私のプロデューサーは、嘘ばかり吐いている。 作:しゅないだー
窓の外を眺める。休日の早朝だからか、人の疎らな大通りに小さな欠伸を吐く。車での送迎なんて随分久しぶりだったから、この浮いた時間がどうにも手持ち無沙汰だった。
前日にしっかりと調整してきたから眠くもないし、今日歌う曲は死ぬほど聴き込んだ。昔は……美鈴と、燐羽と話してたらいつの間にか時間が過ぎてたし。
「ねえ。さっきからうんともすんとも言わないけど、やっぱり緊張してんの?」
「はあ? してません。ライブなんて何回も経験済みだし」
前方の運転席から揶揄うような調子で飛んでくる声に、手毬は反射的に噛み付いた。今ハンドルを握っている男、プロデューサーには一分たりとも隙を見せてはいけない。見せたが最後、あの手この手でつつき回されて暇潰しの玩具にされるのだ。手毬は口をきっと固く結び、顔を背けた。
「なんだ、元気そうじゃん。良かった」
それきり何も言ってこないプロデューサーになんだか拍子抜けして、シートに背を預ける。カーエアコンに付いた芳香剤からはミントみたいなすっきりした香りがするけど、その奥に微かにいがらっぽさ……煙草かな、これ。
「プロデューサーって煙草吸ってるんですか?」
「吸ってたらどうする?」
何となく聞いてみただけなのに、予想だにしない答えが返ってきて言葉に詰まる。どうするって言われても。
「……別にどうもしないですけど。でも未成年のアイドルを担当してるなら、リスクとかそういうの考えた方がいいんじゃないですか」
「じゃ吸ってない〜」
それ絶対吸ってる人の台詞ですよね、と言おうとしてやめた。
今まで私の前でそういう事してる所見た事ないし、その辺りは見せないように気を使ってるのかもしれない。それに本当に、この人が煙草吸ってようがどうしようが別に興味ないし。何故かムカムカするけど。
はあ、と溜め息を吐く。嘘吐きの言ってる事なんて適当にあしらっておけばいいんだ。
でもよく考えたら、私。プロデューサーの事、まだ全然何も知らないんだな。
そんな事を考えながら、手毬は再び窓の外に目を向けた。
「……今日って歌うの1曲だけなんでしょ? ミニライブでももう少しやると思うんだけど」
「まあね、やっぱ不満ある?」
プロデューサーが取ってきた初めての仕事は、初星学園からそう遠くはない大学で行われる学祭のイベントへの出演依頼だった。プロデューサーの高校の頃の友達の伝手と聞いているけど、なんでそれを選んだのだろうと疑問を抱いていた。
自惚れる訳じゃないけど、ちゃんと売り込めばもっと良い舞台を初仕事にできた筈だと手毬は内心不満を覚えていた。アイドルとして、プロとしてそれを匂わせるつもりは一切なかったが。
「不満というか、ソロとして初めての仕事じゃないですか。それなのに1曲だけって、私はもっとやれるのに」
そこまで言って、手毬の脳裏にある可能性が過ぎった。
「……プロデューサー。もしかしてだけど、私が"1曲しか"歌えないって思ってる?」
食事制限もしっかりしてるし、プロデューサーの言いつけもちゃんと守ってる。その割にはまだあまり……体重には反映されてないけど。でももし見くびられてるなら、それは私のプライドが許さない。私の事を信じられない人になんか、私をプロデュースさせてあげるつもりはない。
バックミラー越しに、じっとプロデューサーの顔を見つめる。
「んな訳ないじゃん。今日の仕事は枠カツカツの所に無理言って捩じ込んだからさ、1曲がそもそも限界なんだよね」
ちょっと休憩、と呟くとプロデューサーはコンビニに車を止めた。欠伸を挟みながらスマホを触っている姿はどこかへ遊びに行く大学生のようにしか見えなくて、本当に担当アイドルと初仕事に臨むプロデューサーの自覚があるのか不安になる。
「眠気覚ましにコーヒー買ってくるけど、月村さんもなんか飲む? 奢ったげるよ」
