「──ここプルガーシティは、“マハルの地”の中でもケッコー辺境って言えちゃうような位置にあるんだよねー」
翌日。
改めて平時通りの時間に睡眠を取り直し、朝食を食べていたところに「おっはよー☆ 朝ゴハン食べたら早速ジムへ行ってみよー♪」と突撃してきたシェラによって、ソラたち一行は街の中を連れ回されていた。
最初にこの街へ到着した時は、疲れと眠気で意識も朦朧としていた為、あまり街の風景を見る事なく宿屋に入ってしまった。
なので、改めて歩きながらに街並みを眺めていれば、やはり街の各所に点在する風車たちがよく目に留まり、その景観に溜め息が漏れる。
朝の爽やかな風が街の至るところを吹き抜けて、淀んだ気配をちっとも感じない。
その風を受けて回転する風車もまた、見事に風景の一部として溶け込んでいて、風力発電用の機械的な風車ですら、そこに存在する事の違和感を抱かせはしなかった。
「この“マハルの地”で都会っていうと、ここから西に行って、森ひとつ山ひとつ、それから街2つ越えた先にあるワルハラシティなんだよね。もしくは、“
「“
「まーね☆ だからそういう事情もあって、都会の方から“リンネの儀”を始めた巡礼者さんって、そこそこバッジを集めた状態でこの街に来る事が多いんだ──っと、おっはよー! 今朝もいい風吹いてるねー♪ お互い1日頑張ろー☆」
街を案内しがてら、こちらを見つけて手を振り声をかけてくる住民に対して、負けないくらいの大きな声とオーバーな仕草で以て応えるシェラ。
返事を受けて手を振り返し、自分の仕事に戻っていく住民たちを見る限り、彼女は随分とこの街の人たちに慕われているらしい。
「とまぁ、そーゆーワケでね、いつもはもうちょっと強めの手持ちで巡礼者さんたちとバトったりするんだけど……ソラちゃんは、ジム巡りってこの街が初めてなんだよね?」
「はい。ウツシタウンから出発してこの街に着いたので、ジムバッジはまだ1つも持っていません」
「なら、シェラちゃんもそれに合わせた
ニヒ、と“わんぱく”な笑みが向けられる。
これまでの、あざとさすらあった振る舞いとのギャップもあって、同性のソラですらついドキっとしてしまった。
「いやー、懐かしいね♪ ルスティカちゃんも、ソラちゃんたちと同じか、ちょっと下くらいの歳だったかな? そのくらいの頃にウツシタウンからやってきて、初めてのジム戦にシェラちゃんを選んだっけ☆」
「! そうだ、アネキ! アネキと知り合いみたいな事言ってたけど、やっぱりアネキが“リンネの儀”に挑戦した時に会った事があったんだな!?」
「そそ☆ ロコンちゃん1匹だけ連れてね、ここからあたしの伝説が始まるんだー!って、張り切ってたよ♪ まぁ、シェラちゃんにボコボコにされて泣いて帰っちゃったんだけど」
「泣いて帰ったんだ……」
ルスティカ博士が最初のジムで敗北し、そこで巡礼をやめた事を、ソラは当人から聞いていた。
しかし、実際に当時の話を聞いてみると、あのクールで大人な博士が泣いて帰路につく姿があまり想像できなかった。
「ルスティカちゃん、頭は良かったんだけど、理想と現実にギャップがあるとすぐテンパっちゃうみたいでさ。最後の方は指示も雑になっちゃって、それでズルズルと負けちゃうんだよね。それでもロコンちゃんには慕われてたから、悪い子じゃないんだけど」
「あのアネキがなぁ……。ってか、そういうのをおいらたちに話してよかったのか?」
「大丈夫大丈夫☆ むしろ本人が進んで笑い話のネタにしてるくらいだからさ♪ でも本当に驚いたよねー。次にルスティカちゃんと会ったら彼女、研究者になる為の勉強をしてるって言うんだもん! しかも四天王に弟子入りまでしちゃってさ」
