暴力が全てを解決する異世界   作:尻神

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第4話(下)血と死

ミクトランの市街地で、冥魔王の部下エエカトルと勇者一行のキマイラが戦っていた。

 

エエカトルに埋め込まれたケツァルコアトルの心臓は、彼女に莫大な風の魔力を与えた。

…だがその全力をもってしても、神話の怪物キマイラには通用せず、一方的に戦闘不能にされる。

 

しかし、その瞬間。

キマイラの心臓を貫いたのは、天から降った槍。

 

「…遅いぞ、ババア!」

 

「ほほッ、あの下っ端がずいぶんな口を利くようになったのう」

 

槍の上に乗る小柄な老婆。

顔面は痩せこけ、頭蓋が浮き出ている。

その不気味な顔を歪め、ゲタゲタと笑う。

 

「それにしちゃ無様を晒してるじゃないか。

神の力を貰ったんじゃねえのかい」

 

「こいつは…バケモノだ。

アタシの風も、ほとんど通じなかった。

それより、さっさとソイツの首を刎ねな!」

 

「何を慌ててるんだい、チンピラ気質が抜けてないねぇ」

 

「そ…そうじゃないっての!この戦いには審判が…」

 

しなやかな着地音。

視線が、黒スーツの青年に集まる。

 

「天秤倶楽部、第4席のフォルセティと申します。

ルール違反を確認いたしましたので、決闘は敗北扱いとし、排除します」

 

「おや、可愛い坊ちゃんじゃないかえ!

ヒヒヒ、こっちへ来てお婆ちゃんと遊ぼうかァ!!」

 

キマイラの背中を足場にして、槍を引き抜きながら飛び上がった。

 

身体の支えを失ったキマイラが、その場にくずおれる。

 

「どうしてこうも、ルールを守ろうとしない連中ばかりなのか…!」

 

フォルセティは天に手をかざす。

 

「ひゃひゃひゃ!!いくぞいぃいいいい!!」

 

爆速で落下してくる槍と老婆を、片手で受け止める。

 

「おほっ、やるのう!」

 

「無駄な抵抗はやめてください」

 

無造作に槍もろとも投げ飛ばし、ダッシュで追いついて、空中の老婆を蹴り墜とす。

 

老婆は既に受け身を取っており、ダメージは皆無。

それどころか、反動を利用して青年の首に組み付いた。

 

「ひょひょっ!キツいの1発いくぞい!!」

 

シワテテオは両手で勢いよく側頭部を叩いた。

本来なら鼓膜が破れ脳が砕ける威力だが、フォルセティは意識を一瞬飛ばす程度で済んだ。

 

「ぐがッ…この!」

 

「おや、しぶとい坊主だこと!

アンタ神の血でも引いてるのかい?」

 

「これでも女神と英雄の子供なんですよ、僕だってね!」

 

頭突きで老婆を引きはがす。

 

「少々ふざけすぎですよ、ご老人。

これでは私も本気を出さざるを得ませんね…!」

 

フォルセティがネクタイに手を掛け、一息にほどく。

 

「ええのうええのう!若い男の血は美味いからのう!!」

 

「いい加減にしなさい、今ならまだ…あっ」

 

ほどいたネクタイを結び直す。

 

「…?」

 

青年の視線を追い、老婆が振り向く。

 

「お、や…こりゃあ…!」

 

そこには、人の姿をしているだけの魔獣がいた。

血塗れの歯をむき出しにし、眼球は白く裏返り血走っている。

 

「お、落ち着いてください…あなたの勝ちですよ!

相手が他者の協力を借りた時点で、判定勝ちになったんです!

ですから…」

 

「GOHHHHHHHH!!!」

 

キマイラが咆哮と共に疾駆する。

 

狙いは老婆。

 

「全く…心臓を貫かれたんだから、大人しく死んでいてもらいたいもんだね!」

 

シワテテオは高く飛び上がって、突進をかわす。

 

「GUAAA!!」

 

手を伸ばし、老婆の細い脚を捕らえようとする。

 

「当たらないよ小娘ェ!」

 

「GOORRR…!」

 

その瞬間、キマイラの尻から尾が生えて、老婆の足首に巻き付いた。

 

「なッ!?なんだいこりゃ…ッ」

 

その尾は、柱のように太い大蛇だった。

その毒牙が皺だらけの肌に突き刺さる。

 

「チィ…ッ!!」

 

シワテテオも、零落したとはいえ女神の端くれである。

その矮躯のどこから出るのか、怪力で蛇の尾を引きちぎろうとするが…

 

「く、そ…しくじった、ね…」

 

その足掻きもやがて緩慢になり、動かなくなっていった。

ぐったりとなった老婆の身体を地面に横たえ、見下ろす。

 

「……」

 

生じた静寂は、一瞬のものだった。

 

「…余所見してる場合かァアアア!!」

 

その叫び声が空気を揺らした時、既に攻撃は完了していた。

エエカトルは寝転んだ姿勢のまま、指先から最速の風刃を放ったのだ。

 

「おやめなさい、見苦しい」

 

が、割り込んだフォルセティが、埃でも払うかのように防御した。

あっけなく、決死の一撃は潰えた。

 

「ク、ソがァ…ッ!!

