「……それじゃあ、ルスティカ博士によろしくね。ほるっち、れおピ」
「るび」
「れぇおん!」
淡々とした、或いは快活な2通りの返事を受けて、頷きとともにモンスターボールのスイッチを押す。
すると次の瞬間、パソコンにセットされた2つのモンスターボールに光が浴びせられ、電気的なエフェクトを纏いながら、たちまちにこの場から消失した。
地上では普遍的な技術──ボックスシステムの応用による、ネットワーク回線を介したモンスターボールの転送機能だ。
今頃、ウツシタウンの研究所にいるルスティカ博士が、これまたパソコンを介して2匹のポケモンを受け取っている頃だろう。
「お、そっちは終わったか?」
「あ、うん。通話は繋がらなかったから、とりあえずポケモンだけ送ったけど」
「まぁ、アネキもあれで忙しいみたいだからな。町の皆の御用聞きしたり、ポケモンの生態とか、どういう事ができるのか調べたりするのに、しょっちゅう外出してるし」
「この世界で現状唯一のポケモン博士だもんね。そりゃ、通話に出られないタイミングがあっても当然か」
「あとは普通に昼まで寝てる時がたまにある」
「寝てるんだ……」
転送作業が終わった辺りで、様子を見に来たリクと合流し、パソコンを使わせてくれた神官に礼を言いつつ、ともに
至極当然と言うべきか、
「にしても、やっぱりあの2匹はアネキんとこに送る事にしたんだな」
「
「そか。ま、アネキの研究も捗るしいい事だな」
これでソラの手持ちは、
ニャースは手持ちではなく同行者扱いの為、今回のジムテストには参加しない事になっている。
一方でリクは「事情があっての特例」という事で、ジムテスト攻略はソラが主体になって行うという条件の下、同伴してもよいとの事だが……。
「よーっし、準備はできたみたいだね♪ それじゃあ早速、現地まで行ってみようかっ☆」
「あ、シェラさん。分かりました、すぐにそっちへ──って、んん!?」
「しぇ、シェラさん……? そのたくさんの荷物は一体なんなんだ……!?」
「これ? これはモチロン、お掃除の為の道具だよ☆ キミたちの分もあるから、後で分けてあげるね♪」
荷物の内訳自体は、そうおかしなものではない。バケツや箒、ゴミ袋などの掃除用具をどっさりと、かつ纏めて紐で縛ったものだ。
しかしその総量は、どう見ても彼女の体より2倍は大きい。
それを彼女は、まるでサッカーボールでも掲げているかのように軽々と持ち上げ、汗ひとつかいてはいないのだ。
どれだけの筋力があれば、あんな芸当が叶うのだろうか。
先んじてその光景を目の当たりにしていたのだろう。
彼女の傍で待機していたニャースは真顔で突っ立っていて、その背後には宇宙が広がっているような気がした。
「と、いうか……もしかして、シェラさんも同行する、んですか……?」
「うんっ☆ 流石に風車の羽根とか上層の機構とか、そういう大事だったり危ないところをやってもらうワケにはいかないからね。その辺はシェラちゃんが担当するんだ♪ でもそっちに集中しなきゃだから、キミたち側の監督はヨルノズクくんにやってもらうの」
「ホウ!」
同じく隣で待機していたらしい彼女のヨルノズクが、右翼を広げて鳴き声をひとつ。
ヨルノズクは知性が高く、思考力に優れている事は地上でも知られている事実だ。加えて真夜中でも見通せるほど目がよい為、確かに監視役には適任だろう。
「それで、ジムテストが掃除っていうのはどういう……?」
「そのヘンについても、歩きながら説明するね☆ それじゃ、早速レッツゴー♪」
ゴーゴー!と右手を挙げながら、2人を先導するべく歩き出すシェラ。その後ろを、ヨルノズクが緩やかな低空飛行で追っていく。
なお、右手を挙げているという事は、当然ながら荷物は左手だけで抱え込まれている。にも拘らず、無用なふらつき1つ起こしているようには見えない。
