巡礼者に合わせたポケモンを用意しているジムリーダーに対して、正真正銘、最後の1匹を繰り出すソラ。
そうして飛び出したびぃタロを、シェラは楽しげな視線で射抜いていた。
「最後の1匹はデシエビくんか☆ 風車でお掃除してた時に
「ドードーがシェラさんの切り札なら、この子はわたしの相棒です。はるりんとちゆりんが繋いでくれたこの機会、絶対に無駄にはしない! この子とわたしとで、必ず勝ちます!」
「びびっ!」
ふんすふんすと力強い鼻息とともに、グローブ同士が強くぶつけ合わされる。
相対するマハルドードーもまた、新たな強敵の登場に、地面を何度も脚で蹴っていた。
「びぃタロ、相手は恐らくひこうタイプ単体! だけどエスパータイプの先制わざを使ってくるから気を付けて!」
「びーぃい!」
威勢よく答え、構えを取るびぃタロ。
その指示の内容に、シェラの眉が少し上がる。
(へぇ……もう気付いたんだ☆
(ドードーの元タイプはノーマル・ひこう。ここはひこうタイプのジムだからひこうはまず確定。サイコパワーを持ってるみたいだけど、シェラさんは「本職に比べればまだまだ未熟」って言ってた。つまり、エスパータイプを持つのは
本職の研究者や学者に比べれば、ソラの持つ知識は少なく浅い。
彼女はただ、父親の残した大量の資料や、ネット上の情報を見聞きして、それを頭の中に留めてあっただけに過ぎない。
けれども、外界との交流を拒絶していた分、「知る」機会だけは潤沢にあったのだ。
少女の持つ知識欲は、確かに彼女自身の血肉となり、未知に対する考察を可能としていた。
(“サイコソニック”……聞いた事の無いわざだけど、先制わざである事は間違いない。そしてちゆりんの“ほっぺすりすり”で相殺できたという事は、“しんそく”や“ジェットパンチ”ほどの威力も無い。“でんこうせっか”とほぼ同等のわざ!)
「いいよいいよ、順調に実ってる♪ そのまま踏ん張って突き抜けて、豊作になったソラちゃんを見せてよ☆ ──ドードーちゃん、“つつく”を重ねて“サイコソニック”!」
「ディダダッ!!」
その走りは、あまりの歩幅の広さと速度ゆえに、限りなく飛行に近かった。
先ほどの攻防の折、ちゆりんに向かってかっ飛ぶマハルドードーの姿を「矢」と例えたが、今こうして地面を飛ぶように走るその姿は、まさしく1本の矢のようだ。
普通の矢であれば、
だが、今まさにびぃタロへと迫る矢の
当たれば当然、大打撃は免れない。
「“アクアジェット”で避けて!」
「びぃーあっ!」
それに対する解法は簡単だ。
相手がこちらの対処追いつかぬ先制わざのスピードで迫ってくるならば、こちらも先制わざで対抗すればいい。
湧き上がる水を体に纏い、横に飛ぶ。
後方からジェットエンジンのように噴き出す水流によって、びぃタロは高速の機動性を獲得し、文字通り「流れるような」動きで以て離脱する。
「ディッ……!」
マハルドードーのくちばしが虚空を穿ったのは、その直後の事だ。
自らの攻撃が空振りに終わった事で、灰色の双頭はたたらを踏み、遠くに着地した小柄な水色を憎々しげに睨みつけた。
「今……! “ビルドアップ”して!」
「びぃ……びぃいいっ!!」
呼吸を整え、気の流れを制御し、血を体に巡らせる。
「まだ積めるよね? びぃタロ」
「びぃあ!」
「させないよ……☆ もっかい“サイコソニック”♪」
「ディィィーッダ!!」
2回目の“ビルドアップ”を許せば、多少の
そう判断したシェラの指示が、マハルドードーの背中を押した。
1歩前に踏み出した瞬間、漲るサイコパワーが彼女の脚力を局地的に引き上げて。
次いで踏み締めた2歩目が、灰色の毛並みを一気に“かそく”させる。
瞬きする内に、くすんだ色の軌跡はトップスピードへと至り、
