レイドバトルの場は、まさしく熾烈を極めていた。
「ブモォオオオァアアッ!!」
絶叫にも似た咆哮とともに、ナミノルロスが右腕を振り抜く。
同時、無から湧き出した無数の泡がその腕に纏わりついて、奇妙な
「(あれは……泡? みずタイプで、
「りーりっ!」
ソラの指示にすぐさま応え、はるりんは翼を畳んで“かそく”する。
どれだけ相手の攻撃が強力だったとしても、それが徒手空拳である以上、射程距離は腕の長さに依存する。
くちばしで空気を突き裂きながら飛行する事で、相手の腕が届く範囲よりも外への離脱を試みた。
……結論から言えば、その試みは成功した。
だが、少女にとっての予想外があるとすれば、それは相手のわざの射程範囲が、想定よりもずっと広かった事。
「モォオオッスァ!!」
ナミノルロスの放つ、懇親の右ストレート。
それは右腕に纏わりついた泡の塊を、正拳突きの勢いによって前方へ
「りっ──けりゃぁあっ!?」
突如として飛来する泡の砲弾に、驚き慌てるはるりん。
それでもどうにか飛行の軌道を変えて、直撃はなんとか回避する。
彼女のすぐ横を通り過ぎていった泡の砲弾は、そのまま彼方へと消え去った。
けれどもそれは、完全に命中しなかった事を意味しない。
いくつかの小さな泡が、うぐいすポケモンの翼を掠め、今度はその羽根へと“まとわりつく”。
(っ、明らかにはるりんの動きが鈍ってる……。やっぱり、“あわ”や“バブルこうせん”と同じで、相手の“すばやさ”を下げるわざ!)
「“にほんばれ”の影響下でなお、掠めただけでもあの威力か……! アーケン、“こわいかお”だ。ハルドリを援護しろ!」
「け、きゃぁあ~っ!」
飛び出したアーケンに
その間に、はるりんはソラの下へと帰還し、彼女と入れ替わるようにして、女神官のルチャブルが前に出た。
「そのハルドリ、ここまで出ずっぱりで消耗しているでしょう? 今の内に休ませるか、別のポケモンに入れ替えた方がいいです。それまでの時間は私たちで稼ぎます」
「は、はい。ありがとうございます。……はるりん、大丈夫?」
「け……けぇ、りぃ……」
主の両手に収まった小さなとりポケモンは、見るからに疲労困憊そのものだ。
翼に“からみつく”泡はブクブクと膨れ上がり、彼女から確実にスタミナを奪っていた。
「(こんな状態で、無理なんてさせられない……)……お疲れ様、はるりん。後は任せて」
取り出したモンスターボールを、額に触れさせる。
ボールから迸った赤い光がはるりんを包み込み、その体をたちまちに内部へ取り込んだ。
パチンという音がして、ポケモンを収め切ったモンスターボールをホルダーへ戻す。
そこから次のポケモンを繰り出そうとして、ソラもまた、遠くで戦う名無しの少年と同じように、暫しの思案を巡らせる。
(びぃタロもちゆりんも、ここまでの戦闘で消耗してる……。ちゆりんはナミノルロスにタイプ相性で有利だけど、
“こわいかお”に“フェザーダンス”、“ないしょばなし”、その他様々なへんかわざ。
ここまで神官の2人とも協力して、ナミノルロスに大量の
それだけではない。
へんかわざを受けた相手の動きが微かに鈍ったその隙に、チマチマと攻撃も重ねてきたのだ。
それでもまだ、オヤブンは消耗の兆しを見せていない。
ダメージはあるのだろう。けれどもそれは、相手にとって大した痛痒となっていないのだ。
激戦の合間、ソラは何度も相手を観察してきた。
結果、ナミノルロスが体に纏う真っ赤なオーラが、へんかわざなどの影響を削ぎ、或いは防いでいるのではないかという結論に至った。
(“きょすうのはね”……あの羽根が原因なのは多分間違いない。ガラル地方の“マックスレイドバトル”では、レイドポケモンが能力変化を打ち消す事があるって聞いた事がある。こっちのへんかわざが通じない以上、取るべき手は……!)
