ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日4話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.4「境界の町 ウツシタウン」

【ウツシタウン】

~始まりと 終わりが 重なる 場所~

 

 

「──着いたぜ。ここがおいらたちの町、ウツシタウンだ」

「ふにゃお!」

 

 マハルニャースの鳴き声につられて望んだのは、緩やかな下り坂の下に広がる小さな集落だった。

 

 

「うわ……凄い。町だ」

「だから町って言ってるだろ……。何を想像してたんだ?」

 

 

 思わずの呟きに、ずっこけるリク。

 しかし、ソラは何も中身の無い素っ頓狂な言葉を口にした訳ではない。

 

 謎のポケモンに(いざな)われて迷い込んだ不思議な世界、“マハルの地”。

 そこには絶滅した筈のガチゴラスが平然と住んでいて、かつての父が提唱した通りの「秘境」を思わせるものだった。

 

 それ故に彼女も、「町に連れていって」とは言ったものの、心のどこかでは、ジャングルの奥地に住む部族めいた環境を想像していたところがあった。

 ところが蓋を開けてみれば、そこにあったのは一般的に「町」と言われて想像するような、普通の集落。少なくとも、遠目にはそう見える。

 

 

(あの感じ、本で読んだ事があるわ。大体、わたしが生まれる20年くらい前の……そう、カントー地方に近いかも。ポケモンリーグのチャンピオンが、まだワタルじゃなかった頃の)

 

 

 まだスマホが存在せず、デスクトップパソコンも分厚く大きく、テレビの向こうで男の子が4人、線路の上を歩いていた。概ね、そんな時代に近い雰囲気。

 本やネットで集めた知識が由来の推測ではあるが、それでも「秘境の部族」とはまったくかけ離れた世界である事は確実だ。

 

(秘境、ポケモンたちの楽園……って割には、やけに文明的ね。でも、こんな場所があるなんて聞いた事……)

「おい、何やってんだ? 早く行くぞ」

「あ、え、ええ。分かってる。今行くわ」

 

 もう既に坂を下っていたリクに声をかけられて我に返り、慌てて坂を駆け下りる。

 お付きのニャースもその後を追いながら、ここに来るまでやたらと考えに耽り通しな主の姿を見て、在りし日を思い出していた。

 

 

(血は争えないでニャスね、だんなさま)

 

 

 好奇心旺盛で、なんでも知りたがり、そして一度決めた自分の路線からはテコでも外れようとしない。

 それは確かに、かつての自分の主にして彼女の父、クレオメ博士そっくりの背中だった。

 

 

「よっと、とうちゃーく! こっからアネキの研究所まではすぐだぜ」

「ここがウツシタウン……。そこら中をポケモンが歩いてるけど……みんな野生なの?」

「まーな。この先のカロンタウンに続く平原に住んでる奴か、あとは“死出の森”を追われて逃げてきた奴とかだな。この町は薬売りを生業にしてるから、傷ついたポケモンたちもすっかり居着いちまうんだ」

「だから草のいい匂いがしてるのね。坂の途中からでも香ってきたくらいだもの」

 

 

 地元民(リク)の解説を聞きながらに周囲をキョロキョロ、物珍しげに見て回るその姿は、まさしくお上りさん以外の何者でもなかった。

 

 実際、町の中に入ってみると、いたるところをポケモンたちが闊歩していた。

 トレーナーがいる様子も無い、純粋な野生種。その割には、人間の生活範囲を邪魔したり壊す事なく、町の風景と見事に同化してみせている。

 

 

(あそこにいるのはピチューね。元いた場所でも見たけど、こんなところにも住んでるんだ。それにガーディ、ラルトス……あれは、まさかジャラランガ!? あんな大型ポケモンまで……)

 

 

 中には、ソラの知識に無い未知のポケモンもいくらか混じっていた。

 恐らくは、この“マハルの地”にしかいない固有の種なのだろう。その事実が、好奇心をより刺激する。

 

 小さく弱いポケモンも、大きく強いポケモンも、別け隔てなく町と共存している風景。

 ともすれば、元いた世界とそう変わらない町の空気感に、ソラは目を爛々と輝かせるが、それを自覚する事は無い。

 

 ……と、そこで。

 

 

「ね、あの屋根にいるポケモンは──っ!?」

「あら、リクじゃないか。そっちの女の子は見覚えが無いけど……外から来たのかい?」

 

 

