空中戦に敗れ、呆気なく地に落ちるちゆりん。
傷だらけで砂利にまみれた彼女は、目を渦巻かせて“きぜつ”していた。戦える力が残っていないのは明白だ。
「はるりんっ!」
「ハルドリ、戦闘不能!」
状況を俯瞰して見ていた審判が、厳正に勝敗を宣言する。
これでソラの手持ちは、残り2匹。相手の手持ちと並ぶ形になる。
「まずは1匹☆ そう簡単に倒されるほど、シェラちゃんのポケモンちゃんたちは甘くないぜーい?」
横ピースを伴い、堂に入ったウィンクを決めるシェラ。
そんな彼女の下へ、ホーホーが一息を入れに舞い戻っていく。
(これが、ジムリーダーとの戦い……。たった数手の攻防なのに、
「ソラちゃんはねぇ、バトルのセンスは光るモノがあるけど、ちょーっと理屈っぽいトコが目立つかな? 指示してる時も、場を見てる時も、必要以上に
巡礼の試練たるバトルの最中にあっても、
それが神官──神に仕えるポケモントレーナーたちを教育・鍛錬する、ジムリーダーとしての職分なのだろう。
……そんなコート上のやり取りを、リクとニャース(と、リクの膝の上に乗っかっているマハルニャース)は観戦席から目撃していた。
そして、目の前で繰り広げられた攻防と、そこで用いられた
「……なぁ、じいさん。今の、シェラさんが言ってたやつ……マジにできるもんなのか?」
「理論上は可能……で、御座いニャスね。ですが、実際に似たような事をやれと言われれば……少なくとも、老いぼれた今のニャーでは難しいでニャしょう」
腕を組み、重々しく頷くニャース。
今でこそ老い故に一線を引いているが、かつては
「ニャーの使えるわざで言うニャらば、例えば“みだれひっかき”と“ネコにこばん”、もしくは“フェイント”と“ねこだまし”を組み合わせて、それらをまるで1つのわざであるかのように繰り出す、という事ニャのでしょう。でニャスが……」
「……むずくね? それ。今の例えに出た“フェイント”と“ねこだまし”なら、
「にゃみ……」
膝の上で大人しくしていたマハルニャースに聞けども、返ってくるのは耳をぺしゃりと畳みながらの力ない鳴き声のみ。
無理も無い話だ。いくらバトルの経験があるとはいえ、そうやすやすとできる技巧ではない。
実際にやっているところを見て、そういう風なやり方があると知って……そこからが、ようやくスタートラインのようなものだ。
もしも、それを成せるとすれば。
「ポケモンの側にも、トレーナーの側にも、相当な練習か……或いは、相応の
そう結論づけた視線は、2人のトレーナーが対峙するバトルコートの一方に向けられていた。
傷つき倒れたはるりんをモンスターボールに収納し、そのボールをギュッと胸の内に抱くソラの姿から、片時も目を逸らさないように。
「……ナイスファイトよ、はるりん。後は任せて」
労りの言葉を呟いた後、ボールを腰のホルダーに収める。
そうして、次に繰り出すボールに指をやろうとして……数瞬を、思考に費やした。
(タイプ相性から考えて、ちゆりんはこのバトルにおいて有利に動ける。本当なら相手のエースに合わせて最後に投入したいけど……でも、ホーホーの“すばやさ”にびぃタロがどこまで追い縋れるかは未知数。それに、
結論は出たとして、2つ目のモンスターボールに手をかけ、ホルダーから取り外す。
「(どうせ相手の方が速いなら、有利な方でドンと構える!)行って、ちゆりん!」
「ぴちゃーっ!」
空中で開かれたボールから飛び出し、軽やかに着地したのは
頬の電気袋からバチバチと迸る火花が、彼女なりの闘志の表れであり、
「お次はピチューちゃんか☆ ハルドリちゃんが倒されたコトに怒ってるのかな? とっても仲間想いの、“ゆうかん”な子なんだね♪」
「はい。ちゆりんもはるりんも、1番エリアで捕まえた子たちなんです。カロンタウンでの“船出仕合”の時も、今と同じように奮い立っていましたから」
「そっかそっか♪ 手持ちの子たち同士が仲良しなのはステキなコトだね☆ でもでもぉ──」
右手を前に突き出し、フィンガースナップ。
華麗な所作、綺麗な指先から放たれたそれは、軽やかな音を響かせ、己の友たるホーホーを突き動かす“おいかぜ”となった。
