ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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Lv.78「Void」

 空を染めるオレンジ色を、深い藍色が食い潰していく。

 時刻は19時に差し掛かろうかという頃。間もなく、夜が来る。

 

 この世界に来てより10日を過ごして分かった事だが、“マハルの地”の夜は、それほど暗くない。

 

 無論、それは昼ほどに周囲がよく見えるという事を意味しないし、少し先の景色や人影も、現代っ子のソラには視認し難いものがある。

 だが、完全に真っ暗で何も見えない……というほどの暗さでもない。

 

 それは例えるならば、電灯や排気ガスと無縁な田舎の山で、星空を見上げた時のような明るさだ。

 尤も、見上げたところで星空は無く、頭上に広がっているのは“獣の大地(ローランド)”という天井世界である。

 

 同時にその事実こそが、マハルの明度を保証するものでもあるのだ。

 “獣の大地(ローランド)”の地表に見える“リバーテル結晶”の内、ルナトーンの放つ光に反応したいくつかが、それに応じた光を生成・出力している。

 

 空中を舞うルナトーンの光と、“リバーテル結晶”の光。

 それらが合わさり、地上で言う星明かりのような環境を生み出していた。

 

 とはいえ、それでも「地上の夜よりは明るいかな」程度である事は、先にも示唆した通り。

 (いわん)や、それらの光源を阻害するもの──例えば天井など、遮光性のあるものに囲まれていれば、周囲の明度はそれ相応のものとなる。

 

 

「やっぱり、この時間にもなるとこの辺は暗くなるな」

「木が多い……。最初にリクに連れて来られた時は、昼間だったから気にならなかったけど……」

「天井の光が木で遮られて、暗さもひとしおだね♪ 確かに、ウツシタウンの近くで潜伏場所を用意するには丁度いい環境かも☆」

 

 

 21番エリアは、多くの木が立ち並ぶ場所だ。

 森や林というほどではないものの、それなりの数の木立が散発的に形成されており、地形や現在位置が把握し辛くなっている。

 

 また、シェラの言葉にもあった通り、木々が頭上の光を程よく遮っていた。

 暗すぎる、という訳ではない。だが、探索に支障が出る程度の暗さなのは確かだろう。

 

 

「下手に光源を用意して、相手に気付かれちゃう可能性も考えてたけど、そういう場合じゃないかもだ☆ 一応、シェラちゃんは夜目もつよつよだから問題無いけど、ソラちゃんたちは大丈夫?」

「あ、それなら任せてください。……来て、ロトム」

「ケテーッ!」

 

 

 ソラの声に応え、懐から飛び出すロトム図鑑。

 

 自在に宙を舞う彼(或いは彼女)は本来、専用のスマホに入り込み、その機能を操作する事を想定された個体だ。

 その為、“ギムレの洞穴(ほらあな)”でも見せた“テレキネシス”の他にも、使用者をサポートする能力が備わっていた。

 

 

 

「“フラッシュ”をお願い」

「ケテテッ! ケテ、ピーッ!!

 

 

 

《ロトムは フラッシュを つかった!》

 

 

 ぱ、と周囲が明るくなる。

 つい先ほどまで暗がりに包まれていた木立が、まさしく昼のような明るさに満ちた。

 

 それは勿論、ロトムのわざによるものだ。

 ポケモン図鑑の画面から放たれた“フラッシュ”──かつては“ひでんわざ”とも呼ばれていたわざの力によって、図鑑そのものが光源と化したのである。

 

 

「うおっ、急に明るくなった……!? ロトムってこんな事もできんのか」

「ほっほーう? さっすが、アラビカちゃんとルスティカちゃんの作ったポケモン図鑑は凄いね♪ いや、この場合は中のロトムくんが凄いのかな? ま、どっちでもオッケー☆」

「これで、周りが見やすくなったと思います。……リク、例の匂いはどこから来てる?」

「おう、ちょっと待ってな」

 

 

 “フラッシュ”のおかげで、随分と周囲の状況を把握しやすくなった。

 今の内にと鼻先を震わせて、残った微かな匂いを拾い集めていく。

 

 草の匂い、土の匂い、風の匂い、人の匂い、ポケモンの匂い──

 

 

 

(……あれ?)