 “ふいうち”気味に曲がり角から現れた、町の住民と思しきおばちゃん。

 どうもリクとは見知った仲のようだが、突然現れて話しかけられては、上機嫌で観察と考察に耽っていた少女は、途端にフリーズせざるを得なかった。

 

 如何せん、人間不信と人見知りを足して2で割った、うら若き14歳である。

 見知らぬ土地で、見知らぬ人間に声をかけられ意識を向けられ、まともに声を出せる訳が無い。

 

 背後では、ニャースとスマホロトムがハラハラしながらこちらを見守っている。

 

 

「うん? どうかしたのかい? 震えてるみたいだけど……」

「あ、ああぁあああ、あのっ、えと、そのっ、わたっ、わたし、は……」

 

 

 元気ハツラツな同年代のリクとは違い、相手は完全な大人である。

 ぶり返したトラウマが舌を“まひ”させて、目はグルグルと“こんらん”状態に陥っている。

 

 見かねたニャースが口を挟もうとするが、そこに割り入ってフォローしたのは、やはりと言うべきか、リクだった。

 

 

「こいつはポケモン博士だ! おいらの知らないポケモンたっくさん知ってるから、今からアネキに紹介すんだよ」

「あー、はいはい。いつものね。ごめんね、お嬢ちゃん。この子、なんでもかんでも褒めちぎって、凄い凄いって喜ぶの。しばらく付き合ったげて頂戴な」

「は、はぁ……。そうですか……」

「でもま、リクが褒めるくらいなんだから、あんたも凄い子なんだろうね。じゃ、薬しか無いとこだけどゆっくりしてってね」

 

 朗らかに笑い、そのまま去っていくおばちゃん。

 その背中を見送ったまま、ポカンと停止したソラに対して、背中を叩く手がひとつ。

 

 

「あのおばちゃんの言う事は気にすんな。おいらはあんたをすげぇって思ってっからアネキに紹介するんだからな。これまでの経験上、おいらの目に狂いは無いぜ?」

「……そか」

 

 

 呟けたのは、それだけであった。

 

 見知らぬ土地。見知らぬ人。見知らぬ出会い。

 己の事も、父の事も知らない人ばかりの環境だからこそ、こうした言葉に巡り会えたのは、果たして皮肉なのだろうか。

 

 悲しみとも違う不可思議な、そして決して不愉快なだけではない感情に、頭がグルグル流転する。

 ニャースはこちらを伺うように見上げているものの、何も口を出しては来ない。ここで自分が口を挟むのは「違う」と理解しているのだ。

 

 とはいえ、そんな思考の堂々巡りも、遠くから「おーい」と叫び手を振ってくるリクによって中断された。

 ソラがボーっとしている内に、随分と先へ進んでいたらしい。

 

 

「こっちこっち! ここがアネキの研究所だぜ~!」

「あっ……ごめん、ボーっとしてた。すぐ行くから待って!」

 

 

 そうして駆け出してみれば、どんどん近付いてくるのは1軒のプレハブ小屋だ。

 2階建てのそれは、彼女の知る「ポケモン研究所」よりも簡素で小さいものだが、この町の他の建造物に比べると、幾分か現代的に思えた。

 

 ソラたちが到着した頃には、先んじて到着していた彼が、研究所のドアをドンドンとやたらめったらに強くノックしていた。

 

「おーい! アネキ~! いないのかー!? 折角おいらがポケモン博士を連れてきたってのに、まーた仕事サボって──みぎゃっ!?

「だーれがサボってるって? それに、なんだ? ポケモン博士ぇ? あたし以外にいるってのかよ、そんな酔狂モンが」

 

 乱暴に開け放たれたドアが、リクの鼻っ柱という“きゅうしょにあたった”。

 それと同時に、むわりと建物の中から溢れ返ってくるのは──鼻を捻じ曲げるかの如し、強く刺激的な煙の匂い。

 

 

「けほっ……!? これ、タバコ……っ!?」

「むせ返るほどの煙でニャスね……。吸い込みすぎるのはあまりよくないニャス」

「やっぱりかよアネキ! タバコ吸いすぎんのはやめろってあれほど……」

「っせーな……。別にいいだろ、あたしの生き甲斐なんだから。これが無いと頭回らねーで研究どころじゃねーんだよ」

 

 

 やや低く、それでいて女性らしさもある、ぶっきらぼうな声だ。

 

