聖都ヴァルハラの昼下がり。
街の一角にあるカフェテリアに、青肌の女と銀髪の青年がいた。
両者ともに、頭に角を頂いている。
「…お前か。獣魔王の残党とかいうのは」
そう青年が問う。
「こちらの方が質問していたはずだが?
疑わしい話だからな、かの大魔王に息子がいたとは…」
女は平坦かつ冷徹な口調で返す。
「まぁいいさ…貴様が大魔王の落胤を名乗るだけのチンピラであろうとな。
こちらが損をする話ではない、お前の提案によれば」
「そうだ。ただお前は見届けるだけでいい。
人間どもの希望が奪われる、その最初の瞬間を」
女は青年の言葉に頷き、1枚の紙を差し出す。
紙から光が立ち上り、立体的な姿を映した。
「コイツだ。勇者エンキ。
実際はどうだか知らんが…魔王を既に4人討伐し、大魔王をも倒したという」
空中に浮かぶ筋骨隆々の大男の胸像を指差す。
いかにも精悍で逞しく、戦士らしい男である。
「まぁ、実際のところは広告塔って所だろう。
各国の軍や傭兵が成し遂げた功績を1人に集める事で、希望の象徴に仕立て上げる…教会の連中のしそうな事だ」
「傀儡か。容易いな。
いいのか?この程度の雑魚を殺すのが条件で」
女が俯き、おかしそうに笑う。
「フ、クククハハハハハ!
ああ、いいとも。本当に殺せたなら、我々はお前を頭目として認めよう!
だが傀儡とて油断せぬ事だ。
仮にも希望の象徴を任されている人材…見掛け倒しでもあるまい」
「関係ない。1対1でなら誰にも負けるつもりは無い」
「そうか。ではそこに持ち込むまでの手腕、見せてもらおう。
兵は貸してやる、もちろん大軍を動かせるとは思うなよ」
「兵などいらん」
銀髪の青年は立ち上がる。
「…おい、図に乗るなよ。
まさか貴様1人で護衛を掻い潜り、ヤツを暗殺しようと?」
「それでも構わんぞ?」
「ふざけた事を抜かすな、若造風情が…!
いいか、この世で最も強大な暴力とは『組織』だ!
何も持たない小僧にそれを貸してやろうと言うんだ。
下らんプライドは捨てて…」
「『組織』がどうした?俺より強大な暴力など存在せん!」
「思い上がりおって…」
ベリアルの目には、若者に特有の増長の光などない。
心から自分を最強と信じている。
そして、同時にその事を『どうでもいい』と思っている。
「…だが、暴力など所詮は最も安い手段だ。
俺が暴力を行使するのは、最後の詰みの一手だけ。
その時に、俺が奴の護衛より近くに居ればいいだけだ」
「はあ?…何を言っている、おい待て!」
女は青年を止めようとして、目を見開く。
「ゆっ…勇者…!?」
あの大男が、ゆったりと歩み寄ってくる。
「馬鹿な、なぜここが…!」
「ああ、エンキさん!どうも!」
青年が突然にこやかになって呼びかける。
大男もこれに応える。
「おお、ベリアル!最近よく会うなぁ!」
「何言ってるんですか、今日食事する予定だったっしょ?」
「冗談だよ、真面目な奴だな!」
笑い合う2人。
「…そういう訳なので、これから勇者様と食事に行ってきますね」
「あ、ああ…」
「こんにちは、俺は勇者エンキという者だ。
ベリアルとは最近仲良くなったばかりでね!
どうだ、キミも一緒に…」
「いえ。私は結構です。
さらばだ…期待させてもらおう、ベリアル」
ベリアルは笑みで応えた。
「何だ、期待って?」
「職場の上司ですよ。
最近良くしてもらっているんです」
「美人な上司だな!今度紹介してくれよ!
お前の恋人じゃないなら、だけどな?」
「ちょ、やめてくださいよ、もう!
ほら、はやく食事行きましょう!」
勇者と魔族は連れ立ってレストランへと向かった。
ベリアルに過去はない。
彼自身が消したからだ。
過去と呼べるようなものは、彼の中に流れる大魔王の血だけ。
受け継いだその力以外、誰も彼を助けてくれる事は無かった。
だから全て消して、魔界を出た。
そして今ここに居るのは、あらゆる種族への憎悪と殺意のみで動く、虚ろな泥人形。
彼が望むのは破壊。短絡的な暴力ではなく、遠大な陰謀による終局的破滅。
自分を含めた全てを駒として、生きとし生ける生命をことごとく絶やすためならば、『こんな』演技もお手の物だった。
「いやぁ、会ったばかりの俺を食事に誘ってくれるなんて嬉しいです!勇者様!」
「その勇者様ってのは止めようぜ、エンキでいいよ。
俺たちは友達だろ、ベリアル!」
大男が快活に笑うと、ベリアルも愉快そうに笑う。
そんな演技。
「それで、今日は何か用事があって俺を?」
「そんなんじゃないさ!
