聖職者の獣の声と脚が好き。
「………。」
人の手の無き自然はこうも手強いものか。服装からして場違いである事に違いない自身にとって、この当ての無い道のりはまさに悪夢である。
「……。」
あれからもう3日である。干し肉はとうの昔に尽き、朝露と小川の水で喉を潤し、キノコと虫で飢えを凌ぐ。
しかし不思議と悪い気はしないのだ。この飢えが、この生きる為の全てが、この世界の現実性を高め、解放されたと言う実感として感じる事が出来るのだ。
だが思うこともある。あの男、カハサムの服装であれば幾許かはマシなのであろうと。だが、ここは現実。やはり彼女の言う通りだ、死体漁りはとても感心出来るものではない。
……結局は食料と、少しばかりの道具を頂戴し、盾で軽く穴を掘って埋葬し、そこに彼の武器を建てた、良い武器ではあるが、今の自身には使いきれない。
…実の所地図を手に入れたのだが、全くもって、自身の居場所がわからなかったので腐ってしまっている。
それにいくらでも入ったポーチは、今となっては見かけ通りの容積しかないのだ。
「………ッ。」
気持ちが早る。4回目の夜であるが慣れることはない。そもして3回目までは同じ洞窟での野宿だ、早く人か、あるいはその痕跡を見つけ無ければ。
今、自身は限りなく弱い。
血の意思も、啓蒙も、それによって得た力も何もかもが今は無い。
…仮に感じ取れなくなっているだけだとしても、そこにあると言う事を観測できなければ、果たしてそれはあると言えるのだろうか?
「………ッ!!」
これは…人!?声を掛けるべきか?…否、狂人である可能性は否定できない。それにここで無闇に音を立てれば、怪物を呼び寄せる事に繋がりかねない。
慎重な姿勢を崩してはいけない。まずは観察を…。
「………?」
……女…だと?カハサムとはまた違う。かなり整った服装、まるで調査隊員とも言うべき姿。
……声を掛けてみるか。
…もし、唐突に失礼する、貴女よ。
「………え”?……貴方誰です!?」
誰?…不味い。誰だと?……自身は果たして…誰なのだ?……いや待て、ここで思案に耽っていては怪しまれてしまう。…ここは、そうだ。
「かりうど?…あ〜、ハンターさんですか!しかしながらその武器は…片手……け…ん。……もう片方は……?どう言えばいいんですかね??」
カハサムの反応からは察していたが……。やはり仕掛け武器の存在はないと言って良いだろう……。銃すらもとは思わなかったが。
「じゅう?聞いた感じ凄く小さいボウガン見たいですね。それに仕掛け武器?あっ、もしかして自前の武器ですか!?それなら納得です!未開の地から来たハンターさんにはよくある事らしいですし。」
なんとか通った様だ。…早速だが、此処で本題に入らせてもらおう。
「え?偶然ですね!私も遭難してるんですよ!」
なんと言う事だ。果たして夜を越えられるのだろうか。
………
……
…
未だ若く、麗しき乙女と共に寝ずの一晩を過ごしたと聞けば、羨望と、嫉妬と、幾らかの誤解を得るだろう。
怪物が徘徊する森にて両者共に遭難し、眠る事など決して出来ないとくれば、驚愕と同情を得るだろう。
「さて、朝を迎えた訳ですが、ハンターさんの地図のおかげで場所は把握しています!そしてここからですと、私の目的地であるこの村の方が近いので、ここを目指します!もしかすれば先に本隊が着いていて合流できるかもしれません!」
それは良かった。
…我ながらに字が読めない、地図も読めない、服装も場違い、それなのにこんなところにいる。怪しい要素しかないものをよく信用できるものだ。
「ハンターさんですから。」で済まされてしまう。どうやらハンターとは余程な職のようだ。……まるであの夢に聞いた、狩人と言う存在が生まれた時代の様に。
「それにしても方向音痴でよくハンターになれましたよね。やはり、よっぽど腕が立つんじゃないんですか?」
獣狩りの夜を過ごして来たのだ。それによりにもよって地図を無くした貴女に言われたくはない。
「ぐぬぬ…それは、大体三日前くらいに目的地を目指して街から出たんですよ、ほら、ここです。ざっとあの方角ですね。それで早々にモンスターの襲撃を受けてしまって、それで離れ離れになっちゃって…。」
それは…一波乱あったに違いない。
「私達もその手の荒事は回避できる様よく経験を積んだと認識していたのですが…。まだまだですね。」
しかしそのおかげで今がある。どう転ぶかはわからぬものだ。
「それは確かにですね。…それにしてもハンターさんの話からは発狂だの、獣の病だの、獣狩りの夜?なんだの。ハンターさん、その武器もそうですけど、もしかしてギルドも知らないような辺境から来てません?」
