私のプロデューサーは、嘘ばかり吐いている。   作:しゅないだー

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#3 「氷一つが溶けるまで」

 

 

 冷房のよく効いた部屋の中で、青年はグラスに注がれた麦茶に口を付けた。「お茶請けとかないんですか」と厚かましく言い放つ彼を、相対する女性は素っ気なく無視して尋ねる。

 

「最近調子はどうですか?」

 

「そうだな、昨夜家に帰ってからの記憶がないですね」

 

 その言葉に女性はじっと目の前に座る男の顔を見つめた。落ち着き払った表情が、彼に年齢以上の余裕を与えているように感じられる。だが細かい所作、少し上ずった声はまだ彼があどけない青年である事を示していた。

 

「顔が少しむくんでいますね。大方飲み過ぎたんでしょう」

 

 バレたか、と笑いながら眠たそうに目頭を押さえる彼に、呆れたような眼差しをぶつけながら「今日は面談だって言ってましたよね」と女性は呟いた。

 

「あさりちゃんはさあ」

 

「先生、ね」

 

「あさりちゃん先生はさあ、月村さんの事どう思います?」

 

 溜め息を吐くとあさりちゃん先生、根尾亜紗里はファイルをぱらぱらと捲った。初星学園のアイドル科生徒の情報がまとめてあるが、月村手毬についてはそんな物を見る必要はなかった。

 

「中等部トップは伊達ではないです。場慣れしていますし、とりわけ歌唱力はこの学園の外でも通用するでしょう。ただ、きみとはまた違った捻くれ方をしていますね」

 

 可愛い生徒を捻くれているなんて酷い、青年はそうわざとらしく嘆きながら両手を頬に当ててみせる。その仕草に冷ややかな視線で応えながら、彼女はいくつかの講義の名前を挙げた。

 

「今期の講義、プロデュース科制度の承認を得られるぎりぎりの成績をわざと(・・・)狙いましたね。出席も綱渡りですし」

 

「そりゃ手を抜ける所は抜いて、その分担当の為に時間割きたいじゃないですか」

 

 悪びれもせずにそう言う彼を亜紗里は咎める事ができなかった。

 

「君の事情は分かります。ですが、担当するアイドルも君自身も敵を作りやすいんですからなるべく真っ当な生活を心掛けてください」

 

 真っ当ね、そう青年は繰り返すと可笑しそうに笑う。

 

「お約束はできませんけど頑張ります。俺、約束って言葉嫌いなんですよね。守れるかどうかも分からないのに不誠実じゃないですか?」

 

「……本題に入りましょうか」

 

 担当する生徒が決まったプロデューサーに対して行われる、講師との1回目の面談。その目的は他でもない。

 担当するアイドルを、月村手毬をどうプロデュースしていくのか。

 具体的なプランに関してはプロデュース前にプレゼンを義務付けられているため、この面談は実際に組んでからの決意表明、ひいてはミスマッチを防ぐ為の審査の意味合いが強い。

 

 性格の不和などで破綻するならば、その傷はなるべく浅い内の方が良い。アイドルもプロデューサーも、この学園においては一生徒に過ぎないからだ。お互いを守る為のセーフティ、とも言える。

 

 それに対して特に緊張した様子も無く、青年は口を開いた。

 

「俺はね、時折見せる怠惰で食いしん坊で子供のような一面が本当の彼女だと思うんです。こんな事言ったら絶対キレられますけど」

 

 心底楽しそうにくっくと喉を鳴らしながら頬杖をつく。

 

「自分が夢見たアイドルに、トップアイドルになりたい。その願いに一途にストイックに努力し続けて生まれたのが、今の彼女。孤高で、クールで、一匹狼みたいな?」

 

 確かめるように、慎重に言葉を選ぶように、視線を宙に泳がせる。

 

「怠け者で色んな事を我慢できない自分でもできた。なら、他の人が私についてこられない筈がない。そうやって自分の努力を、他人にも求めずにはいられない。どうもそんな印象を受けるんです」

 

 淡々と述べるその表情には、いつもの薄ら笑いは一欠片も見えず。

 

「でも、そんな無理矢理作り上げた鎧で他人と向き合ってきたから。一皮剥けば月村さんの根っこは今でも子供のままなんじゃないかなって。いつまでも夢見る少女じゃいられないのに」

 

 そう呟く彼を、亜紗里は言葉を発する事なく見つめていた。

 

「だから俺は彼女の根っこを肯定してあげたいんです。それと同時に今まで培ってきた物を捨てなくてもいいんだよと伝えなきゃいけない」

 

 そんな彼の言葉はどこか、自分に言い聞かせているようにも彼女は思えた。

 

「じゃなきゃあの子、アイドル以前に人としてこのままじゃどん詰まりですよ」

 