しみじみと、遠い日を懐かしむような声色と目。
旧友の思い出話を、その家族と知り合いに語り聞かせるその姿は、見ていて本当に楽しそうで。
「インターネットが普及する前から、ジムリーダー同士が集まって会合をする機会はよくあったんだけどさ、そこで引き合わされて再会した時はビックリしたよ。それからもルスティカちゃんとはよく連絡し合ってて、色々と情報交換してるんだー♪」
「それで、わたしが“星見人”である事や、“リンネの儀”に挑戦しようとしている事を教えてもらったんですか?」
「いっぐざくとりー☆ ま、ルスティカちゃんはポケモン博士やってるからさ、シェラちゃん含めたジムリーダー全員と面識があるから、他の皆にもそういう連絡が行ってると思うけどね♪」
「……?」
ふと、そこで。
ここまでの話を聞く中で何かしらの違和感に気付き、リクが首を捻り出す。
「? 如何ニャされました? リクさま」
「ん、いや……シェラさんって、アネキとは長い付き合いになるんだよな?」
「そーだね☆ あの子が12歳の頃にジムに来て、次に会ったのが研究者になろうと勉強してた15歳の頃。だから再会した時から数えると、ざっと8年くらいかな?」
「……アネキが今23歳で、12の頃にジムに挑みに来たって事は、11年前からジムリーダーやってたんだよな?」
「そうなるね♪ 先代のジムリーダーだったパパからこの街の
「……」
腕を組み、暫しの思案。
「なぁ、シェラさんって何さ──」
「えっ、なぁにぃー!? ぜーんぜん聞っこえないなぁーっ!! 今おっきな風が吹いたから、なーんにも聞こえなかったよぉー!!!」
「アッハイ、スゴイキョウフウデシタネ」
そのやり取りを傍で見ていたソラは、そっと口を噤んだ。命が惜しかったからだ。
今この場では、互いの声が聞こえなくなるくらいの強風が吹いていた。いいね?
「ま、まぁ……斯様にジムリーダーを長く務めてこられたという事は、それだけ多くの巡礼者と戦われたという事でニャスよね?」
「そのとーりっ☆ シェラちゃんを倒して先に進んでった人、シェラちゃんに勝てずに諦めちゃった子、色んな巡礼者を見てきたよ♪ まぁ、最近は巡礼に挑む人もめっきり減って、あんまり戦う機会も無かったんだけど──」
かつ、と靴音を立てて足を止める。
振り返ってこちらを見る彼女の眼差しは、ソラの姿をグッと捉えて離さない。
「そういう意味じゃ、
「──っ!」
不意に投げかけられたその言葉と名前に、息を呑む音がした。
その名は、その言葉は、間違いなくソラが追い求めてやまなかった情報の一端であり、何よりの証明だったのだから。
「シェラさん、それは──」
「──おおっと、とうちゃーっく! ここが、シェラちゃんがジムリーダーを務める、プルガーシティの
ソラたちの衝撃と困惑、追及のすべてを上塗りして、シェラは目の前にそびえ立つ建物を指し示す。
まず目に付くのは、彼女が身につけているブローチと同様、“何重にも鎖が巻き付けられた錨”の
中央部に嵌め込まれた淡い緑色の宝玉は、ここまでの旅でよく目にしたリバーテル結晶を研磨したものと見て相違ないだろう。
神殿、という名前に反して、建物の大きさや質感は、どちらかと言えば学校──地上におけるトレーナーズスクールに近いものであるように感じられた。
外に備え付けられたバトルコートでは、揃いの衣装(華美でなく、どこか道着のようだ)に身を包んだ人たちが、同じ装いのトレーナーたちによるポケモンバトルを見物している。
その内の1人がシェラたちの存在に気付き、こちらへ声をかけてきた。
「おかえりなさいませ、
