私のプロデューサーは、嘘ばかり吐いている。   作:しゅないだー

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#2 「ラーメン、パフェ、小さな約束」

 

 

 油で鈍い光沢を放つテーブルの向かい側から、何が可笑しいのか薄ら笑いを貼り付けながらプロデューサーはメニュー表を手渡してくる。飾り気こそないがこってりとしたラーメンを初めとした炒飯、餃子の写真に手毬は思わず生唾を飲み込んだ。

 

「という訳で、懇親会です」

 

「……レッスンは?」

 

「そんな焦っても仕方無いって」

 

 いよいよ活動開始だと息巻いていた手毬がプロデューサーに連れ出されたのは、初星学園から程近い中華料理屋だった。店構えは如何にも古き良き街中華といった具合で、店内のメニューもそれに相違なく、ランチタイムを外しているからか人も少ない。でも昼食を抜いた身体に、店内を満たす香ばしい匂いは毒だった。

 お腹は空いて苛々するしこってりとした食事が好きな自分を見透かされているようで、なんだか癪なので大きな声で詰ってやる。

 

「それにしても女性を食事に誘うのにこんな汚い店を選ぶなんて、プロデューサーってセンスないんですね」

 

「聞こえる聞こえる、おじさーん! 俺はここ大好きだからー! こういう店って汚けりゃ汚いほど美味いよねー!」

 

 厨房から飛んでくる「汚いと思ってるんじゃねえか!」という怒声に肩を竦めながらプロデューサーはクラッチバッグを開いた。

 

「とりあえずはレッスン方針、こんな感じで考えてるんだけど」

 

 そう言いながら彼が広げた資料に目を通す。

 見やすい。

 ちゃらちゃらしていて見た目と口先だけの男のように見えるけど、何だかんだで最低限の実務はこなせるようだ。まあ、最低限でも困るけど。私のプロデューサーなんだから。

 そんな事をぼんやりと考えながら手毬はぱらぱらとページを捲る。

 

「ダンスレッスンと基礎練……というか体力作りが多いですね。トレーナーが優先的に付いてくれるにしても、全体的な練習量は前と変わってない気がするんだけど。それに随分偏りがありますね」

 

 暗に自分の強みである歌唱のレッスンが減らされているのはどういうつもりだ、と睨み付ける。

 

「月村さん、今の時点で十二分に歌上手いもん。もうユニットじゃなくてソロなんだから今まで苦手だった所を底上げしていった方が全体のパフォーマンスとしては良くなると思うよ」

 

「その言い方、私がまるであの2人にフォローされてたみたいなんだけど」

 

秦谷美鈴(はたやみすず)さんと賀陽燐羽(かやりんは)さんだっけ? まあフォローというよりは得意分野の分担かなあ」

 

 惚けた顔で呟く彼に溜め息を吐く。短い付き合いではあるが、この調子の時のプロデューサーに何か言っても無駄だという事を手毬は理解し始めていた。

 

「……納得はしてないけど一旦置いとく。それとこの資料、今後の目標が書いてない。そこをちゃんと決めないと、組んだ意味が無いんだけど」

 

 プロデューサーがどれだけ立派な言葉を吐こうと私が評価するのは立てた目標、それをどれだけ達成できたか。組んでも結果が出ないなら、それはただの馴れ合い。意味が無い。

 手毬はそう考えていた。

 

「その辺りは飯食いながら話そうよ。またお昼サラダとかで済ませたんじゃないの、腹減ってるんでしょ? そわそわしてるし」

 

「べ、別にしてません。それに今日は昼食は食べてないし」

 

「……なんで?」

 

 ずっとへらへらしたような浮ついた調子だったのに、その一言だけ底冷えのする程に冷たくて、思わず顔が引き攣るのを手毬は感じた。

 

「だって今日は午前中レッスンしてないから、運動してないのに食べてたら、その……」

 

 口篭る手毬を見て、不味いと思ったのか少し慌てた様子でプロデューサーはまた元の調子に戻った。

 

「まあ俺の奢りだからさ、とりあえず月村さんの好きな物教えてほしいな」

 

「ほ、本当に? 好きな物言っていいの?」

 

「本当本当、なんなら先に俺が好きな物教えてあげようか?」

 

「それは別にどうでもいいです」

 

 未だかつてない程に手毬は真剣な表情でメニューを吟味する。お腹は十分空いている、ここは変に捻らずに定番を攻めていくべきと彼女は結論付けた。

 

「じゃあ……ラーメン大盛りとニンニクたっぷり餃子、海老炒飯に杏仁豆腐!」

 

 子供のように顔を輝かせて好きな料理を発表する手毬を、聖母のような微笑みで眺めながらメモを取るとプロデューサーは店員を呼んだ。

 

「ラーメン2つ、並で」

 

「……? え、今のメモ、なに? 私の注文は……?」

 

「ん? ああ、ドヤえもん描いてた。上手くない?」

 

 良い笑顔でメモ帳に描いた落書きを見せてくるプロデューサーに目眩がする。

 事態を理解できないまま、手毬は威勢の良い返事と共に去っていく店員を呆然と眺めていた。お冷を一口含むと、彼はにやけ笑いと共に言い放つ。

 

