フレア団の活動時期(XY本編)を10年前から5年前に変更。
「ちゆりん、あなたも……ううん。あなたは、戦いたいんだね。
「ちゅーっ!」
ソラの呼びかけに対して、胸を張って答えるちゆりん。
自信があるとか、勝機があるとか、そんな様子ではない。
けれども、己の意志を譲る気も無い。そういう眼差しをしていた。
(……今のわたしの手持ちで、戦えるのはこの子しかいない。でも、ちゆりんの
それは、ソラの理性だった。
若く青い少女の頭の中にある「冷静な部分」は、彼我の戦力差や勝ち筋の有無を正確に、或いは残酷に推し量る事ができていた。
こねずみポケモンでは、勝利に貢献できない。
ピチューでは、相手に打ち勝てない。
ちゆりんでは、勝つ事はできない。
今も、ナミノルロスとマハルドードリオの戦いは続いている。
けれど、それも永遠ではない。そして、そう長くはない。
どうするにせよ、早く決断しなければならないだろう。
そんな状況だからこそ、少女が思考をやめる事は無かった。
「……ちゆりん」
「ちゅっ」
こちらを見上げる彼女の顔は、険しくも勇ましい。
ちっちゃな手を組み、口を真一文字に結んで、半ば“にらみつける”ように目尻を鋭く尖らせている。
今の彼女が闘志と戦意に溢れている事など、言わずとも分かる。
自分が
頭の中の「冷静なソラ」は、それが無謀であると分かっていた。
けれど、もうひとつの──
「……あなたじゃ、勝てないよ」
「ちゅ!」
「あいつの強さは見てたでしょ? あなたの力じゃ。あいつを止める事はできないわ」
「ぴっちゅ!」
「あっという間に倒されて……ううん、やられるだけで済まないかもしれない。もっと、取り返しのつかない結果に終わるかもしれない」
「ちゃーっ!」
「それでも……戦うの?」
「ぴーっちゅう!」
……その時のソラに、「ちゆりんを止めよう」という気持ちが本当にあったのかは、本人にも分からない。
或いはそれは、彼女を止めようとしているのではなく、
ただ、その問答に結果が出るよりも先に。
「……やめなさい。あなたたちが行っても、危険なだけです」
後ろから飛んできた声に振り返れば、ナミノルロスと戦っていた神官たちの内、ルチャブルを使役していた女神官がそこにいた。
彼女もまた全身ずぶ濡れの上、見るからに酷く消耗していて、おまけに彼女の腕の中には、“ひんし”状態のルチャブルが抱き抱えられている。
「ぁ……よかった、無事だったんですね」
「ええ。
女神官の、どこか咎めるような視線が、真っ直ぐに少女を射抜く。
彼女が何を言わんとしているのかなぞ、考えるまでもない。その事は、ソラが一番よく分かっていた。
「悔しいですが、この戦場はもはや崩壊しました。ドードリオが時間を稼いでいる内に、町に残ってる神官たちと連絡を取って、防衛ラインを引き下げます。我々の手では、倒すまではいかなくても、
「なんとか、なるんですか?」
少女の声が、説得の言葉を制止する。
ソラのやろうとしている事が、無謀にして愚行である事は、誰の目から見ても明らかだ。
同時に女神官は、自分が彼女にかけようとしている言葉が、酷く無理のある内容である事もまた、自覚していた。
「シェラさんが今どこで何をしていて、いつになったら戻るのかが分からないこの状況で、どれだけ耐え切る事ができるんですか? 相手は“こうかいまひとつ”だろうと、こちらの耐久力を突き抜けてくるような、そんな火力の持ち主ですよ」
「それは……いえ。ですが少なくとも、この場を維持するよりは……」
「でもそれだけ、町に近くなる。今まで以上に、町に余波が届くかもしれない」
ソラの手は震えていた。
その声も、微かに上擦っているように思えた。
当然だ。凶暴なポケモンに襲われた経験は、これで2回目になる。
それでも、と少女は言う。
震える手を無理やり握り締め、血が出るのではないかというほどに、強く拳を作って。
「ここで倒すしかないんです。石に齧りついてでもこの場に留まって、少しでも相手を釘付けにしなければいけないんです。そしてそれができるのは、今はもう、わたしとちゆりんしかいないんです」
「──っ! 無茶です! できる訳が無い! あなたたちだけでは危険なんです!」
止めねばならない。止めなければならない。
街の守り手として、人と自然の調停者として、若く未熟な彼女の愚行を、看過する訳にはいかない。
そんな思いが、女神官の喉から絞り出されていく。
「約束しましたよね!? 私たちの指示は必ず守れって!」
「分かってます」
