ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.66「Evolution」

「びぃ、タロ──っ!?」

 

 

 想定外の事態に、悲痛を漏らすソラ。

 だが、彼女の目は、今の一瞬で何が起こったのかをしかと理解していた。

 

 こちらの姿を捉えたマハルドードーは、背中を晒したままの体勢で、その身に真空の刃を2つ纏ったのだ。

 自らの盾となるように展開された刃の内の1つ目が、自分から飛び込んできたびぃタロの体を刻み、すかさず振り向くとともに放たれた2つ目の刃が、更なる追撃をかけた。

 

 回避叶わぬ速度と距離からの攻撃に対して、その場から動く事無く迎撃し、更に切り返す。

 それはまさしく、お手本のような“カウンター”であると同時に、シェラがここまで隠し通してきた奥の手でもあった。

 

 

「ビックリした? “つばめがえし”は相手に必ず命中する、ひこうタイプのわざ♪ 出だしの速度では、流石に“サイコソニック”みたいな先制わざには負けちゃうけど、こうして()()分には便利だよね☆」

 

 

 ドシャア!と地面に落下し、這い蹲るあまえびポケモン。

 

 “つばめがえし”の威力は、概算で“つつく”の2倍近くあるとされている。

 つまり、わざを受けた側へのダメージも2倍。重ねがけした“ビルドアップ”の上からなお、大きな痛痒がその矮躯に刻み込まれていた。

 

 

「っ……!(“サイコソニック”は()()()……先制攻撃が主体の戦い方だと誤認させて、こっちに速攻では対処できない攻め方をさせたところに、カウンターとして“つばめがえし”を捩じ込むつもりだったんだ……!)

 

 

 こちらが距離を取れば“サイコソニック”で追い縋り、“みだれづき”で畳み掛ける。

 逆にこちらが攻め込んでくれば、“つばめがえし”で切り返す。

 

 タネが割れてしまえば、なんと単純な話だろう。

 だが、先にも語った通りだ。単純であるが故に強力で、対処が難しい。

 

 そしてここから先、1度でも対処を誤れば──その時点で、敗北する。

 

 

「びっ……ぃ、いい……び、ぁ……っ!」

 

 

 全身傷だらけで、痛みに喘ぎながらも藻掻くびぃタロ。

 しかし、その体力(HP)は限界だ。いつ“ひんし”になってもおかしくはない。

 

 

(どう、すれば……どうすれば、ここから勝てるの? ここから、逆転できるの……?)

 

 

 相手はまだ体力が有り余っていて、こちらは満身創痍の相棒が1匹だけで。

 わざの速度も、威力も、どちらも相手の方が上で、こちらがどういう手を取ろうとも上回られる事は確実で。

 

 勝利を確信し、高揚に浮かされていた思考が、“ひやみず”を浴びせかけられたの如く急激に冷めていく。

 なまじ頭がいいだけに、この状況が如何に絶望的で、如何に逆転が困難であるかを、理屈の上で理解してしまう。

 

 グルグルと空回りを続ける頭の中では、良案などただのひとつも浮かんではこない。

 どれだけ考えても、どれだけ思考を巡らせても、思い至るのは「敗北」の2文字のみ。

 

 

 

(……何も、変わってない。わたしは、何も変わってない……!)

 

 

 

 強くなれたような気がした。

 しかし実際には、“船出仕合”であの少年に負けた時から、オヤブンテレネットに追い詰められた時から、何も変わっていない。

 

 いくらポケモンが強くなろうとも、肝心のトレーナーがヘボでは話にならない。

 理屈(ロジカル)だけでは突破できない壁があるのだと、シェラはこのバトルを通して教えてくれているというのに。

 

 状況をひっくり返し、優勢に持っていこうとしたつもりが、逆にひっくり返され、一気に追い詰められる始末。

 それが自らの失策と、「勝てる」と気を緩めたが故の結果は、嫌でも理解できる。理解できるからこそ、少女の心はより苛まれていた。

 

 

「さーって、ここからどうするのかな? 負けたり降参(サレンダー)した場合は、またジムテストからやり直してもらうからね☆ 風車のお掃除は終わったから、また新しいお題を考えなきゃだ♪」

