読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご承知ください。
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作中におけるフレア団の活動時期(「ポケットモンスター X・Y」本編)
誤:10年前
正:5年前
リクにとっての姉、ルスティカはめちゃくちゃな人だった。
事あるごとに殴ってくるし、「おつかい」と称して無茶な事(“死出の森”に近い21番エリアでのデータ収集などだ)を押し付けてくるし、ミルクを温める以外の料理の腕は壊滅的だ。
それでも、彼にとっては唯一の姉であり、大切な人なのだ。
ポケモンの基礎知識や育て方を叩き込んでくれたのは彼女だし、そんな事を抜きにしたって、血の繋がった家族なのだから。
だから、そんな彼女や、彼女のポケモンであるロコンを傷つけられた事は、彼にとってこの上なく許しがたい事だった。
そして、そんな状況だからこそ。
姉たちを傷つけた元凶を前に、窮地へと追い込まれたからこそ──かつて姉から教わった言葉が、脳裏に蘇る。
──自分が困ってる時にパニクったって、いい事なんざひとつも
「……フー……」
口を小さくすぼめ、吸い込んだ空気を口の中で転がした後、すぼめた口から細く長く吐き出す。
リクはタバコを
酸素がくるくると全身を巡り、火照って茹だりかけていた頭が、ゆっくりと冷えていく。
苦戦やら激情やらで狭くなりかけていた視界を、無理矢理にでもかっ開く。
(……思い出したら、なんかミョ~に腹立ってきたな。シェラさんの話じゃ、ジムに挑みに来た時のアネキって、自分が想定してない事にパニクりまくって負けたらしいじゃん。自分で言ってる事、自分が一番実践できてないじゃねぇかよ)
冷静になった事で、過去に適当抜かされていた事への怒りがふんわりと湧いてくるが、悪態がつける程度には余裕ができたと考える。
その余裕を使って次に考えるべきは、ここからどう打開するか。
リクは頭がよくない。少なくとも、彼はそのように自認していた。
姉であるルスティカ博士には足元にも及ばないし、最近この世界にやってきたソラは、リクの知らない地上の知識を持っている。
今、肩を並べて共闘している名無しの少年も、付き合いこそ短いが、彼が相当な実力者である事は身に沁みてよく分かる。
この場で最も格下の存在は、間違いなく
だからこそ、できる判断もある。
(ソラの側がどうなってるか……今のおいらたちに、それを判断する手段は無い。そして
知識も無く、実力も低く、他に気を回せるほど余裕も無い。
故に、余計な事は考えない。今この場に関係の無い
そして、もうひとつ。
相手を見据えたままに眼球だけを動かし、傍らに立つ名無しの少年を見る。
(あいつのフカシオは、状態異常になってると透明になれないらしい。どういう事だとか、なんで隠してたとか、そういうのは今言ってもしょうがないし、わざわざ聞く意味も必要も無い。そもそも、流れで共闘してるだけで、別に友達とか仲間って訳じゃないしな)
そんな益体も無い事を聞いたところで、この場をなんとかできる筈が無い。
そうしてグダグダと言い争っている間に、相手の攻撃を受けて全滅でもしようものなら、それこそ笑い話にもなりやしないのだ。
だからと言って、事実から目を逸らす訳にもいかない。
名無しの少年のフカシオは、今は透明になる事はできない。
その事を問い詰めるのは無駄だから、思考から切り離す。その上で、透明化できない事を前提とした立ち回りを考える。
リクは頭がよくない。少なくとも、彼はそのように自認していた。
