ソラたちがウツシタウンに着いた時、町は昼間のように明るかった。
何も、戦闘の余波で火事が起きたとか、そういう話ではない。
実際の時間は21時前後であるにも拘らず、本当に昼間のような光に包まれていたのだ。
春の陽気にも似た暖かさが、少年少女の肌をじっとりと焼く。
じんわり滲み出る汗は、この場の気温が上がっている事を告げていた。
一体、何が起きているのか。
困惑しながらも町へ入った3人を、プルガージムの神官が出迎えた。
「こちらです! 連絡のあった巡礼者の方々ですね? 保護したポケモンたちは?」
「こいつらだ! すぐに手当てが必要なんだ、頼む!」
「ええ、お任せを。現在、ウツシタウンの薬師の方々にも協力して頂いています。何分、負傷者も多くて……」
チラ、と後方に目をやる神官。
そちらに何があるのか、とソラたちが意識を向けた矢先。
「ブモォォォォォ──ンッ!!」
地獄の底から轟く悪鬼の叫び。
そのような表現が適当になり得るほどの咆哮が、確かに木霊した。
次いで、何かが壊れる音。或いは、何かが砕かれる音。
それらに混じって聞こえる爆発音は、こちらのポケモンたちが放ったわざによるものだと、そう思いたかった。
「っ!? 今のはっ……状況はどうなってますか!?」
「先に通信した通り、1番エリアへ誘導する事には成功しました。ただ、敵はなおウツシタウンへ踏み込もうとしている為、神官たちが必死に押し留めています。それに、どうやら理性を失っているらしく、生半可なわざでは無力化できない状態です」
「アネキは!? 母さんたちは無事なのか!?」
「先ほども言った通り、一部の方は負傷者の手当てに回っていますが、基本は全員、後方に避難してもらっています。そこを最終防衛ラインとし、万一にも流れ弾が起きないよう、前線を押し上げてはいますが……」
「……最初に、町中に出現したのが拙かったな」
ぼそりと、名無しの少年がそう呟く。
ソラたちが神官とやり取りしている間も、彼の視線は依然、戦いが繰り広げられているだろう町の外へと向けられていた。
なお、彼の頭上には、フルスリがべったりと貼り付いている。
ここに急行するまでの間、何かと引っ付きたがるフルスリを邪険にしていたが、それで時間を無駄にする訳にはいかないと、最終的に少年の側が折れた形だ。
「奴らの秘薬を投与されたポケモンは、血の匂いにも敏感になる。町の外へ誘導されるまでの間に町中で暴れて、その時に町民たちに負わせた怪我で、更に興奮したんだろう。負傷者を後方に集めたのは愚策だ。血の匂いを追って、今度はそこへ向かおうとしている訳だ」
「あの、この男の子は一体?」
「あ、えーっと……協力してくれてる人です。今は深く聞かないでください」
「相手はみずタイプだな? ギャラドスやキングラーではないようだが……」
「ぎゃああああ──っ!?」
居丈高かつ矢継ぎ早に質問する少年と、彼を掣肘しようとするリクに、訝しげな神官をどうにか誤魔化そうとしていたソラ。
たった今飛び込んできた悲鳴に、彼ら彼女らは一斉に動きを止めて、1番エリアの方を見た。
破砕音も、爆音も、ポケモンたちの雄叫びも、巨大な
そのすべてが、少しずつ、少しずつこちらへと──町へと近付いてきている。
そんな気がしてならなかった。
「ブモッ! ブモオッ! ブモォォオオオンッ!!」
「っ、前線が……君たちはこのまま、後方部隊に合流してください。オヤブンの対処には私たちが──」
「おれは行く。お前たちは好きにしろ」
「あっ、おい!」
話を早々に切り上げて、名無しの少年が駆け出す。
頭の上にフルスリを乗せたまま、彼が向かう先は、神官が指した後方部隊のいる方向ではなく──唸り声と爆音の入り混じる、前線の方角。
リクの静止の甲斐無く、小さくなっていく彼の背中。
応対していた神官が慌てて彼の後を追おうとする一方、ソラの視線は、リクの視線と自然に交差した。
「……どうする?」
「決まってる! わたしたちも行こう!」
「言うと思った。けど、ここは確かに、おいらたちも行くべき場面だ!」
笑い合い、頷き合って同時に走り出す。
神官の両脇をするりとすり抜けて、2人の少年少女もまた、先に向かった少年の後へ続く。
「おい、君たち! 待ってください、危険です! 巡礼の旅とは訳が違うんですよ!? すぐに戻って……」
