ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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Lv.92「虚ろな薔薇」

 トレーナーという存在はどうして必要なのか?

 それは、地上にあってなお未だ議論の尽きない命題だ。

 

 野生の世界において、ポケモンは自分の意志で考えて行動し、そして戦う。

 トレーナー同士のポケモンバトルであっても、ポケモンはある程度、自分で判断して行動する事がある。

 

 では、トレーナーの役目とは?

 その問いに対する答えは、それこそ星の数ほどあるだろう。

 

 クレオメ博士は、そんな命題に対する自身の考えを、いくつかの動画に残していた。

 博士の娘であるソラに託され、今はロトム図鑑の中に眠っている、博士の講義動画集において、曰く。

 

 

 

──人間(トレーナー)だけでも、ポケモンだけでも到達できない場所へ、一緒に向かうため。

 

 

 

 人間では成し得ない事、届かない領域を、ポケモンは達成できる。

 ポケモンでは見えない視点、できない判断を、人間は見出だせる。

 

 人とポケモンが手を取り合うのは、互いにできない事を補い、片方だけでは成せない事を成す為だと、博士は語っていた。

 その考えに対する異論もまた多々あるだろうが、少なくとも。

 

 

──ここに迷い込んだのはわたし。この子の願いを請け負ったのもわたし。びぃタロたちを手持ちに選び、戦わせて鍛え、この作戦に駆り出したのもわたし。全部、わたし。わたしの選択で、わたしの責任だ。トレーナーって、重いなぁ……。

 

 

 娘のソラが、動画を通して見た父の価値観を、無意識下で己の内に取り込んでいたのは間違いない。

 その一端こそ、“ギムレの洞穴(ほらあな)”での独白なのだが、それはさておくとして。

 

 もしも、クレオメ博士の言葉が、真理の一端を語っているとするならば。

 この場……即ち、リクと名無しの少年、2人のトレーナーの眼前に広がるこの光景は。

 

 

 

「あいつ、ロゼリアに……()()()()()()()()()()()()()()()()()! おいらたちの事を、まるで歯牙にかけちゃいねぇ……!」

「そりゃァ、そうでしょうよォ。元よりここには実験……調()()を施したオヤブン個体のデータ収集の為に来ているんですからねェ。あなた方程度にリソースを割いて、肝心のそちらがおざなりになってしまっては意味が無いでしょォ?」

 

 

 

 何を当然の事を。

 そんな言葉が、言われずとも感じられそうな、心底面倒くさそうな声色。

 

 ヴォイド団の司祭(かんぶ)の男は、その顔を覆う仮面越しにすら、リクたちを視界に入れてすらいない。

 彼の赤く虚ろな目は、もう1つの戦場──オヤブンナミノルロスとソラたちのレイドバトルの場へと向けられていた。

 

 一方、彼の見ていないこの場は、一体どのようになっているのかと言えば。

 

 

「ろォぜろォ!」

 

 

《あいての ロゼリアの マジカルリーフ!》

 

 

「またそれか……! ウェボム、迎撃だ! “ひのこ”!」

「ガプリコ、お前もだ! “ピヨピヨボイス”で撃ち落とせ!」

「む、しっ……きゅーっ!」

「かぁ、ろぉっ……!」

 

 

《ウェボムの ひのこ!》

 

《ガプリコの ピヨピヨボイス!》

 

 

 大量に展開され、射出された葉っぱの弾幕を迎え撃つのは、2匹のポケモンによる火球と音波。

 火球は衝突とともに炸裂、迫る葉たちを燃やしながら吹き飛ばし、爆発を逃れた葉は空気の振動によって刻まれる。

 

 戦闘開始からこちら、何度も繰り返した光景。

 だが、忘れてはならない事がある。

 

 

「──っ!? 葉っぱがこっちに!」

「またダメか……! 避けろガプリコ!」

 

 

 くさタイプのわざ、“マジカルリーフ”は──()()()()()()()()()のだ。

 

 

「かぁ──ろぉっ!?」

「むきゅぅう……っ!?」

 

 

《ウェボムに こうかは いまひとつだ》

 

 