腹は決まった。
ホルダーから取り外したボール、そこから繰り出されたのは。
「行って、びぃタロ! あなたで決める!」
「ビーぃイっ!」
ソラのエース、
疲労もダメージも未だ抜け切ってはいないが、溢れんばかりの闘志と正義感は、少しも衰えを見せていない。
「へんかわざが大して効かない以上、攻撃しまくって削り切るしかない! 神官さん、いいですよね!?」
「……それしかないか。分かった、俺たちも攻勢に出る! 君は遊撃に回れ!」
「依然、メインアタッカーは私たちです! ソラちゃんたちは、隙を見て攻撃を差し込んでください!」
「はい! びぃタロ、まずは“アクアジェット”!」
「ビぃア!」
戦場を照らす“にほんばれ”の熱は、みずタイプのわざの威力を半減させる。
しかし、“アクアジェット”が先制わざである事や、その繰り出す速度までは損なわれない。
先ほどまで、はるりんが“でんこうせっか”で撹乱していたように、今度はびぃタロの番。
その身に水を纏い、ジェット噴射による高速軌道で、ナミノルロスの注意を引く。
「モォオオ……ッ!!」
「どこを見ている! アーケン、“りゅうのいぶき”を浴びせてやれ!」
「ルチャブル、あなたは“かみなりパンチ”です!」
理性を失ったオヤブンは自然、自分の周りをちょこまか動くびぃタロを叩き潰そうとする。
そうして生まれた意識の狭間へと、2匹のひこうタイプポケモンが飛び立った。
「けきゃーっ!!」
まずはアーケンが、口から紫色のエネルギーを吐き出す。
紫紺の炎めいたエフェクトを伴ったそれは、ナミノルロスの左腕をジリジリと焦がすようにして浴びせかけられる。
「モッ!? ブ、モォォォォォオ……ッ!」
一見、ほのおタイプのわざのように見えるが、実際はドラゴンタイプのわざ。
「ルッ……チィーッ!!」
そうして放射される紫炎の直下、ナミノルロスから見て死角となる位置から、ルチャブルが懐へと飛び込んだ。
グッと握られた拳はバチバチと帯電し、相手が反応するよりも早く相手の膝へと叩きつけられる。
「ゴッ──ブモァアアアアッ!?」
“こうかばつぐん”のでんきわざは、凄まじい勢いで全身を駆け巡り、その肉体を瞬く間に痺れさせる。
例えトドメの一撃からは程遠くとも、ソラの知る限り、それは初めてナミノルロスに与えられた大きな
苦悶の声を上げたオヤブンは、自身に放たれる炎を振り払い、足元の敵を蹴り上げようとする。
しかしその時、既にルチャブルはそこにはおらず、軽やかな動きで以て離脱済みだ。
「2発重ねたが、それでも“まひ”にはできなかったか。だが、今だ!」
「はい! ──びぃタロ、“れんぞくパンチ”を重ねて“グロウパンチ”!」
ソラが叫びとともに視線を飛ばす先。
アーケンたちが攻撃していた間に、相手の意識の外へ離脱していたびぃタロが、後方からナミノルロスへと迫っていた。
「ビ……ぃイイッ!!」
一撃、叩き込む。
先の“かみなりパンチ”に比べれば、その威力は微々たるもの。
けれど、“グロウパンチ”を重ね合わせた一撃は、繰り出す度に“こうげき”を増してゆく。
その過程が絶え間なく、怒涛の連撃によって繰り返されるのだ。
「ブモ……ガッ、グ、ガァアアアアッ……!!」
「ビっ! ビビっ! ビぃイイァアッ!!」
二撃、三撃、四撃、五撃。
“りゅうのいぶき”と“かみなりパンチ”、相手に“まひ”を与える2つのわざを受けたナミノルロスは、“まひ”にこそならずとも、多少の痺れが体に残っていた。
そこへ間髪入れずに叩き込まれた連続攻撃は、対応の暇を与える事なく、最大回数を殴り切る事に成功する。
最後には4段階──通常時から200%上昇した“こうげき”で以て、その背中に拳を打ち込んだ。
「ブガァアアアアッ!!」
とうとう我慢たまらず裏拳が飛んでくるも、素早く後方へ飛んで回避する。
その結果、ナミノルロスは前方と後方、2方面に対する注意が中途半端な状態となってしまう。
そしてこれはレイドバトル。
レイドポケモンの
半端に逸れたオヤブンの視界に飛び込んできたのは、空中をおかしな軌道で飛び回る鮮やかな翼。
「“アクロバット”です! 畳み掛けてください!」
「ルッチャ、ブゥ──ルァッ!!」
何も無い場所を踏み締め、トランポリンめいて“とびはねる”レスリングポケモン。
その懐では、澄んだ藤色の宝石が光り瞬き、そして砕け散っていった。
地上でも限られた地域でしか産出されない、特定のタイプの威力を高める宝石。
その中でも“ひこうのジュエル”は、その名の通りひこうタイプのわざを強化するが、ジュエルは使用すると同時に失われる特性を持つ。
それ即ち、
そんな力に後押しされたルチャブルのドロップキックが、水色の巨体へ突き刺さった。
「モォオオ──ッ!?」
その衝撃は爆音にも似て、後方へ仰け反ったナミノルロスは激しくよろめき、とうとう片膝をついた。
ひらりと着地したルチャブルは、消耗した様子の巨体を背景に、華麗なポーズを取ってみせる。