「悪い、神官さん! ダメなのは分かってるし、後でいくらでも怒ってくれていい!」
「でも!」
後を追いかけようとした神官の足を、ソラの声が止める。
一瞬だけ振り向いた彼女の表情は、熱に浮かされたものでも、正義感に酔ったものでもない。
「これ以上、ヴォイド団の好きになんてさせたくないんです! ルスティカ博士や、ロコンたちみたいな目に合う人やポケモンを、もう増やしたくないから!」
恐怖を押し殺し、今にも泣き出しそうな、悲痛の表情。
見知った人が、友達の大切な人が、彼らのポケモンたちが脅かされ、痛みに瀕している。
それを、まるで自分の事であるかのように痛み、悲しみ、それ故にこれ以上の悲劇を食い止めねばならない。
その表情は、熱に浮かされたものでも、正義感に酔ったものでもない。
それはまさしく──泣きたくなるほどの、義憤の情。
そんな感情を少女の目に見て、神官は言葉も声も喉に詰まり、そこから先に進む事ができず。
直後に、通信機へ他の神官からの連絡が来たのもあって、彼がそれ以上ソラたちを追う事は無かった。
「ごめんなさい……。絶対に、無事で戻ってくるから!」
「ああ。後でたっぷり怒られる為にも、絶対に勝たなきゃなだ」
彼やシェラに詫びの言葉を向けつつ、半壊した町の中を駆ける。
そうして2人は、先に走っていった名無しの少年へと追いついた。
「……来たのか。命知らずな連中め、よほど死にたいらしいな」
「うるさいな! おいらたちだって、ヴォイド団の奴らは許せないんだよ!」
「それよりも、聞きたい事があるの! なんで相手がみずタイプだって分かったの!? それと、それがギャラドスとかじゃない理由も!」
言い合いながらも、足を止めている暇は無い。
並走がてらに疑問を投げかければ、少年は鼻を鳴らしつつも口を開いた。
「……夜にも拘らず、町を包むこの光量。これは恐らく、“にほんばれ”によるものだ」
「“にほんばれ”……って、その場を晴れにするわざだっけか?」
「それと、戦場が晴れになっている間、ほのおタイプのわざの威力が2倍になって、反対にみずタイプは半減……あ、そっか!」
「夜闇に紛れて襲撃してくるような連中が、わざわざ場を明るくする意味は無い。それにプルガージムの神官なら、ドードーやドードリオのサイコパワーで天候を操作できるからな。光源の確保と、相手の
「じゃあ、ギャラドスやキングラーじゃないっていうのは?」
「相手がギャラドスなら、この程度の被害じゃ済んじゃいない。第一、暴れるギャラドスを地上に留める事なんてできないから、空を飛んでいる姿が見える筈だ。キングラーは巨大なハサミを持つから、破壊の痕跡が分かりやすい。周りの瓦礫にはそれが無かった」
淡々と、簡潔で、それでいて分かりやすい。
こうして話しながらも、彼の目は真っ直ぐと前を向いていて、その歩みに迷いは無い。
「んじゃ、町を襲ってるオヤブンってのはなんなんだ?」
「断言はできない。が、おれの推測が正しければ──っ!」
視界が開ける。
いくつかの建物の間を通って、遂に反対側、1番エリアに隣接する区域へと出たのだ。
本来、夜闇に包まれている筈の場所は、“にほんばれ”による偽りの昼間と化している。
その眩く暖かな光に照らされて、3人の目に飛び込んできたのは──
「ブモォォオオオオッ!!」
「ジャラララララァッ!!」
1つの巨大な影に、もう1つの大きな影が被さり、取っ組み合う姿。
その周囲を、プルガージムの神官や、そのポケモンたちが取り囲んでいる。
「っ、なんて大きなポケモンなの……!?」
「あいつ……ジャラランガだ! ウチの町に住み着いてるヤツ!」
リクが指したのは、今まさに巨大なポケモンに投げ飛ばされ、地面へ叩きつけられたポケモンの側。
灰色の鱗に身を包んだドラゴンタイプのファイター、うろこポケモンのジャラランガだ。
その姿は、この世界に迷い込んだ初日、ウツシタウンを案内される過程で、ソラも目撃していた。
かつては“死出の森”に暮らしていたが、縄張り争いの結果として森を追われ、逃げた先のこの町に馴染み、住み着いた個体らしい。
誰の手持ちでもない野生個体だが、それでも自身の住む町の危機に動き、町を脅かす敵へ戦いを挑んでいるのだろう。
ならば、もう一方。1.6mの身長を持つジャラランガの、更に倍以上の身長を持つ──そのポケモンは。