「……わたし、は……わた、わたしは……っ!」

 

 

 続行も、降参も、どちらも喉から出てこなくて、出せなくて。

 焦燥感に駆られた少女はただ、無為に瞳孔を揺らしながら、荒い呼吸を繰り返すのみ。

 

 このまま沈黙していても、いい事なんて何ひとつ無いというのに。

 まだ取り返しがつく、なんて言っておきながら、目の前の勝負に固執している自分が嫌になってくる。

 

 やがて詰まった呼吸は脳から酸素を奪い、くらりと視界が歪んでいって──

 

 

 

「なに諦めてんだよ、ソラ! びぃタロは……あんたの相棒は、まだ諦めてないぞ!!」

 

 

 

 ヘドロのような思考の海から意識を引き戻す、叱咤するような呼び声。

 それがリクの叫び声であると気付くまでに、ソラは数秒を費やした。

 

 あのまま意識ごと沈んでいきそうだった少女の視界は、その呼び声に“きりばらい”されて、急激に鮮明になっていく。

 呼びかけに対する疑問や訝しみよりも先に、耳に入ってきた言葉に釣られるがまま、視線だけが前方へと向けられる。

 

 

 

「……びっ、び、びぃいいい……!!」

 

 

 

 立ち上がろうとしていた。

 傷だらけで、最早ボロボロで、いつ倒れてもおかしくないというのに。

 それでもびぃタロは、両の手で地面を掴み、残された力でなお、起き上がろうとしていた。

 

 

「び、ぃ……タロ」

「びぃっ……! び、びびっ、びぃ……っ!」

 

 

 踏ん張りながら、力を振り絞りながら、なおも足掻く事をやめない小さな背中。

 

 勝てないかもしれない。ここから逆転する目なんて無いかもしれない。

 それでも彼は立ち上がろうとしている。諦める素振りなんてちっとも見せてはいない。

 

 どうして、という言葉が虚空に溶ける。

 どう考えたって、理屈(ロジカル)の上では勝てやしないのだ。普通に考えて、ここから勝てるような都合のいい奇跡がある訳なんて無いのだ。

 

 それでもなお、立ち上がろうとするならば、それはもう──

 

 

 

「びっ──びぃいあっ!!

 

 

 

 それはもう、()()()()()()()()

 

 

「……ぁ……」

「びっ……びぃーいっ!」

 

 とうとう立ち上がり、構えを取ってみせるびぃタロ。

 もはや肩で息をしているような有り様で、動きも精細を欠いてはいるが、それはまさしく、戦闘続行の意志を示すには十分なものだった。

 

 

「びぃタロはまだ立ってる! まだ、戦える! なのに肝心のソラが諦めてどーすんだ! 巡礼の旅は、まだ始まったばっかなんだぞ!」

「そうでニャス……そうで御座いニャス、ひいさま! 今一度、ご自分を奮起なさってくださいニャせーっ!」

「にゃーみーっ!」

 

 

 リクとニャース、それにマハルニャースの呼びかけが、コート側にまで届いてくる。

 わんわんと反響している癖に、ちっとも耳に障らず、決して不快ではない叫びたちが、体の芯にまで染み込んでいく。

 

 

 

『わたし、皆を信じるよ。びぃタロ、はるりん、ちゆりん。皆ができる子だって、どんな相手にも勝てる凄い子たちだって、信じて信じて信じ抜く。だから皆も……わたしを信じて、わたしの指示に応えてくれる?』

 

 

 

 昨日の夜、宿屋で言った言葉が脳内にリフレインする。

 

 ソラは今、1人で戦っている訳ではない。彼女に信を置かれた相棒(ポケモン)が、彼女の指示を受けて戦っているのだ。

 ソラならば、自分の命運を託せる。そんな確信があるからこそ、彼らはトレーナーの分まで前に立ち、戦う事ができる。

 

 それは、びぃタロだけではない。倒れていったはるりんも、ちゆりんも同じだ。

 ソラならば、自分たちの能力を最大限に活かしてくれる。自分たちもまた、ソラの指示に精一杯応えてみせる。

 

 そんな信頼の下で戦い、流れを繋ぎ、この場に至っている。

 それをどうして、彼らからの信頼に応えるべきトレーナーが勝手に諦め、繋がれた流れを断つ事ができるだろうか?