「気持ちだけで勝てるほど、ジムリーダーは容易くないのだー☆ ホーホーくん、いきなり“ねんりき”行っちゃおう♪」
「ほほっほう!」
距離は離れているとはいえ、確かに目視できる距離と位置にいて、その姿もハッキリ見えている。
にも拘らず、ホーホーの飛行は驚くほどに静かで、その上速い。
気を付けていないと、目視している筈なのに見失ってしまいそうになるほどだ。
「……まだよ。まだ、構えて」
「ちぴ!」
対するちゆりんは、その場から一切動く事なく、デンと相手を待ち構える。
ソラに指示されずとも、彼女は元よりそのつもりだった。ちっちゃな腕をガッシリ組んで、電気袋のボルテージだけを上げていく。
1人と1匹の
無音の襲撃者は、その目を青く光らせた。
「ほほーっ!」
その、刹那の事である。
「──今! “でんきショック”!」
「ぴっ──ちゅーっ!!」
溜めに溜め込んだ電流が、前方に向けて一気に放出された。
不可視である筈の念動力は、迎撃に襲いかかってきた黄色の奔流と正面衝突して、そのシルエットを朧げながらも中空に映し出す。
「っ、
リクが思わずといった風に呟いた通り、目を焼くほどの鮮烈な輝きがそこにはあった。
薄くも仄かに青い圧力の壁が、眩いばかりの電流とぶつかり合い、喰らい合い、拮抗を演出する。
今この時、電灯で照らされていた地下のバトルコートは、昼間の外であるかのように──或いは、それ以上の明るさに支配されていた。
「(眩しくて頭がクラクラしそう……けど、拮抗できてる!)ちゆりん、もうちょっとだけ頑張って!」
「ぴ、ぢゃーっ!!」
その眩しさたるや、観戦席の彼らよりも至近距離で状況を見ているソラも、腕で目を庇いながらでないと、まともに場の俯瞰ができないほど。
一方のシェラはと言えば、常人ならば直視すれば目が潰れかねない閃光の中にあって、さも当然のように目をパッチリと開き、目の前の光景を観察していた。
(さっすが、“でんきショック”ですらこの威力とは、将来性バツグンだねぇ~♪ で、もぉー? ちょっと鍛えただけの
仄かな違和感。
ともに進化前のポケモン同士とはいえ、練度と経験の差は大きいものだ。
客観的に見ても、“とくこう”勝負は間違いなくホーホーの側に軍配が上がる。
にも拘らず、
“ねんりき”の側が出力で勝り、“でんきショック”を打ち払いながらちゆりんに襲いかかる──というヴィジョンが、まったく実現していない。
(まさか、
バチッ!と火花の弾ける音がした。
それこそが、ソラの待ち望んだ瞬間だった。
「突っ込んで──
「ぴっちゃ、ぢゅ──ッ!!」
こねずみポケモンが跳ね、前へ飛ぶ。
電気袋から電気エネルギーを
そうして、念動力の波濤が目と鼻の先まで迫り、その圧力に真っ向からぶつかる寸前。
首を上に向かって全力で振り上げ、“でんきショック”の勢いと指向性を大きく転換させた。
現状、拮抗し合っている“ねんりき”と“でんきショック”は、片方の出力や性質に変化があれば、もう片方もその影響を受ける。
であれば、今の今までぶつかり合っていた“でんきショック”の側が、いきなり上方へ──
「そう来たか……☆ ホーホーくん、急いでその場から──」
「遅いですっ!」
シェラは、寸でのところまでソラの狙いに気付かなかった。気付けなかった。
如何に超人的な
だから彼女が指示を下し切るよりも早く、ホーホーの放っていた“ねんりき”は、電気の奔流と諸共に、天井に向かって吹き飛ばされていた。
「ほっ──」
「ぴっ、ちゅ」
自らのサイコパワーがその流れを大きく歪められてしまい、ホーホーがそちらに意識を向けてしまった、その隙に。
限界まで姿勢を低くしながら突っ込み、混じり合う2つのエネルギーを掻い潜ったちゆりんの矮躯は、既に直下の地点まで到達していた。
体の小ささは、即ち体重の軽さ。
そして体重の軽さは、そのポケモンに一定のすばやさを保証する。
如何に速度に秀でたとりポケモンとはいえ、懐にまで潜り込まれてしまえば、回避は困難。
「
「ちゃーっ!!」
勢いよく飛び上がったちゆりんの電気袋は、確かにホーホーの顔面へと擦り付けられた。
この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。