ただ友達として…と、いつもの俺なら言うんだが」
「っ!」
ベリアルも予想はしていた。
今回誘ってきたのは勇者の方。
正体を隠して交流を持ち始めてから1月経つが、初めてのことだ。
「1つ言っておこうかと思うんだ。
友達だからこそ、信頼した上でな」
「な、なんなんです…?」
ベリアルは戸惑うフリをしながら、周囲の座席を確認する。
(武装を隠し持った者は…いないか。
戦闘のできそうな奴も見えない…伏兵も護衛もいない。
そして自分から食事に誘った事で、完全に油断している。
今なら殺せる…)
「話してもいいか?」
「ええ、どうぞ」
ベリアルはグッとこらえ、話を促す。
(まだ一撃では仕留められない。
反撃され、憲兵が到着するまで粘られたら面倒だ。
話をさせて、更に油断を引き出す)
彼の見立てでは、1対1なら絶対に殺せる確信があった。
だが万全には万全を期すのが、このベリアルという魔族だった。
「あのな、その話ってのは…」
いつになく神妙な表情のエンキ。
「俺に、護衛は付いてないんだ」
「……と、おっしゃいますと」
言いかけたベリアルの顔に。
巨大な拳がめり込む。
「ぐぇ…ッ???」
その勢いで軽く飛び、無人のテーブル席を壊す。
「俺1人で充分って事だよ、この間抜け」
追撃の拳が、いつの間にかベリアルの目の前まで詰めていたエンキによって降り下ろされた。
ベリアルの顔面が砕ける。
「ぐぎゃッ…!!」
大魔王の血を引く怜悧な頭脳が、今は本能的な危険信号だけを発している。
(なんだ…???どうなって…)
「友達は選んだ方がいいぞ?
いや、俺みたいな見た目も心もハンサムな勇者ならともかくさ」
エンキの背後から女が現れる。
青い肌と角が特徴的な、魔族の女。
だがつい先ほどと違い、化粧が落ちた顔は素朴であった。
「オ、オラ…ちゃんと演技さ出来てたべか?勇者様」
「うんうん、アスモディアちゃんはよくやってたよ~。
どっからどう見ても魔王軍の残党だったもん!
また今度も頼むね~」
「す、すんづれいすます!」
ひどく訛った言葉で挨拶した女は、そのまま去っていく。
そして入れ替わるように、小太りの男が寄ってくる。
「…なんだ今の女は」
「飲み屋の姉ちゃん。
田舎から出てきて金が要るって言うから、割の良い仕事を紹介してやったの。
で、ほら…コイツが例の奴さ」
「お~お~、このガキか」
「おう、大魔王の息子だとよ。
っかしいな~、ちゃんと全員殺したと思ったんだが。
とにかくさっさと引き取ってくださいよ、憲兵の旦那」
野卑に笑う勇者を気にも留めず、遅れてやってきた兵士たちがベリアルを担ぎ起こす。
「やめろ…ッ、下等な人間ごときが、俺を抑えられると…ッ!?」
ベリアルは、自分の身体が言うことを聞かない事に気づいた。
「ああ、無駄だからやめとけ。
脳みそグチャグチャになってねえのは、パパがくれた丈夫な体のおかげだぞ。
しばらくはまともに歩く事も出来ねえだろうよ」
「クソッ…俺は、破壊をッ…殺戮をッ…」
「はい話は署で聞くからね~」
ベリアルが連行された後、勇者エンキが小太りの男にヘラヘラ笑いかける。
「で、これにて俺の罪状もチャラって事ですよね?」
「罪状って何だ?
他人の家畜を勝手に捌いて食った事か?
クエスト報酬と称して依頼人の財産を全部巻き上げた事か?
ああ、酔っぱらって市長をボコボコにした事かァ!?」
「怖ぇ顔すんなよ旦那~!
これも全て世界を救うため…」
「ほざいてろ、この馬鹿!
…ったく信じらんねえな。
コイツが魔王を4人と大魔王をぶっ倒した勇者サマだってんだからよ」
エンキはこれに答えず、ニヤついたまま背を向ける。
「おい、待て。もう1つやってもらいたい事があってな」
「分かってるよ、今からメンバー呼びに行こうと…あ。ちょうど来た。
おいお前ら早く来い!」
たった今レストランに入ってきた3人こそが、この勇者の仲間。
大きな杖を持つ小柄な少年。
首輪を着けた獣耳の少女。
艶やかな金髪のエルフ女。
「で、憲兵団長。クエストの内容を伺おうか」
〈つづく〉
牛歩更新。