 

 

(わたし……バカだ。昨日、あんな事を言った癖に、自分の言った言葉を、本当の意味で理解できてなかった)

 

 

 “船出仕合”での敗北、“ギムレの洞穴”での窮地。

 2つの経験は、やはり少女の心に苦くのしかかり、ある種のトラウマのようになっていたのだろう。

 

 どんな状況でも諦めない事。自分のポケモンたちを信じる事。

 少女の未熟で、それでいて歪に成熟した理性と知性は、そんな当たり前の事を曇らせ、見失わせていた。

 

 だが、理屈ではない。

 ポケモンバトルは、理屈(ロジカル)だけでは決して語れないのだ。

 

 

「ディディッダ……!」

「はいはい、ちょーっとだけ“待て”だよ☆ あとでおやつあげるから♪」

「ディイ……ッ!」

 

 

 今にも飛び出し、とどめを刺しに来そうなマハルドードーを、シェラが宥めている。

 決闘の儀(ジムバトル)の最中ではあるが、だからこそ巡礼者が成長する機会を、みすみす潰そうとは思わないのだろう。

 

 そんな彼女に内心で感謝しながら、ソラは自分の両手を見る。

 それから深く、細く息を吸って、吐いて──

 

 

「──ッ!!」

 

 

 両手で、思いっ切り自分の両頬をブッ叩く。

 パァン!という乾いた音。ジンジンと痛む頬。そして痛みや羞恥や自己嫌悪、その他様々な感情がごちゃ混ぜになって滲み出た涙。

 

 それらをパーカーの袖で強引に拭い去って、今一度、目の前を見た。

 相棒たるびぃタロは満身創痍で、それでもしかと立ち、指示があればいつでも動き出せる態勢にあった。

 

 

 

(決めた……! わたし、()()()()()! 知識や理屈だけでは勝てないのなら、勝利に届かない分だけ、バカになって“がむしゃら”でぶち抜けばいい! びぃタロの……皆の力を信じて、わたしもゼンリョクで突っ走る!)

 

 

 

 思考を放棄しては、勝ちの目は無い。

 考えてばかりでは、勝ちが見えない。

 

 理屈(ロジカル)を考察する力はそのままに、ただ考えるだけでなく、時として大胆に突っ走る。

 それを成せるだけの信頼あってこそ、ポケモンとトレーナーは力を合わせて壁を突破できるのだと、ソラはようやく理解できたような気がした。

 

 或いは、先にリクの語った通り、それがソラの本来の気質なのだろう。

 どこまでも熱くのめり込める本来の性格と、理屈で考える頭のよさとを上手く噛み合わせる事ができず、それらが相互に足を引っ張っていたのだ。

 

 だが、これからは……きっと、そうではない。

 

 

「ごめん、びぃタロ! わたしやっぱり、弱気になってたみたい! あれだけ皆を信じるって言っておきながら、また諦めかけてた! ついさっき、ちゆりんにも同じ事で怒られてたのに……迷惑かけてばっかで、本当にごめん!」

「びぃ!」

「また迷うかもしれないし、また弱気になるかもしれない。でもその度に、あなたたちに発破をかけてほしい。わたしが頑張れるのは、あなたたちがいてこそだから。それだけの力があなたたち(ポケモン)にはあるって、それだけは、どこまでも信じられる!」

「びぃーあ!」

 

 

 ふんす、と鼻から息を吐くその姿は、まるで「仕方ないな」とでも言いたげで。

 そんなソラを見限る事無く、背中を預けてくれている。それが嬉しくて、申し訳なくて、それでもやっぱり、どうしようもなく嬉しかった。

 

 

「ごめんなさい、お時間取らせました。わたしたち、まだ戦えます!」

「いいってコトよ☆ 旅を通して大きく成長する……それが巡礼者の使命。折角、その一端を掴めそうって時にそれを邪魔しちゃうほど、シェラちゃんは無粋じゃないのだー♪」

 

