ありがたい限りやね。
今後も「ビヨダイ」の変わらぬご愛顧をどうぞよろしくお願いします。
時間は少し巻き戻る。
「よいせっ、と──っ!? こ、れはっ……」
ソラと名無しの少年、2人の助けもあって木のはしごを登り、“ひみつきち”の入口に辿り着いたリク。
樹冠の前に立ち、中を視認した彼は、10日前からは考えられない惨状に思わず息を呑んだ。
「おいらの“ひみつきち”が、こんな有り様に……」
木彫りの机、その辺で拾った雑多なものを詰め込んだ棚、マハルニャースが好きだったおもちゃ。
そのすべてが綺麗さっぱり取り除かれていて、樹冠内部の構造以外、そこがリクの“ひみつきち”だった面影なぞひとつも見当たらない。
代わりに、何やら怪しげなモノの詰め込まれた壺やら、奇怪な呪文の記された紙やら──の残骸や欠片が、そこら中に散乱している。
床として敷き詰められた木の板はほとんど焼け焦げていて、室内中央部に(恐らくはヴォイド団の手によって)血で記されていたらしい魔法陣めいたナニカにいたっては、床板ごと砕けてすらいた。
10日前にソラと出会い、7日前にウツシタウンを旅立って。
1週間ぶりに帰ってきて目の当たりにした“ひみつきち”は、少年が数年かけて構築したその役割を完全に破壊されていた。
「……っ」
「しゅみぃ……」
「……分かってる。感傷的になってる場合じゃないよな。早くポケモンたちを助けないと」
頭の上のウェボムが悲しげな声を漏らし、そこでようやくリクも我に返る。
意を決して内部に入った途端、踏みつけた床板が悲鳴じみた音を上げ、既に刻まれていたヒビがより大きくなった。
うっかり踏み抜いてしまわないように気を付けつつ、室内を見回す。
時刻は既に夜という事もあって、内部は薄暗い。
かつてリクが照明用に飼育していたヒカリゴケの内、辛うじて先の爆発を生き残っていたのであろう断片たちが、仄かに光を放っており、視認性はギリギリ保たれている。
そうしてヒカリゴケの光を頼りに見回してみて、ようやく倒れ伏したポケモンの姿を発見した。
「が、ぅ……ぐぅ、る、ぅ……」
「こいつは……ガーディ!? おい、大丈夫か?」
こいぬポケモンのガーディ。
ウツシタウンでもよく見るポケモンだが、傷だらけでぐったりと床に臥せっていた。
慌てて(しかし、床を割ってしまわないよう)近付き、その負傷を確かめようとして、ふと気付く。
確かにガーディは街でもよく見かけるポケモンだ。
しかし、ルスティカ博士の研究所で保護されていたポケモンの中にガーディがいた覚えは無く、またソラが旅の中で捕獲したポケモンの中にもいなかった。
そして、リクの鼻が捉えたもの。
それは目の前の倒れ伏したポケモンから僅かに香る、甘ったるい薬の匂い。
(例の秘薬の匂い……こいつはヴォイド団のポケモンか。“ひみつきち”ん中であいつに倒されて、それで吹っ飛んできたのがあのノビてた奴って事だ。おいらたちが見た爆発は多分……)
鼻をヒクつかせ、いくつかの匂いを嗅ぎ取る。
木の匂い、秘薬の匂い、血の匂い、焦げた匂い……火薬の匂い。
(そうか、火薬! あいつかヴォイド団か、どっちのもちものかまでは分からないけど……多分、ガーディがほのおタイプのわざを使った余波で爆発して、それで燃えたんだ。それでヴォイド団の用意してた秘薬がダメになったのか)
それがあの名無しの少年が狙ったものか、それとも偶然の結果かは分からない。
しかし結果として、先に聞いた「捕まえたポケモンたちにも秘薬を投与し、凶暴化させる」というヴォイド団の策は、まんまと潰えた形となる。
(あいつの正体とか目的とか、おいらは何も知らない。でも、あいつが頭の切れる奴だって事は分かる。
果たしてそれは、リクが嗅ぎ取った数々の匂いからも推測し得るものだった。
麻薬の処分に、リクが“ひみつきち”に向かえるようサポートする立ち回り。
目的や思惑はどうあれ、名無しの少年がヴォイド団と敵対、或いは彼らの目論見を妨害しようとしている事は明らかだろう。
ともあれ、事態は刻一刻を争う。
敵のポケモンとはいえ、薬漬けにされているガーディも治療する必要はあるが、今はそれよりも、捕まったポケモンたちの確保を優先せねばなるまい。
倒れたまま動かないこいぬポケモンの脇を通り、“ひみつきち”の最奥まで進んだところで、リクはようやく目的の相手を見つける。