姿勢も歩行も、至って安定した綺麗なものだ。どれほどの筋力、そして体幹があれば、あんな芸当が叶うのだろうか。
「すげぇな、あの人……。腕に筋肉とか全然ついてないように見えるのに」
「ニャス……神官の方々も、『あんなに筋力バグってるのはウチのジムリーダーだけ』と仰っておりニャした。リクさまの反応も見るに、あれが
「……」
暫し、ぽかんと口を開けながらも、その小さな背中を目で追う。
やがて振り返ったシェラから「おーい、来ないのー?」と呼ばれて、ようやくソラは正気を取り戻した。
「1つ目のジムから早速……面白くなってきたわね」
自分を“ふるいたてる”言葉で先の衝撃を誤魔化し、小さく呼吸を1回。
この先、どんなビックリやドッキリが飛び込んでくるのか……少女は期待半分、戦々恐々半分といった心地で、最初の1歩を踏み出した。
「そろそろ、教えてもらえませんか? ジムテストの内容について」
「そーだねぇ~。もうじき最初の風車に着くし、そろそろいいかな☆ まぁ知っての通り、この街って風車がたっくさんあるんだよね。そのほとんどは
そこで、ふと足が止まる。
なんだろうと訝しむソラたちを他所に、シェラは遠くに見える風車に向かって目を細めていた。
それと同時に、一行の耳にも妙な音が届く。
いやに甲高く、何かを主張するような……或いは誇示するような、ポケモンの鳴き声。
「この鳴き声は……とりポケモン?」
「とはいえ、この街にもポケモンは数多く……いえ、斯様に“いかく”するような声色は、尋常のものではありニャせんね」
「あ、やっぱりじいさんって他のポケモンの言葉が分かるんだ?」
「
うむむ、と首を捻るニャース。
彼のしわくちゃの耳が震え、微かに聞こえる鳴き声を正確に読み取ろうとする。
「これは……そうか、
「せいかーいっ☆ タネ明かししちゃうとね、風車の中に野生のポケモンちゃんたちが住み着いちゃってるんだ。この街、気持ちいい風が吹くでしょ? それにゴハンも美味しいし、巣作りに丁度いいんだろーねぇ」
それ自体は、そうおかしな話ではない。
野生のポケモンもまた、落ち着いて暮らせる場所を求めるのは当然の摂理であり、そうして選ばれたのが人工の建造物である事もよくある話だ。
ソラの住んでいたカロス地方にも“あれはてホテル”という廃墟があったし、カントー地方の“むじんはつでんしょ”なども、有名な
そうした廃墟には野生ポケモンが住み着き、独自の生態系を確立しているという。
シェラの話では、この街の風車もそうなろうとしている……いや。
「なんとなく、見えてきました。そうして風車に巣を作ろうとしているポケモンたちを追い払って、風車の中を綺麗に掃除する。それがこの街のジムテストなんですね?」
「まさしくっ☆ マー、野生の子たちも、グルグル動いてるおっきな歯車が危ないのはちゃんと分かってるからねー。そんなに上層には巣を作らないから、ソラちゃんたちが自分から上の階に行こうとしない限りは、そう危なくないよ♪」
右手で掃除用具の塊を抱えたまま、手放した左手でサムズアップを作る。
先に聞いた話では、そういった上層──複雑かつ重要な機構のある部分や、風車の羽の掃除は、シェラ本人が担当するとの事だ。
ソラたちが担うのは、人の立ち入る下層部分の掃除や、そこに住み着いた野生ポケモンの撃退という訳である。
……なお後に聞いたところでは、農家の人たちも自分たちのポケモンを保有しており、作業の度に野生ポケモンを追い払ってもらっている為、製粉作業自体は行えているらしい。
しかし、そうして追い払ってもすぐに戻ってきて巣を作ってしまい、また巣を壊す為にいちいち風車を止めるのも作業に支障が出る事から、
「……あれっ? じゃあ、なんでおいらも参加していい事になってんだ?」
「それがねぇ……実は、ちょーっとお掃除しなきゃいけない風車が多いんだー。このところ、ヨソの街のジムリーダーさんたちと会合とかやっててバタバタしちゃってさ、長いことお掃除してない風車が増えちゃって」
