「決めるよ、びぃタロ! “グロウパンチ”を重ねて“れんぞくパンチ”!」
「エビぃア!」
先の攻防の折、“むしのていこう”による拘束は失われた。
もう、今の彼らを阻むものは何も無い。
心底から滾るパワーを両腕に乗せて、びぃタロが地面を蹴る。
彼の“すばやさ”であれば、この程度の直線距離、“アクアジェット”を使わずとも一瞬で肉薄するのは造作も無い事だ。
「調子に乗りやがって……! パタパム、迎撃しろ!」
「ハヤシタ、あなたもよ! パタパムに“てだすけ──」
「させるかっ! “ミサイルばり”だ!」
「むきゅーっ!!」
ハヤシタが太鼓を叩こうとした刹那、無数の針弾幕が飛来する。
“すなかけ”の影響からは未だ脱し切れていない以上、“ミサイルばり”の命中はそれほど期待できたものではない。
けれどもここで重要なのは、命中する事ではない。相手の動きを邪魔する事なのだ。
「ででっ……で、でっと……っ!?」
「くっ……! “ミサイルばり”が邪魔で“てだすけ”できない!」
辛うじて、2発は命中する。
だがそれ以上に、命中しなかったものも含めて、相当数の針がハヤシタの周囲を飛び交った。
そんな状況で、落ち着いて太鼓を叩く暇などある訳が無い。
結果として、動きを封じられたハヤシタの下へと、ウェボムが飛びかかるように接敵し──
「エッ──ビぃぃぃぃぃアッ!!」
その隙を、青の拳が穿つ。
「ビぃッ!!」
「ぱみぃ……っ!?」
ガラ空きになったパタパムの懐へ、まずは1撃。
“れんぞくパンチ”はノーマルタイプのわざ。
しかし、そこに重ねられた“グロウパンチ”はかくとうタイプのわざであり、むし・ひこうタイプのパタパムには“こうかいまひとつ”──どころか、ダメージが1/4まで軽減されてしまう。
それに加えて、最初に受けた“いかく”の影響で、びぃタロの“こうげき”は1段階下がってしまっている。
そんな状況で撃ち込んだ一撃だ。与えられる痛打など、たかが知れている。
だが。
2撃。
3撃。
4撃!
「なっ……ダメージが、どんどん上がっていく……!?」
「“グロウパンチ”は、打ち込むほどに“こうげき”が上昇するわざ。それを連続で打ち込めば、“こうげき”は際限なく上昇するわ!」
それは、シェラとの
彼女から学んだ“わざの組み合わせ”を、びぃタロはたったの半日で習熟しつつある。
彼の持つ潜在的な
「っ、小娘が舐めてくれるな! “むしのていこう”で動きを封じろ!」
「ぱっ……ぱ、ぃあーっ!!」
再び、黄緑の閃光が放たれる。
粘着質な光の弾は、至近距離であるが故に、そのすべてが対面のびぃタロへと命中する。
「ビっ……!」
タイプ相性の観点から、被ダメージは微々たるものである事は先にも語られた通り。
だが、そのネバネバとした光弾が体に纏わりつき、動きを鈍らせる事で、“れんぞくパンチ”はそこで中断されてしまう。
「今だ! 動きを封じている内に、その雑魚エビを──」
「ええ、今よ」
少女と、したっぱの男の目が合った。
彼の視界に映る少女は、まだ諦めてなんかいない。
「
「エビっ──ビぃっ!」
「エビウぅ、マっ!!」
「なっ、きのみだと……!?」
ルスティカ博士と再開した時、彼女が貪り食っていたきのみの盛り合わせ。
その中に混ざっていた“オトーのみ”を、ソラはこっそりと拝借し、相棒に持たせていたのだ。
能力が2段階──所謂“がくっとさがった”タイミングで食べる事により、自身に起きている能力変化のすべてを打ち消す。
シュワッと弾ける“オトーのみ”の果汁は、びぃタロに活力を与え、その体を縛るネバついたエネルギーを引き剥がすだけの余力をもたらした。
「くっ……だ、だが! 能力変化がリセットされたという事は、そいつの“こうげき”も下がっている筈! 相性差がある以上、そう簡単にやられは──」
「そっちこそ、忘れてない?」
グ、と拳を握る。
深く腰を落とし、更なる拳撃の構えを取るかいでんポケモンもまた、己の主と同様、闘志を失わないままにそこに立っていた。
「下がった“こうげき”は、また上げ直せばいいだけ。もう1度──“グロウパンチ”を重ねて“れんぞくパンチ”ッ!!」
「──ビぃアぁぁぁアっ!!!」
果たしてそれは、あまりに
頑張って上げた“こうげき”が下がったならば、上げ直せばいい。
タイプ相性なんて知った事か。繰り出す度に“こうげき”の上がる“グロウパンチ”を擦り倒せば、嫌でも威力は上がっていく。
後はそれを、“れんぞくパンチ”に乗せて連打すればいい。
一体どれだけ? それは当然、倒せるまで!
