内部は意外と静かで、ひんやりとした空気に満ちていた。
本来なら歯車や機構の絶えず回る音、或いは石臼の擦れる音が聞こえるのだろうが、今回は掃除にあたって羽が停止されているため、それらが動いているという事は無い。その為の静寂なのだろう。
「へぇ……風車の中ってこうなってるのね。ネットで知識だけ得るのと、実際に見るのとでは、やっぱり全然違うわ」
「魔女のおばちゃんの話じゃ、この辺りの風車は“背くらべ風車”って呼ばれてるんだと。風車がいくつも並んで建ってるから、まるで背比べしてるように見えるんだってさ」
「確かに、遠目からだと整列してるように見えてたっけ。とりあえず、この中を掃除すればいい……のよね?」
「ホホウ」
振り向いた先にいた、シェラのヨルノズクが肯定する。
彼(話を聞く限りではオスらしい)は音も立てずに飛び上がり、階段の手すりを止まり木代わりにすると、広げた翼で上の階を指し示した。
「ホウッ」
「上へ行け……って事? いえ、野生ポケモンの巣が上の階にあるのね」
「掃除するなら、先にポケモンを追い払った方がいいのは確かだな。間違いなくバトルになるだろうし、その余波で、折角掃除したのが台無しになるのも嫌だからさ」
「道理ね。それじゃ……出てきて、ちゆりん」
「ぴーちゅっ!」
ホルダーからモンスターボールを取り外し、床に放る。
そうして出てきたのは、ピチューのちゆりんだ。頬の電気袋からまばらな閃光を散らし、気合は十分といったところか。
「ん、ちゆりんにするのか?」
「今回はひこうタイプのジムだから、できるだけ鍛えておきたくて。それに住み着いてるのがとりポケモンなら、間違いなくジムテストのバトルもひこうタイプが相手になると思うから」
「そか。ならおいらは……流石に、風車の中でほのおタイプはダメだな。出番だぞ、ニャース」
「にゃみぃ~!」
次いでリクがボールから出したのは、彼の相棒たるマハルニャース。
“ギムレの洞穴”での戦闘の疲れはしっかり抜けたようで、大きく伸びをしている。
「リク、どう? ポケモンの匂いとか、する?」
「……中まで入れば、匂いはハッキリ分かる。2階だな。数までは分からないけど、複数いる」
「なら、分担しましょ。相手の数が偶数なら、わたしとリクとで半分ずつ。奇数なら、わたしが1匹多めに相手するわ」
「だな。これはソラのジムテストだから、おいらが請け負いすぎるのはよくない」
互いに頷き合い、階段を登っていく。
この風車は4階以降に機構や石臼があり、3階は4階で製粉された小麦粉を袋に詰めるフロア、そして2階が物置となっている。
野生ポケモンたちが根城としているのは、この階段の先だ。
シェラは既に上層で機構の点検をしているらしく、この場で起きている事はその聴覚で認識しているだろうが、すぐには駆けつけられない。
つまりこの先で何が起きても、ソラたちだけの手で対処しなければならないのだ。
「……」
この先に野生ポケモンがいる筈なのに、辺りはいやに静かで、“きんちょうかん”だけが高まっていく。
きしり、きしりと、木製の階段が軋む音だけが、この場を支配していた。
階段が軋めば軋むほど、より一層、心臓の鼓動が早まっていくような錯覚さえ感じられてしまう。
そうして最後の段を登り切り、2階に顔を出した──まさに、その瞬間。
「カカッ──カーッ!!」
小さな翼を広げ、こちらへ飛びかかってくる黒い影。
黒いシルクハットめいた頭部と、太く大きな嘴を持った、漆黒の羽のとりポケモン。
眼前へ迫るそれに驚き、竦みながらも、ソラはその正体を即座に看破した。
地上においても、至ってポピュラーな存在であり──同時に、不吉の象徴とも称される、“わるいてぐせ”の問題児。
「──ヤミカラス! 風車に巣を作っていたのはこいつだったのね!」
「カァケーッ!」
ソラの叫びを肯定するかのように、ヤミカラスはその太い嘴を大きく開き、自分たちを脅かさんとする侵入者へ攻撃を仕掛けてきた。
先制攻撃と言わんばかりに繰り出されたそれは、威力こそ弱いものの、人間が食らえば怪我は免れないだろう。
だからこそ、予めボールから出しておいた
「ちゆりん、“ほっぺすりすり”!」
「ぴ、ちゃあ!」
“ゆうかん”なせいかくのちゆりんは、相手の挙動を見てから合わせるようにして飛び出し、主たるソラを庇い立つ。
そして衝突の瞬間、自身もまた攻撃を受けるのと引き換えに、電気袋の中に溜め込んだ静電気を一気に炸裂させたのだ。
「ぢゅっ……!」
「カケーッ!?」
初撃は相打ち。
“こうかばつぐん”のダメージを与え、“まひ”させる事にも成功した代わり、こちらもまた手痛い一撃を受け、床に叩きつけられただけでなく……
