私のプロデューサーは、嘘ばかり吐いている。   作:しゅないだー

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月村手毬とかいう女の水着を引くのに天井叩いてしまったんですけど、僕はどうすればいいんですかね


#4 「積み重ねるのは」

 

 

 レッスンを終えた後の火照った身体に、窓から教室へ抜ける風が心地良かった。疲労、というものが嫌いではなかった。口先だけの他人の言葉よりも、自分の努力を認めてくれるような気がするから。

 所詮、結果よりもそれを雄弁に語るものがないとしても。

 

「じゃこれで今日の予定は全部終了か、お疲れ様でした。気を付けて帰りなね」

 

「お疲れ様でした、明日もよろしくお願いします」

 

 ぱたん、とノートパソコンを閉じてプロデューサーが大きく欠伸をした。落ちかけた夕陽がしんと静まり返った教室を橙色に染めている。

 窓の外に広がる校庭には普通科の生徒達が部活動に励んでいる姿があって、もしアイドルになりたいと思わなかったら私は今どんな人生を歩んでいたんだろう? そんな取り留めもない疑問がふと手毬の頭を過ぎった。

 

「やっぱり少しだけ残ってもいいですか?」

 

「どうせちょっと事務処理やって帰るから別にいいけど、どうしたの」

 

「課題やって帰ろうと思って。寮に帰ってからだと集中できませんから」

 

 そう言いながらスクールバッグからテキストを取り出す手毬を、プロデューサーは不思議そうに眺めていた。

 

「……何? 気が散るんですけど」

 

「そういえば月村さんは高校生なんだなって、そりゃそうだ。どう? 学校楽しい?」

 

「そのお母さん目線みたいなの、やめてください」

 

 下らない事を楽しそうに話すプロデューサーを無視して数学のテキストにペンを回しながら向き合う。1,2問解いて手が止まった。

 英語はまだ分かる。英語の歌詞を歌う時も意味が分かった方が気持ちを乗せやすいし。でも数学とかアイドルにいらないでしょ。

 そう手毬が眉間に皺を寄せながら、証明の問題とにらめっこしていた時。

 

「浮かない顔してるね」

 

「……してませんけど」

 

 事務処理とやらをもう終えたのか、文庫本を片手にプロデューサーが薄ら笑いを向けてくる。カバーが掛けられていて何を読んでいるのか分からないけど、どうせ下らないものだろう。

 仕方ないから証明は飛ばして次の問題をやる。勉強は別に好きじゃないけど、何かに没頭する時間は好きだった。自分が自分である事を忘れられるような、そんな時間。

 

「まだ帰らないの?」

 

「うるさいな、私がいたら何かまずい事でもあるんですか!?」

 

 水を差してくるプロデューサーの指差す先、窓に目を向けて初めて気付く。気付けば教室の外は藍が差していて、校庭から生徒の姿は消えている。

 寮の門限も差し迫ってくる中、後回しにして手を付けていない問題がじろりとこちらを睨み付けてくるように手毬は感じた。

 

「……数学の課題で分からない所があって、最後まで自分で考えようとしたんだけど。分かりますか?」

 

 背に腹は替えられない、という言葉が手毬の頭を過る。

 

「気にせず聞いてくれればいいのに。俺が今まで月村さんを馬鹿にしたり、おちょくったりした事ある?」

 

「あるけど。それにプロデューサーって馬鹿っぽいし、聞いても意味無さそう」

 

 浮かれた大学生みたいな見た目だし、見てるこっちが痛くなりそうなくらいに開けられたピアスやイヤリングは御世辞にも自分のプロデューサーじゃなかったら関わりたくはない。なんかこう、繁華街のチンピラみたいで。

 でもこうしてアイドルをプロデュースできるって事はそれなりに成績優秀の筈だしな、そんな事を考えながら手毬は問題に目を通すプロデューサーを眺めていた。

 

「こう見えても入試、座学の成績1位だったんだよね」

 

 表情一つ変えずにそんな事を言うから、思わず吹き出してしまう。

 

「ぷっ。はいはい、どうせ冗談なんでしょ」

 

 まあね、とプロデューサーは気のない返事をしながらすらすらとペンを走らせた。数分後、彼が口笛交じりで渡してきたノートに目を通す。

 