「考えてみてほしいんだけど、アイドルが躊躇無くニンニクたっぷり餃子は駄目でしょ」

 

「でも、でも奢るって言った!」

 

「ラーメンは奢るよ、それとは別に好きな物を教えてって言っただけ」

 

「ぎぎぎぎ……!」

 

 凡そアイドルどころか年頃の女の子が出してはいけない音を出しながら歯軋りする手毬に、俺も本当は辛くてたまらないんだよという顔をしながらプロデューサーは口を開く。

 

「俺だってただ月村さんに意地悪しようって訳じゃなくてさ、気付いて欲しかったんだよね。最近調子があまり良くない理由、聞きたくない?」

 

 その言葉に手毬は顔を上げた。

 

「それは、まあ、聞きたいですけど」

 

「まあ持って回った言い方をすれば、月村さんの身体は中等部から進化を遂げている訳。けど現状それについていけてないから、パフォーマンスが落ちてるんじゃないかなって」

 

「よく分からないです、もっとはっきり言ってください。何が私のパフォーマンスを落としているんですか?」

 

 手毬がそう身を乗り出して問い詰めると、プロデューサーは芝居がかった動作で腕を組み溜め息を吐いた。いちいち態度がわざとらしくてムカつく。

 

「言いたくないんだよな、言ったら絶対怒るもん」

 

「怒らないです、どんな言葉だって受け入れてみせます。それが私の目標達成(トップアイドル)に繋がるなら」

 

 そう胸に手を当てる手毬を何とも言えない表情で眺めながらぽつりと呟いた。

 

「月村さんさ、太ったんだよね」

 

「……」

 

 青ざめた顔で口を金魚のようにぱくぱくとさせる手毬をあえて見ないようにしているのか、目を瞑って頷きながら残酷な事実を突き付ける。

 

「ざっくり5kgって所かな、目測だけど」

 

「……」

 

「身長はそんなに変わってないのにそれだけ増えたら、そりゃ動きも鈍るし」

 

「……」

 

「筋肉が増えてるなら良いんだけどね、そういう訳じゃなくて脂肪だからさあ」

 

「デ、デリカシーとかないわけ!?!? あ、分かった! 冗談なんでしょ!? いつもみたいに『まあ、冗談なんですけども』とか言うんでしょ!? 本当につまらないから!」

 

 たまらず言葉を挟んだ手毬に対して、プロデューサーはそれ見た事かという表情で応えた。

 

「冗談では、ないです」

 

「冗談って言ってよぉ……」

 

 泣きが入る手毬を慰めるようにプロデューサーはそっと肩に手を置く。

 

「ほら怒るじゃん」

 

「当たり前です! 最っ低……! っていうかその仕草で慰めてくれない事あります!?」

 

「お、ラーメン来たよ」

 

 顔を真っ赤にして今にも殴りかかってきそうな手毬を制しながら、プロデューサーは料理を運んできた店員に顔を向ける。傍目から見れば何の修羅場か、と言いたくなるような惨状を目にしながらも店員は一言も発さず去っていった。どちらかと言えば関わりたくないのだろうなと手毬は思った。

 

「じゃ、温かい内にどうぞ」

 

 湯気と共に鼻腔を擽る芳ばしさに怒りのボルテージが思わず下がる。脂の浮いたスープはさぞクリーミーで細めの麺によく絡むだろう。空腹の身体はすぐにでも丼に手を付けたがっていた。が、それを気合で押し殺す。

 

「ふん。私、食べないから。プロデューサーが2杯とも食べればいいんじゃない?」

 

 反抗の意思表示のつもりでそう顔を反らした手毬を全く慮る事なく、小気味良い音を立ててプロデューサーは箸を割ると麺を啜り始めた。

 

「あ、良いの? じゃあお言葉に甘えて食べちゃおっかな、やば、うま、チャーシュー柔らか」

 

「……やっぱり食べる」

 

 萎れた顔でラーメンに手を付ける。温かいスープと腰のある麺が喉を通る度、身体が喜ぶのを感じた。

 

 でも。

 食事制限までしてるのになんで体重が増えてるんだろう。ラーメンなんか食べてていいのかな。そんな不安で顔が曇る。

 それに気付いたのか、パーマのかかった髪をかき上げながらプロデューサーは箸を置いた。

 

「好きな物を好きなだけってのは難しいけどね、ラーメン1杯くらいなら俺は良いと思う。あと飯は抜いちゃ駄目だよ、その分1食当たりの脂肪の吸収量が増えるしストレスで過食気味になる」

 

「……そうなの?」

 

 胡椒をかけながら頷くと、にっこりと微笑んだ。俺の話を聞いてくれるなら間違いないから安心して、とでも言わんばかりに。

 

「朝昼晩ちゃんと食事のカロリーをきちんと計算して、レッスンと同時に身体を絞る意識を持って生活すれば……次の『初』には十分間に合うと思う」

 