果たしてそれは、あまりに
「エビぃッ!!」
「ぱたっ……!? ぱみ、ぃあっ!? む、ぅう……!?」
回数を重ねる毎に、“こうげき”は上昇し、それに応じてわざの威力も上がっていく。
“こうかいまひとつ”によるダメージ軽減を加味しても、先の連打と合わせて、パタパムの体力は相当に削れつつあった。
そもそも、“ウェボム”の“ひのこ”をまともに食らっているのだ。
その時点で既に、
「びぃ──!」
「ぱ、ぱた……」
「舐めるな、と……言った筈だ!」
4撃目、トドメの一撃が振るわれようとした、まさにその瞬間。
したっぱの男は、己が導き出せる限りの最善手を閃き、即座に叫んだ。
「“ふきとばし”だ! そいつを引っ込めろ!」
「ぱ、た──ぃあーむっ!!」
残された力を振り絞り、翼が振り抜かれる。
それによって生じた風は、一種の内に局地的な突風へとすり替わり、自分よりも大柄な筈のびぃタロをも吹っ飛ばすに至った。
「ビ……ぃイ、アぁ──っ!?」
「びぃタロっ!?」
吹き飛ばされた先にいたのは当然、彼のトレーナーであるソラ。
しかし、1人と1匹がぶつかり合う事は無かった。
青色の体躯が衝突する刹那、腰のボールホルダーに収められた彼のモンスターボールが、独りでに震え出す。
そうしてびぃタロは、ソラが触れる間も無く開いたボールの中へと吸い込まれ、綺麗に収まった。
(しまったそうか、“ふきとばし”……! 場に出るポケモンごと状況をリセットする気ね!?)