 手毬の風説については亜紗里の耳にも入る所ではあった。

 お世辞にもそれは良い物とは言えず、尚且つそれが中等部での彼女の経歴を妬んで陥れようという訳でもない、とどのつまりシンプルに彼女の素行の悪さが原因であるのは亜紗里の頭を悩ませる事の1つだった。

 

 故に、そのスタンスは講師以前に人として亜紗里にとっても望ましい事のように思えた。ひとまずプロデューサーとしての活動を認められる事に、彼女は心の中でほっと胸を撫で下ろす。

 

「では1つだけ聞かせてください。どうして、月村手毬さんをプロデュースしようと?」

 

 数多いるアイドルの中で、なぜ彼女を選んだのか。

 今更そんな事を聞かれるとは思っていなかったのか、青年はその言葉に面食らっているようだった。落ち着かなさそうに足を組み替え、指を絡み合わせる仕草は良い言い訳を探す子供を思わせる。

 

「どうしてってそりゃ……俺、歌が上手い子がタイプなんですよ」

 

 随分上手な口説き文句ですね、と嫌味っぽく返す亜紗里にばつが悪くなったのか彼は慌てて話題を変えた。

 

「そんな事よりSNSとかバンバン使って露出を増やしたいなって。どう思います?」

 

「月村さんにSNSは賢明とは思えませんね」

 

「そこは上手いこと手綱握りますよ。歌も上手いけど月村さん、面白いし」

 

 軽口を投げ始めて自分の調子を取り戻したのか、青年の顔にまた薄ら笑いが貼り付く。

 作り上げた鎧で他人と向き合ってきたのは誰なんでしょうね、亜紗里は心中でそう独りごちた。

 

「彼女の築き上げてきたイメージが崩れるのでは?」

 

「崩れりゃいいんですよ、そんなもん。結局どういう方向性で行こうが、月村さんの武器は歌です。そこを外さなけりゃアイドル"月村手毬"は揺るがない」

 

 どこまで本気か嘘か分からないまま、ぺらぺらと口を回す青年の様子を見ながら何点かメモを取って亜紗里は口を開いた。

 

「最後に、秦谷美鈴(はたやみすず)さんをプロデュースしようと動いている生徒がいるのは知っていますか?」

 

 秦谷美鈴。

 中等部トップユニット『SyngUp!』のメンバーの1人で、月村手毬の旧友。ユニットの中で特に目立っていたのは月村手毬ではあったが、彼女のパフォーマンスもそれに引けを取らない。

 

「ああ、"主人公"くん? 眼鏡かけてきちっとした、いつもスーツ着てる1回生の彼でしょ」

 

「知ってたんですね。というか何ですか、その呼び方」

 

「入学と同時に学園長のお墨付きでプロデュース科制度の承認、そんな逸材今までいなかったでしょ。まるで主人公みたいじゃないですか、俺は好きですけど」

 

 プロデューサー科に入学したからといって、すぐにアイドルをプロデュースできる訳ではない。そこに至るには本来厳格な審査を受ける必要があり、彼の言う「主人公くん」は特例中の特例と言える。

 プロデューサー科の学生の中で良くも悪くも話題になるのは自明だろう。

 

「それよりそんな事、関係ない奴にぺらぺら喋っていいんですか」

 

「彼の希望ですよ。月村さんと秦谷さんの関係と、2人の性格を鑑みてとの事です」

 

「賢いな、心遣い痛み入りますって伝えといて下さい。今度可愛い後輩にコーヒーでも奢ってあげなきゃな」

 

 その言葉に目の前で使い古したノートに何か書き込んでいる青年が2回生で、入学当初は将来を嘱望されていた事を亜紗里は思い出した。

 

「ま、月村さんには伏せときます。絶対碌な事になる気がしないんで」

 

 もう面談は終わりでしょ、とグラスの麦茶を飲み干すと机の上に置いた。からん、と溶けた氷の鳴る音が静かな部屋に響く。

 

「月村さんには実力、それに裏打ちされた実績がありますからね。まあ身体を絞ってソロでもやっていける体力を作るのは第一として、後足りないのはメンタル面ですよ。難しい所ですけど、頑張ります」

 

 彼はそう言って、少し自信なさげに笑った。

 

「俺には月村さんを『初』の講堂に立たせられても、満員のドームには連れて行けませんからね」

 

 口ずさむように呟いて席を立ち上がると、膝の埃を払う。

 

「自信があるんだか、ないんだか。どちらにしても最低ですよ、きみ」

 

 言葉の強さとは裏腹に、亜紗里の声色はどこか目の前の青年を憐れんでいるようにも感じられた。

 

「奇遇っすね、俺もそう思ってます。気が合いますし今度飯でも行きません? 良い店知ってるんですよ」

 

