主神を祭る大神殿は、邪神の復活と共に乗っ取られた。
そして、今や死闘の舞台と化している。
「っしゃオラァ!くたばれボケがァ!」
勇者は邪神の髪を掴み、顔面に膝蹴りを叩き込む。
「あ?どうした、偉そうに講釈垂れやがってよォ!」
「ぐ、う…ッ!」
黒と白、2つの筋肉が躍動し、ぶつかり合う。
邪神が勇者の喉を掴んで地面に押し倒すと、勇者は足で邪神を挟み込んで倒し返す。
勇者はマウントポジションから、顔面目掛けて拳を降り下ろす。
「正義の!裁きを!受けろ!」
額、頬骨、顎を次々と砕く鉄拳の鈍い響き。
衝撃で地面が抉れ、ひび割れる。
「…ッ死ねやァアアア!!」
渾身の一撃が決まると、ヒビが致命的なまでに広がり、石段が崩れ始めた。
「ここがテメェの墓だ!!」
それがトドメになり、神殿は跡形も無く崩落していく。
「おっとと」
立ち会っていたアストライアは、身軽な動きで飛び降り残骸の上に着地した。
2名はもう既には瓦礫の下に埋まっている。
「いてーいてー…アレ?俺の勝ち?」
真っ先に起きてきたのは、勇者エンキ。
辺りを見回し、ヘラヘラしながら言う。
「……舐めるな、人間風情がァ!!」
その瞬間、テスカトリポカの蹴りが瓦礫もろともエンキの身体を跳ね上げ、宙に浮かばせる。
「ぎょえッ…」
「恐れるがいい!!」
更に立ち上がりざま、頭突きでエンキを吹き飛ばし、木々をなぎ倒して1㎞ほども直進させた。
「どうした、他愛もない!
あれだけ暴れておきながら、1発で御仕舞いか!?」
「……」
鬨の声めいて叫ぶ邪神を黙って見ていたアストライアが、聞こえるように呟く。
「…お忘れですか。
この戦いは『本気を出す』という条件があるのを」
「すまんなァ、本気を出すための準備運動をしていたつもりだったのだが!
戻ってくる様子もない、これで終わりという訳だ」
「カウントを行ないます。
10秒以内に神体にならない場合、あなたの敗北とします」
「くどいな。我は…ぐッ!?」
おぞましくほくそ笑んだ邪神の顔に、空飛ぶ大木が直撃した。
「ぅいいいいヒットォオオオオ!!
これが正義の一撃よォ!」
森の奥から爆速で疾走してくる巨漢。
両腕に大木を抱え、次々に投げつけながら接近する。
「もう一撃!更にもう一撃!」
「くッ…しゃらくさいッ!」
どこからか取り出した黒いナイフを振り回すと、飛来した木々は破片となって散った。
「さて、カウントを開始しますよ。0」
「チッ…」
10秒以内に変身せねば、テスカトリポカは敗北扱いになる。
無論、大人しく従うつもりもないが、ルール違反によって受ける呪いは相当に重い。
(…軽々には破れぬか。最悪の場合、弱点を露出した状態で身動きも取れなくなる)
「1」
音の速度でナイフを突き出す。
だが勇者たるもの、その程度の攻撃は首を傾げただけでかわせる。
「2」
エンキの反撃の膝蹴りを片手で受け止め、そのまま掴んで固定、ナイフを横薙ぎに斬り放つ。
「3」
頭突き、防御、ナイフが砕け、鎖骨が折れる。
痛み分けも、この秒数では無意味。
「おーいてて。なぁ魔王よ、いったん休憩にし…」
「死ねぃッ!!」
両耳を掴み、勇者の鼻柱へと膝蹴りをかまそうとするが、目潰しを喰らって失敗する。
「がぁッ…あああああ!!」
視界を失ってなお、鋭さと殺意を増していくテスカトリポカの攻撃。
「何々、なんなのちょっと!
テっちゃん、マジになり過ぎじゃないの!?」
「ああ、そうだな。なぜだろうなァ!」
そう、結局は変身しなければならないのに、ここで無駄に足掻く必要はない。
(分かってはいるが、どうしてもここで仕留めたいと思わされる。
真の姿を晒せば死ぬかもしれない…そう考えているのか、この我が!