「じゃ、プロデューサーのセンスに任せます。でも変な物買ってきたら許さないから」
奢ってもらうアイドルの態度じゃないなあ、なんてぼやくプロデューサーをしっしと追い払う。一人になってみれば、早朝の街はしんと静まり返っていて。
ふうと息を吐いて、初めて手毬は自分の手が微かに震えている事に気が付いた。中等部の頃からアイドルとして活動していたとはいえ、ソロでの仕事は今日が最初で。
半ば喧嘩別れのような形で"SyngUp! "が解散となってからも、一日たりともレッスンやトレーニングを怠った日はなかった。ただそれでも、心の奥底でどこか自分は本当に正しかったのかと。
私の選んだ道はちゃんと続いているのかと、少しだけ不安になる夜もあった。大丈夫、私は間違っていない。
コンコンと、窓を叩く音で我に返った。目をやれば買ってきたのであろう缶を窓ガラスにくっつけている。
「月村さんも降りて外の空気吸いなよ、頭すっきりするからさ。はい、月村さんの分はこれね」
「ココア? ……こんな甘い物飲んでいいんですか」
100万円ね、という言葉と共に手渡されたそれを「奢りって言いましたよね」と返しながら受け取る。
答えになってないけど、何も言わないって事はカロリーの計算も大丈夫なんだろう。そういう事にしておく。
「って言うかさあ、こんな事言ったら月村さん調子乗りそうだから言いたくなかったんだけどさ」
缶コーヒーのプルタブを引き上げながら、私を一瞥もする事なく伸びをする。この人が見ている先は、本当に私が選ぼうとしている道と一緒なんだろうか。そんな疑問が、常に頭の片隅で揺れている。
それでも。
「月村さんは"1曲で"十分でしょ」
貴方はそんな歯の浮くような台詞を、こんな私を信じ切った顔で笑って言ってのけるから。
「……当たり前です」
そう言うしかないじゃないですか、と手毬はココアに口を付けた。少しぬるくなったその甘さが、強張った肩の力を抜いてくれた気がする。丁度半分辺りまで飲んだ後、ぽつりと呟いた。
「プロデューサー、さっき『煙草吸ってたらどうする?』って聞きましたよね。やっぱり変えます、吸ってるなら今すぐやめてください」
「え、なんで? 理由次第で考えるかもね」
「やっぱり吸ってるんじゃないですか」
その問いを当然の如く無視して、いつものようににやにやと薄ら笑いを貼り付けているから。どう答えるのが一番困るのか考える。冗談交じりではぐらかすか、何か適当な理由をでっちあげるか。
少し迷ったけど、嘘は吐かない事にした。私はプロデューサーとは違うから。
「プロデューサーがそれで病気になって、早死にでもされたら私が困るから。約束してください」
その答えが想定外だったのか、一瞬彼の目が泳ぐ。ざまあみろ。
「え……え〜、努力じゃ駄目?」
「約束してください」
露骨に残念そうな顔をした後、プロデューサーはまるでお手上げとでも言わんばかりに両手をひらひらさせて汚いノートを開いた。
「んじゃ、約束ね。この一本を最後として俺は禁煙させて頂きます。いや本当、このラスト一本くらいは許してよ? それで、守れなかったらどうしよっか」
さらさらとノートにその約束を書き付けると、わざわざ私から離れた所まで歩いて、溜め息を吐きながらプロデューサーはその一本に火を点けた。心底美味しそうに咥えた煙草を吹かす姿は意外と様になっていて、なんだかとっても気に障る。
「じゃあ、罰金100万円。その100万円で焼肉でも奢ってもらいますから」
「無茶苦茶な事言って、中学生かよ」
私の言葉に屈託無く笑うその顔が、吐いた煙でぼやけて見えて。
胡散臭くて、私には何が良いのかよく分からなくて、それでも何故か大人みたいで。
プロデューサーってなんだか煙草みたいだな、と手毬はふと思った。
「残念でした、もう高校生です」
こなせるような罰なんか、与えてあげるもんか。