「それ以上に、自分と自分のポケモンの命を優先しろって……私たちの指示より優先しろって、言われましたよね!?」
「分かってます!」
「あなたとピチューじゃ、ナミノルロスに勝てません! これは絶対です! 奇跡なんてひっくり返ったって起きません!」
「全部分かってます!」
「……っ、被害をゼロに収めるなんて、土台無理なんです! それでも、致命的な崩壊を阻止する事はできる……
「分かってるよ、そんな事っ!!」
思わずといった風に、感情的な叫びが上がる。
少女の瞳孔は揺れていて、焦りや恐怖など、冷静でない感情がごちゃ混ぜになっている様がよく見えた。
「でも、やるしかないんです! ここを通したら、町に被害が出る! 町にはルスティカ博士も、リクのお母さんも……じいちゃんだっている! 皆を危ない目に合わせたくないんですっ! じゃあ、わたしがやるしかないじゃないですか!?」
「……なんで、そこまで……」
つい、そんな呟きを漏らしてしまう。
この場で邂逅するまで、女神官とソラとの間に大した関わりなど無かった。
久々に“リンネの儀”に挑戦しに来た少女であり、
だから、どうしても分からない事がある。
「今のあなたは、冷静じゃない。何かの、強迫観念に駆られているように見えます。……そこまでして、あなたが危険を侵さなきゃならないのですか?」
「……」
その言葉に、ソラの頭は自然と冷えていく。
スッと引いた血の流れに従うようにして、その場にしゃがみ込み、女神官から視線を外す。
少女が目を合わせた先は、ちゆりんだ。
彼女は、己の主の決断を疑う素振りも見せず、ただ腕を組み、じっと目線を返してきていた。
「……確かに、わたしにとってこの町は、この世界は、強い思い入れのある場所じゃないです。なんせわたし、この世界に来てから、ほんの10日くらいしか経ってないですし」
「……? 何を言って……」
「訳も分からずこの世界に迷い込んで、帰る為に旅を始めたけど、上手くいかない事ばっか。初めての対人戦は盛大に負けたし、野生のポケモンに襲われた時は本当に怖かった。それまでの常識が通じない事がたくさんあって、正直戸惑う事も多かった」
噛み締めるような語り口だった。
感情の籠もった言葉の数々は、真実、少女の経験から来るものであり、そこに薄っぺらさは感じられない。
「おまけに、ヴォイド団なんていう意味の分からない連中まで出てきて……。正直、なんでこんな事してるんだろうって、ちょっと思ったりもしてます。他の誰かに任せて、安全なところにいられれば、どれだけよかっただろうって」
「なら──」
「でも、ダメなんです。それじゃあ、ダメなんです」
すく、と立ち上がる。
視線の先にある戦場を見据えれば、マハルドードリオが徐々に、徐々にナミノルロスに押されつつある光景が見えた。
「ルスティカ博士は、素性の知れないわたしによくしてくれました。リクはこんなわたしの旅に付き合ってくれてるし、2人のお母さんは、快く送り出してくれた。2週間にも満たない付き合いだけど……それでも、いい人たちなんです。そう思えたんです」
一瞬だけ、目を閉じる。
瞼の裏に蘇るのは、かつての地上での暮らし。
クラスメイトも、親戚を自称する人たちも、その他の名前も知らない人たちも。
皆、悪意を以て接してきていた。ウソつき博士の娘だと、後ろ盾の無い小娘だと、嘲笑と否定と、欲望に塗れた目でソラを見ていた。
親を失った少女を慮ろうと思う人など、ロクにいやしなかった。
だからソラは、誰とも関わろうとせず、山の中の別荘でひっそりと息を潜めて生きていた。
そんな中にあって、少女の心を守ろうとする人たちもまた、ほんの一握りだけ存在した。
プラターム博士や、その弟子たるデクシオにジーナ。彼らがいたからこそ、今のソラは、他人という存在を見限らずにいられたのだ。
リクは、ルスティカ博士は、この世界で出会った人たちは、そんな在りし日の善き人たちによく似ていた。
悪意でなく、善意を以て関わろうとしてくれる人たちなのだと、素直に思う事ができた。
それが、人と関わる事への恐怖を抱いていたソラにとって、どんなに救いになっただろうか。
「彼らのおかげで、わたしは……この世界を、好きになれるかもしれないんです。でも、そんな人たちを、身勝手な理由で傷つけようとする人たちがいる。今あるこの世界を、壊そうとする人たちがいる」
目を開く。
それまでの僅かな刹那、最後に瞼に映っていた光景。
『繰り返します! フレア団は最終兵器を使い、世界を一新します! フレア団以外の皆さん、残念ですがさようなら』
