当エピソードには薬物使用を示唆する描写がありますが、これはあくまで物語上の表現であり、現実での違法行為を肯定・推奨する意図は一切ございません。
したっぱから“どろぼう”した巾着袋を、人差し指と中指で摘み上げ、ばっちぃと言わんばかりにぶら下げる。
リクほどではないが、シェラもまた、その袋や持ち主であるヴォイド団への不快感を隠そうともしていなかった。
「摘発用のサンプルは、昔に見たコトがあったからね。実物を見て嗅げば、シェラちゃんにも分かったよ。この袋の中に入ってるのは、“シコメソウ”っていう植物から成分を抽出して作る、ポケモン用の麻薬なの」
「ポケモン用……って、まさか!?」
「ソラちゃんの考えてる通りだと思うよ。リクくんみたいに、漏れ出た匂いを嗅ぐ分には、それほど悪影響は無いけど……これを直接投与されたポケモンちゃんは、理性が希薄になって凶暴化し、戦闘能力が増大するの。ただ、その代わり……」
チラ、とシェラが見やる先。
ハヤシタやパタパムたち、他の木に縛られているヴォイド団のポケモンたちは、一様に気を失っていて、ピクリとも動いていない。
……だがよく見ると、彼らは心なしか衰弱しているように見受けられた。
先ほどまでの鬼気迫る暴れっぷりからは考えられないくらい、明らかに体力が尽きている様子だった。
「……ポケモンちゃんの体には、相当な負荷がかかる。ただちに命に関わるってほどじゃないけど……でも、依存性は間違いなくあるから、濫用し続ければ……」
「そんな……っ!? おいら、実家で薬作るの手伝った事はあるけど、そんな薬の事なんて1度も……」
「そりゃそうだよ。あまりの危険性から、この薬の存在は
シェラの話では、この薬の封印・規制と“シコメソウ”の撲滅は、彼女が生まれるより以前に行われたらしい。
にも拘らず、今でもこの麻薬を所持している者が摘発される事が稀にあり、その出所については不確かだったとの事だが……。
「まぁさか、“ヨミの民”を名乗る人たちが持ってたとはね。それに……」
「ハ……気付いたようだな。そうさ、それはお前たちの知る秘薬とは別物……いや、効能はこちらの方が上! それこそ、我らが“ヨミガミさま”のお与えになる強壮の加護よ!」
先ほどまで焦りを露わとしていた筈の男は、汗を流しながらも再び威勢を取り戻し、こちらを嘲笑うかのように語り出す。
ソラはそこに仄かな違和感を覚えるが、それよりも彼の語る内容の方に意識が釣られてしまう。
「煎じた草に黄泉の
「そんな強力な薬……ポケモンたちにどんな負担がかかるか分かったもんじゃねぇぞ!」
「はっ、それがなんだと言うのだ小童。“ヨミガミさま”の復活が為、その身を捧げられるのだぞ? ポケモンどもとて本望だろう! あの女から奪ったポケモンどもも、じきにその素晴らしさを理解するだろうよ!」
「──! ま、まさか……」
「今頃、我らの隠れ家で新たな秘薬が完成しているだろうさ。それを片端から飲ませ、ポケモンどもの適性を図る。結果、秘術に耐え切れずに命を落としたとしても……まぁ、それはそれで“ヨミガミさま”へのいい贄になる」
少年少女の顔が蒼白になる。
それはつまり、彼らが奪い捕らえたロコンたちに、この麻薬が投与されるという事。
そしてソラは、先ほどの違和感の正体をようやく理解した。
男が何故、ここまでこうも素直にベラベラと喋っていたのか。
「ここまでの会話は、隠れ家で薬が作られるまでの時間稼ぎ──っ!」
「どうする? 我らを野放しにするかね? 言っておくが、我らは隠れ家の場所を吐いたりなどは──ぶへっ!?」
「行って、ソラちゃんリクくん!」
男の顔面にエルボーをかまして気絶させ、シェラは懐から取り出した小型のデバイスをソラに投げ渡す。
初めて見る機械だったが、形状からして、それが通信機器である事はすぐに分かった。
「予備の通信機貸したげるから、ソラちゃんたちは隠れ家へ! この人たちはシェラちゃんが見とくよ!」
「でも……っ、いえ、分かりました! リク、匂いはまだ辿れる?」
「勿論! 急ごう、ロコンたちが危ねぇ!」
ともに頷き合い、一斉に駆け出す。
その後ろでは、シェラが2人に向けて手を振っていたが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
ちゆりんとウェボムが、それぞれの主の頭の上に飛び乗って、スマホロトムが一行の後を追随する。
ロトムの放つ“フラッシュ”によって、視界はかなり確保されていた。
「リク、匂いはこの先!?」
「ああ。近付くにつれて、段々匂いが濃く──っ!? ……くそっ、やっぱりかよ……!」
何かに気付いたリクが、どこか悔しそうな表情を浮かべ、歯ぎしりをする。
……やはり、ヴォイド団に囲まれる前にも感じた通りだった。
彼は、この先に何があるのかを知っている。
「どうしたの? この先に何があるの?」
「……“
「ひみつ……って、あの時の!?」
「そうだ! あいつら、おいらの“ひみつきち”を見つけて、自分たちの隠れ家に使ってやがったんだ!」
ソラとリクが最初に会った時、ガチゴラスから逃げる為に利用した、木の上の“ひみつきち”。
確かに思い返してみれば、周囲の景色や状況は、10日前の記憶とにわかに一致する。
彼はその時「人を招いたのはソラたちが初めて」と言っていた。
逆に言えば、リク以外でその“ひみつきち”の存在を知っている人間は、限りなく少ない。
それを、ヴォイド団の面々が見つけて、利用していたのだ。
よりにもよって、リクの姉であるルスティカ博士を襲い、彼女が保護していたポケモンたちを奪う為の、前線基地として。
「許せねぇ……! おいらの“ひみつきち”を、こんな事の為に使うなんて!」
彼が焦り、悔しそうにしている理由は、まさに
自分が長年かけて作った自分だけの隠れ家が、悪人どもに利用され──それどころか、自分の家族を害する為に使われたのだ。
悔しくない筈が無い。許せる筈が無い。
そして、何よりも──
(おいらが“ひみつきち”を放置して旅に出たせいで、アネキが──ッ!)
