ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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話数分割後、初めての新規エピソードですが、今日はちょい短めです。
また、前回の後書きでもお伝えした通り、今日以降は1日1話の更新になります。予めご了承ください。


Lv.68「涙、溢れて」

「──勝者、巡礼者ソラ!」

 

 

 ……その言葉を、ソラははじめ、上手く認識する事ができずにいた。

 

 

「……え、え?」

 

 

 言葉の意味は分かる。目の前で起きた光景を理解もできる。

 ただ、理解した言葉と光景が、まるで他人事のように感じられて仕方がなかったのだ。

 

 

「やっ……た、勝った……の?」

 

 

 思えば、最初からそうだった。

 

 びぃタロと初めて一緒に戦い、デルビルに勝利した時。

 当時野生だったはるりんを倒し、モンスターボールに収めた時。

 窮地と死闘の末、暴走するオヤブンテレネットを下した時。

 

 いずれの時も、ソラは自分たちが勝利した事実をそのまま受け止め切る事ができず、どこか現実感の乏しい出来事として認識していた。

 

 今回もそうだ。

 進化した相棒(びぃタロ)が、ジムリーダーの最後の1匹を打ち倒した。

 にも拘らず、目の前で倒れ伏すマハルドードーの姿を認識こそできても、その事実を信じられずにいた。

 

 或いはそれは、少女の半生における経験から来る、自己肯定感の低さにも由来するだろうが……しかし。

 

 

 

「そーだぜ、ソラっ! あんたはシェラさんに勝ったんだ! あんたと、あんたのポケモンたちが! ジムリーダーのポケモンたちに届いたんだ!」

 

 

 

 そこで耳に飛び込んできたのは、この10日ほどで聞き慣れた少年の声だった。

 弾かれるようにしてそちらを見れば、観戦席から立ち上がり、こちらへ向けて叫ぶリクの姿があった。

 

 

「真っ正面から正々堂々戦って! 勝ったんだよ、あんたは! 胸を張れ! あんたは、あんたが挑み始めた“リンネの儀”の試練を! 最初の1つ目を乗り越えたんだ!」

 

 

 出会ってからの日数は短いとはいえ、ここまで密接に過ごしていれば、リクもソラの性分はなんとなく理解できていた。

 同時に、彼女が自己肯定感の低い、悩みがちな少女である事も。

 

 だからこそ、こうして喉を枯らすほどに呼びかけているのだ。

 ソラが、自らの手と力で勝利を掴み取った事を──自分自身の事を肯定できるように。

 

 

「ひっ、ひいさまぁ~! ひいさまのご勇姿、このニャーはしかと見届けニャした! ご立派に……よくぞ、よくぞご立派な戦いぶりを……う、ぅうう~~~っ!!」

「にゃーみっ! ふにゃーおっ!」

 

 

 ニャースに至っては、感激のあまり泣き崩れており、ソラに呼びかけながらも、後半はほとんど涙声で何を言っているのか分からない始末。

 マハルニャースはリクの頭の上で飛び跳ね、言葉が伝えられないなりに、鳴き声で以て称賛を叫んでいた。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 それだけの言葉を聞き届け、それだけの称賛を浴びて。

 そこでようやく、少女は目の前の現実を認識する事ができた。

 

 ゆるゆると、力無い動作で以て、首が前方を向く。

 こちらを振り返ったびぃタロ──クロオエビに進化した新たな姿の相棒と、目が合う。

 

 

「……勝っ、たの? 勝ったんだよね? わたしたち」

「エぃビっ!」

 

 

 どこか縋るようにして問いかければ、彼は気合いっぱい、自信満々の頷きを返した。

 デシエビ時代はこぢんまりとしていた手も、進化後はガッシリと大きく確かなものとなっており、己の主に向けてグッとサムズアップを作れるようになっていた。

 

 その姿に、ますます湧き上がる実感。形を帯びていく納得。

 それらすべてが「すとん」と音を立てて心の底に落ちた時、じわりじわりと、自覚していなかった感情が滲み出していく。

 

 やがてそれは、涙という形で、ソラの目から溢れ出し──

 

 

 

「ソーラーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!」

「ヘブゥッ!?」

 

 

 

──直後、誰の認識よりも早くかっ飛んできたシェラがソラに抱きついた事で、涙はものの見事に引っ込んだ。

 

 

「すっごいねぇ、ソラちゃん☆ ホーホーくんもドードーちゃんも、確かにシェラちゃんの本気の手持ち(ガチメンバー)じゃあないけど、それでも手加減はしなかったんだよ!? なのにチャレンジ1発目で勝っちゃうなんて♪ ソラちゃん、トレーナーになってどのくらいなの?」

「え、えと……10日、くらいです」

「10日! つまり、マハルに来てからトレーナー始めて、巡礼するコトになったんだよね? 駆け出しも駆け出しなのにシェラちゃんに勝っちゃうなんて、ソラちゃんってば才能あるぅー☆ そんなソラちゃんの初めての相手になれて、シェラちゃん嬉しーな♪」

 

 

 ソラをガッチリと抱きしめ、捲し立て、これでもかと頬ずりをかましてくるシェラ。

 敗北した側であるにも拘らず、或いは勝った本人であるソラ以上に、彼女の勝利を喜んでいるようだった。

 

 ……なお、観戦席から事の一部始終を見ていたリクたちだが、いくらソラに意識を向けていたとはいえ、シェラが近付いてきていれば流石に気が付くものだ。

 

 なのに、彼らが知覚する間もなくソラの元まで近付き、彼女に抱きついた。

 つまり彼女は、コートを挟んだ反対側から一瞬で距離を詰め、文字通り飛んできたという事になる。

 