その時のニュースを、5年経った今でも覚えている。
幼心に覚えた恐怖を、恐ろしくて恐ろしくて、早くどうにかなってくれと願っていた時の苦しみを、少女はよく覚えていた。
かつては、どうする事もできなかった。
父が消えた日も。母が出て行った日も。5年前のあの日も。
多くの悪意に晒され、否定と嘲笑に刺し殺されそうになった時も。
力の無かったあの日の少女は、己を脅かすそれらに対して、何もできなかった。
けれど、今は違う。
頭の中の「冷静なソラ」は、それが無謀であると分かっていた。
けれど、もうひとつの──「
「わたしは、この世界の事をもっと知りたい、好きになりたいんです! だから……今度こそわたしは、
再び振り向き、目と目が合った時、女神官はそれ以上の言葉を紡ぐ事ができなかった。
今なら、理解できる。
同僚の神官が、どうして彼女が戦いに加わる事を認めたのか。
(これは……無理ね)
揺らいでいても、震えていても、芯がブレる事だけは決して無い。
そして確信する。目の前の少女は、どうあっても己の意見を譲る事は無い。
説き伏せようとしたところで、彼女は意地でもこの場を動く事は無いだろう。
彼女を後方へ退かせたければ、殴って気絶させるくらいしかない。
そして今の女神官に、それだけの余裕は無い。
最早、今の少女を引き止める事のできる者は、この場には誰もいなかった。
「……ちゆりんも、同じ気持ちなんでしょ?」
「ちゅ?」
「あなたも、皆を……仲間を守りたいと思ってる。傷つけられたポケモンたちの分まで、戦いたいと思ってる」
ずっとそうだった。最初からそうだった。
“船出仕合”や、シェラとの
彼女は、決まって怒っていた。
仲間たちの、友の仇を取ろうと奮起し、どんな相手にも挑みかかっていた。
例え、ほんの少しの間、旅路を連れ添っただけであろうとも。
彼女にとって彼らは、ともに戦った仲間であり、大切な友だからだ。
そして、今。
そんな友たちを傷つけた悪党どもの中でも、とびきりの大物が、はるりんやびぃタロをも傷つけ、倒してしまった。
その事実が──“ゆうかん”なせいかくの彼女に、とびきり強く火をつけた。
「わたしも同じ。ルスティカ博士やロコン、ほるっちにれおピ、皆を傷つけられた事が許せない。それに今、あの町にはじいちゃんが……わたしの、大切な家族がいる。もうこれ以上、皆にかすり傷のひとつだって負わせたくない。そうでしょ?」
「……ぴーっちゃあ!!」
力強い、肯定の意が返ってくる。
目線を下に降ろせば、頬袋から“せいでんき”を迸らせ、戦意十分なこねずみポケモンと視線が交差した。
ポケモンは、嘘をつかない。
彼らはとても正直で、善意も悪意も、正しく表現する事ができる。
少女の視界に映り込む
──わたしの仲間を守りたい! わたしは、その為に戦う!
「分かってる。──一緒に戦おう、ちゆりん!」
「ぴちゃっちゅーっ!」
頷き合い、笑い合う。
今ここに、1人のポケモントレーナーと、1匹のポケモンの心が、完全に一致した。
故に。
「……! ちゆりん、あなた……」
「ちゅーっ!」
地上の、ある学者は言った。
進化とは、奇跡ではない。進化とは、必然である。
然るべき条件が揃い、ポケモンにその意志があれば、必ず進化は起こると。
ピチューの進化条件は、自身のトレーナーに対して確かな信頼を抱く──即ち、十分に“なつく”事。
ともに仲間を守りたい。守るべきものの為に、一緒に力を合わせて戦いたい。
ちゆりんとソラの間で、その気持ちが一致した事で、彼女は進化の為の条件を満たしたのだ。
1匹のこねずみポケモンを包み込む光は、夜の帷の中にあって、辺りの薄暗さを打ち消してゆく。
そうして、光が晴れた時。
「──ピッカ、チューッ!!」
ずんぐりとした黄色い胴体に、ウサギポケモンめいた長い耳。
そして尻尾の先端を飾る、鮮やかなハートマーク。
それは、地上において知らぬ者のいない、誰もが知ってるねずみポケモン。
ピカチュウへと進化を果たしたちゆりんが、ソラの前に立っていた。
「凄い、ちゆりん! あなた、ピカチュウになれたのね!」
「ピッカァ!」
「うそ、こんな土壇場で進化を……? いえ、それでも……」
それでも、足りない。
確かに、ピチューのまま戦うよりは強いだろうが、それでもナミノルロスを倒せるだけの地力は無い。
ソラが望む通りの勝利を果たすには、まだ欠けているピースがある。
それを口に出そうとした──まさに、その直後の事だ。
「るっ──びーっ!!」
本来、この場にいる筈の無いポケモンの鳴き声。
