暴力が全てを解決する異世界   作:尻神

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第2話(下)勇者と魔王と審判

大神殿の玉座に腰掛ける黒い魔王。

控える3人の『神の心臓(テオヨロトル)』。

 

テスカトリポカが戦力として数えているのは、この場にいる4人だけだった。

 

それ以外は、有象無象に過ぎないと考えている。

 

恐怖で統率した国民軍も。

 

冥府から蘇らせた邪霊たちも。

 

死者を混ぜ合わせて作った巨人も。

 

「国王陛下にご報告!

12時間前に勇者一行が入国!

王都ミクトランに向かっているようです!」

 

「分かった、下がってよい」

 

伝令を下がらせ、3人の配下を一瞥した。

 

「さて。いよいよか」

 

「王…?」

 

青の戦士トナティウが問うと、テスカトリポカは、天を仰いで息を吐いた。

 

(呪いはまだ解けていない。

軍を展開するための時間もない…止むを得ぬか)

 

上着をはだけ、胸元の肉膿を晒す。

足元に突き刺さったナイフを抜き、膿に勢いよく突き立てる。

 

「グ、ウッ…!」

 

そして力を込め、周囲の肉ごと削ぎ落とす。

地面に落ちた赤黒い肉塊は、ブスブスと煙を上げながら消滅した。

 

「そ、そのように雑にイっていいのですか?」

 

「仕方あるまい。呪いごと我の力も少し持っていかれたがな」

 

「恐るべきはアストライアの力、ですな」

 

赤の戦士シントリが、肥えた腹を揺すって呑気に言う。

テスカトリポカは咎め立てする事無く、頷いてみせる。

 

「仮にも高位の聖神が放った裁きの呪詛。我とてこのザマよ。

対応に手こずり、兵力を揃えるところまで間に合わなかった」

 

「間に合わなかったって、またまた!

死霊巨人100体に邪霊の兵隊1万騎も用意してるじゃないか!」

 

白の女戦士エエカトルが、持ち上げるように言う。

実際、呪いへ対応する片手間で生み出した雑兵であったが、今まで挑んできた騎士団や軍隊は例外なく排除されてきた。

 

「だが、あの男1人を止められぬ軍勢ではな。

しかも…今度のヤツは1人ではない」

 

「それは王もです。此度は我らがおります」

 

「フ…そうだな。

我が兄弟神の心臓を植え込んだお前たちに、倒せぬ敵は無い。

だが、対策はしておくに越した事はないからな」

 

テスカトリポカにここまで言わせる事が、エンキの恐ろしさを物語っていた。

 

(次にヤツに会った時、ヤツの提示したルールで戦う必要がある。

恐らくアストライアも既に動き出している。

そしてアストライアが勝負に立ち会う以上、ルール破りは出来ないだろう)

 

テスカトリポカは既に手を打っていた。

 

「さて、奴らなら明日にもここまでくるだろう」

 

「あの距離を…ですか?

それはさすがに警戒し過ぎでは…」

 

「遊びに来たで~」

 

唐突。

そう言うほか無かった。

 

あり得ざる声に、その場の全員が絶句した。

 

「テっちゃん!約束したよね俺と!

はい、そういう事で勝負しましょう!」

 

神殿の石段を上がってくる屈強な男。

 

「…おお、もう来たか!」

 

『神の心臓』の3人が立ちふさがろうとするが、王は止める。

 

「よい、見ておれ。

…で、仲間はどうした?お前1人か?」

 

「いや、神殿の外で待ってるよ」

 

「そうかそうか。では1対1か?

