ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日4話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.63「ソラの素質」

 ……眼前の戦況を俯瞰していたソラにとって、その大音量はもはや苦では無かった。

 こうも閉鎖された空間で何度も何度も音波攻撃を聞き続けていれば、聴覚もいい加減“まひ”してしまうというもの。

 

 だからこそ、耳を(つんざ)くほどの叫声に意識を囚われる事なく、その場を冷静に見る事ができていた。

 

 3度重ねたタイプ一致の“エコーボイス”は、不可視であるにも拘らず、目に見えて分かるほど大気を揺さぶり、歪め抜いている。

 これを真っ向から突破するのは、容易な話ではない。事ここに至っては、バトルコート全体を射程内(レンジ)に収めている以上、回避すら困難だろう。

 

 これが、ちゆりんとホーホーにとって最後の攻防になる。そんな確信だけがあった。

 

 

──だから、こうするのだ。

 

 

 

「“()()()()()()()()()()()──“しっぽをふる”!!」

「ぴ、ちゅーっ!!」

 

 

 

《ちゆりんの しっぽをふる こうげき!》

 

 

 小ぶりながらも、確かな筋力を持ったピチュー(ちゆりん)の尻尾。

 迫り来る決定的な波濤を目前に跳躍し、空中へ躍り出た彼女のそれが、全霊の気合を以て振るわれた。

 

 ……無論、ただ相手の“ぼうぎょ”を下げるだけのへんかわざで、3段階目の“エコーボイス”を振り払える訳が無い。

 だが、この場に限っては話が異なる。

 

 先の指示通り、ちゆりんは頬の電気袋から電流を迸らせ、その身に纏わせながら突撃していた。

 そのままの状態で“しっぽをふる”を繰り出し──あまつさえ、身に纏っていたでんきエネルギーを同時に解き放てば、果たしてどうなるだろうか?

 

 

「……っ、なぁるほどね? “でんきショック”を重ねたのは、そういうコトか☆」

 

 

 答えは、()()である。

 振り抜いた尻尾の動きと勢いに合わせて、電流は彼女の体を離れ、より広範囲にばら撒かれるのだ。

 

 とはいえ、ただでさえ()()()()で不完全な合わせ技である。

 最初にわざの複合を目にした際に懸念した通り、ただ電流がばら撒かれただけのそれは、“でんきショック”としての威力や効力は何1つとして帯びてはいなかった。

 

 けれどもこれは、元より相殺や迎撃を目的としたわざではない。

 

 

ほぉおおお──ほぉっ!?」

 

 

《あいての ホーホーは からだが しびれて うごけない!》

 

 

 空気を揺らす暴威に呑まれ、打ち消され、中空で消えゆく幾多もの軌跡。

 その中にあってなお、空気と音波の間を縫い、ホーホーのすぐ近くまで到達した一筋の電流があった。

 

 当然の話だが、ただそれだけの事実が決定打になる事は無い。

 それは“でんきショック”ですらない、触れたところで少しバチッと弾けて痺れるだけの火花なのだから。

 

 しかし、今のホーホーは“まひ”状態──微弱なでんきエネルギーが体に纏わりついている状態にある。

 そんな状況で、同じポケモンに由来する火花が眼前で弾ければ、呼応した体表の“でんじは”が体を硬直させてしまう。

 

 わざを繰り出していた真っ最中のポケモンが、その身に帯びていた“まひ”が故に硬直し、動けなくなる。

 それがどのような結果をもたらすかなど、幼子ですら分かる話だ。

 

 

「“エコーボイス”の勢いが、衰えてる……!?」

「わざが強制的にキャンセルされたので御座いニャス! 外部から“まひ”の効果を無理やり起動させて、相手の動きを封じたのでニャスか……!」

 

 

 果たして、バトルコートで何が起きたのかを最も明瞭に把握できたのは、観戦席に座る1人と1匹だ。

 

 “エコーボイス”による大気の振動は、もはや目視によって理解できるほど大きく、そして激しいものだった。

 だが、繰り出し手である“ホーホー”が痺れて動けなくなった瞬間、それらの勢いと破壊力は途端に衰え、失われていく。

 

 電気を帯びた“しっぽをふる”は、“エコーボイス”を打ち消す為のものではない。

 “エコーボイス”を放っているホーホーの動きを縛る事で、わざそのものを出せなくさせる為のものだったのだ。

 

 そうして、可視化されるほどの空気の震えは徐々に崩れ、ホロホロと解きほぐされていき──

 

 

《あいての ホーホーの ぼうぎょが さがった!》

 

 

 霧散しゆく音波攻撃の奥に、より大きな隙が生まれる。

 

 

「これで終わり──ちゆりん、“ほっぺすりすり”っ!」

「──ちゅっ!」

 

 

 解けて消えゆく“エコーボイス”を挟んで、彼我が中空で一直線に結ばれた。

 距離を考えると、遠距離わざである“でんきショック”では間に合わない。であれば、取る手はひとつ。

 

 指示と同時、体表に残っていた“せいでんき”を一気に炸裂させて、空中をかっ飛ぶその姿は、文字通りのねずみ花火だ。

 電気袋から振り絞った電流は、頬に纏わせたまま出力を上げ、相手に向かって真っ直ぐに。

 

 

 

「ぴっ──ちゃ、ちゅーっ!!