故にこそ彼は、目の前の事だけを考え、それ以外を考えない事にした。
「ろォォォッ、ぜ!」
ロゼリアが両手を振り上げ、再び大量の葉っぱを生成する。
「ッ、来るぞ!」
「おい、あんた! あんたのフカシオ、まだ戦えるか!?」
「この程度で倒れるほどヤワな奴じゃあない! フカシオ、もう1度“ねんりき”で押し留めろ!」
「……ミィ、ズ……!」
名無しの少年の叱咤を受けて、フカシオが動き出す。
彼女の体(を形作る水分)は、“どくびし”を踏みつけた部位を起点として、じわりじわりと“どく”が滲み、淀みつつあった。
それでもなお、フカシオは“どく”でドロリとネバつく足を踏み締め、両手を前に突き出した。
サイコパワーで不可視の壁めいた力場を形成し、殺到する“はなふぶき”を堰き止める。
迫り来る無数の葉は、エネルギーの壁に突き刺さって動きを止めるか、そうでなくともサイコパワーに絡め取られ、押し潰されるようにして静止する。
「シッ……シ、ィイイ……ミッ……!」
けれど、それだけでは防ぎ切れない事は、先の攻防が証明していた。
“ねんりき”の障壁を食い破り、突き破り、緑色の殺意が今にも殺到せんとする様は、それまでの焼き直しを予感させる。
「おいらが指差す先に──“ひのこ”!」
「しゅーみっ!!」
だが、それまでと異なる点がひとつ。
呼吸を整え、頭を冷やし、視界を広げた少年には、他の誰にも知覚できないものが
たかが9日、されど9日。
初めて出会ってから現在に至るまでの冒険や戦いの中で、ウェボムは十分、己の主が信頼に足る人物だと認めていた。
ならば、彼の命令を汲み取る事に、何の躊躇いがあるだろうか。
リクのピンと張った人差し指が指し示す先へと、寸分違わず火球が駆ける。
フカシオの展開するサイコパワーの壁を、こちら側から“すりぬけ”て、今にも壁を破ってきそうな“はなふぶき”の、ある1点へと吸い込まれたそれは。
──ッパァン!
「……!(“はなふぶき”が四散した?
「……へェ?」
「よっしゃ、予想通り!」
名無しの少年が、思っても見なかった事実に眉を上げながら目を見開く先。
ずっと向こうの戦場に意識を向けていた司祭が、微かに眼球を動かす先。
そしてリクが、目論見が当たった事をガッツポーズで示した、その目線の先。
“ひのこ”の小さな火球が、蠢く葉の海へと消えた次の瞬間、これまた小さな爆発音を伴って火球が炸裂する。
葉っぱの群れたちに潜り込んで炸裂した“ひのこ”は、発破の際の勢いで以て、“はなふぶき”を内側から掻き回し、散り散りに吹き飛ばしていた。
「一体、何をした? あのわざは、フカシオでも押し留めるのがやっとの筈だったのに」
「簡単さ。おいらは鼻がよくてな。あのわざはバカみたいな物量で押してくるけど、その分、わざの中心部分──
「よくやる……。あれだけ大量の葉が渦巻いている中から、わざの核を正確に見出して、なおかつ正確に撃ち抜くなんて、曲芸同然だぞ」
「確かに、さっきまでのおいらじゃ無理だったさ」
己の成果を誇るように、指の背で鼻を擦る。
強敵を前にした恐怖や脅威、別の戦場にいるソラを慮るが故の焦燥、そしてルスティカ博士たちを傷つけられた事への怒り。
それらの感情がごちゃ混ぜになって、それまでのリクから冷静さを奪い、彼の長所たる嗅覚さえをも鈍らせていた。
けれども窮地は、彼に死中の活を見出させた。
「けど、アネキの言葉を思い出したからな。パニクらずに考える。できない事は考えないで、できる事、見える事だけを考える。1回頭を冷やしたからこそ、さっきまで気付けなかったわざの核にも、気付く事ができたんだ」
