「…コイツら皆殺しだァ!!」
その命令を聞いて、一番最初に猛り狂ったのはエルフのアナト。
「命令などされるまでも無いッ!
私に刃を向けた以上は族滅確定だッ!!」
西のエルフの王妹である彼女は、その猛悪さゆえに実の兄バアル王から直々に投獄された。
五重の魔法牢獄を抜け出そうと暴れていたところ、エルフの森に勇者が通りがかり、少なくない額で引き取られたという経緯がある。
「死ねッ!蛆虫どもがッ!!
今ここで死ね!そして赤い臓物を味わわせろ!!」
一見して、せいぜい健康的に運動している程度の肉体でしかないこの女は、まるで紙でも引き裂くように人体を抉り取ってみせる。
片手で敵の頭を掴んだかと思えばそのまま顔面を握り潰し、蹴りの一発で3人をまとめて葬っていく。
神代への先祖返りを果たしたハイエルフの肉体を『質』とするなら、先天的に筋肉の密度が異常であるのは『量』に当たる。
この質と量を兼ね備えた天性の身体は、彼女に異常なまでの闘争心をも与えた。
「ぐッ…う、ううう…足りない…血、チ、ちぃいいいいいッ!!」
それが彼女の元々凶暴な性格と結びつき、もはや手の付けられない悪鬼にせしめたのである。
すなわち、アナトのパーティにおける役割は、無差別な高速遊撃手。
狂乱したかのように戦場を掻き回し血で染めるため、俗に『
「るるるるしふぇろぉおおお!!オマエの獲物も寄越せッ!!」
「うるっせぇメスエルフだなマジで…」
顔を顰めた少年は、真祖吸血鬼のルシフェロ。
「誰がテメェみてーにもったいねえ事する奴にくれてやるかっての」
コン、と軽く地面を叩くと、無数の黒い槍が突き出て蛮族たちを串刺しにした。
「いいですかァー…食べ物で遊んじゃいけません!!」
再び地面を叩く。
槍がジュルジュルと音を立てながら血を啜り始め、犠牲者の死体がミイラのように干からびていく。
「っあ゛~…美味ぇ美味ぇ!
魔力が漲るぜぇ~オイ!!」
杖を掲げれば、空中に太陽の如き火球が生じ、炎の雨となって降り注ぐ。
杖を回せば、冷気の嵐がふぶいて、敵の大軍を丸ごと凍てつかせる。
本来は2度3度と連続で使用できないこの大魔法も、他人から血ごと魔力を吸い上げられる彼には造作もない。
「こういう時にさ、吸血鬼になってよかった~とか思うわけ。
魔術師的に、魔力が尽きないで済むのは便利だからよ」
そう呟いた後、今度は大声で呼びかける。
「おい勇者サマよ!
後で魔力分けてやっから、しばらくは魔法使わず戦えよ!
前みたいに精霊脅して魔力貢がせんなよ!」
血によって精力と魔力を吸い取り、他人に分け与える吸血鬼の能力。
それは彼に『
戦闘能力など、このパーティにおいては当然持ち合わせておくべきオマケに過ぎないのだ。
「この雑魚相手に魔法なんざ使う訳ねえだろ!笑わせんなドチビ!」
「あ、あわわ…こんな時まで喧嘩しないでくださいよぉ…」
獣耳の少女が、震える声で意見してみる。
彼女はキマイラ。
古い神の血を引く者である。
「もうっ、退いてください!
あなたたちと戦いたくないんです!」
「勝手な事を言うな奴隷女ァアアアアア!!
私は殺し足りないのだぞォオオオ!!」
「ひいっ!?しゅ、しゅみません!」
怯えた声で謝罪を繰り返しながら、蛮族の攻撃をかわし続ける。
「おいキマイラ!俺ぁ『殺せ』っつったつもりだったんだが!」
「うう…か、かしこまりました!
