2025/10/31
フレア団の活動時期(XY本編)を10年前から5年前に変更。
「……なーるほどほど、なるほどねい☆ テレネットの
遅い昼食(或いは早い夕食)が終わろうかという頃。
食後のお茶で唇を温め湿らせつつ、ソラたちは“ギムレの洞穴”であった事をシェラに話していた。
本当は、ソラの側からシェラに対して、父の事やその他の事など、色々と聞きたい事が多くあった。
しかし、シェラから「ジムリーダーとして、街の近くで起きたコトはきちんと知っておかなきゃだからさ☆」と乞われ、気付いた時にはソラたちが話し手となり、自分たちの経験した冒険譚をたっぷりと語り聞かせていた。
振る舞いや話し方こそ緩いが、彼女の合いの手や質問に答えている内、自分でも驚くほどにペラペラと話せてしまう。
なんともまぁ聞き上手なものだと、紅茶を飲みながら感嘆する一同。
「は、はい……。その、やっぱり信じてもらえないかもしれませんけど……」
とはいえ、一通り話し終えて、自分たちの話した内容の要約を聞けば、やはり一定の恐れと怯えが顔を出してくる。
なにせ傍目から見ても、突飛な妄想に近い内容なのだ。そんな大冒険を、バッジを1つも持っていない自分たちが乗り越え、解決したなど、とてもじゃないが真実とは思い難い。
自分よりもずっと知識も経験もあって、この世界の事をよく知っている相手を前に、「果たして信じてもらえるのだろうか」という不安が胸中を埋め尽くす。
そんなソラの心情を察したのだろう。
リクはテーブルに手をついて身を乗り出し、彼女を庇うように声を上げた。
「ほ、本当なんだぜ、シェラさん! おいらとじいさんはテレネットたちに襲われてて、大半の事はソラしか見聞きしてないけど……でも確かに、デッカいテレネットのオヤブン……っていうのか? が、すっげぇ暴れてて──」
「あっ、いいよいいよ、そんなに必死にならなくて☆ シェラちゃんは皆の話してくれたコト、ちゃーんと信じてるからさ♪」
パチ、と茶目っ気たっぷりに飛ばされたウィンクに、揃って「「へ?」」と素っ頓狂なリアクションを返してしまう少年少女。
ニャースも目を瞬かせ、拍子抜けしたような声を漏らした。
「やけにあっさりと信じられニャしたが……疑っておられニャいので? あいえ、ひいさまたちが虚偽を話されたという訳では決してありニャせんが……」
「もちもち! ぜんぜん疑ってないよん♪ ウソついてたらウソついてるって、ちゃんと分かるからね☆ そっかぁ、ソラちゃんたち、スッゴク大冒険してきたんだねぇー」
しみじみとお茶を啜る彼女を前に、ぽかんとする一同。
特にソラは、ホラ話と思われるか、そうでなくても真偽を問う為の確認や追求などを受けると思っていただけに、若干の困惑すら抱いている。
そんな彼らの様子を見かねたのか、魔女がくつくつと笑い出した。
「シェラは昔っから耳がいいのさ。それこそ、相手の心臓の鼓動まで聞き取れるくらいにはね」
「どんなに演技しててもね、ウソついたり緊張してると、
「耳が……。でも、それだけで……」
「そ、れ、にぃー」
ついつい、とシェラが指を向ける先。
それはニャースが自分の傍に置いていた、折り畳まれたソラのパーカーだ。
それはソラたちが眠っている内に、彼が修繕しておいてくれたもの。汚れやほつれは無く、綺麗に整えられていた。
「皆が寝てる間、魔女のお婆ちゃんが洗濯しといてくれたの。付着していた糸は間違いなくテレネットのものだし、土汚れも、洞穴の相当奥の方じゃないと見つからないコケが混じってた。テレネットたちの巣の中に踏み込んだんだろうなー、っていうのはすぐ分かったよ」
「ははぁ……確かにお返し頂いた時には、汚れは綺麗に洗濯されておりニャしたが、そこからそれほどの事が分かるとは……」
「まーね☆ それに、理由はまだあるよ♪」
「まだ、何か……?」
訝しむようなソラの顔色に、小さく笑みを返しながら。
「お話してる時のソラちゃん、スッゴク楽しそうな顔してた♪」
「……え?」
「こっちを騙す時の嘲りじゃない、本当に楽しかった時の事を話す時の顔。怖かったんだろうし、ドキドキもしたんだろうけど……でも、最後は楽しかったんだよね?」
テーブルに頬杖ついて、ニッカリと笑うシェラ。
彼女の言葉に一瞬面食らいながらも、ゆっくりと落ち着いて、“ギムレの洞穴”での事を思い出す。
テレネットたちに追われ、襲われた時の事は、本当に怖かった。
