伸ばせども、元いた場所に届く事は無く。

 こちらへ駆け寄ろうとしている仲間たちと、呆然と視線を交わしながら、そのまま谷底へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「崖の方でおかしな風が吹いてたから来てみたけど、どうやら正解だったみたいだね♪ ヨルノズクくん、“おいかぜ”行っちゃって☆」

「ホッホーウ!」

 

 

《ヨルノズクの おいかぜ!》

 

《みかたに おいかぜが ふきはじめた!》

 

 

「……っ。か、ぜ……?」

 

 

 風が吹いた。

 

 それも、宙に投げ出された少女を横合いから殴りつけるものではない。

 地面から上空に向かって吹き上がったそれは、ソラの背中にぶつかると、彼女の体を一瞬、ふわりと上方向へ浮かばせた。

 

 

「ホホッ、ホーウッ!」

 

 

 そこへすかさず飛び込んでくる、錆色の翼。

 そのふかふかふわふわとした柔らかい羽並(はなみ)が、背中でソラを受け止め、そのまま崖に向かって滑空しゆく。

 

「こ、れ……このポケモンは……ヨルノズク?」

「ホッホウ」

 

 地上でもよく見られるふくろうポケモン。

 それが落ちゆく自分を助けてくれたのだと気付くと、ヨルノズクは首をグリンと後ろに回して、飄々とした態度を返してきた。

 

 

 

「な、なんだあいつ……!? ソラを助けてくれたみたいだけど……」

「あの姿、ニャーたちの知る地上のヨルノズクと遜色ないようでニャスが……しかし、一体何故」

「──うんっ、なんとかギリセーフ♪ さっすが、シェラちゃんのポケモンちゃんはマハル(いち)☆」

 

 

 

 元気いっぱいな甘い声が、すぐ近くから飛んでくる。

 反射的に振り向いてみれば、先ほどまで誰もいなかった筈の場所に、1人の女性が立っていた。

 

「あ、あんたは……」

「やっほ☆ 見ないカオだけど、洞穴を抜けてきたのかな? ただの旅人さんか、行商人見習いさんか。まっ、誰でもオッケー♪」

 

 背丈はソラやリクとそう変わらない。ともすれば、ソラよりも若干小さいまであるだろうか。

 ふわっふわの青髪はボブ風に整えられていて、頭頂部には、恐らくはトゲキッスの翼をイメージしたのだろうカチューシャがそびえ立っていた。

 

 エプロンとドレスが混ざったような服装は、或いはアイドルの衣装のようにも見える。

 そしてそんな豪奢な装いの中にあってなお、胸元を飾る、錨に鎖が何重にも巻き付いている形状のブローチは、ひときわの存在感を醸し出していた。

 

 キャピキャピとした雰囲気を放つその女性を前に、リクたちはどこか気圧されるような感覚を抱いていた。

 そこへソラを背負ったヨルノズクが降り立ち、彼女を優しく下ろしてやる。

 

 

「あ、ありがとう……。えっと、このヨルノズクはもしかして、あなたが……?」

「うん、そうだよ♪ シェラちゃんが一から育てた、つよつよヨルノズクくん☆ 毎日やさし~くブラッシングしてあげてるから、とってもふわふわだったでしょ?」

 

 

 コミックヒーローめいた謎のポーズを決めながら、ウィンクを飛ばす女性。

 そんな振る舞いに困惑しつつも、彼女のポケモンに助けてもらった事は確かだと、ソラはやおらに頭を下げる。

 

「あの、ありがとうございました。おかげで怪我をせずに済みました」

「うんうん、それは何よりだぜい☆ 見たとこ旅人さんでしょ? プルガーシティに来る人たちはみーんな、シェラちゃんの大事なお客さ……ん~……?」

 

 ふと、何かに気付いた女性が、ソラを凝視し始める。

 否、彼女が注目を向けているのは、少女のボストンバッグから吊るされた“かすがいのはね”のストラップだ。

 

 

「巡礼者の証、それにその服装……なーるほどね♪ キミが()()()()()()()()の言ってた、“星見人”のお客さんってワケ☆」

「なっ、なんでアネキの名前を……!?」

「それにわたしの事を教えられてて、その言い回し……まさか!?」

「そのとーりっ☆」

 

 

 誇らしげなヨルノズクを自分の隣に侍らせて。

 アイドルめいた青髪の女性は、自信満々の横ピースとともに名乗りを上げた。

 

 

 

「はじめまして! プルガーシティで神殿(ジム)やってます、ジムリーダーのシェラちゃんでっす☆ この名前だけでも覚えて行ってくださいね♪」

 

 

 

【プルガーシティ ポケモンジム】

【リーダー シェラ】

~風が 呼ぶ スーパーヒロイン~

 

 

 




マハル図鑑 No.017
【ヨルノズク】
ぶんるい:ふくろうポケモン
 タイプ:ノーマル・ひこう
とくせい:ふみん/するどいめ(いろめがね)
ビヨンド版
 暗い 場所でも 見通す 目を 持つ。真夜中の 森で 逃げる 獲物を 容易く 捕らえる。
ダイブ版
 考え込んでいる 時に 首が 180度 回転する。実は 真後ろにも 首を 回転できる。



1人目のジムリーダーが登場するまでに48話かかったってマジ?
ここからジムテスト → ジムリーダーとのバトル → エピローグで第2章は終わりです。
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