「行くぞ、ベロバー! あの娘を片付けろ!」
「ろぉ~べばぁ~!」
「ゴロゴムシ、早く正気に戻れ!」
「ご、ごろごっ……ろむっしゅ!」
ずんぐりとしたダンゴムシポケモンの頭上で、デフォルメされたポッポ(イキリンコという説もある)が輪になって踊る。
“こんらん”状態のゴロゴムシは、自分のトレーナーの言う事をまともに聞き受ける事ができず、ふらりふらりとその体を揺らしていた。
「少し遊んでやれ、“ちょうはつ”だ」
「かろ!」
だから、こういう手が刺さってしまう。
「かろかろかーろ? かーろうっ! かーろかろかろかろ!」
「ごっ、ごろむっしゃァ──ッ!!!」
本来は相手のへんかわざを封じ、攻撃しかできなくさせる“ちょうはつ”だが、“こんらん”して思考の回らない相手に使えば、文字通りの挑発としても作用する。
元々ヴォイド団の秘薬によって理性を希薄にされていた事も相まって、あっという間にキレ散らかしたゴロゴムシは、したっぱの指示も聞かずに飛び出してしまった。
「おい、待てっ! 戻れ! おい、ゴロゴムシ!」
「ごろっしゃぁーっ!! ごろっ、ごろごーっ!!」
「“でんこうせっか”だ。当てる必要は無い、軽く撹乱するだけでいい」
「かーろ!」
怒りのままに体を丸め、大きな甲殻の玉となって迫る相手に対して、ガプリコは軽く後ろへステップを踏んだ。
くろヤギポケモンとして持つ軽やかさと跳躍力、そして“でんこうせっか”によって付加された俊敏性が合わさり、そう簡単には捉えられないトリッキーな歩法を実現していた。
ガプリコは少年の指示通り、我を忘れて転がってくる相手ポケモンを、右へ左へ翻弄するように避け続ける。
そうして大きな木を背にしたところで、虚を突くようにして大きく跳躍。
すると自然、相手を追い詰めた筈のゴロゴムシは、木の幹に向かって突撃する形となる。
そして“ころがる”は、攻撃が外れるまで自身にも制御ができなくなるわざ。
「ごっ──ろぉおおっ!?」
幹に衝突した事で、相手に与える筈だった威力と衝撃が、そっくりそのまま自分へ返ってくる。
目を回して悶える相手を他所に、ガプリコは華麗に着地し、煽るように舌まで出してみせていた。
(上手い……! 耐久力が高くて大柄なポケモンでも、その場の地形を利用すれば、あんな風に手玉に取れるのね)
「余所見をしている場合かぁ!? “ダメおし”だ、ベロバー!」
暫し少年の手練に気を取られていたソラを、もう1人のしたっぱの叫声が、一気に現実へ引き戻す。
ハッと眼前に意識を向け直せば、相手のベロバーは既にそこまで迫っていた。
「べぇ、ばぁ~~~!!」
「いけないっ! ちゆりん、“ほっぺすりすり”!」
「ぴっちゅ!」
張り手とヘッドバットが、クロスカウンターのようにしてほぼ同時に命中。
互いに後方へ吹き飛び、それぞれのトレーナーの下へと戻る。
勢い余って地面に叩きつけられたちゆりんは、即座に飛び起きたものの、タイプ一致もあって受けたダメージは大きい。
そして相手側のベロバーは、今しがたの激突で“せいでんき”をモロに浴び、“まひ”状態に陥っていた。
(これで相手の動きを少しは封じられる……けど、ちゆりんは元々そんなにタフな方じゃない。今みたいな攻撃を何度も受けられる余裕は無いし、それに……)
「“まひ”程度でこちらの動きを止めたつもりか!? 分からせてやれ、ベロバー! “おだてる”だ!」
こちらが対応するよりも早く、ベロバーが再び前へ出る。
“まひ”の電圧に体を縛られてなお、わざの出だしが衰えない──否、それまで以上に素早い動きを見て、ソラは自らの予想が的中した事を悟った。
「やっぱり、ベロバーのとくせいは“いたずらごころ”──!」
「べぇろっ──べろべろばぁ~~~~~っ!!」
「ぢゅぢゅっ……! ぢゅぅう~~~~!!」
ベロバーの嘲るような、囃し立てるような声を浴びて、元々怒り心頭だったちゆりんがよりエキサイトする。
電気袋に溜め込まれていたでんきエネルギーは、とうとう堪え切れずに放出されて、バチバチと激しく“スパーク”を放っていた。