「ははぁ……それでその分、住み着いたポケモンたちもいつもより増えてしまったと、そういう訳ですかニャ?」
「そそ♪ ホントは、シェラちゃんとか
成る程、と一同揃って首肯する。
若干、
ネットで見知った範囲では、ジムテストにかこつけて自分の配信チャンネルに挑戦者を出演させるジムも地上にはあるので、それに比べれば……というのがソラの所感だった。
「だいじょぶだいじょぶ♪ このヘンのポケモンちゃんたちはそんなに強くないし、もし危ないコトになったら、ヨルノズクくんがフォローしてくれるからさっ☆」
「ホホッ、ホッホーウ」
ヨルノズクが肯定の鳴き声を上げる。
トレーナーとしてまだまだ歴の浅いソラでも、目の前を飛ぶヨルノズクが、相当に鍛え上げられている事は、直感的に理解できた。
「……あのヨルノズク、相当強いね。エースとまではいかないでも……多分、シェラさんの
「ですニャア。ニャーが
地上と隔絶された地下世界とはいえ、伊達にジムリーダーの名を冠している訳では無いという事か。
無論、あのヨルノズクがジム戦の相手となれば、ソラと彼女の手持ちたちはたちまち蹂躙され、完敗を喫してしまうだろう。
だが先ほど聞いた話では、どうやら“マハルの地”におけるジムバトルでも、挑戦者のジムクリア数に応じた
実際にソラが挑む事になるのは、また別のポケモンになるという訳だ。
「──ささっ、着いた着いた☆ まずはこの風車からお掃除やってもらおうかっ♪」
「う、わぁ……!」
辿り着いた先の光景を前に、ソラはまず感嘆の溜め息を吐き出した。
天を突くほどの高さ……というのは流石に誇張表現になるが、それでも下手な雑居ビルよりも大きな風車が、そこにデンと建っていた。
風車の羽もまた巨大で、絶えず吹き抜ける風を受けてカラカラと回り、地面に映る光と影のコントラストを目まぐるしく塗り替えている。
教科書やテレビの観光地特集で見るような、木とレンガ造りの外観は、しかし古臭さや劣化した感じをまったく見せていない。
「宿の窓辺から見た時も壮観だったけど……こうして間近まで来てみると、また違った迫力がありますね」
「やー、そう言ってもらえて嬉しいね♪ どの風車も、何代も何代もかけて補修や改築を繰り返してきた、この街の誇りだからさ。だからこそ、キレイにお掃除したいよね☆」
よいせ、と抱え込んでいた掃除用具をその場に下ろし、さっさと荷解きしてしまう。
それからシェラは、1本のモップを手に取ったかと思えば、ぐぐっとその場で足を縮ませ──
「──よっと!」
驚異的な、という言葉さえ陳腐になるほどの跳躍で以て飛び上がり、風車に備え付けられているバルコニーへと着地してしまった。
「え?」
「は?」
「ほニャ?」
「ホーウッ」
思わず、素っ頓狂な言葉が漏れてしまう事を、誰が責められようか。
ソラたちの見る限り、あのバルコニーは風車の3階部分に備えられているように思えた。
つまり彼女は、建物の3階までの高さを容易くジャンプした事になるのだが……
「おーいっ! 風車の羽はこっちで止めとくから、サクッと中に入って、お掃除始めちゃってねー☆ あ、ニャースさんはお外で待機よっろしくー♪」
バルコニーから身を乗り出し、下に向かってそのように叫ぶシェラの姿が、元来の矮躯も相まってやたらと小さく見える。
今しがたの光景に呆然としていた少年少女は、声をかけられてもなお現実感を取り戻せず、ノロノロと掃除用具に手を伸ばし出す。
「……あの人って、実はドードリオの生まれ変わりだったりすんのかな」
「人様に失礼でしょ……とは、ちょっと言いにくいかな、今回は……」
「ホホーウッ」
ヒソヒソ話し合う彼らの背中を、「はよ行け」と言わんばかりにヨルノズクが叩いた。
この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。