「ルチャッピ!」
「“ひこうのジュエル”……“
「凄い、これなら……!」
勝てる。
ソラが高揚に手を握っている傍らで、神官の男はナミノルロスの背中の向こう、チラリと見える
「ッ、ダメだ! アーケン、“ダブルウイング”で迎撃を──」
「──ブモォアアアアッ!!」
ゆらりと揺れる板状の尻尾。
そこに泡が生まれて集まり、ひとつの塊となった泡が、尻尾の動きによって射出される。
巨体ゆえに視認し難い、背中側から迫る水色の飛翔体を、咄嗟に飛び出したアーケンが受け止めようとした。
しかし、翼のはためきで以て撃ち落とそうとした試みは失敗し、小柄なさいこどりポケモンの顔面に、泡立つ砲弾が直撃する。
「け──きゃぴぃっ!?」
「アーケン!?」
顔面泡だらけとなって吹き飛ばされ、地面に激突したアーケンは、そのまま“ひんし”状態で目を回す。
まさかと前方に目をやれば、今まさに立ち上がり、血走った真っ赤な目をギラギラと光らせるナミノルロスの姿が、ソラの視界に映った。
「そんな……あれでもまだ、倒せないの……!?」
「……っ、ボサッとしてないで! 相手に動かさせちゃダメです! もう1度“アクロバット”!」
「ルルッ、ルッチャ!」
呆然とする少女に叱咤を飛ばし、女神官が叫ぶ。
再び宙を舞い飛ぶルチャブルの姿に、ソラはハッと我に返る。
「びっ、びぃタロ! “アクアジェット”を重ねて“グロウパンチ”!」
「ビぁアッ!!」
前方からはローリングソバットを仕掛けるルチャブル、後方からは“アクアジェット”を重ねた事で速度を上げたびぃタロ。
いくら強力なオヤブンと言えども、前後からの素早い挟撃に対応できる術はそう無い。
その筈だった。
「ォ──オオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ナミノルロスの叫びに呼応して、その肉体から真紅の雷めいたエフェクトが浮かび上がる。
赤い雷が全身を駆け巡る内、絶叫さえもが強化されて、空気の振動によって2匹のポケモンを弾き飛ばした。
「ビぃっ!?」
「ルッチィ!?」
相手の“こうげき”と“とくこう”を下げる、音系のへんかわざ。それだけのわざの筈だ。
では、何故──オヤブンの叫びを浴びた2匹のポケモンは吹き飛ばされ、あまつさえダメージすら受けている?
「ただ叫ぶだけでこんな……あれじゃあ、まるで“エコーボイス”だわ……」
「先輩! 先輩のポケモンはもういないんですか!?」
「ああ……俺もアーケンで最後だ。急いで後方に戻って、増援を呼んでくる。だからそれまで……」
それ以上の言葉は、発せられなかった。
カッ、と全員の視界を奪うほどの真っ赤な閃光が、ナミノルロスの肉体から迸ったからだ。
「ブルルルルルッ……! ブルルッ、ブモッ、モォォォォォオオ!!」
果たしてそれは、先のソラの推測が的中した形となる。
全身を駆け巡る赤雷のエフェクトは、レイドポケモンの肉体に張り付いた極彩色の羽根を焼き焦がし、灰へと変えていく。
それだけではない。
“こわいかお”による“すばやさ”減少や、“ないしょばなし”による“とくこう”減少など、ありとあらゆる
灰となり、肉体から剥がれ落ちた羽根だったモノ。
それを“ふみつけ”たナミノルロスの足元から──突如、水が溢れ出す。
「ブモッ、ブルルルル……ブッ、モォォォォォォォォォォオオオオオ……!!」
何も無い筈の場所から、無尽蔵に溢れ返るみずエネルギー。
みるみる内に質量を、嵩を、面積を増していくそのすべてが、そっくりそのままナミノルロスの体に纏わりついていく。
その場の誰もが反応できぬほどの速度で、無から生み出された大量の水。
それらはやがて、ソラたちの足元をも濡らし、風によって波打つほどに広がっていった。
“にほんばれ”の光の下、透き通った水が1番エリアの大地を満たす。
さながらそれは、まるで湖の上に立っているかのような、神秘的な光景でもあった。
「これは……不味いぞ」
「っ、ルチャブル! ソラちゃんたちを守って──」
「ブモォオオッス!!」
足を地面から離し、跳躍するナミノルロス。
直後、背中で揺れていた板状の尻尾を降ろし、その上に難なく着地する。
波打つ水は、徐々に荒ぶり、流れすらも形成していく。
水上と化した大地の中にあって、尻尾を悠々と乗りこなすその姿は、まさしくサーファーそのものだ。
(あ……これ、ヤバ──)
目を見開いたまま、ソラは硬直する。指先さえ動かせない。
目の前で起きつつある光景に、少女の幼い本能が「無理だ」と警鐘を鳴らしていた。
そうして、波の音が耳を
「──ブモォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
轟音が、一切を洗い流した。
《バブルシュート》
ぶんるい:ぶつり
タイプ:みず
いりょく:55
めいちゅう:95
あわの かたまりを あいてに なげつけて こうげきする。どうじに あいての すばやさを さげる。