 

 

 

 あの匂いがする、この方向は。

 

 

「まさか……っ!?」

「ちょ、リク!? どうしたの!?」

「待って待って! リクくん、シェラちゃんたちを置いてかないでね~?」

 

 

 血相を変えて駆け出すリクに、女子2人は慌ててそれを追いかける。

 

 幸い、ロトム図鑑の“ふゆう”速度はそれなりであり、一行の移動スピードに追い付けなかったり、行く先を照らし切れないという事は無い。

 それを加味してもなお、リクの走る速度は尋常ではなかった。

 

 何も、彼の脚力が異常という話ではない。

 こんな時間帯と地形にあって、いやに決断的に突き進んでいる、という意味だ。

 

 まるで、匂いを辿った先に何があるのかを、彼だけは知っているかのように──

 

 

 

「──っ! リクくん、ちょいストーップ!!」

「ぐえりゃっ!?」

 

 

 

 突如、目を見開いたシェラが、一瞬でリクとの距離を詰める。

 そうして手を伸ばした先、彼の後ろ襟を引っ掴み、グイッと後方へ引き戻す。

 

 彼我の速度と膂力もあって、少年の喉から潰れたグレッグルのような声が漏れたが、そんなものは致し方の無い犠牲(コラテラル・ダメージ)だ。

 そこへ追い付いてきたソラとロトムも合わせて、一行はその場に集まる形で足を止めた。

 

 

「シェラさん!? どうしたんですか?」

「げほっ、げほっ……! い、一体なんだって……」

「気付かない? ……今いる場所だけ、風が淀んでる」

 

 

 彼女の手は既に、自らの腰──ボールホルダーへと添えられていた。

 その険しい表情と合わせて、言外に示された意図は朧気ながらも見えてくる。

 

 少年少女は弾かれるようにして、周囲の木々に視線をやった。

 自然と3人は、互いに背中を合わせ、三角形を作るような位置取りを形成し始める。

 

 

「なんだかよく分からないけど……でもなんか、嫌な感じがする。ガチゴラスとか、テレネットのオヤブンを前にした時みたいな、ピリピリした気配……!」

「……っ、なんで今まで気付かなかったんだ、おいらは。さっきまで追ってた甘ったるい匂いが、そこら中から漂ってくる……!」

「出ておいでよ♪ まさか、この期に及んでかくれんぼ決め込むワケじゃないよね?」

 

 

 これ見よがしにスーパーボールをひとつ取り外し、構えてみせる。

 

 それが()()への“いかく”である事は明らかだ。

 もしもこのまま姿を現す事が無ければ、シェラはすぐさまポケモンを繰り出し、無理矢理にでも炙り出してくるだろう。

 

 

 

「……流石は、プルガーシティのジムリーダーといったところか。その人間離れした知覚能力は、噂通りのようだな」

 

 

 

 果たして、そんな凄みが通用したのか。

 木々の向こう、宵闇を引き裂くようにして、数人の怪人物たちが現れる。

 

 ソラたちがまず認識したのは、夜闇をそのまま布に落とし込んだかのような──漆黒。

 

 ロトムの“フラッシュ”に照らされていなければ、或いはたちまち夜に紛れて見失ってしまうだろう。

 それほどに真っ黒な外套(マント)が、彼らの全身を包み込んでいて、その下の顔つきや装束を窺い知る事はできない。

 

 ただ唯一視認が叶ったのは、マントの袖から見える手首。

 彼ら全員の両手首には、それぞれ勾玉が1つずつ取り付けられた腕輪(バングル)が装着されていた。

 

 

「! その腕輪、博士が言っていた……」

「博士……? ああ、成る程。やはり我らを追ってきたか。ここまで辿り着かせてしまうとは……あの女、確実に息の根を止めておくべきだったな」

「ッ、お前──!」

 

 激発したリクが食ってかかろうとして、手で制される。

 彼を制止したシェラはそのまま、首の動きだけで周囲を示してみせた。

 

 

「どうした、来ないのか? それとも、この数に臆したか」

「……っ、もう囲まれてる……!」

 

 

 ソラが零した通り、この場は既にマントの怪人たちに取り囲まれていた。

 

 周囲の木々をすり抜け、3人を囲むように現れた怪人の数は6人。

 その誰もがモンスターボールを手にしていて、こちらが何か事を起こせば、すぐにでもポケモンたちによって“ふくろだたき”にできる状況が出来上がっていた。

 