「むっきゅ!」
「ああ、分かってるさ。ウェボムがおいらの指示を汲んで、正確に当ててくれたからこそ──ウェボムならそうしてくれると、そう信頼したからこそ成功したんだ。そこも含めて、パニクってちゃ思いつけなかった事だな」
自分のおかげでもあるんだぞ、と脚を振り上げて主張するウェボム。
そんな彼女の声に笑いつつも、それを肯定してやり、リクは今一度、眼前へと意識を向け直した。
これまでそういう経験が無かったのか、ロゼリアは自身の大技が跳ね除けられた事に、うっすらと動揺を見せている。
対して、屋根の上に座るヴォイド団の幹部は、仮面越しの目線だけをリクに向け、嘲るように鼻を鳴らした。
「頭を冷やした。考えた。それに、信頼した……ですかァ。そんな精神論、根性論で、
「さーな。でも、それがおいらの戦い方さ」
嘲りを意にも介さず、ニカリと笑う。
相手がこちらを見ようとしていなくとも関係無い。
自分は今、不敵に笑えている。その事実こそが重要なのだ。
「ソラは理屈で考えすぎず、バカになって戦うなんて言ってたが、おいらは元っからバカだ。なら、バカはバカなりに、自分の
「……本当に、馬鹿馬鹿しいですねェ」
それだけを吐き捨てて、男の目は再び、ナミノルロスの暴れている戦場の方を向く。
暴走するオヤブンは、町の方から走ってきたマハルドードリオと交戦している真っ最中だった。
先ほどの轟音──“ウェーブタックル”によって粗方薙ぎ払われたのか、ナミノルロスの周囲を駆け回っていた神官たちや、
“にほんばれ”の効力が切れ、周囲を夜闇が覆っているが故に、彼女たちが生きているのか死んでいるのかを視認する事は難しい。
だが、男にとって重要なのは、より多くの命を“ヨミの神”へと捧げる事。
先の攻撃で死んだならそれで善し。生きていたとしても、彼女たちに最早できる事は無いのだから、彼の関心がそこに向けられる事は無い。
そしてそれは、この場においても同様だ。
司祭の男にとってのリクたちは、「さっさと死ねばいいのに抵抗してくる邪魔な羽虫」でしかない。
故にこそ、彼はリクたちを本気で排除する事は無い。
故にこそ、そこに付け入る隙があるのだ。
「なぁ。フカシオの“どく”は大丈夫か?」
「何度も同じ事を言わせるな。この程度の“どく”で、早々に殺される訳が無い」
「なら、そいつの“ねんりき”であいつを倒せるか?」
「……五分五分だな。“じゃくてんほけん”も今は
「分かった、おいらとウェボムで隙を作る。あんたらは体力を温存しといてくれ」
「ああ。……頼むぞ」
具体的な手段についての相談をする必要は無い。
付き合いこそ半日にも満たない関係だが、名無しの少年が優れたトレーナーである事は明白だ。
ならば、こちらの意図を汲み取れず失敗するかも、なんて不安は考えるだけ無駄な事。
リクはただ、彼の実力とアドリブを信じて突っ走るだけでいい。
「ウェボム!」
「むしゅ!」
「勝つ為のアイデアがある。けど、それをするには、あんたにめちゃくちゃ頑張ってもらう必要がある」
「しゅー?」
「正直、無茶っていうか無茶苦茶な案なのは分かってる。でも、
頭を冷やし、かつての姉の言葉を思い出す内、もうひとつ思い出した事がある。
今日の昼前、ソラとシェラの
彼女たちの戦いを見て、ソラのニャースは確かにこう言っていた。
──恐らくは、びぃタロさまの
「あんたは、アネキの師匠がおいらたちにって選んだポケモンだ。ソラの
「きゅ……?」
「理屈どうこうじゃない。ウェボム、おいらがあんたを信じてる。あんたはすげぇ奴だって、何よりおいらが信じてる! だから、あんたならきっとできる!」