名無しの少年のガプリコが、相手を手玉に取る事に秀でているように、ベロバーもまた、種族単位で翻弄に特化したポケモンだ。
それを象徴するとくせいこそ、“いたずらごころ”。
効果は単純。繰り出すへんかわざの速度が上がる──つまり、“でんこうせっか”と同等の速度で、自己強化や相手の弱体化を行う事ができる。
例え“まひ”を受けて“すばやさ”が下がっていたとしても、単純なわざ自体の速度が早ければ、相手の先手を取る上で何の支障も無い。
おまけに今の“おだてる”によって、ちゆりんは今まで以上の興奮と、それを後押しする“こんらん”を押し付けられてしまっていた。
(不味い……! 相手への怒りで興奮してる今のちゆりんじゃ、でんきエネルギーを制御できない! “こんらん”で暴発したところを突かれたら──)
「どうした、お手上げか? ならこちらから行くぞ、もう1度“ダメおし”!」
「べばぁ!」
再び、タイプ一致の張り手が迫る。
ベロバーの目もまた、秘薬の甘ったるさに狂わされていて、その膂力が強化されているだろう事は明白だ。
そして今のちゆりんは、それを避けようともせず、むしろ挑みかかろうとしている。
怒りに任せて突撃すれば、たちまち手痛い一撃を受ける事は考えるまでも無いだろう。
だがソラとて、完全な素人トレーナーという訳ではない。
世のトレーナーたちに比べれば短く希薄でも、彼女なりの“けいけんち”は確かに蓄積されているのだ。
「──
「ぢゅ──?」
「べ、ろばぁ……っ!?」
彼我が激突する刹那、ソラの構えたモンスターボールから光線が照射される。
放たれた赤い光は、ちゆりんを捉えるや否や、彼女を有無も言わさずボールの中へ吸い込んだ。
同時に、攻撃を食らわせる筈の相手がいなくなった事で、ベロバーは勢いを殺し切れずにたたらを踏む。
その一瞬が、少女に新たなモンスターボールを握らせていた。
「はるりん、お願い!」
「ほっけるーりっ!」
ボールが開かれた瞬間に飛び出し、空を舞う薄緑の翼。
ここまで今か今かと出番を待ち続けていた彼女の名は、ハルドリのはるりん。
彼女もまた、1番エリアで捕まえて以降、数々のポケモンたちと道をともにしてきた間柄。
当然、仲間を傷つけられた怒りは彼女にもあったが、“ぬけめがない”故にちゆりんほどヒートアップしておらず、ボールの中から状況を俯瞰する事ができていた。
「(さっきみたいな状況ならともかく、今この場でちゆりんに暴れさせるのは危険。びぃタロはさっきの戦いで消耗してる。ならここは、まだ1度も戦ってないはるりんに任せる!)はるりん、相手に捕捉されないように立ち回って! できる?」
「るーりぃ!」
揚々に応え、ベロバーの周囲を旋回するようにして飛行する。
ハルドリは元来、木から木へ渡るように飛ぶとりポケモン。今この場のような木立は、彼女にとって絶好の
「チィッ、そんなカトンボ如き! “おだてる”だ!」
「“でんこうせっか”で振り切って!」
「べ、べろばぁ──」
「ほけっきょるーりっ!!」
“いたずらごころ”は、へんかわざを繰り出す速度を高めるとくせいだ。
しかしそれは、決して絶対先制の一手にまで昇華できる事を意味しない。
“でんこうせっか”と同速で繰り出せるという事は、あくまで“でんこうせっか”と同等の速度上昇でしかないという事。
繰り出すわざの速度が同じならば、物を言うのは彼我の“すばやさ”だ。
ましてや今のベロバーは、“まひ”によって“すばやさ”が半減している。
そんな相手のすっとろい搦め手なぞに、すばしっこいとりポケモンを捕捉できる訳も無し。
「いつの間に──っ、後ろだベロバー!」
「遅い! “エコーボイス”よ!」
「ほっ、ほけっ、きょ~~~~~っ!!」
スピード差を活かして後ろに回り込み、ガラ空きの背中に音波を浴びせかける。
空気の振動という圧力に突き飛ばされて、ベロバーの軽い体が前方に向かってすっ転んだ。
「べ、べぇろ……っ」
(足りない……! “エコーボイス”は元々、連発を前提としたわざ。秘薬だか秘術だかで
残酷でおぞましい手法だが、それ故にヴォイド団の“秘術”とやらは強力だ。