 敵を追っていたつもりが、逆に罠にかけられたか。

 戦慄に唾を飲み込んだ刹那、ソラはふと、彼らの持つモンスターボールに違和感を覚えた。

 

 

(木製のモンスターボール……? まるで手作り(クラフト)したみたいな……)

 

 

 思い当たるところはある。

 

 この世界に来たばかりの時、ルスティカ博士は100年ほど前にやってきた“星見人”が、マハルにモンスターボールを普及させたと語っていた。

 曰く、その“星見人”はヒスイ地方──かつてのシンオウ地方から“マハルの地”に迷い込んだのだと、記録には残されているという。

 

 であれば、彼らの持っているそれらも、ヒスイ地方に由来する木彫りのモンスターボールである可能性が高い。

 どうしてそんなものを使用しているのか、という疑問もあるが……ソラにとっては、それよりも。

 

 

(この既視感……わたしはあのモンスターボールを、この世界(マハル)で既に見た事がある……? 一体どこで──)

「でっ? その程度の数で、シェラちゃんたちを追い詰めたつもり?」

「クク……どうやら状況が理解できないようだな。悪いが、尋常の決闘(バトル)なぞに乗ってやる道理は無い。お前たちがポケモンを繰り出すよりも早く、我らのポケモンがお前たちを──?」

 

 

 そこで、気付く。

 先ほどまで、怪人たちを炙り出す為にシェラが構えていたスーパーボールが──今、彼女の手元に無い。

 

 敵意を持つ者たちに囲まれている状況で、わざわざボールを仕舞い直すなど自殺行為。

 かと言って、彼女がボールを投げてポケモンを繰り出そうものなら、怪人たちもまた即座にポケモンを繰り出し、圧殺を仕掛けてくるだろう。

 

 ならば、どこに?

 フードの奥で訝しむ目線は、直後、ニヤリと笑うジムリーダーの姿を確かに捉えた。

 

 

 

「確かに、決闘(バトル)だなんて言ってる場合じゃないよね♪ ──クロバットくん、“ぼうふう”行っちゃって☆」

「クロォーロロッ!!」

 

 

 

《クロバットの ぼうふう!》

 

 

 2対4枚の翼が、頭上より降りてくる。

 

 いつの間に。どうやって。

 そんな疑問の一切を打ち払い、諸人が取るだろうすべての対応(リアクション)よりも早く。

 シェラたち3人の直上まで降下したクロバットは、己の翼をはためかせ、荒れ狂う風の波濤を生み出した。

 

 

「ぐ……ぅう、うぁああっ!?」

 

 

 無論シェラとて、人に致命を与えるような指示をする筈も無し。

 クロバットの直下にいるソラたちを巻き込む事なく、ただ周囲だけを薙ぎ払う“ぼうふう”の圧力は、怪人たちをたちまちに怯ませ、その動きを封じ込めた。

 

 そして、同時に。

 手加減した上で繰り出された怒涛のつむじ風は、怪人たちの身に纏う外套(マント)だけを的確に吹き飛ばし、その姿を露わとさせる。

 

 

「くそっ……おのれぇ!」

「──っ!?」

 

 

 誰かが息を呑む音が、確かに聞こえた。

 

 マントの下の装束は黒い布地を基調とし、ダボッとした祭服(キャソック)のようだった。

 祭服の至るところに、何かの呪文、或いは魔術めいた意図を持つらしい金の刺繍が施されていて、まるで呪術師のようだ。

 

 だが、そんなものはどうでもいい。

 何よりの問題は、その容姿にあるのだから。

 

 

 

「白い、髪……赤い目、呪文みたいな入れ墨」

 

 

 

 老いた病人のように白く荒れた髪は、後頭部で髷のように整えられている。

 瞳の赤色は、鮮明というよりも濁った光を湛えていて、恐ろしいほどに白い髪も相まって、ギラギラと目立っていた。

 

 そして彼らの額や頬、目元などには、入れ墨(タトゥー)めいた()()()が見える。

 

 それが先天的な模様なのか、入れ墨なのか、それともペイントなのかを、ソラたちが知る術は無い。

 ただ少なくとも、それらが何らかの文字列を意味しているのだろう事は、何となく理解する事ができた。

 

