ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.59「ジムバトル前夜」

 夜。

 宿屋に戻り、お風呂で1日の汚れと埃を落とし、夕飯に舌鼓を打って──そうして、割り当てられた部屋にて。

 

「いよいよ……ね。この世界に来て初めてのジムバトル……ジムリーダーとの、ポケモン勝負」

「びっ」

 

 ベッドに腰掛け、日課である手持ちポケモンたちのお手入れ(リフレ)をしながらに、ソラはそうなんとなしに呟く。

 

 ちなみに今は、よく濡らした清潔な布巾で、膝の上に乗ったびぃタロの体を擦り、磨いてやっている最中だ。

 はるりんは先に毛繕いを終えて、おやつの“クラボのみ”を齧っており、ちゆりんは床に寝そべりながら、びぃタロの番が終わるのを待っている。

 

 

「びーぃ?」

「……うん。正直、緊張しているわ。8つもあるジムの1つ目で何をって言われるかもしれないけど……でも、わたしはまだ、ポケモントレーナーとしてはまだまだ素人同然だから」

 

 

 体を磨かれながらも、どこか伺うようにこちらを見上げてくる相棒に対して、そのような言葉を零す。

 緊張しているという言葉に違わず、布巾を持つその手は震えているが、それでもびぃタロのお手入れ(ポケモンウォッシュ)は緩めないよう努めている辺り、生来の真面目さがよく見える。

 

 

「……覚えてる? もう、数日前になるのかな。カロンタウンの“船出仕合”で戦った男の子。彼と、彼のポケモンに……わたしたち、負けちゃったよね」

「びぃ……」

「それに、洞窟でのテレネットとの戦い……。最初に追い回された時もそうだけど……最後の対決の時も、リクたちが助けに来てくれなかったら……多分、わたしの指示だけでは負けてたと思う」

 

 

 丁寧に甲羅の汚れを拭い、額の触角まで丹念に清めてやる。

 びぃタロが見上げる先のソラは、それでもどこか浮かない表情のままでいた。

 

 “船出仕合”での、名無しの少年との勝負。ポケモントレーナーとしての、初めての敗北。

 “ギムレの洞穴”での、オヤブンテレネットとの戦い。1度目は彼の率いるテレネットの群れに追い立てられ、2度目はこちらから仕掛けたにも拘らず、絶体絶命の危機に陥った。

 

 数度の敗北経験が、少女の心に楔のようなものを打ち付けているのだ。

 無論、それで立ち止まるつもりは無い。風車の上で決意を口にしたように、彼女はこれからも、旅を続ける気でいる。

 

 ……それでも、頭の中に残る「負けたらどうしよう」は、未だに拭い去れずにいた。

 まだ駆け出しの、酸いも甘いも知り尽くしていないような年若い少女であれば、尚更だ。

 

 

 

「わたし、まだまだ未熟だからさ……びぃタロや皆を、勝たせられないかもしれない。何度も負けたり、辛い思いをさせるかもしれない。それでも──」

「──びぃっ!!

 

 

 

 不意に飛び上がったびぃタロが、ソラの額を右手で軽く小突く。

 

 額に受けた衝撃と、ほんの僅かな痛みに、彼女は驚きや困惑よりも先に、パチクリと瞬きをする事しかできなかった。

 そんな主人を他所に、彼はベッドの上に着地すると、今度は右手を自身に向け、大きく胸を張る。

 

 

「びーいっ! びび!」

 

 

 ふんす、と鼻息荒く何かを主張するびぃタロ。

 目を真ん丸に開きながらも、数秒経ってようやく彼の意図を理解したソラは、少し困った風に苦笑した。

 

 

「……そうだね。始まる前から、戦う前からウジウジしてたって、なんも変わんないか。ごめんね、びぃタロ。わたし、かなり弱気になってたみたい」

「びびっ!」

「ほり、けーりぃっ!」

「ぴっちゅ!」

「ふふっ……ごめん、ごめんったら。だからそんなにくすぐら……あひゃ、あははははっ!」

 

 