「見つけたっ──おい、ロコン! 無事か!? おい、しっかりしろ!」
「ろ、くぅん……」
壁際に置かれた、錆びた鉄の檻。
その内部で鎖に繋がれ、息も絶え絶えといった様子で倒れているのは、間違いなくルスティカ博士のロコンだ。
彼女の体に刻まれた無数の傷は、未だ血が流れている箇所もあり、生々しく痛々しい。
そしてそれらの傷は小さく細かいものが多く、尋常のバトルで傷ついたものではない──否、そもそも
「くそっ……あいつら、酷い真似を……! ウェボム、この檻を壊せ!」
「むっきゅ!」
頭の上から飛び降りたウェボムが、小さな炎を檻の鍵穴に叩き込み、炸裂させる。
最小限の威力で壊された檻の入口は、中のロコンに更なるダメージを与える事なく、リクの手で無理やりこじ開けられた。
「よし……! おいらのバッグから、“キズぐすり”と“やけどなおし”を出してくれ」
「きゅ!」
次いで指示を受けたウェボムは、バッグの中に潜り込み、中のどうぐを漁り出す。
その間に檻の中へ踏み込んだリクは、自身のポケットに手を突っ込み、手のひらサイズの黄色いひし形状の欠片を引っ張り出した。
薬草などから抽出した薬効成分を粉にし、粘性の素材と混ぜ合わせて乾燥・結晶化させたもの。
ポケモンに服用させる事で“ひんし”の傷すら癒やすアイテム、“げんきのかけら”である。
「(旅立つ時に母さんからもらっといてよかった。おいらの腕じゃ、“げんきのかけら”の
「こ、ぉ……ん、ぬ……」
“げんきのかけら”を手の内で握り潰して細かくし、弱々しい動きで開かれたロコンの口に放り込む。
喉を詰まらせないよう、少しずつ流し込むようにして投与し、一通りを飲み切ったところで頭を撫でてやる。
そうしている内に、ウェボムがバッグの中から2種類の軟膏を取り出してみせた。
それを受け取り、中の薬を傷だらけの体に慣れた手つきで塗布していく。
(この傷……こいつ、あいつら相手にかなり抵抗したんだろうな。普段は“きまぐれ”な態度を取ってるけど、面倒見がいい奴だから)
研究所で保護されていた他のポケモンたち、そして何より主たるルスティカ博士を守る為。
塗り薬によって上書きされゆくおびただしい数の傷たちは、きっとその為に刻まれたものなのだろう。
「……これでよし。すぐに薬が効いてくる筈だ。……アネキたちを守ってくれてありがとな。ゆっくり休んでくれ」
「こぉん……」
聞き慣れた友の声に、ロコンはゆっくりと目を閉じる。
あまりに衰弱している為、一瞬まさかとは思って確認したが、すやすやと小さく寝息を立てているのを見て、ホッと一安心。
(……ロコンの体からは、例の秘薬の匂いはしなかった。本当にギリギリセーフ、ってところか)
恐らくはヴォイド団の秘術──秘薬を投与し、凶暴化させる為の儀式とやらが行われる直前に、名無しの少年が来たのだと思われた。
鎖で繋がれ拘束されているのは、それだけ彼女が抵抗した事の証左であり……それ故に、あの少年の到着が間に合った事を示唆しているようで。
「ヴォイド団……。やっぱりあいつら、許せねぇ……! 必ず、アネキたちに代わってぶちのめし……? どうした? ウェボム」
「むっきゅ」
ふと、床に降りたウェボムが何かを指し示しているのが見える。
そっちに何があるのかと、ロコンの頭をひと撫でしてから近付き、ヒカリゴケの光を頼りに確かめてみると……
「っ、モンスターボール……研究所から奪われたやつか!」
そこにあったのは、大量のモンスターボールが詰め込まれたズタ袋。
それも口を縛った上から、これまた鎖で袋ごと縛り付け、封をされたものだ。
恐らく、名無しの少年との戦闘の余波によるものなのだろう。
袋の底の方が焦げていて、そこに空いた穴からいくつかのボールが転げていた為、中身を察する事ができた。
慌てて駆け寄り、それらを拾い上げる。
手に取ったボールの上半分を透かし、中身を確認してみれば、これまでに見た2匹同様、傷ついた様子のポケモンがうっすらと見えた。
(やっぱり、ソラが捕まえて研究所に送ったポケモンたちだ! こいつらも痛めつけられて、ボールの中に押し込められてたんだ)
彼らも治療しなければならない。
だが、今いる場所が場所だ。ここで全員を出して1匹ずつ治療するよりは、纏めて町まで持って帰った方が確実だろう。