 白い髪。赤い目。入れ墨のような模様。

 それらは果たして、ルスティカ博士の証言した「襲撃者」の特徴と、まったく一致するものであると同時に──

 

 

 

「まさか……マジで“ヨミの民”、なのか!?」

 

 

 

 “ヨミの民”

 創世神話において、“ヨミの神”を信奉し、おぞましき手段を以て“リュウジンさま”に戦いを挑んだ侵略者。

 

 今、3人の目の前にいる者たちはまさしく──壁画に描かれる彼らを、そっくりそのまま壁から引き剥がしてきたかのような相貌をしていた。

 ソラたちを取り囲んでいる6人全員が、である。

 

 

「フ……如何にも。我らこそは、お前たちが“ヨミの神”と呼ぶ、大いなる魔の支配者──“ヨミガミさま”を信奉せし、まことの民。大地の深淵に祝福された、神の戦士だ」

 

 

 リクの言葉を受けて、怪人物たちの1人がしたり顔を見せた。

 その男は目を見開きながら笑みを浮かべ、どこか恍惚と、正義は我らに在りと言わんばかりに口上を垂れる。

 

 つい先ほど、シェラの“ふいうち”を受けて怯んでいた筈の彼らは、リクの驚愕に合わせるようにして、誰もがニタニタと嘲笑い出している。

 そこに言い表す事のできない奇っ怪さを抱いた矢先、ソラは、彼らの身に着けている装束が目に入った。

 

 

(“V”……?)

 

 

 それは、アルファベットの「V」を模したような紋章(エンブレム)だった。

 シェラたち“リュウジンさま”を信仰する神官たちが、錨と鎖の紋章を身に着けているように、彼らもまた、自分たちを象徴するモチーフを掲げているのだろうか。

 

 黒い土台に、火花か電光が弾けるようなエフェクトで以て、Vのマークが形成されている。

 ただ、形成されているのはあくまで枠組みだけで、中身がスカスカである事を強調しているとも受け取れる意匠が、どうにも異質だった。

 

 夜の闇よりもなお昏い漆黒の土台に、枠組みだけのアルファベット。

 その狭間に深淵が垣間見えるのは、果たして気のせいか。

 

 

(……昔、本で読んだような気がする。なんで今、そんな事を思い出すんだろう)

 

 

 そういえば、と。

 ただの連想ゲームに過ぎないが、ソラはふと、その紋章を見て思い出したものがあった。

 

 曰く、宇宙には()()()()()()が多くある。

 

 星も、銀河も、それらを構成する物質も、ガスも。

 何もかもが存在しない、ただただ広大なだけの無の空間。

 

 例えるならば、シャボン玉の内側部分。

 『()()』が『()()』としか言い様の無い、虚無そのもの。宇宙空間にぽっかり空いた穴。

 

 あの紋章を、あの意図された伽藍洞を見ていると、何故だかその事を想起してしまうのだ。

 確か、そういった何も無い空間の事を──

 

 

「……超空洞(ヴォイド)

「ほう……? 既に我らの名を知っていたか。どこで知った? 我らの活動は、これまで水面下で……いや、まぁいいだろう」

 

 

 疑問を投げかけておきながら、すぐに自分1人だけで納得して。

 こちらの事情も意志も対話すらも、何もかもを置き去りにしながら、男は両手を高らかに広げてみせた。

 

 

 

「──そう、我らは“ヴォイド団”。冥府の底より蘇りし悪鬼羅刹(なり)。“ヨミガミさま”による()()()()()()を実現するべく、お前たち偽りの民を、この大地から一掃しよう!」

 

 

 

悪の組織(ダークカルテル) ヴォイド団】

助祭(したっぱ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、動き出したか」

「ミィズ……」

「かーろ!」

「分かっている。おれたちも動くぞ」




マハル図鑑 No.065
【クロバット】
ぶんるい:こうもりポケモン
 タイプ:どく・ひこう
とくせい:せいしんりょく(すりぬけ)
ビヨンド版
 4枚の 翼を 上手く 使って 音も 無く 空を 飛ぶ。獲物に 気付かれず 接近できる。
ダイブ版
 少しでも お腹が 空くと 衰弱するが 満腹に なる為に 必要な 血液は 少量で いい。

《進化》
ズバット
→ ???(???で進化)
  → クロバット(とてもなかよしな状態でレベルアップで進化)
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