この男…こやつが漂わせる『無敵』とでも言うしかない雰囲気…!)
エンキは、確かに見るからに強そうな巨躯の筋肉男だ。
だが本質的な『強そう』なのはそこではない。
その精神性…何にも揺らぐことがない不動の心。
変身すれば傷が治るテスカトリポカに対し、エンキは魔力を消費せねば治せない。
しかも重傷には応急処置程度の回復しか出来ない。
にも拘わらず、なぜかエンキが優勢であるかのような雰囲気が漂っている。
「…7」
「まずはその顔を崩すッ!」
凄まじい速度で距離を詰め、全力の蹴りでエンキをまた飛ばす。
「ぐおッ…」
「墜ちて死ね!!」
そこへ追い打ちの空中回し蹴りをかまし、地面に叩き落とした。
今のコンディションで放ちうる、最大威力の攻撃が決まった。
「9」
だがテスカトリポカは、変身の準備に入っていた。
(ダメだ…これでは殺せん!
この胸騒ぎ…かつて相対した時も、最後までこの不穏な感情を拭い切れなんだ…!)
邪神の肉体が脈動し、霊気の光を放出し始める。
「…10。変身なさるようですね」
爆発のような勢いで肉体が膨れ上がった。
『そうだ。我が真なる神の躯体を拝せる事、光栄に思うがよい』
エンキを大きく見上げる。
天を塞ぐ黒い巨体、所々から吹き出る霊光、人間の頭蓋めいた顔。
それは黒いジャガーだった。
「ったく、よくもこれまでケチ臭く隠してやがったなぁ?
これでようやく、本格的に殺せるってもんよ」
『恐れぬか?なるほど、勇者というだけはある』
「お前程度の大きさなら、今まで何度も見てきたしな!」
『…ああ。貴様の母親か?』
「ッ!…おやおや、ご存じかい」
黒いジャガーが嗤う。
『万魔王ティアマト…貴様を育てた神であろう。
己の母を手に掛けた気分は、どうであったか?』
「……」
テスカトリポカは、まず心を苛む。
その無敵の精神を崩す。
『もう一つ。お前も英雄ならば我に勝つ気なのだろう。
だが、お前の仲間はどうであろうな?』
「…何が言いてぇワケ?」
『たかが人間、どんなに強い力を持っていようと勝てる。
そう思っているのであろう?
確かに、貴様の仲間はいずれも強大な種族…生物としての格が違う。
だが…所詮、それだけだ』
「……ほう」
『奴らは、我が兄弟神の心臓を埋め込んで超人となった者たち。
1対1というルールは、我にとってはむしろ僥倖なのだよ』
「それを言うなら…」
『俺たちもそうだ、か?
いいや、それは違うぞ。我らと貴様らでは条件が違う。
お前たちは必ず負ける』
「…………」
肥えた男シントリが両手を広げる。
「見よ。栄華の象徴たる我が力を…」
「はい死ね死ね」
ルシフェロは退屈そうに杖を振り、炎の雨を降り注がせた。
「おおっと、これはこれは…」
「近付いてくんな、お前みたいなもんは!」
雷の槍を乱打しつつ、舌に刻んだ自動詠唱刻印が次なる術式を装填している。
「全く、無茶苦茶もいいところですな。
この規模の魔法をそうポンポン出されては、魔導を志していた者として頭を抱えたくなる!」
「こんなん二千年もやってりゃ誰でも出来るようになる!
っていうかさ、お前、ゾンビか?」
「おや!お気づきですか!」
シントリはその体型に見合わぬすばしこさで魔法をかわしつつ、驚いてみせた。
「その通り。
テスカトリポカ様の力によって神の心臓を埋め込まれ、死から蘇ったゾンビでね」
「元はうだつの上がらねえ底辺魔導師ってとこかァ?」
「またまたその通り!