罪悪感と、強い自責の念。
それが、今の彼の足を動かしていた。
そしてその事は、ソラにも理解できた。
理解できるが故に、彼女にはどうする事も……言葉をかける事もできなかった。
「リク……」
「! 見えたっ……! あそこだ! あの木の上に、おいらの“ひみつきち”が──っ!?」
それ以上の言葉は、出てこなかった。
何故なら……
「──ぎゃあああっ!?!?」
次の句を継ごうとしたその瞬間、リクが指差した先──“ひみつきち”のある木の樹冠が爆発し、その最中から1人の男が飛び出してきた。
いや、飛び出してきた……という表現は正しくないだろう。
正確には、吹っ飛んできた。内部で起きたのだろう爆発に巻き込まれたのか、その身は煙に巻かれている。
そうして吹っ飛んだ男は、そのまま地面に激突。
死んではいない。だが、白目を剥いてノビてしまっている。
そして、もうひとつ。
「この服装に髪の色……この人もヴォイド団!?」
「なんだって!? でも、どうしてだ? 今、爆発が起きたのは、確かにおいらの“ひみつきち”だけど……」
黒焦げのしたっぱから目を逸らし、2人揃って上を向く。
樹冠の内部からもくもくと煙を上げているのは、確かにリクの“ひみつきち”に相違無い。
だが彼の知る限り、中には爆発するようなものは保管していなかった筈だ。
この男を始めとしたヴォイド団のしたっぱたちが、隠れ家として利用するにあたって持ち込んだ可能性もある。
だが、立ち昇る煙の匂いを嗅いだリクは、不可思議そうに眉を寄せた。
「あの煙……例の麻薬の匂いがする」
「えっ!? それじゃあ、もう麻薬は完成して……!? というか、あんな危険な薬が燃えて、その煙が周囲に拡散したら、大変な事になるわ!」
「いや……多分、そうじゃない。なんてーか、真逆で……むしろ、匂いが
その呟きから間もなく、“ひみつきち”の中から更に2人の男が飛び出してくる。
ロトムの放つ光が照らす彼らの姿もまた、ヴォイド団のしたっぱのもので相違ない。
ただ、こちらは爆発で吹っ飛ばされた訳ではなく、むしろ自分たちから“ひみつきち”を後にし、退避してきたように見えた。
その証拠に、彼らは着地と同時に“ひみつきち”を見上げ、中にいる
だがその直後に、自分たちの背後にソラたちがいる事に気付き、焦った風にこちらを振り返った。
「なっ、子供だと……!? くそっ、警備に出たあいつらは何をしてる!? みすみす出し抜かれたのか!?」
「おい不味いぞ、今ので秘術に必要な秘薬のほとんどがダメになった。それに……」
背後にソラたちがいるにも拘らず、彼らは頭上の“ひみつきち”にも意識を割いている。
一体、そこに何があるのか。
ポケモンを出して警戒しつつも、少年少女もまた、一様に樹冠の中へと目を向けて──
「警備が手薄になった隙を突いたとはいえ……所詮は
もうもうと立ち込めていた煙を手で引き裂き払い、ゆるりと現れた影ひとつ。
そして、同時に。
その姿を認めた瞬間、ソラは大きく目を見開いた。
「あ、れ……あなたは、まさか」
「……。お前たちは」
紺色のジャケットに黒い長ズボン、分厚いブーツ。
手にはグローブ、頭部にはターバンめいた被り物と、徹底的に素肌や髪を隠している。
そして何よりも、ターバンとジャケットの襟の隙間から見える、血のように赤い目。
何故、
けれども少女は、
「……悪いが、お前たちに構っている暇は無い。死にたくなければ、下がっていろ」
カロンタウンで行われた“船出仕合”の折、ソラが対戦した自称“名無し”の少年。
ズボンのポケットからチェーンで吊るされた“かすがいのはね”が、あの時の彼である事を確かに示していた。
今回の書き溜めは以上。
またある程度のストックが完成したら更新します。