ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今月はZ-Aで忙しいので今日と明日だけの更新になると思います。
まぁ許せ。


Lv.95「ポケットの中」

 1番エリアでの激しい戦闘音は、ここウツシタウンの集会所にまで響いてきていた。

 爆音にも似た音が轟く度、町民たちは身を震わせ、彼らのポケモンもまた怯えた風に縮こまってしまう。

 

 ナミノルロスが町のど真ん中に出現し、それを神官たちが町の外へ誘導して以降、ほとんどの町民たちはこの集会所に避難している。

 リバーテル結晶製の淡い緑色の証明に照らされる中、町民たちは一様に不安と恐怖を抱えていた。

 

 そもそもウツシタウンは“死出の森”の麓にあり、強力な野生ポケモンと常に隣合わせの環境だ。

 それでも町が壊滅せずにいたのは、町の周辺を流れる“龍脈”の力が薄く、森のポケモンたちにとって旨味の少ない土地である事が大きい。

 

 稀に森を追いやられた野生ポケモンがやってくる事もあるが、大抵は町民たちが彼らを受け入れ、町で傷の治療を受けている内に、すっかり町に住み着いてしまう。

 そうでなくても、町の資源を欲して暴れ出したところを、ルスティカ博士とロコンに理解(わか)らされて森へ逃げ帰るか、やはりこの町に居着く事がほとんどだ。

 

 つまり──今回のように、悪意ある第三者の手で凶暴なポケモンが解き放たれ、それに誰も対処し切る事ができないなど、この町の歴史においてほとんど無いと言ってよかった。

 

 

「こんな事態、私が生まれてから初めてだわ……」

「わしは、1度だけ経験した事がある。子供の頃、“死出の森”で大きな騒ぎがあってのう……。群れからはぐれたポケモンたちが、町へ一目散に逃げてきて……それはもう、町が半壊するくらいに……。ああ、嫌じゃ。あの日の事を思い出す……」

 

 嘆く声とともに、震えながら頭を抱える老爺。

 彼の言葉に、ふつふつと更なる不安が周囲へ伝搬し始める。

 

 

「ルスティカちゃんところの研究所?も襲われて……一体、何が起きてるの?」

「先ほどから、“死出の森”の方も何やらざわめいておる……。何か、大きな災いの兆しではないのかえ?」

「おい、あんた! 本当になんとかなるんだな!? 大神官(ジムリーダー)さまは何をやっておられるんだ!?」

「お、落ち着いて、落ち着いてください! 今現在、我々プルガージム総出で事に当たっています! じきにプルガーシティからも増援が来ますので……!」

 

 

 不安は恐怖を生み、恐怖は混乱へ転じ、やがて混乱はパニックを呼ぶ。

 背筋をひりつかせる感覚に駆られた人々の中には、怒鳴りながら神官に食ってかかる者も見受けられた。

 

 シェラとともに来たプルガージムの神官たちは、何も全員が戦場に出ている訳ではない。

 町や集会所の防衛、怪我の救護の為に残っている神官たちもいて、彼らもまたパニックの収拾という、ひとつの戦いに打って出ている。

 

 それでもなお、町民たちの不安は拭い去れていなかった。

 

 

「チッ……平和ボケのツケって感じだな。田舎も田舎、ド田舎だってんで、この手の騒ぎと無縁の奴らがこの町にゃ多い」

「ねぇ、ルスティカ……リク、大丈夫かしら……。ソラちゃんも、あんな大きなポケモンを暴れさせるような相手を追っかけてくなんて……」

「ピィピ……」

 

 

 そして、ルスティカ博士たちもまた、この集会所まで避難していた。

 場所が場所なだけに、タバコに火をつける事無く、所在なさげに咥え噛んでいる。

 

 彼女は、気が気でないといった様子の母や、その傍で心配そうに顔を俯かせているピッピの姿を一瞥して、聞こえないように小さく舌打ち。

 それからタバコを口から離し、まるで本当に煙を()んでいるかのように、息を吐き出した。

 

 

「あいつらなら……まぁ、大丈夫だろ。リクはあたしと違って、トレーナーとしての素質がある。ガキの頃からその辺の野生ポケモンに追いかけ回された経験もあるし、そうそう遅れは取らねぇ筈だ。あたしのトレーナー適性の無さは、母さん譲りだからな」

「余計なお世話よっ。……でも、プルガージムの神官さんたちは何を考えてるのかしら。リクもソラちゃんもまだ若いのに、こんな事態にまで駆り出しちゃって……」

「それは……」

「それが、ひいさまたちのお選びになった事でニャスよ」

 