もしも何かを間違えれば再起不能なまでのトラウマを刻みつけられていただろうし、最終的に解決したのだって薄氷の上の結果である事は明らかだ。
自分の不注意と、浅慮と、蛮勇によって、仲間たちにはたくさんの迷惑をかけた。
もう1度同じ事をやれと言われても、きっと今以上の結末には至れないだろう。むしろ、より悪化した結末へ転げ落ちるかもしれない。
けれど、それでも。
「……はい。大変な事ばかりでしたけど……でもわたし、彼らを助ける事ができてよかったと思います。その為に行動した事、それだけは、後悔してません」
別れ際、幼いテレネットの子供とともに笑い合った、あの瞬間。
それだけで、ソラにとってのあの冒険は、価値があったと思えたのも確かだから。
「……そっか」
ただそう呟いて、両手で抱えていたカップをソーサーに戻すシェラ。
その顔は、微笑ましい幼子を見る時のように綻んでいた。
リクやニャースも、ソラの言葉に好意的な表情を見せている。
魔女は愛も変わらず老獪な笑みを浮かべているが、傍のフラベベが呑気に笑っている辺り、彼女も否定的な態度ではないのだろう。
「実はね、他のジムリーダーの皆から注意喚起が来てるんだけどさ。最近、色んなところで怪しい人たちがうろついてるみたいなの」
「それは……泥棒とか強盗とか、そういうのですか?」
「そーゆーのもたまにいるんだけどねー。ま、大体はシェラちゃんたちがソッコーで〆て牢屋にぶち込むんだけど☆」
「怖……」
まるで植木鉢の花を世話するのと同じくらいのノリで、悪漢どもへの制裁を語るシェラに、若干の身震いを覚えるリク。
地上でもよくある事ゆえ、ある意味で当然の話だが、マハルのジムリーダーもまた、自分が担当する街の治安維持も務めているらしい。
「で、その怪しい人たちが、野生のポケモンちゃんたちに乱暴してるって話も入ってるんだ。他所の街だと、そのせいで怒って暴れ出したポケモンちゃんもいるとかなんとか……」
「ポケモンが暴れて……って、まるでおいらたちが遭遇したやつみたいな話だな」
「決めつけるにはまだ早いけどね☆ その辺を調べるのもシェラちゃんのお仕事なのでしてー♪」
「……」
手を口元に当てて、思案するソラ。
怪しい人間に、暴れるポケモン。そこまで聞いて、脳裏を過ぎらない訳が無い。
(……まるで、この世界にも“
フレア団。
それは今から5年ほど前、丁度クレオメ博士の失踪と前後して、ソラの故郷であるカロス地方を騒がせた、ならず者の集団だ。
最終的には壊滅し、組織のボスも消息不明となったが、彼らが起こした事件はソラの記憶にも残っている。
聞けば、カロス以外の地方でも、類似する組織や集団が存在し、いずれも各地方で犯罪行為を働いていたらしい。
もしも、そのような集団が“マハルの地”にもいるとすれば。
視界の隅では、ニャースもまた、腕を組んで難しそうな顔をしていた。
断片的にしか知らないが、彼は元々カントー出身のポケモンだったらしい。彼の故郷たるカントー地方でも、かつては“ロケット団”という巨大なマフィア組織があったと聞く。
「どちらにしても……そういう人たちがいるっていうのは、怖いですね」
「だよねー☆ でもこの先、ソラちゃんたちの道行きには、そういう危ない人たちとか、こわーいポケモンちゃんたちがたっくさんいるの。そーゆーのをぜーんぶ乗り越えて霊峰に辿り着くまでが、“リンネの儀”。ソラちゃんが挑むのは、そういう旅なんだ」
頬杖をついた姿勢はそのままに。
目を細め、ソラの姿を瞳孔いっぱいに捉えたシェラから──す、と笑みが消える。
「だからシェラちゃんは、キミたちがこの先に進んでも大丈夫か、無事に巡礼を果たせるだけの力があるかどうかを試します。それこそがジムテスト……キミたち巡礼者に課せられた試練、その1つ目です」
思わず唾を飲み込んだのは、果たして誰だったか。
先ほどまでの緩くキャピキャピとした態度から一転した、心胆寒からしめる静かな気迫が、少年少女へと向けられる。
地上と隔絶した地下世界だろうとも、彼女はジムリーダーの名を冠しているのだ。
その名を伊達にしないだけの実力と実績を、確かに積み上げてきたのだろう。
そんなジムリーダー・シェラが告げる、最初の試練。
それは一体、どれほど過酷な──
「──って、おどかしちゃってごめんね☆ ま、そう気負わず気楽にチャレンジしちゃってよ♪」
……と覚悟を決めかけていた矢先の
傍らのリクも、肩透かしを食らったようにテーブルへつんのめってしまっている。