「ブモォオオッ!! モォオオオァンッ!!」
ソラははじめ、まるでゴーリキーの頭部がケンタロスにすげ替わったようだ、と感じた。
筋骨隆々な青色の肌は、概ね直立二足歩行の人型を形成しているが、その頭部はうしポケモンめいていて、1対の捻れた角が異彩を放つ。
手足も蹄になっているが、手の蹄に関しては、人の手に近い挙動をしているように見える。
一方、尻尾はうしポケモン然としておらず、大きく平ぺったい板状の角質が先端から伸びていた。
巨大な剣のようにも、盾のようにも見えるそれは、細い尻尾によって維持され、フリフリと背中で踊っている。
ソラの記憶に照らし合わせるならば、最も近いのはアローラ地方のライチュウだろうか。
もしも剣や盾ではないのだとしたら、あれは或いは──サーファーが使うサーフボードであるようにも感じられた。
「……やはり、オヤブンの正体は『ナミノルロス』か!」
「ナミノルロス……見た目からでも、ヤバくて強そうなポケモンってのが分かるな。どんな奴なんだ?」
「水辺に縄張りを作る、水棲ポケモンたちの親玉だ。通常の個体でも、あのジャラランガと遜色ない身長だが……あのオヤブン個体、ざっくり見積もって4mはあるな」
名無しの少年の解説を聞く傍らで、ソラはここまでずっと着いてきてくれていたロトム図鑑を自分の前に持ってきて、その図鑑機能を起動した。
画面にナミノルロスの巨体を写し取り、解析されたデータに目を通していく。
「みず・かくとうタイプ……とくせいは“いしあたま”。
「あいつの全身から、甘ったるい匂いがプンプンする……! ヴォイド団の秘薬ってヤツ、あいつも飲まされてるみたいだ。それもこの匂いの濃さ……ここまで戦ってきた奴らより、相当大量に!」
「あの巨体だ。薬を回らせるにはそれなりの量がいる。にしても、相当量を投与されているようだが……」
「ジャララァアア!!」
地面に転がされていたジャラランガが再び起き上がり、ナミノルロスに食ってかかる。
縄張りを追われたとはいえ、最果ての森で生まれ暮らしてきた経験は伊達ではない。
自身の身長の2倍以上も大きな相手へと、必死に食らいつき、その動きを縫い止めようとしていた。
そこへ神官たちのポケモンもまた、それぞれの攻撃を叩き込む。
彼らとて、ジムリーダーの下で修練を積んでいる身。彼らの実力もまた、この苛烈な戦場へ立つに相応しいものだ。
「すげぇ……神官たちが押してるぜ!」
「ナミノルロスはみずタイプ。“にほんばれ”の影響で、本来の力が出せないのね。これなら、わたしたちも参戦すれば──」
勝てる。倒せる。
天秤はこちら側に傾きつつある。後は、それを決定的にする後押しをするだけ。
そんな思いとともに、ソラはモンスターボールを手にして──
「勝てませんよォ。ワタシの施した
薄っぺらく、重みが無い。
そしてどこか間延びした、嘲笑混じりの男の声。
不意に投げかけられた、その明らかに場違いな声色に、3人は周囲を見回した。
そして、その内の1人──それまで以上に顔を強張らせた名無しの少年が、近くの民家の屋根に、
「来ていたのは、お前か……ッ!」
「おやァ、おや。これはこれは、
そのやり取りを耳で追い、ソラとリクも同様に、屋根の上に立つ男の姿を認めた。
両手首に取り付けられた
色の失せたような白い髪は後頭部で纏められ、だらしのないポニーテールが長く後方へ垂れている。
そして、それらの印象すべてを帳消しにするような──おどろおどろしい仮面。
顔面すべてを覆う仮面には、木々が毒々しい色に染まり、腐り落ちていく様を描いた、不気味な意匠が施されている。
唯一開けられた目の部分からは、血のように赤い、それでいて虚ろな雰囲気の眼差しが、どろりと漏れ出していた。
「ヴォイド団幹部、三司祭……まァ、名前は覚えておかなくていいですよォ。ここには実験に来ただけですからねェ。どうせあなた方は、これから磨り潰されて死ぬ定めにあるんですからァ」
「──さぁ~っ、てっ、と♪」
同時刻。
21番エリアの木立を抜けた更に先、東の最果て。
そこには、
閉ざされた地下世界の東端、天井の大地へと続く、横に伸びた木々の壁。
凶暴な野生ポケモンたちがひしめき、彼らの縄張りがマーブル模様のように形成されている魔境──“