“ふきとばし”を受けたポケモンは、強制的にモンスターボールへと戻されてしまう。
その後、トレーナーの手持ちポケモンの中から、ランダムで別のポケモンが場へ登場させられてしまう、厄介なわざだ。
言わずもがな、ソラの最高戦力はびぃタロである。
そんな彼が、自身に乗った能力上昇ごと控えに戻ってしまえば、戦闘で生じるロスは必至。
そればかりか……
「次のポケモンを待つ事は無い! パタパム、“エアカッター”で小娘を引き裂いてしまえ!」
「ぱたぃっ、あーむっ!!」
再び薙がれた翼は、今度こそ殺傷力のある風を生み出した。
触れるものすべてを切り刻む不可視の刃を前に、ただの人間の少女が避けられる術も無し。
掟破りの
「──ぢゅっ」
そう。
ソラには、己に迫る致命を回避する術は無かった。
あくまでも、
「ぇ──?」
「ぴ、ぢゅうっ!!」
風刃の群れが、少女に到達するよりも早く。
己へ向けられた殺意に、少女が反応を試みるよりも早く。
誰の手を借りる事も無く、ボールホルダーから飛び出した影ひとつ。
果たして
それを、ソラが必死に抑えつけながら、目の前のバトルに挑んでいたのだ。
だが、その枷も今は無い。
“ふきとばし”によってびぃタロがボールへ収まり、次のポケモンを繰り出す必要が出てきた以上──
「ぴっ──ぢゃあッ!!」
風の刃をぶった切り、突き抜け、打ち消しながら現れたのは、でんきタイプのこねずみポケモン。
ひこうタイプのパタパムにも有効に渡り合える彼女の
「ぱみ──」
「ぢゃあっ、ぢゅーっ!!」
ウェボムとびぃタロ、2匹のポケモンがここまで削ってくれたのだ。
“こうかばつぐん”、タイプ一致のヘッドバットが叩き込まれ、満タンにチャージされたでんきエネルギーが、これでもかと注がれた。
「ぃ、ぁあぁ……」
「なっ、パタパムっ!?」
黒焦げになって地に伏せる、よくりゅうポケモンの哀れな姿。
それに関心を寄せる事も無く、ちゆりんは華麗に着地し、威風堂々と腕を組んでみせる。
「ちゆりん……いえ、助かったわ!」
「ぴーちゅ!」
一体、何が起きたのか。
それを即座に察し取って、ソラは何故を問う事無く、彼女を指揮する方針に切り替えた。
少し考えてみれば、すぐに分かる事だ。
だって、
「何をしているの!? そんな小娘1人相手取って──」
「余所見してる場合かよ! ウェボム、“いとをはく”だ!」
「むしゅ!」
「ででっ……!?」
「──!? しまった!」
ソラたちの側に意識が割かれた一瞬の隙を狙い、ウェボムが口からクモ糸を射出する。
放たれた糸は、“めいちゅうりつ”が下がった状態でなお命中し、ハヤシタの腕に巻き付き、その動きを縫い留めた。
ハヤシタのとくせい“びびり”は、むしタイプのわざを受ける事で“すばやさ”が上昇する。
だがそれは、あくまで攻撃わざを受けた時。へんかわざの“いとをはく”では起動せず、むしろ通常通りに“すばやさ”が下降するのだ。
「今だぜ、ソラ!」
「うん──ちゆりん!」
「ぴちゃーっ!!」
ソラの掛け声に合わせて、ちゆりんが跳躍。
宙を舞いながらに、己の頬の電気袋を激しく帯電させて、でんきエネルギーの充填を開始する。
……少し考えてみれば、すぐに分かる事だ。
ちゆりんは“ゆうかん”なせいかくであり、とても仲間思いのポケモンである。
それは“船出仕合”や、シェラとの
そんな彼女が、だ。
ソラが捕まえた
「“でんきショック”!!」
「ぴっ──ちゅぅぅぅぅぅうううううっ!!!」
どうして、悪漢どもへの怒りを抱かずにいられようか。
「お前も合わせろ、ウェボム! “ひのこ”だ!」
「むっ、きゃーっ!!」
雷光が解き放たれたタイミングに合わせて、ウェボムも三たび、火球を放つ。
相手の動きを縛り、回避を封じた状態で放てば、下がった“めいちゅうりつ”など問題にもならない。
「不味っ……避けなさい、ハヤシタ!」
「で、ででっと……」
前方より電撃、後方より火球。そして自分は、糸で拘束されて行動不能。
そんな状況で、真っ当な回避行動など叶う筈も無く。
「でで──でたァーッ!?!?!?」
黄色と赤の閃光は同時に直撃し、爆発。
もうもうと立ち込める黒煙が晴れ、向こうの景色が露わとなった時……そこにはもう、誰も立ち上がってなどいなかった。
「──ちゅっ!」
当然の結果と言わんばかりに、こねずみポケモンはサムズアップをひとつ。
ビシッと立てられた小さな指が、少年少女の勝利をこの上無く、文句のつけられないほどに証明していた。