 火球の爆発によって生まれた黒煙を突き破り、幾枚かの草葉が飛来する。

 2匹の迎撃は弾幕のほとんどを相殺したが、それでも防ぎ切れなかった魔法の葉たちが、ウェボムとガプリコを打ちのめす。

 

 そしてそれは、ポケモンたちだけに終わらない。

 この戦いは尋常の、正々堂々としたポケモンバトルなどではないのだ。

 

 

「ぐあぁあっ!?」

「ちぃっ……! やはり避けきれないか!」

 

 

 煙を突破して殺到した“マジカルリーフ”の内、ほとんどはポケモンたちへと注がれた。

 だが、一部は後方のトレーナー──リクと名無しの少年へも迫り、彼らの腕や脇腹を切り裂いていった。

 

 ぱっくりと開いた傷口から、真っ赤な鮮血がしとどと溢れ出す。

 彼らの体にできた傷は、そうしてできたものであると同時に、2人が膝をつきかけている理由でもあった。

 

 

(1枚2枚掠っただけで()()か……! 戦いが長引くだけこちらが不利になる!)

「ぐ、くっそ……。ポケモンバトルで、トレーナーを直接狙うなんて……!」

「卑怯、とでも言うつもりですかァ? バカバカしい事この上無い。これはポケモンバトルなどではありませェん。ただの殺し合い……いえ、()()ですよォ。面倒な羽虫を取り除くだけの、片手間の作業です」

 

 

 白髪頭を掻き、そう返す男の姿は、相変わらず横顔しか伺えない。

 本当に、この場で起きている事に興味が無いのだろう。ナミノルロスの戦いを眺めながら、手元で何かを操作している。

 

 ()()がなんであるかを、リクたちが知る由は無い。

 ただ、なんとなくリクには、男の持つ()()が、ソラの持っていた「キカイ」なる珍妙なもの……スマホロトムに酷似しているように思えた。

 

 

「言ったでしょォ? ワタシは別に、あなた方が負けて死のうが、勝って生き延びようが、どうだっていいんですよォ。羽虫にそれほどの意識を割く人間はそういませェん。ワタシはただ、ワタシの周りをうろつく羽虫がいなくなれば、それでいいんですからねェ」

「あ、あんた……まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていうのか!?」

「当然じゃないですかァ。ロゼリアさんもあなた方も、すべての命は“ヨミの神”へ捧げる供物。どちらが死んだところで、ワタシには得しかありませェん。この場で重要なのは、あなた方がワタシの邪魔をできなくなる事、ただそれだけですよォ」

 

 それに、と男は続ける。

 

 

「ロゼリアさんは元々、ワタシの本命の手持ち(スタメン)じゃないですからねェ。()()()()()()()()のポケモンを()()()()()()使()()()()だけで、別に死んでも惜しくありませんよォ」

「ろろォぜ……!」

 

 

 耳を疑う発言だった。

 トレーナーとして、己のポケモンに向ける筈が無い、おぞましい言葉。

 

 けれど、そのように言われた当のロゼリアが、それに堪えた様子は無い。

 秘薬を飲まされていない筈の彼女は、いたって平然としたまま、目の前のリクたちへの嗜虐心、殺意をギラギラと発し続けていた。

 

 異常。

 このトレーナーとポケモンは()()がおかしいと、適切な形容の叶わない違和に背筋を這いずり回られて、リクは不快感を催した。

 

 

「惑わされるな、迷惑だ。冷静になれない味方は、敵とそう変わらない。勝って生き残りたければ、狂人を理解しようとするな」

「わ、分かってる……! けど、どうする? あの“マジカルリーフ”を突破しないと……」

「……リスクを厭うタイミングはとうに過ぎたか。おれたちが仕掛ける。お前たちは後から合わせろ。──ガプリコ、行け! “でんこうせっか”だ!」

 

 

 名無しの少年が叫び、彼のポケモンはそれに応える。

 幾度も草葉の刃に刻まれ、多くの傷を負おうとも、くろヤギポケモンは立ち上がり、蹄で地面を蹴り飛ばした。

 

「かろかぁ──ろっ!」

 

 

《ガプリコの でんこうせっか!》

 

 