そんな森の手前、21番エリアの端っこ部分に、シェラは立っていた。
その傍には、彼女の手持ちポケモン、ヨルノズクとクロバットが佇んでいる。
「まぁーったく、よくやるよねぇ☆ ルスティカちゃんの研究所を襲ったのも、オヤブンポケモンちゃんを町に放ったのも、ぜーんぶ
「ぐぇえっ!?」
シェラに“ふみつけ”られ、潰れたガマガルのような声を漏らしたのは、ヴォイド団の
周囲には、同じように倒れ伏すしたっぱたちや、そのポケモンたちが転がっている。
そして、その前方。
グシャグシャに切り刻まれ、原型を残さないほどに壊された木の残骸があった。
燃えた形跡がある事から、かつては
無論、それを破壊したのもシェラである。念入りに消火し、
だが、時すでに遅し。
頭がクラクラするほどに甘ったるく、背筋を嬲るような色濃い匂いは、この場一帯に充満し切っていた。
それは、つまり。
火で焚かれ、煙として起こされていたその匂いが──
「麻薬の煙を“死出の森”にぶち込んで、我を忘れた野生ポケモンちゃんたちによる
煙はあらかた吹き飛ばしたが、それでも一手遅く。
木々の向こう、闇に溶けて見えない内部からは、野生ポケモンの狂気じみた殺意の群れが、これでもかと解き放たれていた。
一般人がこの場に立てば、その気配を肌で感じただけで気が狂い、気絶してしまうだろう。
だが、彼女はそうではない。濃密な野生の本能が風に乗って迫る中、至って涼しそうに振る舞っている。
「神官の皆もよく頑張ってる。ソラちゃんやリクくんたちも……勝手に飛び出してったのはアウトだから、後で叱らなきゃだけど、それでも町の為に頑張ってくれてる。なら、シェラちゃんの役目は──ここで、町や皆を守るコト」
懐から、ひとつのボールが引き抜かれる。
上半分を覆う黒いボディに、黄色いラインの引かれたそれは、スーパーボールよりも更に強力な“ハイパーボール”。
「まだやれるよね? ヨルノズクくん」
「ホッホーホウ!」
「クロバットくんも、準備はバッチリ?」
「クロロウ、ローウ!」
「おっけおっけ☆ それなら──」
森を抜け、21番エリアへ雪崩込まんとする野生ポケモンたちの足音が、地響きめいて轟き、この場を大きく揺さぶる中で。
シェラはハイパーボールを天高く投じ、彼女のエース──真の相棒を繰り出した。
「ひっさびさの大一番、ゼンリョクで暴れちゃおうねっ──トゲキッスちゃん♪」
「チュワワワッ、ワァーン!!」
白い翼に、散りばめられた赤と青の配色。
その姿はとりポケモンというよりは、空に浮かぶ雲が近いとさえ言える。
しゅくふくポケモンのトゲキッス。
彼女の登場によって吹いた風は、シェラの頭部を飾るトゲキッス風のカチューシャを揺らし、さながら姉妹のように侍らった。
「長い時間をかけて築き上げてきた人とポケモンの境界線を、こんなところで壊させるワケにはいかない。ここから先には1匹たりとも通してあげないから、
3匹のひこうタイプを引き連れて、不敵な笑みを森の向こうへ投じる。
町の方から届く“にほんばれ”の光を背に、誰にも知られる事の無い戦いが、静かに始まった。
マハル図鑑 No.062
【トゲキッス】
ぶんるい:しゅくふくポケモン
タイプ:フェアリー・ひこう
とくせい:はりきり/てんのめぐみ(きょううん)
ビヨンド版
平和な 土地に 現れると 言われている。その姿を 象った 人形は 縁起物の 1つだ。
ダイブ版
大昔の 壁画には トゲキッスが 群れを 作り 空を 飛ぶ 様が 描かれている という。
マハル図鑑 No.117
【ナミノルロス】
ぶんるい:おうしポケモン
タイプ:みず・かくとう
とくせい:こんじょう/いしあたま(すいすい)
ビヨンド版
荒波 程度では 決して 揺るがない。強固で どっしりとした ボディが 自慢の 1つ。
ダイブ版
雄叫び ひとつで 水の 無い 場所でも たっぷりの 水を 生み出す 事が できるのだ。
マハル図鑑 No.231
【ジャラランガ】
ぶんるい:うろこポケモン
タイプ:ドラゴン・かくとう
とくせい:ぼうだん/ぼうおん(ぼうじん)
ビヨンド版
鋼より 硬い ウロコを 全身に 纏い ジャラジャラと 音を 鳴らして 敵を 威嚇する。
ダイブ版
古代の 戦士は ジャラランガと 戦い 認められた 証として ウロコを 贈られていた。