私は奴隷ですから…ご主人様のためならばっ!」
髪がたてがみのように逆立ち、目つきは獣のそれに変わる。
全身の筋肉が隆起し、右肩から山羊の頭部が突き出てくる。
「GAHHHHHH!!」
咆哮すると同時に両足の蹄を鳴らし、威嚇する。
だが威嚇に怯む敵ではない、勇んで飛びかかっていく。
「GOHHHHH!!」
そしてクズ肉となって飛び散った。
牙が皮膚を噛み千切り、爪が肉を切り裂き、蹄が骨を蹴り砕く。
「サア、二ゲテ、クダサイ!!
デナイト、デナイト…」
猛る怪物と化してなお、避難を勧告するキマイラ。
右肩の山羊がケタケタ笑う。
「哀れ!自我を半分失いかけてでも慈悲を見せるか!
…もうよい、代われ」
「ダメ!モウ少シダケ…!」
「おい勇者殿よ。この状況で慈悲は要るか?」
エンキは首を横に振った。
「さすがに無理だ。いい加減諦めろ!
お前らが死ぬのは勝手だけどな!」
「ウ、ウウ…ワカリマシタ…」
キマイラの瞳孔が横に広がり、山羊のように変形する。
「…さあて、さて!
これより始まるのは獰悪なる古の怪物による殺戮劇!
なるべく遠くへ逃げてくれ!その分追う楽しみも長く続くからな!!」
キマイラは、自称する通り古代に生まれ落ちた怪物である。
姿も時代に合わせ、人間に寄せていった。
それにともなって人格も発生したが、それはあくまで擬態に近い。
優しい心はエサをおびき寄せるため。
残虐な心はエサを逃げさせ、巣を突き止めるため。
全ては上辺を模倣しているに過ぎないのだ。
もちろん人格自体にその自覚は無いが。
「アハハハハッ!なんともまぁ、無様な有様よなァ!!」
もはや回避も不要、身体に刺さった刃も皮膚より下には通らない。
キマイラが一番血を流し弱っているように見えるので、敵から集中攻撃を受ける。
だが何度斬っても突き刺しても、薄皮1枚を切り裂いてみせるだけ。
「ああ、キミたちはなんて恐ろしい戦士なんだ!
全身がチクチク痒くてたまらないなァ!!」
かつて神話の時代を生きた『
蛮族は今や逃げ惑うだけの獲物だった。
それからほどなくして、世界最強と呼ばれた強盗民族は地上から絶滅した。
「うっうっうっ…」
キマイラがすすり泣いている。
「またたくさんの人を殺してしまいました…」
「何を泣く事がある、キマイラよ」
アナトがその背を叩いて慰める。
大きな戦いが終わった後のいつもの光景だ。
キマイラは後悔の涙を流し、スッキリしたアナトは優しくなる。
「いっぱい食べたのだろう?美味かったか?」
「…美味しかった、ですけど」
「なら良いではないか。ただの食事だ!
美味しいものを腹いっぱい食べて幸せだな?」
「うう…幸せですぅ…」
この結論もいつものこと。
だが今日はエンキの様子が少し妙だった。
「おいどうした。
いつもならここで余計な茶々入れてキマイラをまた泣かせるところだろ」
「いやさぁ…このクエストをこなしたら自由の身だろ。
ぼちぼち金も溜まってきたし、ここらで一発どうだ?」
「『どうだ』って…」
「残りの魔王を殺すんだよ、全員!」
ルシフェロは首を傾げた。
「なんで?あいつら停戦してんじゃん」
「ああ、さんざん脅してやったからな。
だが、そろそろ恐怖と痛みを忘れる頃だ。
いい加減ケリをつけようじゃねえか」
「…それはな、エンキ」
吸血魔導師が、邪悪に嗤う。
「それはアリだ」
「だろ?お前らもいいよな?」
「ああ…なんでもいい、好きにせよ」
「な、なるべく穏便に済ませましょうね」
こうして栄光の
〈つづく〉