 

 

 

 尋常の手段では破れぬものと思われていた、3段階目の音圧の壁。

 もはや見る陰も無いほどに崩れ切ったそれは、己の役目を果たす事無く、黄色の閃光に食い破られて、とうとう跡形も無く消え失せた。

 

 

「ピチューちゃんの“こうげき”は、2回重ねた“なきごえ”で2段階下がってる。けど……」

「そっちのホーホーの“ぼうぎょ”も、“しっぽをふる”を2回積んだ分、2段階下がってる! 条件はイーブンです!」

 

 

 “がくっとさがった”ちゆりんの“こうげき”は、元の数値の半分。

 “がくっとさがった”ホーホーの“ぼうぎょ”も、元の数値の半分。

 

 結果として“ほっぺすりすり”の威力は、限りなく元々の威力に等しいものとなっていた。

 そこにタイプ一致の補正、“せいかく”の補正、そして“こうかばつぐん”の補正が合わさり──

 

 

「ぴぃ、ちゅーっ!!」

「ほ──ほほぉっ!?」

 

 

《ちゆりんの ほっぺすりすり!》

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

 

 “たいあたり”、或いは“とっしん”とも見紛うほどの激突が、小さなふくろうポケモンの身に降りかかる。

 衝突の瞬間、頬に留められ収束されていた電圧が、ホーホーただ1匹に対して浴びせかけられた。

 

 一瞬、されど数十秒にも思えるほどの閃光が消えた時。

 2つの影が、まったく同時にコートに落下する。

 

 

《あいての ホーホーは たおれた!》

 

 

「──ちーゆっ!」

 

 

 疲弊を隠せずにいながらも、難なく着地に成功し、力いっぱいに胸を張るちゆりん。

 対するホーホーは、全身を痺れさせながらコートの上に墜落し、もはや行動不能である事を明確に示していた。

 

「ホーホー、戦闘不能!」

「やった……! まずは1匹!」

 

 審判の宣言を以て、此度の攻防、その勝敗が確定する。

 思わずといった様子でガッツポーズをするソラの姿に、ちゆりんは「えっへん!」とでも言いたげに腕を組み、勢いよく尻尾を立てていた。

 

 

「……ありがと、ホーホーくん。仇はゼッタイ取ったげるから、今はゆっくりおやすみ☆」

 

 

 取り出したスーパーボールのスイッチを押し、倒れて動けなくなったホーホーをその中に収納して。

 それからシェラは、ほんの一瞬だけ浮き出た雑念を上塗りするように、ニパッと力強い笑みを浮かべてみせた。

 

 

「中々やるね、ソラちゃん☆ “でんきショック”を攻撃じゃなくて、相手の動きを止める為に使って、そこに“しっぽをふる”を組み合わせて、電流を広範囲にばら撒いたワケだ? ちょっとずつ頭も柔らかくなってきて、シェラちゃん嬉しーよ♪」

「ほとんど、強引な力技でしたけどね。“エコーボイス”の壁を突き抜けて、ホーホーにまで電流を届けられるかは……半分くらい、賭けではありました」

「まーね♪ ぶっつけ本番だからトーゼンだけど、狙いの割りに無理やり感はあったかな? それでも成功したのは、ポケモンちゃん側に経験(レベル)が足りてたおかげ。さっきのあれじゃあ、“わざの組み合わせ”とはちょっと言えないカモ☆ これからも精進していこーね♪」

 

 

 良かったところ、悪かったところを理論的に挙げていくシェラ。

 それを受けたソラは「ぐぅ」と呻きながらも、彼女の指摘をきちんと受け入れようと努めていた。

 

 

(今回はちゆりんに無理をさせ過ぎた……。わざの組み合わせなんて技術(テクニック)、本当はゆっくりじっくりと訓練して身につけるようなもの。それを小手先の浅知恵で無理やり実現させようとしたのは、わたしのミスだ)

「……とーはいえ、トレーナーの指示にポケモンちゃんがきちんと応えてくれるのは、いい信頼関係を築けている証拠だよ☆ トレーナーであるソラちゃんに目一杯応えたいと思ってもらえてる……ピチューちゃん、ソラちゃんにとっても“なついて”いるんだね♪」