「か、軽ぅ……!? さっきのシリアスな雰囲気はなんだったんだ……?」
「あっはは♪ そりゃあね、巡礼の旅が辛くて大変なのは事実だもん。だから、それだけの実力があるかどうかをジムでテストするんだけど……でも、だからと言って1回でも落ちたらアウトってワケでも無いし、失敗しても何度でもリトライしていいんだよ☆」
ふりふり、と手を軽い風に振りつつ、シェラはやおらに席を立つ。
「大事なのは、キミたちが巡礼の旅を完遂するに足る人たちかどうか。その為に必要なのは実力、或いは知恵、或いは諦めない心。ほか7つのジムに先駆けて、まずはシェラちゃんがそれを見極めてあげる☆」
魔女に「ごちそうさま☆ お代は
そうしてドアノブに手をかけたところで、彼女は改めてこちらへと向き直った。
「ま、今日はもう夕方だし、詳しい話は明日ってコトで☆ 明日の朝、この街の
「あ、はい……分かりました。あの、リクやじいちゃんたちは……」
「分かってる分かってる☆ 色々聞いてもらいたいコトもあるし、一緒に来てもらっていーよ♪ じゃ、まった明日―!」
言うだけ言って、スッタタカと宿屋を後にするシェラ。
入口のドアが閉まり切った後、ふわりとそよ風めいた何かがその場に残り、ソラたちの頬を撫でたのは、果たして少女の錯覚だろうか?
「……結局、父さんの事とか、ルスティカ博士との関係とかも、全部聞きそびれちゃった。意図的なのかは分かんないけど、上手いことわたしたちの側だけが喋らされちゃったね……」
「だなぁ……。まぁ、1度にたくさんの情報をぶっ込まれてもこっちが混乱するだけだから、整理する時間をくれたとも言えるだろうけどさ」
少し無作法ながらも、頬をテーブルの上に置いて、半ば寝そべるような形でぼやく。
とはいえリクの言う通り、初めにその辺りの情報を聞き出そうとした時、内心に焦りや逸る気持ちがあったのは事実だ。
サンドウィッチをたっぷり食べてお腹も膨れて、一晩しっかり休んだ後に、改めて話を聞く段取りが得られるのは、そう悪い事ではないだろう。
「坂の上で初めて会った時からそうでニャしたが……まるで風のような方ですニャア。まさしく、ひこうタイプのジムリーダーという訳ですかニャ」
「ひぇっひぇっひぇ。あの子は昔っからあの調子さ。ほら、明日からジムに挑むんだろう? 今日のところはしっかり体を休めて、明日の本番に備えるこったね」
「うん、そうさせてもらいます。それと、サンドイッチありがとうございました、とっても美味しかったです」
「こちらこそ、見ていて気持ちのいい食べっぷりだったさ。礼は後で厨房に伝えておくよ。少し早い時間の夕飯になったから、お腹が空いたら言いな。また軽食を用意しとくからね」
「らべっべ~♪ ら~べ~♪」
からからと笑う魔女の傍から、フラベベがソラに近付いてくる。
この街の宿屋の看板娘ならぬ看板ポケモンとして、彼女の事をすっかり気に入ったのだろう。
頬を擦り寄せてくる小さな体躯にクスリと笑い、その頬を逆に指で撫でてやる。
その姿を、リクはニャースにお茶のおかわりを注いでもらいながらに眺めていた。
(なんてーか、最初に会った時のテンパリぶりがウソみたいだ)
初めて来た街で、初めて会った人たちが相手であるにも拘らず、ソラは多少の狼狽こそあったものの、安定した態度でシェラたちと接する事ができていた。
21番エリアで自分と初めて出会い、ウツシタウンに案内した時は、もっと暗い雰囲気を纏っていて、どこか不信感すら宿しているように見えたのに。
そうなった要因を挙げようと思えば、色々と思い当たるところはあるが……やはり最も印象深いのは、昨晩の“ギムレの洞穴”での一件だろう。
あの洞窟で起きた出来事と冒険が、彼女の心に大きな変化を与えたとすれば……
「……? どうしたの?」
「んー、いや」
フラベベと戯れながらも、自分へ向けられた視線に訝しみを見せるソラ。
彼女の問いかけに、少年はただ首を横に振る。
「頑張れよ、明日。応援してるからな」
「うん。“マハルの地”に来て最初のジム戦だもん、気合入れていなきゃね」
そうと決まれば、まずは手持ちのポケモンたちにご飯をあげないと。
席を立ち、ニャースとともに厨房へ向かう少女の背を見送って、リクはぼんやりとお茶を口にした。
(ホントつえーよ、あんた。おいらよりもずっと、さ)
この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。