だから私はテスカトリポカ様に忠誠を誓っているのですな。
金も栄誉も…まあこの身体だと女はアレですが…とにかく、利益があるので。
あと逆らうと死体に逆戻りするし」
「正直なやっちゃ。
じゃあさ、正直ついでにハッキリさせとこうぜ。
お前、俺に勝てねえって分かってんだろ?」
ルシフェロは無防備に近づき、シントリの手を掴んだ。
するとルシフェロの手が金色に染まり始めた。
「お前の心臓、シペ・トテク神の能力は物質の黄金化だ。
患部に対抗術式を流し込めばどうにでもなるんだよ」
黄金になった手が、元に戻っていく。
「…なるほど、これは…驚いた。よくご存じで」
「まぁ、お爺ちゃんだからね。俺」
「ですが、一度始まった侵食は止まりませんよ。
常に対抗術式を展開し続けるのにも限界があるでしょう。
見せしめにしては高くついたのでは?」
「見せしめだけじゃないんだな、これが」
男の身体から、力が抜けていく。
「おっと、ぉ…!」
「エネルギードレイン。ゾンビのお前にとっちゃ致命的だろ?」
ゾンビは吹き込まれた生命力で動く。
それを直接奪われれば、行動さえままならなくなる。
「…なんの!」
シントリが一度地面を踏みつけると足元が黄金に代わり、二度踏むと黄金が隆起した。
ルシフェロは手を放して緊急回避する。
「危ねぇな、このデブ!」
罵倒しながら、自分の右腕を切り落とした。
直ちに欠損した部位が修復されていく。
「はい、これで黄金の侵食は止まった訳だが。
もう分かっただろ、お前じゃ俺には勝てない」
「これは弱ったなぁ…確かに、私では勝てなさそうだ…私では」
「あ?…どわああああっ!?」
その時突然、黒い蝶の群れが押し寄せた。
「キモイキモイキモイ!ひえーっ!」
間抜けな声を上げて逃げ回るルシフェロだが、蝶は執拗に追跡して身体に取りついた。
「クソが、うっとおしい…!」
身体をコウモリの群れに変えようとした瞬間、燃え上がった。
「があああッ!?」
蝶は黒炎に変わり、吸血鬼の全身を責め苛む。
「アンデッドは炎に弱い。程度の差こそあれ、効いているでしょう?」
炎に込められた呪いが凄まじく、変身能力が機能しない。
「うぐッ…なんじゃこりゃッ…テメェの術じゃねえだろ!!」
「ええ、それが?」
「ルール違反だ…負け扱いになるぞ!」
「いいんです、負けても。
最悪ルール違反で殺されるでしょうが、まあよし。
蘇らせてもらえるかもしれませんし。
重要なのは、あなたを潰す事です」
炎に取り込まれ身動きが取れず、再生も間に合わないルシフェロ。
シントリはゆっくりと近付いて、炎に触れないよう慎重に首を掴む。
「さて、これでよし」
「がッ…テ、テメェ…!」
頭をもぎ取り、断面から黄金化させていく。
「これで再生もできない。
抵抗も、いつまで保つでしょうね?」
「く…う…」
そのまま、ルシフェロの頭部は黄金の像と化した。
「あら、上手くやったのね」
シントリとルシフェロの様子を遠くの屋上から眺める、黒衣の女。
その細やかな指先に、黒い蝶が止まった。
「あの、ちょっとよろしいですか」
「うん?」
女の背後に、黒スーツの女が立っていた。
「私、天秤倶楽部という組織に所属する者ですが…」
「クラブねぇ?」
「えっとですね、ちょっと今この街でゲームが行われていまして。
それで…いや、この話は無駄ですね!
とにかく、戦いに介入しないでください!」
「しないわよ。もう終わったし」
「そ、それはよかった」
「で?用が終わったなら、もう行ってくれるとありがたいんだけど」
マアトは、ゆっくりと首を横に振った。
「あっ、あの。用はまだあります。
…あなたをルール違反の協力者として、処罰します」
「あら過激。あなたがどこの誰にせよ、ちょっと強引すぎると思うけど」
マアトは答えもせず構えた。
「…待ったなしって感じね、いいわ。
私はミクトランでちょっとした
大した事のない木っ端の神だけどね」
原初の戦神がそう言った。
「ご丁寧にどうも、天秤倶楽部第3席、マアトと言います。
…あっ、私もちょっとした女神です」
秩序の神がそう答えた。
神同士には、それで充分であった。
〈つづく〉