如何にこちらが未進化ばかりとはいえ、それぞれタイプ一致の“ほっぺすりすり”や“エコーボイス”を受けてもなお、同じく未進化である筈のベロバーは未だ健在。
恐らく秘薬の投与、秘術の処置によって、“ぼうぎょ”や“とくぼう”などの耐久性も向上しているのだろう。
先の戦いでも、パタパムやハヤシタの力は想定以上のものがあった。
お互いの
(一気に勝負をつけたいところだけど、はるりんじゃ火力不足。“かぜおこし”を使えば、あっちのガプリコにも被害が出るかもしれない。どうしたら──)
「隙ありだ! “ないしょばなし”!」
“エコーボイス”を繰り出した事によって、“でんこうせっか”の速度が緩んだ一瞬。
そこに差し込むように“とびかかる”ベロバーの顔は、まさしく“いたずらごころ”たっぷりのものだった。
「べろべろべろべろばぁ~?」
「ほけっ、るーりぃ……!」
顔と顔が近付くのではないかというほどの至近距離で、囁くように嘲るいじわるポケモン。
嘲笑によって勢いを削ぐその姿は、あくタイプの面目躍如と言ったところか。
「“とくこう”が……っ! これじゃあ、威力がもっと下がって……」
「畳みかけろ! “ダメお──」
「っ、させない! “かぜおこし”で足止めして!」
「けーりぃっ!」
攻撃わざ同士の打ち合いであれば、やはり“まひ”の差でこちらが有利。
あちらが張り手の為に飛び上がろうとしたところへ、翼をはためかせる事で生まれた風をぶつける。
“とくこう”の低下によって大した威力は出せないが、重要なのは正面から風を浴びせかけるという点だ。
“かぜおこし”をまともに浴びたベロバーは、己の体重の軽さ故に後ろへ転び、繰り出しかけていた“ダメおし”の初動をまんまと潰される。
そして、同時に。
「べっ、べろ、べろぉば……っ!?」
“まひ”の強制的な起動。
体を痺れさせ、相手を行動できなくさせる効果を持つ“まひ”だが、必ずしも毎回相手の動きを止められる訳ではない。
だが、体に“まとわりつく”微細なでんきエネルギーに外部から刺激を与える事で、無理やり“まひ”の効果を発露させる事はできる。
これもシェラとの
「クソッ! 何をやってるんだベロバー! 早く動けるようになれ!」
(けど、これはあくまで時間稼ぎにしかならない……。時間はわたしたちの側にとって不利。早く決着をつける為にも、何か大技になるもの……)
このままはるりんに撹乱させていても、状況は膠着状態……否、“まひ”を切り抜けたベロバーの手痛い一撃で、こちらが大きな
しかし、控えのびぃタロもちゆりんも、積み重なった消耗は大きい。無闇に交代したところで、“いたずらごころ”を踏まえると
(やっぱり、“エコーボイス”を連打するしか……でも、撃つ度に隙を突かれる危険性が──いや、そうか!)
そこで、気付く。
或いは分の悪い賭けともなるだろうが、状況が状況だ。ここは、打って出るべき場面だろう。
「はるりん!」
「けり?」
「あのね、今からあなたに、すっごい無茶な事を指示するわ」
「ほほっ」
「でも、勝つにはそれしかないの。……お願い、できる?」
「──ほっけりぃ!」
「ありがと。信じてるわ」
「るりるりー♪」
同意は得た。
それまで相手から距離を取っていたはるりんは、翼を折り畳んで一気に接敵し、ベロバーの正面へ突貫する。
「馬鹿め、無策の特攻か!? やってしまえ、今度こそ“ダメおし”だ!」
「ばぁ~~~~~!」
いいカモだと言わんばかりに、ピンク色の張り手が迫る。
しかしそれに動じる事なく、うぐいすポケモンのちっちゃなくちばしが──
「“
「ほぉぉぉぉぉ──けっ、きょぉおおおおおおおおおおっ!!!」
木立が、揺れた。
ソラでさえ咄嗟に耳を塞がなければ、どうにかなってしまいそうなほどの大声量が、夜の21番エリア、その更に彼方までを駆け抜ける。
「な、ぁああっ!?」
「くぅ、うっ……!?(せ、成功……! 直に見て受けたはるりんなら、再現できると思ってた!)」
シェラとの戦いで、彼女の繰り出したホーホーによる“なきごえ”と“エコーボイス”の重ね合わせを、はるりんは直接目撃していた。
その戦闘で実際にわざの組み合わせを物にしたのは、進化による