あのルールでやるつもりか」

 

「ああ。俺が呼びかければ、アストライアはすぐに降りてくる。

正義の女神様の前で、ルール違反できると思うなよ~?」

 

「勿論だ。…呼び出せるのならな」

 

その時、神殿の周囲に掘られた溝に血が流れていく。

前もって貯蔵した生贄の血を、合図に合わせて流しているのだ。

 

赤いラインは神殿を取り囲み、黒い靄を発生させた。

 

「これは…ついに起動したのですね!」

 

「では、事前の予定通り我々は失礼しよう」

 

「王様!さっさとカタを付けちゃって!」

 

配下3人が去ると、靄はカーテンのように神殿を覆い、暗黒の結界と化した。

テスカトリポカとエンキの2人しかいない、まさに1対1のフィールド。

 

「わっ、急に暗ぇよ。

演出にしては凝りすぎだな」

 

「たわけ。これは我の結界よ。

その名を、『煙る鏡』。

いかなる者も立ち入れず、見通す事すら出来なくなる闇の障壁である」

 

勇者も神も、この結界には出入りできない。

 

「貴様は外に出られず、アストライアは入ってこられぬ。

清浄なる者は絶対に通れぬようになっているからな」

 

テスカトリポカは尊大なる死の王である。

しかし同時に、油断無き戦士でもある。

己が戦うのに易い環境を作る事に躊躇いは無い。

 

「あえて貴様のみを結界に引きずり込み、そこでケリをつける!

真の姿にさえ戻らなければ、我が死ぬ事は無い。

貴様がいくらこの肉体を滅ぼそうと、あの時のように何度でも蘇ってやろう!」

 

「あれ?ルールにかこつけてお前の不死を無力化しようとしたのバレた?」

 

「当然だ、悪知恵を働かせよって!

罠にかかった己の不覚を恥じるがいい」

 

テスカトリポカは、呪いを掛けられた3年前以来、初めて玉座から立ち上がった。

死を司る者の瘴気が、凄まじい気迫と共に空間を揺らす。

 

「まぁ、一度も傷を負わぬまま勝ってやってもいいが」

 

「そんな事言わず、真の姿になれよ!

本気のお前と戦いたいぜ」

 

「だったら引き出してみろ」

 

「分かった。引きずり出すとしよう」

 

エンキは、自分の懐から1枚のカードを取り出した。

表面にはアイコン化された天秤のマークが刻まれている。

 

「…何だ、それは」

 

「召喚の触媒だよ。アストライアを召喚するための!

空間を繋げて直接喚び出せば、結界も関係ないだろ」

 

「ハッタリを抜かすな。

アストライアほど高位の神格を、いくら勇者とはいえ儀式も無しに呼び出せる訳が無いだろう。

以前呼び出した時、『えらい時間と手間をかけた』と言っていたのはお前自身だ」

 

「ところがな。最近、簡単に召喚できるサービスが始まったんだよ。

とりあえず見てもらった方が早いな」

 

カードに魔力を込め、空中に放り投げる。

 

「会員番号1、エンキ!

勝負の立ち会いを所望する!」

 

カードは空中に留まって光に変わり、人型を形成する。

 

「…くッ、この反応は!

まさか、本当に召喚されたというのか!?」

 

光が収まったそこには、スーツ姿で後ろ髪を縛った女がいた。

 

「私、『天秤倶楽部』会長兼第1席、アストライアと申します。

と言っても、お2人とはもう面識がございますね」

 

「その顔…確かにアストライア。

だが存在の規模が明らかに小さくなっている…!?」

 

「ええ、受肉してこの姿になりました」

 

天下(あまくだ)ったのか。その装いは?」

 

「これは普通に天界での流行りの服です。

黒スーツと言います、カッコいいでしょう?」

 

女は言いながらテスカトリポカに歩み寄り、名刺を渡す。

 

「私自身、正義の女神を標榜しながらも、気軽に降臨できないのが不満でした。

これではいつまで経っても公平な世界を実現できない!

ですから、思い切って受肉する事にしたんです」

 

「…『公平な条件の実現をお助けします。天秤倶楽部』?