 

「モチロン、まだまだ未熟なとこはあるし、そのヘンはこれからに期待!って感じだけど、逆に言えば成長の余地はスッゴクあるよ♪ このまま巡礼の旅を続けていけば、ソラちゃんはゼッタイに強くなる! まっちがいない! シェラちゃんが保証しまっす☆」

「う、ぷっ……あ、あの……ありがとう、ありがとうございますなので……ちょと、苦し……」

「あっ!? ごめんごめん! シェラちゃんってば嬉し過ぎて、ちょっと力強く過ぎちゃったね! すぐ離すから!」

 

 

 苦悶の声を漏らすソラに気付き、ぱ、と彼女を解放してやる。

 そこでようやく、己を力強く締め付ける圧迫感(シェラは自分よりも背が低くて、()()()筈なのに!)から解き放たれた少女は、数秒を咳き込みに費やした。

 

 それから、目の前に立つ女性──自分が勝利した相手、ジムリーダーのシェラを見た。

 彼女は腰に手をやり、如何にも誇らしげな表情でこちらへ視線を返している。

 

 どれだけ目を逸らせども、それが紛れもない現実である事は揺るがない。

 だから自然と、震えた声が喉から漏れる。

 

 

「……わたし、わたしたち……あなたに、勝てたんですね」

「うんっ、そうだよ♪ リクくんの言う通り、ソラちゃんは正々堂々、ズルもせずにシェラちゃんに勝ちました! 言っとくけど、シェラちゃん手加減なんてしてないよ? ソラちゃんたちに勝つ為に、手を抜かずに戦ったもんね☆」

 

 

 屈託の無い笑顔だった。

 嘲りも、おべっかも無い、心からソラを称賛し、祝福する為の笑み。

 

 いくら対人に躊躇いと恐れを持ち続けてきた少女と言えど、それが真実の表情である事、その言葉が裏表無い本音である事は、否が応でも理解できてしまう。

 それ故に当惑と狼狽を見せる彼女の頭を、シェラは優しく撫でた。

 

 そうして、自分の身に着けているエプロン風の衣装に手を入れ、ポケットの中から……

 

 

「はいっ☆ これ、ソラちゃんに♪」

「これ、は……もしかして」

「そ、“バッジ”だよ♪ 確か、地上のジムにも似たのがあるんだよね? これはここ、プルガージムの試練を乗り越えた証、“シルフバッジ”」

 

 

 それは、ソラの手のひらよりもなお小さなものだった。

 緑色の髪をした女性の横顔を象っており、裏面には、服に取り付ける為のピンが備わっている。

 

 デザインや材質に差異こそあれど、それは間違いなく、ジムバッジ──ジムリーダーに認められた事を表す証だった。

 

 シェラはポケットから取り出したそれを、丁寧にソラに手渡してやる。

 それから、彼女の空いている片手を取って、渡したバッジを両手で包み込むようにして持たせた。

 

 

「これはね、シェラちゃんがジムリーダーとして、ソラちゃんという巡礼者を認めた事を意味するの。キミなら、この先に進んでも大丈夫。キミは、このくらいの実力を持ってます。そういう事を、他の皆にも教えて、知ってもらう為のもの」

「シェ、ラさん……シェラさん。わたっ、わたし、わたしは……!」

「さっきも言った通りだよ。キミとの決闘(バトル)は、とっても楽しかった」

 

 

 彼女の笑顔を、ソラはこの3日で何度も目にした。

 元気で、明るくて、穏やかで、優しげで……こちらを愛おしむような、目一杯のえくぼ。

 

 それが今、少女の至近距離で咲き誇っている。

 

 

 

「──おめでとう。キミは巡礼の試練、その1つ目を見事突破しました。シェラちゃんが保証してあげる。何度だって言ってあげる。ソラちゃんは強くて、立派で、素敵なトレーナーだよ」

 

 

 

 ソラの涙腺が保ったのは、そこまでだった。

 

 

「う……く、ふぅ……っ。あ、りがとう……ありがとう、ございます……っ!」

 

 

 両手でバッジを抱え、その上から手を握られている状態では、涙を拭う事も、嗚咽を堪える事もできやしない。

 とめどなく、それこそ滝のように溢れ返り、抑え込む事のできない涙たちが、少女の顔をこれでもかと濡らし尽くす。

 

 認められた。認めてもらえた。

 偶然でも、まぐれでもなく、勝利が──得られた結果が、真実自分たちの力によるものだと証明された。

 

 1つ目のジム。1人目のジムリーダー。1つ目のバッジ。

 地上でも地下でも、旅を志した者であれば、その多くが到達するだろう領域。

 

 なんて事無くて、ありふれていて、たった1つジムバッジを取れたところで、特別でもなんでもないのに。

 それなのに。

 

 

 

(どう、しよ……。わたし、嬉しい……嬉しすぎる……っ!)

 

 

 

 手のひらに収まるくらい小さい筈のバッジが、どうしてか重たく感じられて、手の内のその重みが愛おしくて。

 少女は暫し、シェラによしよしと宥められるがまま、ひたすらに泣きじゃくり続けた。

 

 

「……ビぃっ!」

 

 

 そんな主にして相棒の背中を、びぃタロは腕を組みつつ、静かに見守っている。

 その表情はなんとも誇らしげで、己の相棒(トレーナー)は凄い奴なのだと、そう主張したそうに目を細めていた。

 

 

《ソラは シェラから シルフバッジを もらった!》

 

 

 

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