草木が鬱蒼と生い茂る熱帯雨林。
鳥の鳴き声すら緩慢な夜中に、目の前の景色すら見えないほど高く濃い緑を掻き分けて進む4人がいた。
「お~い~もう何時間歩いてんだよこの森~!」
大きな杖で身体を支える小柄な美少年が、うんざりした声色で叫ぶ。
「仕方ねえだろ、あんな大軍相手にしてもキリがねえんだから!
逃げ切れるまでは歩き続けるさ!」
筋骨隆々の偉丈夫が、苛ついた声で返す。
「お、落ち着いてくださいルシフェロさん!
それに、ご主人様も!」
首輪を着けた獣耳の女が仲裁する。
「ハ。奴隷に注意されるようでは貴様らの野蛮さも極まってきたな」
尖った形状の耳を持つ美女が、心底から蔑み嘲笑う。
「アナト様、別に私は注意など…ただ落ち着いてほしくて…」
「それこそ、身分を弁えない愚言ではないのか、キマイラよ」
「うるせーぞメス共!俺はこんなクソ暑い中ダラダラ歩かされてイラついてんだ!」
「だったらテメェだけココに残ってもいいぞガキ!
蛮族どもの晩飯になりたかったらな!」
罵詈雑言が飛び交い、一行の中に苛立ちが蔓延し始める。
「ったく、黙って歩くだけの事すら出来ねえのかテメェらは…」
「うるせぇよ筋肉ゴーレム!まずお前から口閉じとけ!」
「ああ下品、下劣、下衆!
一緒にいるだけで私の品格まで下がってくる!」
「あ、あのう…」
激しく醜い罵り合いの中で、奴隷少女の声はひどくか細い。
「…て、敵ですぅ」
「「「!!」」」
にもかかわらず、瞬時に罵倒は掻き消えた。
「数は?」
「1000とか超えてるかもです…」
「蛮族ども、見逃してやったのにまだ追って来たのかよ!」
「おい!なんかあったら知らせろっつったよなァ!」
筋肉男が天に向かって叫ぶ。
…すると、夜空に煌めく星々が声を発し始めた。
『勇者エンキよ。其方は我々との盟約に背いた。
故に代償を払うべし。代償無くして関係の修復も無いと知れ!』
「あァ!?うるせえんだよボケ共、どうせ結局俺に頼るしかねえくせによ!!
いいから言う事聞いてろやザコが!!」
ルシフェロ少年がガックリと肩を落とす。
「あーもう、なんでこんなガサツ野郎が星の声なんか聴けるんだよ!」
「うるっせ、俺様が選ばれし勇者だからに決まってんだろ!
…で!今俺に舐めた口を聞いた奴、誰だァ!」
「あ、あの、そんな事してる場合じゃ…もう目の前まで敵が…」
気付けば緑の隙間から、仮面や羽飾りを着けた顔が大量に覗いていた。
皆、その手に槍や首狩り刀を携えている。
一行の周りを取り囲み、無数の切先を向けて今にも襲い掛からんとしていた。
「あ、あの、ご主人様…」
「オラァ出てこい!
…そこ!偉そうにビカビカ光ってる星、テメェだな?」
『無駄な事は止めよ、仮にも勇者であろう。
そのような無法、許されるハズが…』
「よーしテメェ処刑な。”落ちてこい”」
『な、何のつもりだ。…や、止めよ。止めぬか!』
勇者エンキが右手を挙げる。
「ボバンボ!デデブロ!」
「ディボ…バルバーボ!」
蛮族はいきり立ち、叫びながら武器を構える。
「墜ちてくたばれ、ボケが」
『やめ…』
赤い星がひときわ強く輝き、消える。
次の瞬間―
「ボンババ!ボ…」
前方に凄まじい閃光と爆音、遅れて熱と衝撃波が発生した。
一行の目の前に陣取っていた蛮族はまとめて吹き飛ばされて肉片になった。
「おおっほ、無能なクズ星でも最期に俺の役に立ってくれたな!
やっぱ世の中には本当の悪人なんていないんだなぁ!」
悲鳴を上げながら飛んできた蛮族を拳で払いのけ、顔に掛かった血を舐めとる。
「ん~…ッ!
テメェら田舎モンにはもったいねえほど高級な術で殺してやったんだ!
ありがたく思えや!!」
星を墜とす魔法、『
本来、一流の星法術師が生涯を掛けて星霊との信頼関係を築いた上で、その星霊に許しを得て犠牲にする術。
だが世界に選ばれた勇者たるエンキには関係のない事だった。
「…んのバカが!」
少年が杖で偉丈夫の頭を思い切り叩く。
「痛ッ…何しやがんだテメェ!」
「下らねえ腹いせに魔力全部使い果たしやがって!
しかもこれじゃ…」
蛮族はしばしの茫然自失から回復した途端、より激しい怒りをもって武器を掲げた。
「ボルグガガガ!!」
「ほらぁ~!余計怒らせちまったじゃねえか!
もう宝を返しても許してくれそうにないな…」
「けッ、猿共が…元はテメェらが盗んできたもんだろうがよ」
ボンガロンガ族。
彼らは世界屈指の強盗民族として知られる。
その名を世界に広めたのは、アスガルズ国宝強奪事件であろう。
大国家アスガルズの国宝、スヴァリンの楯を護送する列車を襲撃した謎の強盗犯が、護衛の兵士を全滅させた上で国宝を奪って逃走した事件。
後に分かった事だが、兵士は完全武装状態で50名いたのに対し、強盗犯はたったの2名であったという。
その強盗犯こそ、ボンガロンガ族の長老によって派遣された戦士だった。
まさに、1人1人が選ばれた才を持つ精鋭中の精鋭。
「ブルィロロロロ!」
「バルルァ!!」
「ボラロロァ!」
「おいおい…まず俺を狙うかね、普通!」
だが、精鋭など…選ばれた才など、世界にたった1人の勇者の前では、実に脆い。
「小賢しい!!」
エンキは刃をかわし、顔面を掴んでもう1人に投げつける。
「ブゲッ…」
「ガアッ!」
エンキの頬から、かわしたハズのナイフで付いた傷が出血する。
「ご、ご主人様!」
「大丈夫大丈夫。猿の浅知恵もいいとこ…ッ」
脇腹に痛み。
見れば、突き立っているのはナイフ。
飛びかかった者に目線を吸わせて、死角の足元から刺す犠牲の戦術。
「…こ、の」
この盗賊集団は勇者ではない。
だが、それ故に民族全体の利益と勝利を優先できる。
一騎当千の戦士たちが、己が命を捨てて事に当たるのだ。
それは、唯一絶対にして替えが効かない勇者では辿り着けない境地。
そして…
「―クソ猿が。痒いわ!!」
辿り着く必要もない境地と言えた。
「!!」
驚愕に歪む戦士の顔面が、エンキの巨腕に打ち抜かれる。
「ゲァ…ッ」
「こんなオモチャで俺の命を奪えると?
本気でそう思っていたのか」
更に襲い来る2名を掴み、頭と頭を激突させて殺す。
「世界最強の盗賊と聞いていたから、さすがにこの数を相手したくなかったんだが…
なんだ、お前たちも同じか。俺に喰われる有象無象と」
見ていた少年が、ホッと胸をなでおろした。
「なんだよ、この程度の連中か!
逃げて損だったな!」
「私は最初から言っていたぞ!
全員殺してしまおうとな!」
「そいじゃ勇者
…コイツら皆殺しだァ!!」
〈つづく〉