 ノーマルタイプのガプリコが繰り出す、タイプ一致の先制わざ。

 主人の手によってよく鍛え上げられた足取りは、一瞬、ロゼリアの視界から己の姿を掻き消させた。

 

 例え必中の“マジカルリーフ”とて、相手に自身の姿を認識させなければ、そして相手が繰り出すよりも先に行動すれば、簡単に脅威ではなくなるもの。

 同時に、ロゼリアが対応するよりも早く──その背後へと回り込む。

 

 

「かぁろ、りっ!!」

 

 

《きゅうしょに あたった!》

 

 

 未だ進化していないガプリコだが、頭部のツノは、バイウールーのそれ程度には大きく太い。

 そんな1対のツノで、かつ先制わざの帯びる速度と勢いで背中を強打されれば、大ダメージは決して避けられない。

 

「ろぜッ……!?」

 

 つまりそれは、ロゼリアを正面に見据えるウェボムにとっては、相手が大きく体勢を崩した事を意味していて。

 

 

「今だ! “ひのこ”をぶちかませ!」

「むしっきゅっ──きゃーっ!!」

 

 

《ウェボムの ひのこ!》

 

 

 未熟、されど強力。

 “とくこう”に秀でたウェボムにとってタイプ一致、対するロゼリアにとって“こうかばつぐん”。

 

 隙だらけの土手っ腹目掛けて飛翔した炎の弾丸は、誰もが想像した通り、着弾とともに爆発を伴った。

 爆炎と黒煙の入り交じるエフェクトが、暫しの間、向こう側を赤黒いヴェールで覆い隠す。

 

 

「やったか!?」

「……いや……」

 

 

 期待と焦燥、異なる熱に浮かされた表情を見せるリクの隣。

 名無しの少年は、黒煙の向こうにある景色に予測を立て、苦々しく歯を噛んだ。

 

 対称的な2人の前で、遂に煙が晴れる。

 果たして、そこに立っていた──いや、()()()()()のは。

 

 

 

「か……ろぉ……

「ぜるゥる」

 

 

 

《ガプリコは たおれた!》

 

 

 煙の向こうで、黒焦げのガプリコが、今まさに崩れ落ちる。

 伏したくろヤギポケモンを見下ろし立つのは、ほんの少しの焦げ跡を体に帯びたロゼリアだ。

 

 味方への誤射(フレンドリーファイア)

 見かけだけを見ればそのように捉えてもおかしくはないが、だからこそ奇妙な光景だった。

 

 

「な、なんで……っ!? ガプリコはロゼリアの後ろにいたのに……それに、“でんこうせっか”をまともに食らった筈のロゼリアが、全然堪えてねぇ……!」

「……“ギガドレイン”だ」

 

 ぼそ、と。

 絞り出すように呟かれたそれを、リクは聞き逃さなかった。

 

 

「腕の花でガプリコを掴んで、体力を吸い取りながら攻撃の盾にした……! ウェボムの“ひのこ”が自分のところまで届くまでの、僅かな間で!」

「ま、あなたなら、そのくらいは気付くでしょうねェ。気付いたとして、それに対処できるかどうかは別ですけどォ」

 

 

《あいての ロゼリアの ギガドレイン!》

 

《ガプリコから たいりょくを すいとった!》

 

 

 相手の体力(HP)を吸い取り、その分だけ自身の体力(HP)に還元するわざ。

 その中でも特段高い威力を誇る“ギガドレイン”を使えるという事は即ち、眼前に立つロゼリアが高い練度を誇っている事を意味している。

 

 相手の攻撃が届くまでの間にわざを繰り出し、自身の傷を癒やし、そして用済みになったポケモンを自身の盾とする。

 名無しの少年が戦慄した通り、それは生半可な技量(レベル)では成し得ない事だろう。

 

 指示を受けずとも、片手間扱いされようとも、ただただ強い。

 それはロゼリアの実力を証明すると同時に、そんな彼女が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事実の恐ろしさを炙り出しているようで。

 

 

「ロゼリアさん程度に負けるようじゃァ、ヴォイド団に歯向かうなんて夢のまた夢、ですねェ。どうです? そろそろ降参してくれるなら、ワタシも面倒が省けて楽なんですがァ」