 綺麗な字だな。

 

 お世辞抜きにそう感じた後、自分の子供のような字を思い返して少し恥ずかしくなったが顔には出さない。

 

「……まあ、多分合ってるんじゃないですか? プロデューサーって大学生ですよね、こんな高校生の数学くらいぱっと解いてもらわないと困ります」

 

 2回、3回と読み返してみたけど、恐らく合っている。何となく悔しくなって、そんな台詞を吐く手毬にプロデューサーはきょとんとした顔で答えた。

 

「え、大学生じゃないよ。実は三十過ぎの二児のパパでさ、ここ専門大学だから社会人も結構いるの知ってるでしょ?」

 

「えっ……え!?」

 

「うっそー、冗談に決まってるじゃん」

 

 また薄ら笑いを浮かべるプロデューサーに、手毬は青筋を立てながらそっぽを向いた。

 

「……ふん!」

 

 下らない嘘ばかり吐いて本当に何が面白いんだろう、ムカムカする。しかもたまに真顔で言うもんだから一瞬ドキッとするし。

 でも怒らない怒らない、私はいつだって冷静でクールなんだから。そう自分に言い聞かせながら手毬がテキストに答えを写し終えた時。

 

「さてと。答えだけ覚えても仕方ないでしょ、勉強のやり方教えてあげるから教科書出して」

 

「え? いや、答えだけで大丈夫です。結果が一番大事だし」

 

 そう答えてテキストをしまおうとすると、何故かプロデューサーの眉が一瞬寂しそうに下がったように手毬の目には映った。しかしそんな事は次の一言の前にはどうでも良かった。

 

「分かった、帰りにコーラ1本奢る。これでどう?」

 

「……今、コーラって言いましたよね。言いましたよね!? 嘘吐いたら許さないから」

 

 "──日の帰り、月村さんにコーラ1本奢る! "

 

 これでどうだ、とわざわざノートに書き込まれた約束を見せ付けられ、若干引きながらも手毬はそれを承諾した。

 勉強が好きな訳ではないけれど、赤点を取ってレッスンに支障が出るのも困る。利用できるものは何でも利用する、それだけの話。決してコーラに目が眩んだ訳ではないのだ。

 

「証明は例題解いてまず型覚えよっか、後は類題をそれに当てはめていく反復練習かな。頭でごちゃごちゃやっても覚えらんないから身体に染み付かせるんだよ、定期試験対策くらいならこれで十分」

 

「……こんなので本当にいいんですか?」

 

「こんなのでいいんだよ、ただ漠然と解くんじゃなくて型を覚えるのを意識しながらね」

 

 手毬が言われるがままに問題を解いている途中、「まあ俺の言葉なんて嘘ばかりだし、聞き流していいからさ」なんて頬杖をつきながらプロデューサーは嘯いた。

 勉強のやり方を教えてあげる、なんて吹くだけはあった。ただ問題を解くよりどこに気を配ればいいか考えながら解いている今の方がよく分かる。悔しいけど。

 

「結果が一番大事って月村さんは言ってたけどさ。過程も大事にしてあげてほしいな、特に数学は。途中まででも加点してもらえる事あるし、やっぱ積み重ねだよ」

 

 いつもの飄々とした立ち回りからしてみれば「終わり良ければ全て良くない?」とかプロデューサーは言いそうなものだから、少し変な感じがする。

 

「でも、アイドルは結果が全てです。それにアイドルにこんな証明とか因数分解とか必要ないし」

 

「まあ……そうかも。いや、月村さんはアイドルの前に学生でしょ」

 

 ペンで頬を掻きながら、プロデューサーがぽつりと呟く。それに合わせて耳から下がるイヤリングが僅かに揺れていた。

 

「もし月村さんがアイドルを辞めた時、そこに何も残ってないなんて事あっちゃ駄目だから」

 

 あんまりにも急に変な事を言うから、ついペンを置いてまじまじとその顔を見てしまった。何か良くないものでも食べたんじゃないよね、と心配になる。

 

「でも大丈夫、俺と組んでる時点でトップアイドルになる未来はすぐそこだからさ」

 

 何かを取り繕うように笑ってみせるプロデューサーになんだか無性に、いつもより腹が立って。

 

