ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

8 / 125
今日2話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.6「夜風に吹かれて」

『とりあえず、今日のところはここに泊まってけ。2階が客間になってっから、寝泊まりはそこですりゃいい』

『あの、客間って……ここ、ですか? その……随分と散らかってますけど……』

『アネキ……やっぱ普段からここで寝てたのか……』

『チッ……しゃーねーだろ。研究ばっかで、家に帰ってる暇なんざロクに無ぇんだからよ』

『あ~~~もうっ! こんな有り様、ニャーの召使い魂が騒いで仕方ないニャス! ひいさま、1時間……いえ、30分お待ちくださいニャし! 埃ひとつ無いお部屋に生まれ変わらせてみせニャスので!』

 

 

 などとありつつ。

 

 

 時刻は、夜を過ぎた頃。

 なんとも不可思議な事で、この世界にも昼と夜の概念があるらしい。

 

 光源の無い世界に光が満ちている事だけでも不思議なのに、その光が絶え、闇の帳が訪れる時間帯が存在する、というのもおかしな話だ。

 だがともあれ、大昔の冒険小説のように「絶えず光に満ちているが故に時間の概念が希薄」という事も無く、この“マハルの地”の時間観念も、地上と凡そ同じものだった。

 

 ルスティカ博士の言う“リンネの儀”に関する具体的な話は明日にするとして、一先ず夕食を取り、客間に向かう。

 宣言通り、ものの30分で客間どころか、1階の研究室に至るまでを綺麗さっぱり掃除・整理整頓してくれたニャースのおかげで、睡眠環境自体は快適なものだが……。

 

 

 

「……眠れない」

 

 

 

 深夜。

 布団の上で横になっていたソラが、不意に目を覚ます。

 

 パチリと開かれた目は、彼女の意識がハッキリバッチリ明確な事を表している。

 緩やかな動作で起き上がり、小さく「ロトム」と呟くと、スマホロトムが静かに起動した。

 

 地上とは電波こそ繋がらないものの、博士の協力で“マハルの地”における時刻とは同期する事ができたらしい。

 画面に表示された時刻は、午前0時を少し過ぎた頃。立派に真夜中である。

 

 少しばかり目を細め、離れた場所に目をやれば、ソファの上で丸まって眠るニャースの姿があった。

 リクとマハルニャースは自分たちの家に帰っているし、博士は1階で何やら作業をしている様子。

 

 こんな時間帯に外に出て、何かをする訳でもなし。

 つまりは、ロクに寝付けずの手持ち無沙汰であった。

 

 

(ちょっと、肌寒い……。冬……って訳でもないのに、夜がやたら寒い気がする)

 

 

 気温もあって、ここからもう1度眠るには、イマイチ適さない気分。

 布団から抜け出し立ち上がり、さてどうしたものかと周囲を見やり、ベランダに続くドアを見つける。

 

 寝間着(博士のお下がりだ。ヒバニーパーカーは汚れている為、洗濯中)だけでは少し寒いと判断し、軽く羽織るものを見つけてからベランダへ。

 その後ろをふよふよとスマホロトムがついてくる。ニャースを起こすつもりは無いらしい。

 

 

 

「……わぁ……」

 

 

 

 まず初めに、まるで星空のようだ、という気持ちを抱いた。

 

 ベランダから望むマハルの遠景はどっぷりと暗く、やはり今が夜なのだという認識を得る。

 しかし、それを込みにしてもなお、真っ暗な空に灯るいくつもの光があった。

 

 星、ではない。本当の意味での「空」が存在しないこの世界では、博士の言う通り、太陽も月も、星も存在しない。

 それでもなお、夜の空を照らす、あの小さな光たちはなんなのだろうか?

 

 光の1つ1つがふわふわ浮いていて、よく見れば独立して動いているらしい。

 であるならば、光の正体は何らかのポケモンだろうか。例えば、バルビートやイルミーゼのような。

 

 

「……? あれは……。ロトム、ちょっと拡大して」

「ケテロ!」

 

 

 スマホロトムのカメラ機能を使って、遠景を拡大して観察してみる。

 すると、どうだろう。天井世界──“獣の大地(ローランド)”の地表いくつかに、ぽつぽつと、淡い緑色に発光する何かが見えた。

 

 街の光、ではない。まるで、それそのものが光を放っているかのような。

 それらの光と、宙を舞う光たちの相乗効果によって、マハルの夜になんとも風雅な光景を演出している。

 

「もしかして……」

 

 視線を下ろし、スマホロトムの機能で、今度は“人の大地(ハイランド)”側の景色を見やる。

 果たして予想通り、こちら側の大地でも、遠くの山々や地表の一部に、同じ淡い緑色の発光があった。

 

 ここまでそれを発見しなかったのは、恐らくは丘陵のなだらかな平原だったが故か。

 しかしこうして岩や鉱石の露出していそうな場所を観察すれば、例の光を発見する事ができた。

 

 