確かに、ヤーナムは辺境の古き医療都市ではある。…私の出身地はそことも違うが。
「やーなむ?やっぱり聞き覚えがないですね。…それも仕方ありませんけどね、世界地図なんて穴だらけ過ぎて笑える程ですから、そして!それを埋めるのも私たちの役目です!」
お陰で自身の出身を誤魔化せたのは助かった。
「でもう〜ん、あ!!そうだモンスター!ハンターさんの土地に生息してるモンスターってどんな感じでしたか!?やっぱりリオレウスとかいますかね?」
りおれうす?…独特な言い回しであるが、う〜む。獣の中でも強大な存在と言えば、
「…なんか、すごい独特な言い回しですね。しかし聞いたことが無いです。………あっ。あああ!!!道ですよ!!ハンターさん!みち!!」
おぉお!…苦節、既に日は傾きかけたこの状況に置いて、それはとても素晴らしき朗報であろうか。
喜びに沸き立つ自身がいる。久方ぶりの暖かき人の営みを見、感じる事に。
「……おかしいですね。村に近づいているはずなのに、全くもって人気が感じられません。」
それは既視感。慣れる程に慣れた、慣れるべきにあらずそれ。なんと言う事だ、悪夢から逃れることは……
「……ッ。これは…。」
何処か期待していたのだ。…その門を潜る、それまでは。
………
……
…
「…ひどい……。………ッ!…ハンターさん、これを。」
ハッとした様な表情を浮かべたかと思えば、それは瞬時に顔を顰め、私に何か…これはマスクであろうか?
「…私の予想が正しければ、これは一大事です。ハンターさんのマスクでは厚さに不安が残ります。これは予備ですとにかくつけてください。」
そう言う彼女は既にマスクを装着する。顔の半分以上が隠れても尚、その深刻な表情は隠し切れてはいなかった。
それは限りない破壊と虐殺の痕跡。
新鮮たる死臭に塗れ、周囲に漂う黒い瘴気は何処か悼ましく。
生存者は果たしてはおらず。
「………ッ!?こ…これは!?隊長!?…そんな…。そんな……ッ!」
…辛うじて、彼女と同じ服装と判別出来るそれを拾い上げる。隊長ということは、隊員も恐らくは居たのだろう。今となっては住人諸共、判別すら付くことは難しいであろうが。
何があったかなど、知らずとも分かる。足元に転がる黒い破片、恐らくは誰かが何かに対して一矢報いたであろうそれは、微かながらに赤みを帯びていた。
彼女は隊長と呼ばれた者の骸から、何かバッチの様なものを持ち出し目を瞑り細く言葉を紡ぐ。
「今までありがとうございました。…全ては私が引き継ぎます。命に変えても、抑えて見せます。」
獣に食われたと言うわけではない、人の手など考える由もない。それはまるでひしゃげ、ただ膨大な暴力をぶつけられただけ。
aAaaaA!?
沈む日とはまた逆に、闇に沈む森の奥より、酷く聞き覚えのある声がする。
「……ゲリョス!?…酷い損傷を受けている…。しかし傷口は鋭利で。まさか人間の仕業?…もしやハンターさん!?」
なるほどゲリョスの呼ばれているのか。しかし貴女の観察力は目を見張るものがある。
…遭難中に出くわしたのだ。もう1人居たのだが、自身を庇って死んでしまった。
…しかし貴女よ、大丈夫であるか。
「そう…ですか…。…はい、すみません、迷惑をかけて。…大丈夫とは言えませんがそんなこと言っていられません。これは……仕事柄覚悟しなければならなかったこと…。」
……。
「……私は周辺の調査に向かいます。……危険は承知です。ですが…これはここで、なんとしてでもここで食い止めなければならないのです。」
それは半ば自身に言い聞かせる様。しかしそれを踏まえても、なんと言う気迫、なんと言う覚悟。
…なんと眩しい事か。……なれば、荒事は自分の役目である。
Gya?GYorrrr……
不意に、ゲリョスが倒れ込んだ。また死に真似であろうか?こうも堂々とされるとは、舐められたものだ。
「…… ありがとうございます!…ん?急に……これは!?死に真似ではありません!」
〜〜〜〜ッ!!!!
とても奇妙で、禍々しく、それでいて凄まじく
「発症!これは狂竜化モンスター………ッ!」
留意事項が増えただけだ。心配することはない。
「…!頼もしい限りです!ですがハンターさん、狂竜化モンスターの攻撃を受けてしまうと、貴方も狂竜症を発症してしまいます。どうか、お気を付けて。」
GyrAaAaaaA?!
喉元の傷、破壊されたトサカ、やはり間違いない、あの時の毒怪鳥。
しかしながらその容態は様変わり。
立ち込めるは黒い瘴気。
残る瞳は赤紫に発光し、だらしなく垂れ続ける涎はドス黒い。
体色もさらに毒々しく、致命の喉傷からは今尚紫に変色した血液が流失する。
Aoッ!Aoッ!Aoッ!