「うんっ☆ 女の子の方が、“リンネの儀”の挑戦者だよ♪ 手続きよっろしくー!」
「おお、巡礼者が挑みに来られるのは久々ですな! では早速、ジムテストの段取りを致しましょうか」
そう言って去っていった彼が、この
見れば、コートでバトルの観戦をしていた神官たちも同様に、こちらへチラチラと視線を飛ばしてきている。
浴びせかけられた視線たちに気圧され、たじろぐソラ。
シェラはそんな彼女の肩にそっと手を置き、意識を自身へ向けるよう言外に示した。
「あの子たちはみーんな、シェラちゃんのお弟子さんなの☆ 心も体もつよーくなる為にここの門を叩いて、シェラちゃんから色んな事を教わってるんだー。悪い子は1人もいないから、怖がらないであげてね♪」
「す、すみません……」
「いいっていいって♪ 誰だってはじめましては緊張するもんね☆ ……さって!」
強めの力で手を叩き、その音で一行の意識を集める。
そうして視線が自分に集中したのを確認して、満足そうに腰に手を置き、この街のジムリーダーは薄い胸を張った。
「改めまして、プルガーシティジムの
「は、はい……よろしくお願いします。……それで、あの、さっきの話は──」
「“リンネの儀”の最終目的、“縫いの霊峰”への入山には、8つのジムバッジが必要な事は既に知ってるよね? ここプルガーシティジムのバッジを得るには、シェラちゃんと戦って勝ち、その実力を認められる必要があるの♪」
だから。
言葉をそこで区切り、シェラは悪戯っぽい笑みを振り撒いた。
「
「……!」
一瞬、目を見開く。
そうして目を瞑り、暫しの呼吸ののち、ソラは今一度、確かな眼差しでジムリーダーを見据えた。
「……やります。わたし、あなたに挑みます」
闘志は十分。モチベーションにも再び火が点いた。
地上へ戻る為の手がかり、そして父の足跡を追う、その1歩目がここから始まるのだと、再認識する事ができたからだ。
腰のホルダーに納められたボールの中でも、手持ちのポケモンたちが、自分たちの出番を今か今かと待っている。
リクもニャースも、自分の傍にいてくれている。ならば、臆する事は何も無い。
「うんうん、いーい返事だねっ☆ でも、シェラちゃんに挑むには、その資格があるかどうか試す“お題”──ジムテストをクリアする必要があるんだ。だからまずは、ジムテストの突破目指して頑張ろーね♪」
「ジムテスト……それを、わたし1人で乗り越えきゃなんですよね」
「んー、実はそのつもりだったんだけど、今回はちょっとワケアリでね。リクくんもトクベツに参加して、ソラちゃんを手伝ってくれていーよ♪」
「へ?」
思ってもみなかった提案に、暫し瞬きが繰り返される。
名前を呼ばれた当人も、困惑を隠せず、自分を指差していた。
「え、おいらもか? おいらは巡礼者じゃないんだけど……いいのか?」
「いいのいいの♪ その代わり、ちゃーんとソラちゃんが主体になって頑張ってくれたかどうかは、ヨルノズクくんに見ててもらうから☆」
「ホッホウ」
ボールから放たれ、大柄のふくろうポケモンがヌッと顔を出してくる。
どうやら彼がジムテストの監視役であり、もしもソラがリクに任せっぱなしでクリアしようとした場合、そのズルを報告する役目であるようだが……。
「一体……何をする事になるんですか?」
「それもこれから説明するよ☆ さってさて、それじゃあ──」
ピンと立てた人差し指を、天高く掲げて。
プルガーシティのジムリーダー・シェラは、彼女にとっても久々となる巡礼の試練、その開幕を──
「2人には、この街の風車をキレイにお掃除してもらいまーっす☆ それじゃっ、レッツ・ジムテスト・スタート♪」
「……えっ、お掃除?」