 そこへ、見かねたはるりんとちゆりんまで突撃してきて、めいめいに体を擦り付けたり、思うがままに“じゃれつく”ものだからさぁ大変。

 体をくすぐられて我慢できず、ソラは笑い声を上げながらベッドに倒れ込んでしまう。

 

 流石に心配して顔を覗かせたびぃタロを、彼女は両手で抱き寄せ、胸の内に抱え込む。

 

 

「びっ!?」

「……うん。ごめんね、皆。わたし1人だけでバトルしてる訳じゃないもんね。皆が協力してくれて、わたしの指示を聞いて、信頼してくれて……それで、初めて戦えるんだもん」

 

 

 相棒の頭を優しく撫で、ベッドに倒れ込んだままに天井を見上げる。

 

 ポケモンバトルは、ポケモンが戦うものだ。トレーナーが戦う訳ではない。

 ポケモンは、トレーナーの指示を聞いて戦う。トレーナーが従わせている訳ではない。

 

 双方の信頼関係あってこそ、ポケモンバトルは成立する。

 トレーナーがポケモンの力を信じ、ポケモンがトレーナーに己を委ねなければ、勝てる勝負も勝てなくなる。

 

 それを、トレーナーが()()()()()()()など──なんと思い上がった言葉だったろうか。

 

 

「わたし、皆を信じるよ。びぃタロ、はるりん、ちゆりん。皆ができる子だって、どんな相手にも勝てる凄い子たちだって、信じて信じて信じ抜く。だから皆も……わたしを信じて、わたしの指示に応えてくれる?」

 

 

 もぞりもぞりと、ポケモンたちが顔を上げ、互いに顔を見合わせる。

 そうして数秒も経たぬ内に、示し合わせたかのように小さく笑い合い、ともに自分たちのトレーナーを見た。

 

 彼らの答えなんて、たった1つに決まっている。

 

 

 

「──び!」

 

 

 

 自信たっぷりのそれに、ソラもまた微笑みを返して。

 夜は、ゆっくりと更けていく。

 

 

 

 

 

 

【プルガーシティ プルガージム】

 

 

 翌朝、朝食を済ませて神殿(ジム)を訪れたソラたちが案内されたのは、昨日目にした入口前のバトルコート……ではなかった。

 

 神殿(ジム)の中に入り、地下へと続く階段を降りた先。

 そこには、地上のジムと比べても遜色ないほどに広いコートが併設されていた。

 

 施設内部のコートでありながら、コート全体の広さ、天井までの高さはともに、大型のひこうポケモンが飛び回ったとしても不自由は無いと思われるほどのもの。

 地下に作られた為か、フィールドはしっかりとした岩肌になっており、恐らくは“あなをほる”にも十全に対応できるだろう事は容易に推察できた。

 

 飾り気は無く、仕掛け(ギミック)らしいものも見受けられないシンプルなコートだが、それだけに手入れがしっかりと行き届いているのがよく分かる。

 いつ如何なる時でも、過不足無くバトルができるように。そんな配慮が為されている事実を、素人のソラでさえ、一目見ただけでも理解できるものだ。

 

 そんなバトルコートを、壁に取り付けられたリバーテル結晶(採掘され、照明用に加工されたものだ)の光が優しく照らしていた。

 

 

「……(すげ)え。これがジムバトル専用のコートなのか。おいらも実物は初めて見たぜ」

「とても管理が行き届いていて、綺麗なものですニャア。ニャーも地上のバトルコートはいくつも見てきニャしたが、これが“バトルシャトー”の専用コートだと言われても、違和感はありニャせん」

 

 

 ともに来たリクとニャースも、それぞれの形で感嘆の言葉を漏らしている。

 

 リクはルスティカ博士の指示でフィールドワークをしていた為、バトル経験のほとんどが野生相手の野良バトルであり、対人戦やそれ用のコートを見た経験に乏しい。

 ニャースはかつて、ソラの曽祖父とともに社交場(シャトー)でバトルを嗜んでおり、それだけにバトルコートの良し悪しにも一家言があるのだろう。

 