ならば、彼女にもできる筈だ。得意かつ性質の同じわざの組み合わせ──の、更に応用版。
「
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ──……ほけっ、きょ」
けほ、と咳き込むようにわざを中断する。
これまでで一番の声量だっただけに、はるりんにもそれなりの負担があったのだろう。
それでも、その成果として。
「べっ……べろべろべ……」
得られた勝ち星は大きく、確実なものだった。
「やった!」
「馬鹿なっ!? ベロバーが、一撃で……!?」
“エコーボイス“は繰り出せば繰り出すほどに威力が向上する。
わざの組み合わせによって、1度に2回分の効果を得た“エコーボイス”は、2回目の使用でありながらその実、3回目に相当する威力を持っていた。
こちらの“とくこう”の減少、あちらの秘術による強化を加味してもなお、タイプ一致の威力は絶大。
残りの体力を削り取られ、目を回したいたずらポケモンの哀れな姿だけがそこにはあった。
「クソッ……! なら、次はこいつだ!」
「っ!? またポケモンを持ってたの!?」
まだまだ足掻くと言わんばかりに、ヴォイド団のしたっぱが2つ目のモンスターボールを取り出す。
やはり木で作られたらしいそれは、今まさにこの場へ投じられようとしていて──
「いけっ! あの小娘を叩きつびゃはっ!?」
「かーろぉっ!?」
その直前、横合いから飛んできたガプリコの蹄が、したっぱの顔面にまんまと着弾。
白目を剥いてひっくり返った彼の手から、モンスターボールが零れ落ち、コロコロと転がって木の幹で止まった。
「あ、えと……これ、どういう……?」
「……そっちは片付いたようだな」
その声に隣を見ると、いつの間にか、名無しの少年がソラの側まで下がってきていた。
どうやら先のガプリコは、相手の攻撃を受けてこっちまで吹っ飛んできていたらしい。
気絶したしたっぱの顔面から飛び降りたその体には、それなりの数の傷が目立っていた。
「こっちは少し手こずった。伊達に進化を経験してはいない、という事らしい」
「ハッ、大口叩いてその程度か。さっきまでの威勢はどうしたぁ!?」
見れば、少年が相手取っていたしたっぱはまだ健在だ。
嗜虐的な哄笑を上げ、先ほどの意趣返しと言わんばかりに、こちらを“ちょうはつ”してきている。
「むしポケモンの強みは進化が早い事! ゴロゴムシの硬さ、舐めてもらっちゃ困るなァ!」
「ごろっしゅ、ごーろぉ!」
戦っている内に、“こんらん”も解けていたらしい。
ゴロゴムシは正気(と言っても、秘術によって理性を奪われているのだが)に戻った目で、こちらを爛々と睨みつけていた。
「勝てん事は無いが、あの装甲が厄介だな。ガプリコでは決定打に欠ける。チマチマと削っていってもいいが、時間がかかる」
「そんな……って、あのポケモン、フカシオはどうしたんですか? あの子の“ねんりき”なら……」
「分が悪い。“アクアジェット”ではあの守りを破れないが、“ねんりき”を撃とうとすれば足が止まり、手痛い一撃を食らう。“じゃくてんほけん”も、
「じゃあ、“船出仕合”で出さなかった3匹目は!?」
「論外だ。
淡々と言葉を返し続ける少年の態度は、いたって冷静であり、同時にふてぶてしくもある。
その大人びた余裕が、今の状況とミスマッチしているように感じて、ソラは焦燥感を隠せずにいた。
「どうした、作戦会議は終わりかぁ!? ゴロゴムシ、奴らを一掃しろ!」
「むしゅっごー!」
そうこうしている間に、ゴロゴムシが動き出す。
その硬く、それでいて柔軟な甲羅を丸め、さながらドンファンか何かのように転がりながらこちらへ迫ってきていた。
「不味っ……!? はるりん、びぃタロに交た──」
「ガプリコ、もう1度“ピヨピヨボイス”を──」
そうして、少年少女の側も対応を急ぎ、それぞれの指示を口にしようとした──まさに、その矢先。
「ちょ、ちょっと待てって──のうわぁっ!?」
「りー、りー! りりーっ!」
リクの悲鳴を伴って、或いは置き去りにして。
木の中の“ひみつきち”から、小さな何かが飛び出してきた。