「ぢ、ゆーぅ、う……」
“おどろかす”をまともに受けてしまったちゆりんは目を回し、その場でフラフラと体勢を崩してしまう。
即座にわざを繰り出せず、次の一手を潰された──俗に言う“ひるみ”状態だ。
「っ! ナイスよちゆりん、ありがとう!」
「そんで、相手の数は……!?」
だが、彼女の献身のおかげで、ソラたちは無事に2階へ到達する事ができた。
“ほっぺすりすり”を食らって吹っ飛んだヤミカラスを視線で追い、雑多な道具が所狭しと置かれている2階の中を素早く見回す。
小さな窓から差し込む微かな光を頼りに見てみれば、真っ黒い羽を持つくらやみポケモンたちの姿が──
「カーッ!」
「カケッ、カァッ!!」
「いち、に──3匹! さっき“まひ”った奴を含めて、ヤミカラスが3匹いるぞ!」
体を“まひ”らせ床を転がる個体と入れ替わるようにして、2匹のヤミカラスがすっ飛んでくる。
それらのシルエットを頼りに向こう側を見てみれば、藁や端材などを固めて作ったらしき巣が容易く視認できた。
やはり地上と同様、光り物を集めて蓄える習性があるのだろう。巣に積まれている光り物たちが、窓から差し込む陽光を反射し、暗い部屋の割にはそれなりに視界が開けている。
戦うには十分な明度、そして部屋の広さ。
であれば後は、彼らを懲らしめ、風車から追い出すだけである。
「わたしが“まひ”ってるの含めて2匹請け負う! リクはもう1匹を!」
「オーライ、行こうぜニャース!」
「にゃーみ!」
リクの声に背を押され、飛び出したマハルニャースが、その細い尻尾のスイングによってヤミカラスの内の1匹を捉え、左の壁まで吹っ飛ばす。
流れるようにマッチングが為されたのを確認しつつ、ソラは意表を突かれて戸惑うもう1匹に向かって、新たなモンスターボールを放った。
「ダブルバトル行くよ、びぃタロ! “アクアジェット”!」
「──びびっ!」
ボール開口と同時、水流を纏ったびぃタロは着地する事なく、ボールから飛び出した勢いのままに中空を駆ける。
何よりも素早く繰り出されたみずタイプのわざは、相手が対抗手段を繰り出すよりも先に、その土手っ腹を貫いた。
「カキャッ!?」
「びぃっ!!」
体を捻り、更なる衝撃を捩じ込み、吹っ飛ばす。
背後にあった巣へ叩き落されたヤミカラスは、墜落の勢いで自分たちの巣をめちゃめちゃにしてしまう。
「カー……カキィッ!? カカッ、カーッ!!」
「カ、カァ……カカァー!!」
すぐさま復帰したヤミカラスは、しかし自分たちの住処が変わり果ててしまった事を認識し、怒りの鳴き声を部屋中に響かせた。
そこへ、先ほど“まひ”を受けた個体も合流し、ともにソラたちへの憤怒と敵意を露わとする。
対するソラは、自分へ向けられる敵意に一瞬たじろぐも、すぐに首を横に振って意識を切り替える。
そんな彼女を庇うようにびぃタロが着地し、ようやく“ひるみ”から脱却したちゆりんもまた、戦友に並び立ち、2匹の敵と相対した。
「カッ、カァー!」
「カーケッ、カァ……!」
「……分かってる。本当はあなたたちも、自分たちが安心して暮らせる為の場所を探してただけなんだよね。巣をめちゃめちゃに壊したわたしたちが、あなたたちにとって酷い敵だって事も」
その言葉が綺麗事でしかない事もまた、ソラはきちんと理解していた。
彼らには彼らの暮らしがあるからと言って、こちらの生活を脅かされる訳にもいかない。
人間とポケモンは常に持ちつ持たれつの関係にあるが、時として互いの領分を脅かし合い、それに抗い合う関係にもある。
野生との、自然との然るべき接し方は、人によって答えも考えも様々だろうが──少なくとも、今この場では。
「あなたたちが、自分たちの巣を脅かされた事に怒る権利があるように……わたしたちにも、この街の人たちを脅かすあなたたちへ、暮らしを守る為に対抗する権利がある。恨み言なら、わたしたちが聞くわ。かかってきなさい!」
「カケッ──カキャァーッ!!」
果たして彼女の言葉をどう受け取ったのかは定かではない。
しかし確かな事として、ヤミカラスの真っ黒い翼は、室内の停滞した空気を引き裂き、こちらへ迫らんとしていた。
「振り払って! “しっぽをふる”!」
「びっ!」
尻尾で跳ね飛び、宙を舞う水色の体躯。
彼のしなやかな尻尾が、更に横へ薙ぐ形で振り抜かれ、迫り来るとりポケモンの翼と真っ向からぶつかり合う。
「び……っ!」
「カッ、カケー!!」
ジリジリと鍔迫り合いを演出するも、こちらはへんかわざを迎撃に応用しているのに対し、あちらは攻撃用のわざを攻撃の為に繰り出している。
当然、均衡はあちらの側へ傾いていき、やがて競り負けたびぃタロの体が床にはたき落とされた。