 声を上げたのは、ルスティカ博士たちとともに避難してきていたニャースだ。

 彼は器用にもポケモン用のブラシを手に持ち、デルビルやホルビー(ほるっち)の毛を梳いてやっているところだった。

 

 

「ひいさまには、ポケモントレーナーとしての才能が御座いニャス。それは、この世界に来てからの10日ほどで嫌というほど実感致しニャした。そんなひいさまが戦う事をお選びにニャられたというニャらば、どうしてニャーに止める事ができニャしょうか」

「でも……」

「それに、ひいさまは1度『()()』だとお決めにニャられたら、決してそれをお譲りにニャりません。昔から、そういうお人でニャした。……少なくとも、ひいさまの戦いに助力の叶わないニャーには、ひいさまの選択を否と言う資格は御座いニャせん」

 

 

 こちらに背中を向けているだけに、ニャースがどのような表情を浮かべているかは分からない。

 けれど、博士がこれまでに断片的に聞いた範囲でも、若かりし頃の彼は相当に腕の立つポケモンだったのだろうと理解できた。

 

 そんな彼が、老いと衰えゆえに戦えず、こうして主の帰りを待っている。

 その無力さたるや、果たしてどれほどのものだろうか。

 

 

「それに、ひいさまたちは実際に悪漢どもへ挑み、ロコンさまをお取り戻しにニャられました。れおピ(シシコ)さまも、他のポケモンたちも、皆。奪われたロコンさまたちを取り戻すという約束を、ひいさまはきちんと果たされニャした」

「……そう、だな」

 

 ソラたちがヴォイド団なる者どもから奪い返し、保護したロコンたちは、今は神官たちの治療を受けている。

 ロコンたちの命に別状は無いと聞かされた時は、さしもの博士も、安堵からその場に崩れ落ちてしまったほどだ。

 

 

「信じニャしょう、ひいさまたちを。今、ニャーたちにできるのは、それだけで御座いニャス」

「……違いない。どの道、ロクに戦えないあたしらにゃ、この状況をどうする事も──」

 

 

 

──ズゥッ、ドォォォォォォォォォォオオオオオンッ!!

 

 

 

 轟音、そして“じしん”と誤認するほどの強く激しい揺れ。

 そのあまりの震動と衝撃に、立っている人はたちまちに転び、部屋の隅に積まれていた荷物の中には、崩れて散乱するものすらあった。

 

 

 

「──ブモォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

 

 

 

 次いで、耳が壊れるのではないかと思うほどの、強烈な咆哮が木霊する。

 先ほどから何度も何度も響いてきた叫び声だが、聞く者の肌を粟立たせるその声量は、これまでの比などではない。

 

 そしてそれは、集会所に集う人々やポケモンに、尋常でない事態が起きている事を悟らせるには、あまりにも十分過ぎた。

 

 

「なっ、なんだ今のは!? まさか、神官たちは負けたのか!?」

「さっきのポケモンが、またこっちに来るんじゃないの!?」

「怖い……怖いよぉっ……! ヒック、グスッ……」

「落ち着いてください! パニックになってはいけません! ……くそっ、前線は一体どうなってるんだ……!?」

 

 

 町民たちの混乱は、いよいよピークに達しようとしていた。

 この場に残った神官が沈静化に努めようとしているが、それにも限界がある。

 

 そんな景色を前に、ルスティカ博士は困ったように頭を搔き毟った。

 その傍では、万が一の時に備えて、ピッピが博士たちを守れるような位置取りを取っている。

 

 

「こりゃ、いよいよヤバいかもな……。最悪、ピッピ連れてあたしも前に出なきゃかもしれねぇ」

「だっ、ダメよ!? あなた、まだ怪我治ってないじゃない! そんな状態でバトルなんてしたら……」

「だが、そうも言ってられねぇだろうがよ、母さん。前線で押し留めてる連中でも勝てないとなると、ここにいる連中かき集めても、果たして対抗できるかどうか……」

「──るびっ」

 

 

 ピン、と張って立つ1対の耳。

 危機的状況がすぐそこまで迫っているという中で、にわかに動き出すひとつの影があった。

 

 

「ニャッ!? 如何ニャされたのでニャすか、ほるっちさま! 今は不用意にお動かれては危ニャ──ニャスッ!?