そう判断して、ロコンや袋を運び出す為、ウェボムに指示を飛ばそうとして──
「ほぉぉぉぉぉ──けっ、きょぉおおおおおおおおおおっ!!!」
それは、戦場から距離・高度ともに離れた場所の、かつその室内の更に奥にいたリクたちをも竦み上がらせるほどの大声量だった。
不可視である筈の大気が、ビリビリと震え、揺らいでいるかのように幻視する。
入口から飛び込んできた叫び声は、狭い室内を何度も何度も反響して、1人と1匹の聴覚を暫く使い物にならなくさせてしまう。
「ん、だぁっ……!? 今の大声……ソラのはるりんか? なんて威力の“エコーボイス”だよ……まだ耳がキーンってしてる……」
「……しゅ、みっ! しゅみっ! むしゅっきゃ!」
「ん、んん? なんだよ、ウェボム。そんなに袖を引っ張る、な……?」
互いに声が聞こえない為、リクの服の袖を強く引っ張って、何かを知らせようとするウェボム。
その強引な、しかしどこか焦ったような態度に怪訝な顔をしつつも、視線を下に落として──そこで、ようやく気付く。
「ボールが……震えてる?」
袋から零れ落ちた内の1つ。
ヴォイド団の
あるポケモンが収められているモンスターボールが、激しく、強く、内側から揺さぶるようにして震えていた。
まるで、今にも飛び出そうとしているかのように。
「しゅ、しゅむっ……!?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。この中に入ってるのって、確か──」
……いくつかの偶然の話をしよう。
前日、暇を持て余して暴れ回りはしゃぎ倒した
そのままぐっすりと眠り込んだ
そして、現在。
夜行性ゆえに今の今までぼんやりとしていた
けれども種族上、視力が弱い為にボールの外の事を把握できず、また幼さ故から状況の理解も遅く。
とりあえず内部でダラダラと過ごしていた矢先──微睡む意識を吹っ飛ばすほどの大声量が、外から轟いたのだ。
視覚が衰えている
しかし視覚や嗅覚以外にも、生物としての知覚手段はもうひとつあるのだ。
即ち。
「──りりぃー、りぃーっ!!」
ボールの中から飛び出してきたのは、フルスリ。
ルスティカ博士がソラたちの為に用意した3匹のポケモンの内、彼女らの旅には同行せず、博士に保護されていた残りの1匹だ。
「そ、そうだった……こいつ、“あばれるのがすき”なんだ!」
「りり? りーりっ! りりーっ! りりっ、りり、りー! りーりーりー!」
何が起きているのかは分からない。けれど、外で何かが起きている。
それは、きっと楽しいものだ。楽しいに決まっている。絶対に楽しいぞ。
なら、自分も参加しなくっちゃ!
はるりんの叫びを呼び水として、辛抱堪らずボールから飛び出し、周囲をこれ幸いと跳ね回るフルスリ。
目の前にいるリクたちの事など気にする事も無く、狭い“ひみつきち”の中を右へ左へ上へ下へ。
そうして、長くボールの中で眠っていた為に固くなっていた体も、程よくほぐれた頃。
彼はようやく、この狭い空間に出口があり、その向こうが騒がしい事に気が付いた。
気が付いたならどうする?
決まっている。飛び出すまでだ!
「ちょ、ちょっと待てって──のうわぁっ!?」
「むきゅーっ!?」
彼が何をしでかそうとしているのか。
それを即座に理解し、制止しようとしたリクの顔面を“ふみつけ”、足場代わりに踏み越えて。
「りー、りー! りりーっ!」
夜の木立へ躍り出る、緑色の小さな影。
その甲高い声と矮躯に、誰もが意識を向けざるを得なかった。
「なっ、なんだ!? 中で何があった!?」
「あれは……まさか、フルスリ!?」
「……あいつは」
旅立つトレーナーへ送られる3種類のポケモン──俗に“御三家”とも呼ばれる3匹の内の1匹。
その気性ゆえに旅立てずにいた3匹目が、その場の思惑なぞ知った事じゃないと言わんばかりに、戦場へ
そうして
マハル図鑑 No.056
【ガーディ】
ぶんるい:こいぬポケモン
タイプ:ほのお
とくせい:いかく/もらいび(せいぎのこころ)
ビヨンド版
人懐っこく 忠実だが 主人の 敵には 容赦せず 噛みつこうとする 危うさも 持つぞ。
ダイブ版
縄張りを 守る 為に 勇敢に 戦うが 知らない 相手には 威嚇してしまう 癖が ある。