「思ってもない事を言うのはやめろ。どうあっても無事で済ますつもりは無い癖にな」

 

 

 吐き捨てつつ、腰のボールホルダーに手をやる。

 

 残るボールは3つ。

 その内の2つは触り慣れた木彫りのモンスターボールで、残る1つは先ほどリクから受け取った、あまり触り慣れない通常規格のモンスターボール。

 

 

(フルスリは相性的に有利だろうが、まだ技量(レベル)が低い。それにまだ戦い慣れていないのか、相当へばっている。この場に出せるパフォーマンスじゃないだろう)

 

 

 ここに来るまで頭の上に乗っていたフルスリは、ボールの中で眠っている。

 実のところ、先の戦いで疲労が溜まっていたらしく、相手の攻撃の余波に巻き込む訳にはいかないと、今はモンスターボールに格納してあった。

 

 それに、すぐ“なついた”とはいえ、実際は少年の手持ちという訳でも無い。

 彼の戦術に即座についていけるほど、彼我の信頼関係は深くないだろう。

 

 そこまで考えて、2つある木彫りのボールの内の1つに触れ──すぐに指を離した。

 

 

()()()は出せない。勝てる可能性は高いだろうが、勝った後が問題だ。最後の手段以外の何物でもない)

 

 

 指の腹には、()()()()()()()()()が、名残惜しげに張り付いている。

 ボールの中から何を主張してきているかなど、考えるまでもない。

 

 ならば、残る選択肢はひとつ。

 舌打ちを小さく落としながら、名無しの少年は木彫りのモンスターボールを抜き放った。

 

 

「行け──フカシオ!」

「シィオ……!」

 

 

《ななしの しょうねんは フカシオを くりだした!》

 

 

 水で構成された丸々ボディに、中心で揺らめく赤いコア。

 とうめいポケモンのフカシオが地面へと降り立ち、“船出仕合”以来のエントリーと相成った。

 

 

「……そうか! あんたのフカシオは確か、みず・エスパータイプ! “船出仕合”の時みたいに透明になって、“ねんりき”をぶち込めば……!」

「そう上手くいけばいいですけど、ねェ?」

「……」

 

 

 こちらを一瞥もせず、しかし訳知り顔で嘲笑を零す司祭の男。

 嘲りの言葉を投げかけられた名無しの少年は、彼の物言いが図星であると言わんばかりに顔を歪めていた。

 

「おい、どうした? 一体何が……」

「……ミィ、ズ……ッ!」

 

 リクが問いの言葉を告げ切るよりも、フカシオが膝をつく方が先だった。

 その肉体は水分の塊であり、表情など存在しないにも拘らず、どこか苦しそうに体を揺らしているのが、いやに印象的だ。

 

 

 

「……“()()()()”。いつだ? いつ撒かれた? ……いや、バカみたいに連打していた“マジカルリーフ”に意識を向けさせて、その裏でこっそりばら撒いていたのか」

 

 

 

《あいての ロゼリアは どくびしを つかった!》

 

《みかたの あしもとに どくびしが ちらばった!》

 

《フカシオは どくを あびた!》

 

 

 少年の発言を受けたリクが、ば、と足元に目を向ける。

 そこには、非常に小さな──しかし、見るからに毒々しい色を帯びたトゲが、無数に散らばっていた。

 

 気付かずに踏んでしまえば、たちまちに傷口から“どく”が回ってしまう事は、想像に難くない。

 事実として、フカシオはそうなってしまったのだろう。

 

 

「おやァ、おや。その様子だと、まァだ克服できていなかったんですかァ? 隙にしかならないから鍛えておけって、()にも言われてましたよねェ?」

「……余計なお世話だ」

「克服……って、どういう意味だ? 彼って誰の事だ? おいあんた、一体あいつらとどういう関係なんだ!?」

「聞いてもどうせ答えませんよォ。答えたくない事でしょうからねェ。ただ、ひとつ言うならば──」

 

 

 仮面の向こうで、目が細まる。

 横目を伴った冷笑が、2人の少年へと浴びせかけられようとした、その刹那。

 

 

 

「──ブモォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

 

 

 

 遠く離れたもうひとつの戦場から、巨大な轟音が響き渡った。

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