「ほるーりっ!」

 

 ニャースの制止を弾き飛ばして立ち上がり、ホルビーのほるっちが“とびはねる”。

 周囲の注目を集めた事も気にした様子は無く、彼女はルスティカ博士が羽織っている白衣の、ポケットの中に首を突っ込んだ。

 

 

うひゃあっ!? おい、何して……いや、待て。あんたまさか、()()()()()──ッ!?」

「るーびーっ!」

 

 

 そうしてお目当てのモノを見つけたほるっちは、それを口に咥え、四足歩行で駆け出した。

 

 向かう先は、集会所の出入り口。

 外に出た彼女が、そこから()()()()()()()()()()()()()を、博士はすぐに理解した。

 

 

「ほーるびーっ!」

「チッ──待て! あたしも行く! 1匹で行こうとするんじゃねぇ!」

「るっ、ルスティカ!? ちょっと、どこ行こうとしてるの!?」

「そうニャスよ! そんニャお体では危険ニャス! この場所で安静にしていニャいと……」

「どこに行くかなんて決まってんだろ!」

 

 

 焦りと、使命感と、傷の痛み。

 この状況をなんとかできるかもしれない、という淡い期待。

 

 それから、ほんのちょっぴりの──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな、()()への罪悪感。

 

 博士の顔を埋め尽くしていたのは、そんな感情のマーブル模様だった。

 

 

 

「ソラんとこだ! こいつがあいつに、()()()()()()()()()()()があるんだとよ!」

 

 

 

 

 

 

 顔を濡らす水滴が、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。

 全身を打ったような痛みよりも先に、水に濡れた冷たさを感じて、ソラはうっすらと目を開いた。

 

 

……ぅ、ぁ……わた、し、無事……なの?」

 

 

 意識を失う前の光景は覚えている。

 ナミノルロスの繰り出した“ウェーブタックル”──津波を伴った突撃によって、戦場のすべてが押し流されたのだ。

 

 オヤブンポケモンの、それもタイプ一致の強力な攻撃に巻き込まれてしまえば、普通は無事でいられる筈が無い。

 にも拘らず、ソラの認識する限り、己の体に重篤な傷は見当たらず(痛みのほとんどは打撲によるものだ)、至って五体満足そのものだ。

 

 キンキンとうるさい耳鳴りの彼方で、戦闘音のようなものが聞こえる。

 まだ、誰かが戦っているのだろうか。いや、それよりも。

 

 

「びぃ、タロ……びぃタロは、どこ……?」

 

 

 痛みに顔を歪めながら起き上がり、辺りを見回す。

 

 あの時、“ウェーブタックル”を受けたのは自分だけではない筈だ。

 何故だか自分は無事だったが、他の面々もそうとは限らない。一緒に戦っていた神官たちは。そして、己の相棒は。

 

 

(暗い……まるで夜になったみたい。いや、実際の時間は夜だから、こっちが正しいんだけど……“にほんばれ”の効果が切れてるの?)

 

 

 晴れの日差しに包まれていた先ほどとは打って変わって、周囲は夜の帷に包まれていた。

 それはつまり、“にほんばれ”を維持していたマハルドードリオの身に、何かが起きたという事。

 

 今の今まで意識を失っていた為か、視界はぼんやりとするものの、何も見えないというほどではない。

 天上世界より降り注ぐリバーテル結晶の灯りを頼りに、必死になって目線を動かして──すぐに見つけた。

 

 

「──ッ、びぃタロ! ねぇ、しっかりして!」

 

 

 果たしてびぃタロは、少し離れた場所に倒れ伏し、ピクリとも動いていなかった。

 急いで駆け寄り、抱き上げてみれば、全身がびしょびしょに濡れていたようで、ソラの衣服がぐっしょりと湿っていく。

 

「ごめん……ごめんね、びぃタロ。わたしが不甲斐ないばっかりに」

「ビ……ぃ、イぃ……」

 

 胸の中の相棒は、息こそしているが、完全に“ひんし”状態に陥っていた。

 

 “ウェーブタックル”はみずタイプのわざ。

 タイプ相性上は“こうかいまひとつ”であるにも拘らず、それを受けたびぃタロが、もはや戦闘続行が不可能な状態である事は明らかだ。

 

 

「今はボールの中で休んでて……。後で、ちゃんと治療してもらうからね」

 

 

 “げんきのかけら”は手元に無い。

 これ以上、傷だらけのびぃタロを外に出しておく訳にはいかず、モンスターボールの中に彼を収納する。

 

 パチンと音を立てて閉じるボールを、丁寧な手つきでホルダーへ戻す。

 

 

(レイドバトルはどうなったの……? 早く、状況を確認しないと……)

 

 