 

 

 パッチリ明瞭なウィンクが、それを目にした者たちに星型のエフェクトを幻視させた。

 それが彼女なりのフォローである事は明白で、もっとも近い位置からウィンクを受け止めたちゆりんは、鼻息荒く頷いている。

 

 

「ちゅっ!」

「……! そう、ね。無茶させてごめん、ちゆりん。それと、ありがとう」

「ぴっちゅ!」

 

 

 なんというか、最初に1番エリアで捕獲した時に比べて、彼女(ちゆりん)も随分と度胸(タフさ)が身についてきたように思う。

 それがはるりんと同様に、“船出仕合”での敗北と、オヤブンテレネットに圧倒された事。それら2つの経験に由来する事は、ソラにも容易に想像できた。

 

 彼女は、自分を信頼してくれている。自分の指示に、己の命運を預けてくれている。

 それは彼女だけでなく、他の2匹も同様なのだろう。

 

 であるならば、いつまでもウジウジと失策を悔い続けている訳にもいかないというものだ。

 

 

 

「なんてーか……バトルしてる時のソラって、ちょっとチグハグだよな」

「……ほう。と、言いニャスと?」

「うーん、上手く言えないんだけどさ……」

 

 

 

 そして、それらを観戦席で見守っていたリクとニャース。

 膝の上でマハルニャースの顎を撫でてやりながら、リクは己の見解を言語化すべく、口の中で空気を転がした。

 

「シェラさんの言ってた、ソラが理屈っぽいっていうのは、おいらも分かる気がする。あいつ、基本的に冷静(クール)だけど、事あるごとに考え込むクセがあるじゃん? それでいてミョ~なところでビクビクしたり……こう、思考が先に来るタイプみたいなんだよな」

「それは……ええ、その通りでニャしょう。ひいさまは物心ついた頃より、おとうさまの残された研究資料に囲まれ、それらに触れて生きてこられたので御座いニャス。それ故に自然と、理論と思考に基づいた振る舞いをされるようになりニャした」

「だよな。けど、その割りには……」

 

 バトルコート、その一方の端に目を向ける。

 額の汗を拭い、口を窄めてか細く息を吐き出すソラの姿は、さながらアスリートか何かのようにも見えた。

 

 

「……なんか、()()()()()()()()んだよな、バトル中のあいつって。普段なら言わないような強めの言い回しとか、指示もノリノリで叫んでたり。いつもより大胆って感じがする」

「確かに……。地上にいた頃は、バトルの経験などてんで無かったひいさまが、この“マハルの地”に来られてからは、ポケモンバトルに()()()()()()()()ように思いニャス。それが巡礼の旅ゆえ、必要に駆られて……ではなく、ご自身の意志で、積極的に」

「だよな。勿論、それは悪い事じゃあないし、それで目の前の事が見えなくなってるって事も無さそうなんだけど……ただ、いざバトルをし始めると、普段の冷静(クール)なあいつからは考えられないくらい熱くなってる気がするんだ」

 

 

 腕を組んで頷きつつ、かつて、姉であるルスティカ博士が言っていた事を思い出す。

 

 

 

『──()()()、と決めた時の行動力。そいつが未熟さを、一時的にでも凌駕する。中々無い素質だぜ、ああいうのは』

 

 

 

 もしも、それが真実であるならば。

 

 

 

「好きな事に、どこまでものめり込んで、熱くなれる……。もしかしたら、バトルやってる時の方が、()()()()()なのかもな」

 

 

 

──そして再び、視点はコートを挟んだ2人へ戻る。

 

 

「これでシェラちゃんの手持ちは、残り1匹。ソラちゃんは、場に出てるピチューちゃんを含めてあと2匹だから、数の上ではソラちゃんが有利だね☆」

 

 ホーホーの入ったボールを懐に戻し、新たに取り出したスーパーボールを前へ突き出すシェラ。

 彼女の握力によってガッシリと抑えられている筈のボールは、しかし中に収められたポケモンが暴れているのか、激しく揺れ動き、今にも飛び出してきそうに見えた。

 

 

「けど、()()()はシェラちゃん的にも“とっておき”なの☆ シェラちゃんがタマゴから育てて、バッチリ鍛えた期待のルーキーちゃん! そう簡単に倒せるとは思わないコトだね♪」

「……いいえ、勝ちます。最後の1匹も倒して、わたしが……わたしたちが勝ってみせます!」

「いいよいいよ、そういう啖呵を吐ける子は強いんだ♪ その調子で、どんどん実っていこーね☆」

 

 

 全力の投球フォームから投げ放たれる、2つ目のスーパーボール。

 地面に叩きつけられるような形で繰り出されたそれから、勢いよく姿を表さんとするポケモンの影。

 

 果たして、その正体は──

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