「……! むっ、きゅーっ!!」
トレーナーから向けられる、全幅の信頼。
それに応えず尻込みするようでは、相棒の名が廃る。
カチカチと牙を鳴らし、火花を散らして奮起する。
リクからは彼女の後ろ姿しか見えないが、それでも彼女が奮い立っているのはよく分かった。
勝機を見出すには、それだけで十分だ。
「よーっし、行くぞ! ウェボム!」
「むきゅっしゅーっ!」
「やァれやれ……茶番を聞かされる側にもなってほしいものですねェ」
冷笑、嘲笑、或いは唾棄。
どれにせよ、男はリクたちに対する侮蔑の情を隠す様子も無く、心底面倒くさいと言わんばかりに溜め息をついた。
どうせ、
マハルドードリオが落ちれば、こんな木っ端な田舎の町如き、藁の家の如く蹂躙し、灰燼とする事ができる。
そうでなくとも、今頃“死出の森”の近くでは、秘薬の散布が行われている筈だ。
森の凶暴なポケモンたちによる
ウツシタウンにも、そこに住む人やポケモンにも、そしてこの場の面々にも、最早残されている時間など無い。
すべてが死に絶え、その命を“ヨミの神”へと捧げる。そうして、こんな田舎での退屈な実験は終わりを告げる。
男にとって重要なのは、オヤブンナミノルロスのデータ収集だけ。
故に、彼の視線は、常に向こうの戦場へと向けられるべきものだった。
「ロゼリアさん、そろそろ静かにさせてくださァい」
「ろぜりィ……!」
男の言葉を浴びて、ロゼリアが両手を振るい、わざの葉を浮かび上がらせる。
その顔には微かな苛立ちが張り付いていて、己の大技を破られた事への怒りが隠し切れていない。
対して、リクは名無しの少年とフカシオを庇うように前へ出る。
彼に背を押されるようにして、ウェボムが更にその前へと飛び出した。
(チャンスは一瞬! 相手がわざを繰り出すよりも先に──!)
「ぜェるゥ……ッ!!」
リクが指を指し切るよりも早く、ロゼリアが両手を振り上げる。
既に出力され切っていた葉の刃たちが、今にもいばらポケモンの号令を受けようとして──
──ドォォォンッ!!
それは、紛う事無き雷鳴だった。
彼らにとっては何の前触れもなく、突如として1番エリアに降った一条の雷。
それはリクたちのいる地点から離れた場所に落ちて、激しい轟音と、目を焼く閃光をもたらした。
ほんの一瞬、夜の闇を消し去るほどの強い光。思考の一切を吹き飛ばす音。
誰もが予期しなかったそれらは、ソラの向かった先──オヤブンナミノルロスが暴れている戦場の側で起きたものだった。
「な、に……!?(今のは、まさか──ッ、そうか!)」
名無しの少年は、目線だけをそちらに動かし、そして驚愕を堪え切れなかった。
彼の目は、夜闇と閃光の切り替わる刹那と刹那の間であっても、遠く離れた
「……!」
「ぜるッ……!?」
最初から向こう側を観測していた幹部の男は、何が起きたのかを十分に理解していた。
理解したからこそ、彼は初めて、仮面の奥の目を僅かに見開いた。
ロゼリアは、この場で最も強い驚きを露わとしていた。
突如としてもたらされた音と光に、思わずそちらを向いてしまい、わざの出だしが明確に崩れ、遅れた。
そして、リク。
誰もが反応せざるを得なかった雷鳴雷光を横顔に受けて──彼は。
「今だっ──ぶちかませ!」
「むーっしゅ!!」
動揺するな。必要な事を考え、素早く判断しろ。
姉の教えに後押しされた彼に、迷いは無い。
雷鳴を一瞥すらする事なく、彼の指先は、ロゼリアの土手っ腹ど真ん中を射抜いていた。
彼の指し示す一点を、ウェボムもまた狙い撃つ。
カチカチと打ち付けられた牙と牙とが、新たな種火を生み出して。
「“
果たしてほのおグモポケモンは、その