なんだこれは」

 

「私が立ち上げた団体です。

会員の皆様が『公平な条件を保証してもらいたい』と思った時、我々をお呼びいただければ、ルールの設定から管理・審判までさせていただきます!」

 

アストライアの目は活力に満ちていた。

 

「貴様は仮にも聖なる神であろう、勇者側についている疑いは拭えんが?」

 

「適当な事を言いますね。

このアストライアが、そのような不公平を行うと?」

 

「…フ、ありえんな」

 

テスカトリポカは、己の愚言を笑った。

 

「では、ご納得いただけたようなので続けますね。

約束の通り、エンキ様とテスカトリポカ様が出会われたので、戦闘を再開します」

 

「再開。つまり、前の戦闘は中断された扱いだったのか」

 

「それは前回の時点でご説明させていただいたつもりでしたが」

 

「すまんな、普通に全く聞いていなかった。

では、ルールもそのままか?」

 

「左様でございます。…が」

 

女は白い手袋をキュッと付け直し、王の胸を指差す。

王はその意図を察し、苦笑しつつ頭を掻いた。

 

「悪いな。呪いは取り除いてしまった。

あのままでは身動きが取れなかったのでな」

 

正義の女神が頭を抱える。

 

「…そのための呪いだったのですが。

これは少し、条件を見直す必要がありそうです。

もちろん、エンキ様に有利な方向へと」

 

「ですよねーもっと言ってやってくだせえ女神様ー!」

 

「ええ、もちろん。

どうでしょう、ここはひとつエンキ様がルールを追加するというのは」

 

「何だと?

おい、さすがにそれは…」

 

「いいっすねぇ!じゃあひとつ!」

 

エンキは待ってましたとばかりに遮る。

 

「勝負は前と同じく1対1。

ただし参加するのは4対4…ってのはどうです?」

 

「おや、それは…」

 

「俺の仲間とテっちゃんの部下がいる。

ちょうど人数も合ってるし、総力戦と行かねえか?」

 

「悪くない、貴様にしては良い提案だ。

奴らもいい加減張り合いがなくて退屈しているだろうからな」

 

根っからの闘争者であるテスカトリポカは、戦いは派手なら派手なほど盛り上がると考えていた。

 

「では、戦場がこの神殿だけでは手狭になりますね。

いっそ、ミクトラン全体を戦場にしてみては?」

 

「我は構わんぞ?肉壁も大量にあるしな」

 

「あれ、国民いんの?ここに来る時誰も見なかったけど」

 

「隠れておるのよ。冬の虫のように、惨めにな」

 

それは嘲笑というより、興味の無いものを語る時の無感情だった。

 

「ふうん、まぁいいや。その条件で」

 

「いいのか?人々を守る勇者なら、民の犠牲を見過ごせまい。

…巻き込みたくないのだろう?

強がるな、人間」

 

「巻き込むって?

お前らが市民を人質にするかもって事か?

お前はそういう事しないよ」

 

「ほう?フ、フフフハハハ…ッ」

 

邪神は、人間の浅はかさを嗤う。

 

「ああそうだな、しないしない!

我は正々堂々と戦う戦士だものな?」

 

「いや、正々堂々とかそういう話じゃなくて…

人質なんて取ってる暇ないでしょ?

この俺の目の前で」

 

勇者の顔に、怒りや挑発の意志はない。

 

「俺にそんな隙見せたら、死ぬでしょ。お前」

 

「…ほざきよる」

 

空間に、色の無い殺意が満ちてぶつかり合う。

 

王の口元には、もはや笑いはない。

対照的に、勇者は厳めしい顔に似合わず、舐め腐った笑みを浮かべている。

 

しかし最も深く笑うのはアストライア。

この戦士たちの殺し合いに立ち会える喜びが、取り繕った表情からも漏れている。

 

「…大変結構!両者、気力は充分のようですね。

ならば、ルールの設定を続けましょう」

 

〈つづく〉

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