 ドアの前に立つのは、くすみだらけの白衣を着崩した長身の女性。

 そこで鼻を抑えて転がっている少年と同じ浅黒い肌に、ボッサボサな黒のロングストレートと、フチの鋭い眼鏡が印象的である。

 

 そして何より、口に咥えられたタバコ。

 もうもうと今なお煙を吐き出すそれが、建物の中に充満する匂いの正体である事は、火を見るより明らかだ。

 

 

「で? あんたが愚弟(ぐてい)の連れてきたポケモン博士かい?」

「は……い、いえ。何故か、彼からそう呼ばれてるだけで……」

「ま、そうだろうな。このバカはいちいち大袈裟でね。あんたもいい迷惑だったろ」

「そ、れは……その。でも、危ないところを助けてもらいました、ので……」

 

 

 毎度の人見知りが発露しそうになるも、相手はリクの姉であり、「紹介する」と言って会わせられた相手である。

 どうにか声を絞り出し、おっかなびっくり言葉を返すと、タバコ()みの女性は眼鏡の奥で目を細めた。

 

「助けられた? ってーと、アレか。どっかの野生に絡まれでもしたか?」

「は、はい。ガチゴラスに、その……確か、彼は“死出の森”と言っていましたが──」

「待て、“死出の森”だと? 確かにガチゴラスなんて、この辺じゃそこにしか住んでないだろーが……あの森に行くなんて、死にに行くようなモンだろ。なんだってそんな場所に?」

 

 ぐ、と言葉に詰まる。

 ここで馬鹿正直に「知らないポケモンを追っかけて、気が付いたらここに迷い込んでいた。こんな場所、知らないし聞いた事も無い」と言って、果たして信じてもらえるのか否か。

 

 言葉が出かけては消え、新しい言葉を用意しては捨てて、をしどろもどろに繰り返す。

 端から見れば、怪しい事この上無い。事実、目の前の女性は、そんなソラたちの姿を舐め回すように()めつけている。

 

 

「その珍妙なパーカー、宙に浮いてるミョ~なロトム、そんでそっちの白いニャース……。さてはあんた、『気が付いたらここにいた』とでも言うつもりなんじゃないか?」

「──っ!? なんで……」

「図星か」

 

 

 ウソつきと糾弾されたらどうしよう。

 そんな恐怖が、爪先から頭頂部にかけてを駆け回る。

 

 しかし、彼女の狼狽とは裏腹に。

 女性はタバコを噛みながら「チッ」と舌打ちを落とし、面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 

「マ、ジ、かァ~……。まさか、あたしが生きてる内に、“星見人(ほしみびと)”に遭遇する機会が来るたぁな。ある意味面倒くせぇが……だが、面白くなってきた」

「ほし……え? 何がどういう──」

「──マジで!? ソラってあの“星見人”なのか!?」

 

 

 視界の外で復帰したらしいリクが、ガバっと飛び起きるや否や、すぐさまこちらへ飛びついてくる。

 こちらを見る彼の眼差しは、ソラを「ポケモン博士」と呼んでいた時以上の輝きを帯びていた。

 

「うわーっ! すげぇ、“星見人”ってマジでいんのか! って事は、太陽とか月とか、実際に見た事あんだよな!? な、本物の『空』ってどうなってんだ!? おいら、おとぎ話で聞いた話しか知ら──ぎゃべっ!?

「女の子に詰め寄るなクソ愚弟がー。ただでさえ空っぽな頭してんのに、デリカシーすらどっかに落としてきたのか? その辺歩いたら“おとしもの”として拾えるかもな、あんたの脳みそ」

 

 興奮する弟の首根っこ引っ掴み、乱暴にぶん投げる姿は、まさしく女傑。

 すってんころりんと地面を転がり、無様に崩れ落ちる肉親の末路を他所に、白衣の女性はタバコを離し、口から煙を吐き出した。

 

 

 

「わぷっ……!?」

「おっと、悪いな。もう愚弟からは聞いてるだろうが、あたしはルスティカ。このマハル唯一にして随一のポケモン博士だ。気軽にルスティカ博士って呼びな」

 

 

 

【ウツシタウン ポケモン研究所】

【ポケモン博士 ルスティカ】

 

 

 

 女性──ルスティカ博士は再びタバコを咥えると、ニカッと歯を剥いて笑った。

 その所作と雰囲気は、成る程。リクの面影がある……否、リクの側に、ルスティカ博士の面影があると言うべきか。

 

 

「入りな。お互い積もる話もあんだろ、中でゆっくり聞かせてやる」

 

 

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