「違うよ、プロデューサー」

 

 大きく息を吸って、口角を少し上げて。瞬きの回数は少なめに、相手から目を逸らさずに。

 これが一番自信あるように見えて、はったりが利くから。そういう振る舞いは嫌というほど見せられている。

 

「私と組んだから貴方が『トップアイドルのプロデューサー』になれるんだけど?」

 

 この台詞に、嘘はなかった。冗談ばかり言って、何考えてるか分からなくても、それでも私に付いてきてくれるなら。

 

 一番高いところまで、連れていくから。

 

「それに辞めるとか下らない心配しないで。私はずっとアイドルだから」

 

 そう言ったら、貴方が本当に嬉しそうな顔をしたから。お気に入りの玩具を返してもらった子供みたいに。

 

「そもそもあんな啖呵切ったんだから、プロデューサーにも最後まで付き合ってもらわないと困ります」

 

 照れ隠しに手毬はそう続けながら目を逸らす。相変わらず何を考えているのかよく分からないけど、プロデューサーは一言だけ笑いながら呟いた。

 

「まあ、ね」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 校舎から出た時には、月の光が薄い雲を透かしていた。思っていたよりも遅くなっちゃったけど、課題は全部終わったし問題ない。

 そう、私は問題ないけどプロデューサーはどうなんだろう。どこに住んでるのか、誰と住んでるのか、私は何も知らない。

 まあどうせ聞いたって冗談ばかり言って本当の事言わないし、そもそも興味なんかないし。

 

「ごめんね、遅くなって。寮まで送るよ、遅れた理由も寮長さんに説明しとかないといけないし」

 

「その前に。コーラ。忘れてないよね」

 

 何の事? と惚けるプロデューサーにノートを引っ張り出させて「約束。約束しましたよね!」と詰め寄ると、「バレたか」なんて言うから自販機の方までぐいぐい押していく。本当に油断も隙もないし。

 

 煌々と光を放つ自販機にプロデューサーが小銭を入れたのを確認して、手毬は真剣な顔で顎に手を当てる。

 

(プロデューサーはコーラを奢るって言ってたけど本当に飲んでいいのかな……お茶とかにしておいた方が、あ……あのジュースも美味しそう……でもやっぱりコーラ飲みたい……寮にもあるけど……)

 

 後ろから伸びた手が、缶コーヒーのボタンを押した。

 

「あー!?」

 

 光に寄り付く羽虫を払いながらプロデューサーが、にやけ笑いと共に缶を取り出す。数枚の硬貨をもう一度入れながら彼は抜け抜けと言い放った。

 

「遅いから先選んじゃった、あとコーラはちゃんとゼロカロリーのやつにしてね」

 

 わざと、絶対わざとだ。

 抗議しようにも奢ってもらう手前、何とも言えない。不貞腐れながら手毬は自販機からコーラを取り出すと、プロデューサーと短い帰路を歩き始めた。

 

「レッスン見てる感じ、調子も少しずつ戻ってきてるから肩慣らしにそろそろ仕事しよっか。ソロになって初めての、なんか丁度良さそうなの探しとくから」

 

「別に肩慣らしなんてつもりはありません。どんな仕事でも全力で取り組むだけです」

 

 それなりの時間勉強していたからか、渇いた喉に炭酸が沁み入るようだった。隣を歩くプロデューサーをちらっと見る。砂糖やミルクが入ってるならまだしも、無糖なんて何が美味しいんだろう。

 

「そういや誤解しないよう言っとくけど、ゼロカロリーコーラって本当にカロリー0じゃないからね。勝手に買ってアホみたいに飲んだりしないでね」

 

「えっ」

 

 寮の自室の冷蔵庫の中に突っ込んで、お風呂上がりに「カロリー0だからいいよね!」とがぶがぶ飲んでいる2Lのペットボトルが手毬の脳裏を過ぎった。嘘、聞いてない。カロリー0ってカロリー0じゃないの? 詐欺じゃん、そんなの。

 

「月村さん? 今の『えっ』て何?」

 

「こほん。それじゃおやすみ、プロデューサー。明日もよろしくお願いします」

 

「ねえ月村さん? ちょっと?」

 

 

 

 

 

 

 

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