 

 それは、紛れも無い本心なのだろう。

 彼女たちジムリーダーは、ポケモントレーナーの成長を促し、時として彼らの超えるべき壁となる存在。その事に、きっと地上も地下も無いのだ。

 

 シェラの言葉に頭を下げ、感謝を示す。

 彼女の下では、マハルドードーが「ようやく出番か」と言わんばかりに足元を何度も蹴り、戦意を露わとしていた。

 

 

「行こう、びぃタロ! 勝てる勝てないじゃなくて、皆で一緒に勝つんだ!」

「──びぃっ!!」

 

 

 トレーナーとポケモンの気持ちがひとつになり、湧き上がる一体感が熱となる。

 その熱に導かれるまま、次なる指示を叫ぼうとした──その瞬間。

 

 

 

「──!? びっ、びあ……!?」

 

 

 

 突如として、びぃタロの全身が光に包まれた。

 

 

 

《……おや!? びぃタロの ようすが……!》

 

 

 

「……えっ!? こ、これっ……まさか……!?」

「へぇ……☆ どうやら、気持ちがひとつになったコトで、成長の壁を越えられたみたいだね♪」

 

 

 バトルコート一帯を埋め尽くすほどの、眩い光。

 その中で、光に覆われたびぃタロのシルエットが、徐々に大きく、徐々に厳ついものへと変化していく。

 

 ……それは決して、ご都合のいい奇跡などではない。

 その現象の理屈自体は、オヤブンテレネットとの戦いでも起きた事と同じだ。

 

 “げきりゅう”──己の生命力が衰え、危機に瀕した時、みずタイプの力がより一掃強まるとくせい。

 それによって溢れ出した力の奔流が、『デシエビ』というポケモンとしての限界を越え、ひとつの()を壊したのだ。

 

 旅立ってから積み重ねてきた、強敵との戦いの経験。

 十二分以上に蓄えてきたそれらの経験が今、“げきりゅう”の後押しもあって、位階を突破するだけの開花をもたらす。

 

 やがて光が収まった時、その場の誰もが目にしたその姿は──

 

 

 

「──エ、ビぃーアッ!!」

 

 

 

《おめでとう! びぃタロ(デシエビ)は クロオエビに しんかした!》

 

 

 

 ソラが軽々と抱き上げられるほどだった小柄な体は、今や彼女の腰の高さほどに大きく、太くなっている。

 体色は水色から、深い青色へと変化。猫背なのは変わらないが、体格はデシエビ時代よりもガッシリとしていた。

 

 かつては尻尾を折り曲げ、足代わりに立っていたが、今では尻尾の先端が2つに割れて、それぞれが太く逞しい脚に変化。

 グローブ状の前脚も肥大化し、まるでプロのボクサーが使うようなボクシンググローブのシルエットを獲得している。

 

 そして何より目を引くのは、頭部の触角だ。

 黒く平ぺったい帯状の触角が1対、その長さ故に頭部に巻き付くようにして生えている。

 それは傍目から見ると、空手の“くろおび”を頭に巻いているようにも見えた。

 

 ……光の中で、確固たる姿、確固たる肉体を得たびぃタロ。

 それが意味するところを、シェラは寿ぎの言葉とともにソラへ贈る。

 

 

 

「おめでと、ソラちゃん♪ キミにとっては多分、初めての()()なんじゃないかな?」

 

 

 

 種族としての枷を超越する事で、肉体も能力も変成し、新たな力を得る。

 ポケモンという種が持つその可能性の名を──“進化”という。




マハル図鑑 No.008
【クロオエビ】
ぶんるい:かいでんポケモン
 タイプ:みず・かくとう
とくせい:げきりゅう(せいしんりょく)
ビヨンド版
 厳しい 修業を 乗り越えた デシエビ だけが 頭に 黒帯を 巻く 事を 許されるのだ。
ダイブ版
 最初は 鬱陶しく 思っていた 師匠も いつしか クロオエビを 認めるように なった。

《進化》
デシエビ
→ クロオエビ(Lv.16で進化)
  → ???(???で進化)



この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。
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