 ヨロヨロと身を起こし、ふらついた拍子に転びそうになったソラの目に、大きな壁のようなものが映り込む。

 そこでようやく、ソラは自分やびぃタロが、()()の陰に転がされていた事に気が付いた。

 

 少なくとも、ナミノルロスと戦っていた先ほどまでは、こんなものは存在しなかった筈。

 疑問とともに目線を上へ向けると、そこには無惨な残骸と成り果てた、1台の荷車があった。

 

 

「こ、れ……鳥車(ちょうしゃ)? わたしたちが乗ってきた──」

「ドッドリッ、リダッダーッ!!」

 

 

 少女の呟きを掻き消した叫声は、ナミノルロスのものではなかった。

 聞き覚えのあるその叫びに、なんとか鳥車の陰から這い出てみれば、そこには2匹のポケモンの姿があった。

 

 

 

「ドリリリッ、ディーダッ! ドッドダーッ!!」

「ブモォォオオッスォ!!」

 

 

 

 一方は、先ほどまで戦っていたナミノルロスの姿に相違ない。

 自身の周囲を飛び交う()()がうざったらしいと言わんばかりに、腕や尻尾を振り回し、そこら中を“ふみつけ”て回っている。

 

 そして、もう一方。黒色の羽毛に、極彩色の尾羽根を揺らす3ツ首のとりポケモン。

 シェラの手持ちであり、鳥車を駆ってソラたちをウツシタウンまで連れてきてくれた、あのマハルドードリオが、単独でナミノルロスに挑みかかっていた。

 

 

(シェラさんのドードリオ……。そっか、わたしが無事だったのは、彼女が鳥車を盾代わりにしてくれたからなのね。辺りが暗くなってるのも、戦いながらだと、“にほんばれ”を維持するのが難しいから……)

 

 

 痛みと冷たさが体の感覚を鈍らせた事で、対照的に少女の思考は酷く冴えていた。

 

 恐らくマハルドードリオは、ナミノルロスの攻撃によって前線が壊滅する瞬間を見ていたのだろう。

 咄嗟に鳥車を盾にしてソラたちを守り、彼女たちが動けない間、ナミノルロスを必死になって食い止めようとしている。

 

 “すばやさ”を活かした身のこなしと、徹底した一撃即離脱(ヒットアンドアウェイ)

 “ウェーブタックル”の余波が残る濡れた地面を踏み締め、本来集団で相手取る筈のオヤブンポケモンを相手に、被弾を防ぎながら食らいついている様は、まさしく歴戦と言えよう。

 

 けれど、それでも。

 

 

「……()()()()

 

 

 ソラには、それが理解できた。

 

 ここまでに見た限り、ナミノルロスは“じこさいせい”などの回復系のわざを持っていない。

 ソラや神官たちで積み重ねてきたダメージは、確実に溜まっている。体力(HP)を削り切る事ができれば、倒す事は不可能ではない。

 

 その上でなお、足りない。

 ただただ純粋に、相手の体力(HP)と耐久力がバカみたいに高いが故に、マハルドードリオだけでは、ナミノルロスを倒し切る事はできない。

 

 

(1匹だけでレイドバトルなんてできる訳が無い……。せめて、あと1匹でもバトルに参加できれば……)

 

 

 無意識に、手がボールホルダーへと伸ばされる。

 ホルダーから取り外した1つのモンスターボールを、少女はまじまじと覗き込んだ。

 

 

(びぃタロはもう戦えない。はるりんはまだ動けるだろうけど、無理をさせていいコンディションじゃない。“バブルシュート”が少しでも掠っただけで、“ひんし”になるくらいには消耗してる)

 

 

 いくら彼我の実力差が大きいとはいえ、“にほんばれ”かつ“こうかいまひとつ”──即ち、威力が1/4にまで削減された状態でなお、びぃタロを打ち倒し得る敵の大火力。

 “フェザーダンス”などの弱体化(デバフ)も、打ち消されてしまっては意味を為さない。

 

 事ここに至れば、耐久戦など試みても無駄なだけだろう。

 こちらが全滅するよりも先に、相手を倒す。それ以外の最善策などありもしない。

 

 だから、問題は。

 

 

(わたしの手持ちで、残っているのは──!?)

 

 

 結論を出すよりも先に、手の内のモンスターボールが開かれる。

 ボールの中から独りでに飛び出し、ソラの前に着地したのは……果たして。

 

 

 

「……ちゆりん」

「ぴっちゅ!」

 

 

 

 ちゆりん(ピチュー)

 ヴォイド団との戦闘で負った消耗を押してなお、彼女は堂々と立ち、主たるソラを見上げていた。

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