もはや打ち付けるトサカもないというのに、まるで未だあるかの如く首を振る。
しかもその目線はこちらに在らず明日を睨み、居もいしない相手に、ありもしない攻撃を繰り出す様は、滑稽と言わざるをえず。
Gyrarrrrarc!?!
当てやすい事この上ない。
……狂竜……果たしてこの怪物には何が見えているのか。成る程確かに、これは啓蒙を高めた故に発狂してしまった狂人の様だ。
発症したと言う事はとどのつまり病の様なものなのだろう。
因果とは誠に不思議な事で、私は未だ輪を廻っているのだろうか?
GyrAaArrrrrrrrraaaA?!
ごしゃっ
黒の中に白がある。更なる巨体に押しつぶされ、見たところ体高が二分の一になってしまったゲリョスを見、そして黒衣を纏った白を見る。
Gooaoourrrraooo…………
それは呻いていた。確かに呻めき、己の肉体を掻き毟ろうと踠きしかし出来ずにただ震えるばかり。
一眼見たところはただただ中途半端と言う言葉に尽きる。
闇に同化する黒衣を纏い、瞳は在らずして触覚の様なものがそこには納められている。見るからに頑強で、攻撃的な形状の外殻でその身を包む。そして脚は六本…いや、これは翼が脚の様に振る舞っているのか?
しかしこれは一方から見た場合の印象であり、その反面目を向ければ純白の外殻が見え隠れし、脚と振る舞う翼…言わば翼脚と言うべきそれはまさに成り掛けと言うべき半端さで、白と黒が入り乱れる。
GooArrrrra………
異形の半顔がこちらを覗く。伽藍堂の眼孔は何も写すことはない。
成れなかったモノがいる。ただ運の悪きこと故に生きる事は許されず、しかし死ぬ事を許容できず、ただ帰る事も叶わない。
龍には届かず、竜には戻れない。最早絶望する事のみ許され、輪から逸れた哀れなリュウ。
………
……
…
「誰か、生存者は……ッ!」
いないと分かっていても探さずには居られない。なんとしてでも情報を得なければ合わせる顔がない。
「誰かッ!?ぁぐっ!…進行が早い……凄まじい濃度、きっと本体が近くにいる。」
思うは異邦のハンター。知らない装備に身を包み、知らない武器で武装する。話し方は丁寧ではあるがそれに似合わずして、行動は…その、すこしお茶目?
「…ふふ。不思議な人だな……。もっとお話聞きたいな。」
彼の言葉からは図鑑にも、教科書にも、偉大な先輩方からだって聞いたことがない様な言葉ばかり。
「…しっかりしろ!私!……。」
精神を研ぎ澄ます。誰か、誰かいないのか。浅い呼吸音すら見逃さない………ッ!
「今助けます!!」
崩壊した家屋に近づき死に物狂いで障害物をどければ、恐らくは偶然出来たであろう空間に、人がいた。まだ辛うじて生きている人が。
「……あぁ…。まだ生きてる人が…頼む、頼む。」
「今は喋らないで!今出しますから!」
「…辞めてくれ、それよりもこれを…。」
「辞めてくれって…そんなの!!」
何を言い出すかと思えば、自分を見捨てろなどと言う目の前の男。
差し出された物は受け取れない。なんとしてでも助けなければ…!
「それは貴方のです!まだ誰かに託すべきものじゃ無いんです!後生大切に持っていくためにも大人しくしていてください!」
「辞めてくれ…あんただってわかってるんだろ…足は潰れてるし、何より…寒いんだ。もう何も感じられない、もうなにもわからないんだ。」
「………ッ。」
「俺が喋っていられるのは、多分これのおかげだ、お前さんにこれを託す、俺にはもう、過ぎたものだ。」
手に待たされたのは護石。ハンターがよく使う装備品だが、自身が見て来たそれとはかなり違う…。果たしてこの様な、記号の様な物が刻んであったのだろうか?
「やっぱりな……。なあ、あんた、頼む、燃やしてくれ。」
「………。」
「燃やしてくれ……こ、ここから東に…火薬が…。」
「…はい、燃やします。ですから、安心して下さい。」
辛うじて動く片手を包み、努めて優しく語りかける。
「う……ありが……とう…な。」
「………。」
……この護石の力は本物だ、力が漲るのがよくわかる。
「ハンターさんに届けないと…。」
自分よりも持つべき人がいるならば、早急に行動しなければ…!
………また、託された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
文字の刻まれた護石 【命】
集まっているとも、広がっているとも見て取れるそれは生命の本質であり、使用者に生きるという事を刻みつけている。
願わくば死の無き様に。ああ、生きることのなんと素晴らしきことか。
おそらく元気。