「多分、何かの鉱石……宝石? どちらかと言えば、結晶かしら。それが光っているのね」

 

 

 父の研究室に残された資料や学術書を読んで、そういった知識を蓄えていた。

 例えば、カロス地方を中心に発掘される“メガストーン”、アローラ地方の“Zクリスタル”、ガラル地方の“ねがいぼし”、パルデア地方の“テラスタル”。

 

 この世界には、不思議な鉱石がたくさん存在する。

 無論、ポケモンを進化させる力を持った“いし”の数々もそうだ。

 

 あれらもその1つだとするならば、成る程。光る程度であれば、さしておかしい事でも無いだろう。

 

 

「……」

 

 

 美しい景色である、という感動。

 それと同時に、「ここは自分の知る世界ではない」という実感もまた、確かに存在していた。

 

 ふと、寝間着のポケットに手をやり、例の羽根を取り出す。淡いオレンジの混ざる、濃い緑色の羽根だ。

 謎のポケモン──マハッターから取り返した後、片時も離さず持ち歩き続けていた。今度こそ、絶対に手放さない為に。

 

 根の部分を指でつまみ上げ、くりくりと目の前で回しながら観察する。

 夜を照らす緑色の光たちにほんのり照らされて、羽根そのものも光を帯びているように錯覚できる。新たな発見だ、とソラは小さく微笑んだ。

 

 

「……ね、ロトム。今から言う事、秘密にできる?」

「ケテ? ロト!」

 

 

 スマホの中から、ロトムが溌剌と返事を飛ばしてくる。

 それに口元を緩めると、少女は限りなく独り言に等しい心情を語り始めた。

 

「……お昼に、博士から“星見人”の話を聞いた時、わたし、考えちゃったんだ」

 

 大昔から、この世界にはたまに、地上から人やポケモンが迷い込んでくる事がある。

 彼らは、マハルの民が知らない「星」を知るが故に“星見人”と呼ばれ、地上由来の知識によってマハルの発展に貢献してきた。

 

 そして……彼らが地上に帰った例は無く、この地に骨を埋めたという。

 

 それを聞いてから、ずっと考えていた事がある。

 もしかしたら。もしかすると。もしも、それが事実であるのならば。

 

 

 

「わたしの父さんも、本当は失踪したんじゃなくて、この“マハルの地”に迷い込んじゃって……今も、どこかで暮らしてるんじゃないかな……って」

 

 

 

 そう頓珍漢な推測ではない。少なくとも、彼女はそう思っていた。

 

 “マハルの地”を熱心に研究してきた父、クレオメ博士は、世界中の色んな遺跡や秘境を調べ、そのヒントを探っていた。

 であれば、彼や彼に同行していた研究者たちも、自分たちのように何らかのトラブルによって、“マハルの地”まで転移してしまったのではないか。

 

 そうして地上に帰る事が叶わず、この世界のどこかで……今も、研究を続けているのではないか?

 

 

「でも……もし、そうだったら……怖いよね」

 

 

 何が、とは言えなかった。

 だって、そうだろう。

 

 今の今まで死んだとさえ思われていた父が実は生きていて、同じ土地にいるかもしれない。

 ウソつき呼ばわりされていた彼の理論は正しくて、誰も信じなかった世界が本当に存在していて、自分も今そこにいる。

 

 そんなの──

 

 

 

「どんな顔して、会えばいいんだろう……」

 

 

 

 彼女にとっての父とは、動画の中の存在でしかない。

 幼い頃の記憶など、モヤモヤとした霧に包まれてしまっている。

 

 もしも本当に父がこの世界にいて、もしも何かの拍子に出会い、対面してしまったら。

 自分は彼に、どんな言葉をかけるのだろう。どんな顔をしているのだろう。どんな気持ちでいられるのだろう。

 

 笑うのだろうか。怒るのだろうか。泣くのだろうか。恨むのだろうか。

 そのどれもがあり得て、そのどれもがあり得ない。何が正解かも分からない。

 

 だから、聞けなかった。

 

 もしも「クレオメ博士という人物を知らないか」と聞いて、肯定されてしまったら。

 そしてこの世界でも、彼が悪名を以て知られていたら。

 

 

「怖くて、聞けないよ……。わたし、まだ……この世界(マハル)の事、なんにも知らないのに」

 

 

 その時、自分がどんな表情をしていたのか、想像する事すらできなかった。

 

 はぁ、という小さな溜め息が、夜の空に撹拌する。

 手に持っていた羽根は再びポケットに仕舞い込み、意識を逸らすように夜空を望む。

 

 

「……それに、不安もいっぱいある。博士は旅に出ろって言ってたけど、わたしなんかにできるのかな……」

 

 

 脳裏に思い起こされるのは、昼間のやり取りだ。

 そこでルスティカ博士から提案された内容は、ソラたちを驚かせるには十分なものだった。

 

 微睡む事もできず、その時の事を思い返す。

 不意に吹いた冷たい風が、少女の体を微かに震わせていた。




この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。