 定期公演『初』。

 アイドル科の中でも成績上位者しかそのステージには立つ事ができない、駆け出しアイドルにとって登竜門とも言える舞台。

 中等部のアイドルコースでトップクラスの実力を誇っていたとはいえ、ソロアイドルとしてデビューする手毬にとって不足無い目標だった。

 

「だから朝昼晩と食べる物の写真を俺に送って欲しい、適宜アドバイスするからさ。外食する時もなるべくカロリー表示のある物を食べてもらって、意識付ける所から始めよっか」

 

「……意外とちゃんと考えてるんだ」

 

「俺はいつだってちゃんと考えてるよ、月村さんの事ならね」

 

 

 

 

 

 

 会計を済ませて店を出ると、日はだいぶ傾いていたがまだ夕暮れには程遠かった。正直言ってちょっと物足りない。でも自分の課題が見つかったなら、後はそれに全力で取り組むだけ。

 そう意気込みながら手毬は隣を歩くプロデューサーを見上げる。

 

「……あの、ご馳走様。そろそろ学園に戻ってレッスンでしょ?」

 

「いいや? 2軒目」

 

「2軒目!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる手毬に「冗談じゃないからね」とプロデューサーは可笑しそうに笑った。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 山の名前を冠するその喫茶店は、悲しいほどに閑古鳥が鳴いていた。店内を見回してみても客は自分達しかいない。

 プロデューサーが注文した山盛りのパフェを前にしながら、手毬は訝しげにスプーンでそれを突いている。

 

「……さっきあんな話をしたばかりなのに、ラーメンの後でこんな物まで食べていいんですか」

 

 そんな言葉とは裏腹に手毬は苺を躊躇無く頬張る。ヤケなどではなく、それが当然だと思わせるような凄味がそこにはあった。

 

「勿論良いよ。これを食べ終わったら月村さんは2度とラーメンもパフェも食べられない生活が待ってる訳だからさ、ウケるよね」

 

「えっ、えっ、さっきちゃんと計算したら良いって」

 

 からん、とスプーンを取り落とす。プロデューサーの顔からはあの薄ら笑いが消えていた。縋るようにじっと顔を見つめてみてもその表情は微塵も揺らがない。

 

「これからは3食を生野菜のサラダに置き換えてもらおうかな、プロデューサー権限で。カロリー計算もしなくて済むし」

 

「やだっ、やだっ」

 

 瞳に涙を溜めて必死に首を振る彼女を見て、堪えきれなくなったのか吹き出しながらプロデューサーは顔を覆った。

 

「まあ、冗談なんですけども。少しは俺の事も知ってもらいたいなって」

 

 ほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに怒りがむかむかと湧いてきた。冗談冗談って本当に1つも面白くないし。

 手毬が非難の声を上げようとした矢先、プロデューサーはぽつりと溢した。

 

「俺甘い物が好きでさ、とりわけこの店のパフェが気に入ってるんだ。週2で通ってる」

 

 その言葉に嘘偽りはないようで、スプーンを口に運ぶ度に舌鼓を打っていた。誰も座っていないカウンターを前にグラスを磨きながら店主らしき男が此方に小さく手を振っている。

 

「月村さんには一生とは言わないけど、これからラーメンをそれなりに我慢してもらう事になる。ただ俺もその間はここのパフェ食べないからさ、その代わりと言ってはなんだけども」

 

 そう言ってスプーンを置く。

 

「月初めは2人でラーメンを食べて、デザートにここのパフェを食べよう。約束ね」

 

「約束……」

 

「これは真剣に聞いてほしいんだけど約束は守るよ、俺。冗談ばっかり言うけどさ」

 

 冗談ばっかり言わないでほしい、と言っても無意味だと手毬は理解していた。けれどどうしても1つ納得がいかない事があった。

 

「私がラーメンを我慢するのは分かります。でも別に、プロデューサーは我慢しなくていいと思うけど」

 

「えー、でも担当が好きな物我慢するのにプロデューサーが好きな物好きなだけ食べてるのは格好悪いでしょ。それに月村さんは俺が食べたい物を好きなだけ食べてたら絶対文句言うから。賭けてもいいよ」

 

「そんな事ない!」

 

 まあ一蓮托生だからね、俺達。

 そう嘯くプロデューサーに、手毬はふと「この人はどうして私がいいんだろう」と小さな疑問が芽生えた。

 

「あ、でも減量できてなかったら勿論今の白紙だからさ」

 

「後出しでそういう事言うのズルくない!?」

 

「来月もちゃんと食べられるといいね」

 

 そんな事をのんびりと言いながらパフェを食べ進める。甘い物は元々好きだけど、何だかいつもより美味しい気がした。

 彼が前に食堂で言っていた「人と一緒に食べた方が美味しいんだよ」という言葉が一瞬頭を過ぎって、かき消すように首を振る。

 

 

 ラーメンとパフェ、どっちも好きだから我慢しなきゃいけないとはいえまた食べられるのは嬉しかった。でも、それよりも。

 自分と一緒にそれを我慢してくれる人がいるのは、なんだかとても心地が良かった。

 

 

 

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