「回避……いや、“アクアジェット”で迎撃!」
「びぃ、びぁあっ!!」
ソラが叫び、小さな相棒はそれに応える。
再びその身に水の勢いを纏い、今度は前へ。己に迫る敵へと、逆にこちらから向かっていく。
疾風のくちばしと、水流の拳。
それらが空中で衝突し、乾いた破裂音を響かせる。
ちゆりんとホーホーが、互いのとくしゅわざをぶつけ合った時のような、エネルギー同士の拮抗などは起こらない。
交差は一瞬。お互いにわざを喰らい合い、喰らわせ合って、磁石が反発するようにそれぞれの背後へもんどり打った。
「もう1回、“ビルドアップ”!」
「させないったら! “サイコソニック”重ねて“つつく”☆」
地面の上でころりと転がり受け身を取ったびぃタロに、更なる自己強化を指示する。
そこへ畳み掛けるように“おいうち”の指示が下り、同じく体勢を立て直したマハルドードーが突貫を仕掛けた。
初めて場に現れた時から、やっている事は変わらない。
高い“こうげき”から繰り出されるぶつりわざに先制わざを重ね、高威力の攻撃を高速で放つ。
穿った見方をすれば「単調」で「一つ覚え」とでも言われそうな戦法だが、シンプル故に強力で、シンプル故に対処が難しい。
普通に考えて、威力の高いわざを先制して撃ちまくられては、ただそれだけで脅威なのだ。
「(“ビルドアップ”は……間に合わない! “つつく”が主体って事は、威力重視か!)後ろに飛んで!」
「びっ──びきゃあっ!?」
バックステップを指示するも、それより先に相手のくちばしが到来する。
後ろに向かって跳ねたのがギリギリのところで功を成して、直撃こそ避けたものの、それだけで完全に痛打を免れるほど、ジムリーダーのポケモンは甘くない。
胴体を掠めるくちばしの打撃力と、そこに重ねられたサイコパワー、そして超高速の刺突ゆえに発生する風圧。
例え直撃せずとも、それらは十二分以上のダメージとなって、びぃタロの軽い体を宙に舞わせた。
「“つつく”重ねて“みだれづき”っ♪」
「“れんぞくパンチ”で迎撃して!」
“おいうち”をかけるように、鋭い連撃が追いかけてくる。
その身の軽さと、ファイトスタイルが故の受け身のこなしにより、中空にあってなお体勢を整え直せたびぃタロは、グローブの連撃を以てそれを受け止めんとした。
「ディダダダダッ──ダァアッ!!」
「びっ──びびびびび、びぃっ!!」
くちばしと拳がぶつかる。
くちばしと拳がぶつかる。
くちばしと拳がぶつかる。
ラッシュにラッシュで応え、連撃で連撃を迎え撃つ。
空中で繰り広げられた、怒涛の殴り合い。その勝者は──
「ダァア、ディッ!!」
「びぁあっ!?」
差し込まれた1回ぶん、マハルドードーに軍配が上がる。
半ば殴りつけるようなくちばしの一撃が、ラッシュ勝負の敗者を地面に叩き落とした。
「びっ……い、ぃい……っ!」
地面の上でバウンドしつつも、その勢いを逆に利用して相手との距離を引き離す。
そうして再び構えるが、今のびぃタロは少し息が上がっているように見えた。
(“ビルドアップ”の上から打撃を与えられている……。やっぱり1段階程度じゃ、相手の“こうげき”に対する“ぼうぎょ”が足りてない!)
逆に言えば、“ビルドアップ”による“ぼうぎょ”の上昇が無ければ、“つつく”の分と合わせて、びぃタロの
それが分かっているからこそ、シェラはこれ以上“ビルドアップ”を使わせない為に、連撃と追撃を織り交ぜているのだ。
そして、そういった状況が故に、身に沁みて分かる事がある。
(わざとわざとの重ね合わせ……! へんかわざと組み合わせれば、攻撃しながらバフもデバフも自由自在。そして攻撃系のわざを2つ重ねれば、2つのわざの威力と効果が同時に発揮されるんだ! その威力の分で、ダメージレースはあちらが圧倒的に優位!)