 

「……ここが、バトルコート。わたしの、最初のジム戦の舞台……」

 

 

 そして、ソラ。

 彼女は“マハルの地”に来るまで、バトルどころかポケモントレーナーとしての活動すらしていなかったズブの素人である。

 

 とはいえ、ネット上で試合や対戦の観戦は日常的にしており、一般的なジム戦がどういうものであるかも、漠然とではあるが理解していた。

 その多くがガラル地方のジムチャレンジであったり、パルデア地方のライブ配信やラップステージであったりと、配信向けの“魅せる”試合や舞台であった事は確かだが、それでも──

 

 

 

(なんだか……()()()()()

 

 

 

 バトルコートに降り立った瞬間、彼女は本能的にそう感じた。

 

 

(これって、わたしがぺーぺーの駆け出し(おのぼりさん)だからそう思うだけなのかな。それとも、トレーナー皆がそう思ってるのか──)

「──うんっ☆ 準備は万端、バッチリオーケーみたいだね♪」

 

 

 意識の外から飛び込んできた言葉に、ソラはようやく現実へ戻ってくる。

 ハッとして周囲を見れば、自分は既にコートの端に立っており、リクとニャースは離れた位置の観戦席にいた。

 

 そして、コートを挟んだ反対側。

 背後の壁に飾られている、“何重にも鎖が巻き付けられた錨”の紋章(エンブレム)に見下されながら、その場所に立つは。

 

 

「お目々パッチリ、顔色もキラキラ☆ しっかり食べてしっかり休んで、気分も完璧“リフレッシュ”──ってカンジ♪ あとは、うんっ! シェラちゃんと戦う心の用意は、大丈夫かーい?」

「……はい。いつでも!」

 

 

 汚れの1つも見当たらない綺麗な肌に髪に服。

 相も変わらず、アイドルとメイドを混ぜ合わせたような装いに身を包み、キラリと光る笑顔を携えた1人の女性。

 

 ただ違う点は、その手にしかと握られた丸い球体。

 青と白の半円が組み合わさり、赤い2つのラインに彩られたそのアイテムは、普段ソラたちが用いているモンスターボールの上位互換品──その名を、“スーパーボール”という。

 

 コートの対面に立つ彼女こそが、プルガーシティの大神官(ジムリーダー)、シェラである。

 

 

「自己紹介はもう要らないよね? 例え風の届かない地下だろうとも、シェラちゃんとシェラちゃんのポケモンちゃんたちは、自分たちの手で風を生み出し、思うがままに戦場を支配する! シェラちゃんたちのスピードに、乗り遅れないよう気を付けてね☆」

「大丈夫。わたしも、わたしのポケモンたちも、あなたたちの風を打ち破り、攻略してみせます。スピードに乗って“かそく”して、更にその先へ行く為にも!」

 

 

 己を“ふるいたてる”為の啖呵で、未だ残る躊躇いと不安を押し殺し、気分を昂らせていく。

 そんな内心を見抜いているかのように、シェラは満足そうに笑って、それからボールを構えた。

 

 チラリと一瞬、観戦席のリクやニャースたちに目を向ける。

 彼らはこれから始まるバトルを、その場に立つソラを見守るように座っていて、今か今かと始まりの時を待っていた。

 

 そして気付けば、1人の神官がコートの外側に立ち、その場を俯瞰するように見ていた。

 彼がこの試合の審判役、という事だろう。

 

 

「それではこれより、“リンネの儀”に則り、プルガージムのジムバトルを執り行います。此方(こなた)大神官(ジムリーダー)シェラ」

「はいはーいっ☆」

彼方(かなた)、巡礼者ソラ」

「……はい!」

 

 

 審判役の男性が、高らかに名前を告げる。

 

 場は整った。後は戦うだけ。

 ソラは対面のシェラに向き合い、己の相棒たちが入ったモンスターボールを1つ、手に取った。

 

 

「それじゃっ──レッツ・オンステージ☆」

 

 

 

《ジムリーダーの シェラが しょうぶを しかけてきた!》

 

 

 

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