「……っ! ちゆりん、スイッチ!」
「ぴちゅーっ!」
攻撃こそ受けたものの、競り合っていただけあってダメージは軽微。
そう判断したソラの指示で、びぃタロと入れ替わるように、今度はちゆりんが前へ。
そして丁度、彼女が前に出るのとほぼ同時のタイミングで、向こうは遅れてやってきた“まひ”中のヤミカラスを伴い、更なる強襲を仕掛けてきた。
「カカッケ! カーッ!」
「カ、ケーッ!!」
健在な方のヤミカラスが翼をはためかせ、室内の気流を荒らして解き放つ。
“まひ”している方のヤミカラスが翼を振り、黒ずんだ霧を生み出し放つ。
相手の気力を喰らい削ぐ黒いモヤは、巻き起こされた風の波に巻き込まれ、合一。
漆黒の風圧へと転じると、たちまちにこちらへ襲いかかってきた。
ひとたび飲み込まれれば、まず痛痒は避けられぬ範囲攻撃。
それを前にして、ソラは矢継早に指示を叫ぶ。
「ちゆりん、“でんきショック”──散らして!」
「──ぴちゃっ!!」
両頬の電気袋より迸る、弱くも力強い稲光。
主の指示に従い、
「カカッ!?」
元よりひこうタイプは、でんきタイプに弱いが
“くろいきり”によって幾分かはこそぎ落とされたものの、それでも“でんきショック”の奔流は“かぜおこし”を食い破り、そのほとんどを霧散させるに至った。
空気に溶け消え、ほろほろと崩壊しゆく霧の幕。
そのド真ん中に風穴開けて、反撃を迫るは一筋の水流だった。
「──びぃ、やぁっ!!」
“つばさでうつ”攻撃の威力から立ち直っていたびぃタロが、互いの大技が打ち消し合った間隙を突いて、勢いよく駆け抜ける。
それは相手にとって、“ふいうち”も同然の急襲であり、ましてや大技を繰り出した後の緩みに捩じ込まれたとあっては──
「ケ、カァ──ッ!?」
「……びびっ!!」
“まひ”によって思うように反応できずにいたヤミカラスの頭部へ、渾身の“アクアジェット”が突き刺さる。
たちまち目を回したその個体は、力なく床に墜落し、ぐったりとして動かなくなった。
まずは1匹。
しかしそれは、仲間を倒されたもう1匹のヤミカラスを更に怒らせ、奮起させるに至った。
「カッ……!? カカッ、カァ──ッ!!」
怒りのままに振るわれた気流の一撃を、空中で無防備なびぃタロは避ける術を持たなかった。
それはソラも分かっている事であり──だからこそ、こう叫ぶ。
「
「──び、ぃいいっ!!」
ある意味で、思考放棄とも呼べそうなその指示に、
直後、自分ただ1匹に向かって怒涛する荒ぶる風を、一身に受け止める。
「びっ……びぃぃいいい……っ!!」
食い縛り、ただ耐える。
それが自分に課せられた役目であり、
そうして、荒れ狂う風がほんの少し、その勢いを緩めた──まさに、その瞬間。
その兆候を示し伝えるべく、“ものおとにびんかん”なあまえびポケモンの触覚が、明確に震わされた。
「──今!
「ちゅーうっ!」
床を蹴り、飛び上がる黄色のこねずみポケモン。
本来であれば彼女も巻き込まれるだろう“かぜおこし”の波濤は、しかし今はびぃタロがその身で受け止め続けていた。
なればこそ、この一手が通る。
「びぃっ!」
「ぴぃ──ちゅっ!!」
空中で相手の攻撃を受け続けていたびぃタロ。
その頭部を
「ケ──!?」
果たしてそれは、相手のヤミカラスにとって想定外の挙動だった。
元より、同胞を倒したびぃタロへの攻撃に意識を割いていた為、ちゆりんが彼の背後より跳躍していた事実に気付かなかったのだ。
そして今、その事に気付き、対処に動こうとしても──もう、遅い。
彼女は既に、自分よりも上を取っていたのだから。
「“でんきショック”!!」
「ぴぃっ、ちゅ──っ!!」
先ほどのような、攻撃を散らし相殺する為ではない。
正真正銘、相手を倒す為に繰り出される必殺のわざ。
避ける事すらできずにそれを受けてしまえば、もう耐えられる筈も無い。
「カッ……カ、ケェ……!?」
存分に電流を浴び切った2匹目のヤミカラスも、とうとう床に落ちて気を失ってしまう。
目をグルグルと渦巻き状に回す2匹のくらやみポケモンを見下ろしながら、華麗に着地したちゆりんが「ちゅっ!」と誇らしげな声を上げた。
マハル図鑑 No.031
【ヤミカラス】
ぶんるい:くらやみポケモン
タイプ:あく・ひこう
とくせい:ふみん/きょううん(いたずらごころ)
ビヨンド版
不吉の 象徴と される。夜に 活動する 為 見かける 前に 帰宅する のが しきたり。
ダイブ版
おかしな 場所で 宝石を 見つけたら そこは ヤミカラスの 巣だった かもしれない。
この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。