タイプ一致のわざと、そうでないわざを組み合わせて同時に繰り出せば、タイプ一致によるダメージ補正がもう片方のわざにも乗せられる。
先制して攻撃できるわざと、そうでないわざを組み合わせて同時に繰り出せば、先制わざの速度で通常のわざを打ち放てる。
あとは、どちらのわざを
その恐ろしいほどの汎用性とカスタム性が、見かけやデータ以上の強さを引き出し、ソラたちを苦戦させていた。
「(でも──まだ、やり様はある!)びぃタロ、突撃! 前に突っ込んで!」
「びっ!? ──びぃいいっ!!」
突飛な指示に一瞬だけ面食らうが、すぐに地面を蹴飛ばし、その通りに突貫する。
我らが相棒の事だ。一見おかしな内容に思えても、そこには必ず、狙いがある。
それは盲信ではなく、ソラという少女の気質を確かに理解しているからこその信頼だった。
「(ヤケになった……? いや、何かあるかもね☆)ドードーちゃん、“サイコソニック”で迎撃してみよっか♪」
「ディディダッ!!」
どういう目的にせよ、あちらから死地に飛び込んでくるならば好都合。
そう判断して、シェラはマハルドードーに相手の先手を取るよう命じた。
誰も彼もの予想通り、青色を帯びたくちばしが、矮躯を真正面より迎え撃つ。
この距離、このタイミングでは、“アクアジェット”を繰り出す事は不可能。高速での回避も、ましてや迎撃も──
「──
「びぃいあっ!!」
尻尾が、跳ねた。
接敵の直前、地面に叩きつけた尻尾が、その勢いでびぃタロの体を宙へ跳ね飛ばせる。
果たしてそれは、自身よりも背丈の小さな相手を狙ったが故に、低い位置へ向けて放たれた“サイコソニック”の一撃を、見事に躱してみせた。
「ディイ、ダッ……!?」
そればかりか、跳ねた際の尻尾の動きが虚を突いて、マハルドードーに暫しの当惑を与える事に成功する。
その当惑は一時なりとも身を硬直させ、そして身の硬直は、今まで抑えつけていた
「今……! “ビルドアップ”よ!」
「びっ!」
そしてそれは、くるりと相手の頭上を飛び越し、背後に着地したびぃタロにとって──そして何より、この状況を狙ったソラにとって、大きな隙となる。
それこそ、追加の自己強化を余裕たっぷりに行えるくらいには。
「ヤバ……積まれちゃったか☆」
目に見えて分かるほどの気迫の変化に、シェラが初めて、小さく汗を掻いた。
“こうげき”と“ぼうぎょ”、ともに2段階上昇。
地上のバトル学に曰く、“ぐーんとあがった”能力は、元の能力の2倍に匹敵するという。
加えて、マハルドードーはちゆりんの分と合わせて“ぼうぎょ”が2段階──“がくっとさがった”状態にある。
この状況で攻撃を当てれば/受ければ、相手はまず大ダメージを避けられない。
(いける……勝てる! わたしも、ジムリーダーを相手に戦えるんだ!)
勝利まであと1歩。
それまでの苦境を打破した分、漠然としたヴィジョンが鮮明になりつつある事を、少女は確かに感じていた。
早まる心臓の鼓動すら、今は意識の下にも置かれない。
湧き上がる熱が、自然と笑みを作らせていた。
「いけーっ! ソラ! びぃタローっ!」
「ひいさま、どうか勝ってくださいニャし!」
観戦席からの声援に、ソラは頷きを以て応えた。
いける。そんな確信が、いつもは冷静な少女を高揚させる。
「(相手が“まひ”で動けない今がチャンス……!)一気に決めて! “アクアジェット”!」
「──びーあっ!」
三たび、水流を体に纏わせる。
水の噴射に背を押され、コートの狭間をかっ飛ぶ小さな拳。
“しっぽをふる”による撹乱と、それに付随した“まひ”の起動。
それらに体を縛られて動けないマハルドードーの懐目掛けて、一気に距離を詰めてゆく。
「びぃいっ、びあ──ッ!!」
そうして、遂に一撃を届かせる──
「──なーんて、ね♪」
その刹那の事だ。
“まひ”に動きを縛られ、足元も覚束ない筈のマハルドードー。
1対2つが頭部2つ分、即ち4つある目の内の1つが──確かに、背後のびぃタロを捉えていた。
「な──!?」
「“つばめがえし”っ☆」
「ディッ──ダァッ!!」
「──ぃ、ぁびぃっ!?」
それは、一瞬だった。
相手に会心の一撃を喰らわせるべく突っ込んでいった筈のびぃタロが、逆に痛恨の一撃を見舞われ、宙を吹き飛んでいた。
この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。