その声に振り向くや否や、同じ方向から飛んできた
片手でグッと握り込める楕円形。
透き通った黄緑色の結晶体の中には、黄色いイナズマ模様が閉じ込められている。
「何が……って、これ……!?」
ソラは、その正体を知っている。
実物を見た事こそ今回が初めてだが、
特定のポケモンが触れる事で、更なる進化をもたらす……俗に言う“しんかのいし”のひとつ。
その中でも、電気や磁場に纏わる一部のポケモンに対応する、その石の名を。
「“
“かみなりのいし”。
そしてそれは、ピカチュウに適合する“しんかのいし”でもあった。
「でも、どうして……? こんなに都合よく、この石が手元に来るなんて……っていうか、今の鳴き声はまさか」
「──こいつが、あんたに使ってほしいってよ!」
バ、と顔を上げる。
なんで、彼女がこんなところに。そんな問いを発する間もなく、視線の先に見つけた影2つ。
「ぜ、ぜはっ……あたしんちで埃被ってたのを、こいつがっ……見つけ出して、きたのさ。あんたと、あんたのピチューが……げほ、きっと必要にしてるってな……っ、おえっぷ。くそ、病み上がりで全力疾走なんてするもんじゃねぇな……」
「ほるっび!」
未だ全身包帯塗れの状態で、息も絶え絶えながらにソラへと呼びかけるルスティカ博士。
そしてその足元に立ち、ソラとちゆりんへ向けて手を振るほるっち。
町で安全な場所に避難している筈の彼女たちが、確かにそこに立っていた。
「なんでっ、こんなところに……!? ここは危険です、早く安全なところまで下がってください!」
「るせぇっ! そいつはあんたも同じだろうが! いいか? 1度しか言わねぇからよく聞け! そいつを使えば、あんたのピカチュウを進化させる事ができる! だが、よーく考えて使えよ! そいつは強力なエネルギーを秘めてるが、だからこそリスクもある!」
博士が指を指す先にあるのは、ソラの手の中の“かみなりのいし”。
ここまで走ってくるだけでも相当苦しかった筈なのに、それでも博士は、こちらへ声を投げかけ続ける事をやめはしない。
「急激な進化は、ポケモンに負担を与える事もある! この場は勝てるかもしれねぇが、“しっぺがえし”が来る事も覚悟しとけ! その上で使うんだ! いいな!?」
「……ルスティカ博士」
頷き、目線を下にやる。
進化した事で身長は伸びたが、それでもちゆりんは、変わらずソラを見上げる程度の背丈で、彼我の視線が中空で絡み合う。
「今の話、聞いてたよね? 今のあなたは、進化したばかりで不安定な状態にあるわ。これを使えば、あなたの体に酷い負担があるかもしれない。もしかしたら、今後によくない影響があるかも──」
「ピッカピーッ!!」
主の声を掻き消し、それ以上の言葉を紡がせない。
バチバチと、進化前よりも強く頬袋から電気を発しているちゆりんを見て、少女は思わず苦笑した。
どうやら、トレーナーである自分よりも、ポケモンの方がよほど覚悟が決まっているらしい。
愚問が過ぎた、と首を横に振り、小さく呼吸をひとつ。
「……これを使うのは、わたしの判断で、わたしの責任。それが、トレーナーの役目。絶対に勝つよ、ちゆりん」
「ピカッチュ!」
それでいい、と言いたげに鼻息荒く。
そんな彼女の返答を認め、ソラは今一度、女神官を一瞥した。
視線を向けられた側もまた、1度だけ頷く。
ここまで来たら、もう引き止めの言葉に意味は無い。
だから。
「……必ず、無事で戻ってきてください。旅を続けられなくなるような怪我をしたり、死んだりする事は、決して許しません。いいですね!?」
「……はい、必ず! ちゆりん、行こう!」
「ピカァーッ!」
待ってられないと跳ね飛ぶちゆりんに対して、“かみなりのいし”を突き出す。
ねずみポケモンのちっちゃな、それでもこねずみだった時よりは大きな手が、イナズマを秘めた結晶に触れて。
進化の光に追随するようにして、でんきエネルギーの激しい“スパーク”が巻き起こる。
マハル図鑑 No.019
【ピカチュウ】
ぶんるい:ねずみポケモン
タイプ:でんき
とくせい:せいでんき(ひらいしん)
ビヨンド版
両頬の 袋は 電気を 溜める 為の もの。溜め込んだ 電気は 攻撃や 威嚇に 使うぞ。
ダイブ版
弱った 仲間を 見つけると 自分の 電気を 与えて 癒やす。仲間思いの ポケモンだ。
《進化》
ピチュー
→ ピカチュウ(とてもなかよしな状態でレベルアップで進化)
→ ???(???で進化)
今回の書き溜めは以上。
またある程度のストックが完成したら更新します。