 そんな気さらさらないでしょう、と背中に投げられた言葉を躱すように戯けた様子で彼は部屋を出て行く。

 

 

 まあ嘘吐きですからね、俺。

 そんな台詞を残して。

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 プロデューサーの提案に従って、ダンスレッスンが増えた。別に苦ではないけど、いや、少し苦しい。自分の中で劣っている部分を直視するのは。

 

 1,2,3,4。

 

 テンポを取りながら音楽に合わせてステップを踏む。昔はもっと機敏に動けていた気がする。ままならない身体に気持ちばかりが焦ってどうにも落ち着かない。

 そんな手毬の雑念を感じ取ったのか、トレーナーは少し厳しく窘める言葉と共に休憩を促す。身体を冷やさないように適温にしたドリンクを流し込むようにして、手毬は俯いた。

 

「やってる〜?」

 

 いつものアロハシャツに、暑くなってきたからか短パンで呑気にレッスン室に入ってくる様はまるで物見遊山だった。集中できていなかった所を見られたんじゃないかと思って、それを隠す為に目を逸らす。

 

「プロデューサー、何しに来たんですか?」

 

「愛しの担当アイドルがちゃんとやってるかなって、あとおやつの差し入れ」

 

 そう言うや否やプロデューサーは手早くドリンクを交換して、トレーナーと言葉を交わしていた。どこか真剣な横顔は滅多に自分に見せる事はない。私の前じゃいつもへらへらしてるのに。

 何だか少し胸の中がもやもやするのを変だな、と首を傾げているとプロデューサーが隣に腰掛けてきた。

 

「……おやつって何?」

 

「開けていいよ」

 

 そう言ってタッパーを渡された。何だろう、ケーキだったら嬉しいな。でもレッスンの途中だし手で食べられる物、ドーナツとかかも。

 そう手毬が期待に胸を膨らませながら開いた中には。

 

「胡瓜と人参と大根の野菜スティック。味噌マヨ付けて食うと美味いんだよね」

 

「だ、だだだ……騙した! 本当に最っ低!」

 

「何も騙してないって、大体レッスン中にがっつり甘い物とか持ってくる訳ないじゃん」

 

「ぎぎぎぎ……!」

 

 いらない、とそっぽを向く手毬を気遣う様子もなく「じゃあ俺が食べちゃお」とぼりぼり人参を齧り出したプロデューサーをトレーナーはドン引きした表情で眺めていた。

 

「トレーナーさんも食べます? 美味いっすよ」

 

「じゃあ1本貰おうか」

 

 プロデューサーは「よっこらしょ」だか何だか呟きながら身体を起こすと、タッパーをトレーナーに差し出してにこやかに談笑し始めた。

 

 む、美味い胡瓜だな。

 でしょ? 家の近くに良い八百屋があって。

 

 そんな感じのやり取りが聞こえてきて、自分だけ除け者にされてるみたいで何だか寂しくなってプロデューサーの方へそっと立ち上がる。

 

「寂しくなっちゃった?」

 

「は? そんな事ないけど、まあせっかくだし食べてあげてもいいかなって」

 

 にやけ笑いと共に差し出してきた野菜スティックを手毬は吟味した。

 

「……人参は嫌い」

 

 そう言って選んだ胡瓜にたっぷりと味噌マヨを付けて齧る。まあ、これはこれで案外悪くないかも。

 ぽりぽりと食べ続けながらふとプロデューサーの方を見る。彼はポケットから汚いノートを取り出すと、何か書き付けていた。

 

「それ、何書いてるの?」

 

「"人参NG"って。忘れたくない事はこうやってちゃんと書いてるんだよ、ほら」

 

 そう言ってプロデューサーは手毬にノートのあるページを開いてみせた。

 

 "月村さんと月初めにラーメンを食べて、デザートにパフェを食べる! "

 

 その一文の隣には赤ペンで『約束』と大きく書かれている。月村さんの事は全部覚えておかなきゃだからさ、そう言ってプロデューサーはまたノートに目を落とした。

 

「良くなってると思うよ、ダンス」

 

「……本当に? 冗談じゃない?」

 

「冗談じゃないよ、月村さんの事ずっと見てきてるから」

 

「その言い方、気持ち悪いよ。変態みたい」

 

 プロデューサーの言葉が本当か嘘か分からないけど、にやけそうになる口を必死に固く結んだ。別に嬉しい訳じゃないけど、まあ、悪い気はしないし。

 

「じゃあ今度はちゃんとしたおやつ、持ってきて」

 

「何食べたい? 言うだけ言ってみてよ」

 

「アイス食べたい」

 

「それは駄目でしょ」

 

 隣でトレーナーが真顔で頷いた。

 

 

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