余計な真似しやがって…アンタらなんかに…ッ!!」

 

眼前の半神と魔獣を前に、超人となった女が吐き捨てた。

自分が全てを捨ててまで得た力を、この怪物たちは平然と行使している。

 

その無情な現実への怒りさえ、今は表す事ができない。

四肢に感覚はなく、視界は半分以上暗い。

 

覗き込んでくる獣の顔は、エエカトルを食料としてしか見ていなかった。

 

「…ッテメ」

 

怒りの声は途切れた。

胸の中央に、キマイラの手が突き刺さっていた。

そのまま引き抜くと、翠色の神々しい光を放つ心臓が、主を失ってなお手の中で脈打っている。

 

「あ、あがっ…」

 

「SHIIIII…」

 

キマイラはその心臓を、穴の開いた自分の胸の中に埋め込んだ。

彼女は心臓が無くても数分は暴れる事ができるが、さすがにそろそろ代わりの心臓が欲しくなったようだ。

 

そして残った死体を貪り食い始める。

 

「UUUGA!GUUUA!」

 

「…やれやれ、なんという…」

 

フォルセティはそのおぞましい光景に頭を抱えつつ、とりあえず上司のアストライアに報告した。

 

 

 

 

 

騒がしい街を眼下に収めながら、屋根の上を飛び回る2つの影。

 

逃げるは艶めかしい黒いドレスの女、追うは褐色の肌にスーツの女。

イツパパロトルとマアトである。

 

「まーちーなーさーいー!」

 

「あーもう、なんなのよアイツ…!」

 

イツパパロトルは、何度か黒い蝶を操ってマアトを攻撃していたが、傷一つ付いていなかった。

 

(攻撃が通ってないって訳じゃない。

無限の体力を削らされてる感じ、これもう苦行でしょ!)

 

そのため早い段階で倒すのを諦め、逃げに徹していた。

 

(まぁいいや、やる事はやったし。

後は婆さまが上手くやってくれるといいんだけど…)

 

そこまで思って、空を見た。

女神である彼女は、人間では知覚さえできない情報を天空から読み取ってみせるのだ。

 

(あ。この感じ…婆さま逝ったか?

いや、こりゃ確実に死んだわ)

 

シワテテオの死を察知し、舌打ちをする。

 

(仕事くらい完遂させなさいっての。

しっかし、あの殺しても死ななそうな婆さまがねぇ……んん?)

 

天で、何かが光った。

 

「…ヤバッ!!」

 

イツパパロトルがとっさに自分の身体を蝶の群れに変えると、そこに天空から一筋の光が降り注いだ。

かろうじて回避し、そのまま飛び去る。

 

「な、なになに!?なんなんですかぁ!?」

 

マアトはその場に留まり、天を仰いだ。

 

「あ…!」

 

天の光は、もう1本降ってきていた。

着弾地点は、シントリとルシフェロが戦っていた裏路地。

 

マアトが追跡を中断し、慌てて向かう。

 

「え…ッ」

 

天から降った光の柱は、肥えた男の全身を包み込んで焼いていた。

 

「ぐあああああッ!!」

 

そして空中に、黄金色の生首が宙に浮いている。

 

「な、ぜ…だ…!!

お前は、黄金化させたハズ…!!」

 

金の生首にヒビが入り、殻が剥けるように表面が崩れた。

そして、素肌が露わになる。

 

「黄金になっていたのは表面だけだ。

こんなチンケな呪い、対抗術式で防ぎ続ければどうという事はない!」

 

首だけの姿で高笑うルシフェロ。

 

「バ、バカな…対抗術式を使いながら、この規模の魔術を…!?」

 

「だったらどうした。怖気づいたか?

ほら、早くしないと死ぬぞ?

アンデッドは神聖魔法に弱いんだからさぁ!」

 

降り注ぐ光は、教会秘伝の奥義。

悪しき者、歪んだ生命を浄滅させる。

 

「…言われずともな!」

 

シントリは手を振り回し、天よりの光を払い除けた。

軽々しくやってのけたが、呼吸は荒い。

 

「ッが、ぁあ…首だけの状態で、杖も持たずに…これだけの術を…」

 

杖は照準器と砲身を兼ねた装置である。

これが無ければ、魔法の狙いをつける事も、狙った場所に飛ばす事もできない。

 

「まあ、アレだ。

コウモリを何匹か飛ばして、その視界から立体的な位置情報を確認できる。

そこまで来れば、後はなんとなくで当てられるワケよ」

 

「なるほど、驚異的な能力だ…人間だった頃の私では、顔を仰ぎ見る事すら出来ないだろうね。

だが…今の私ならばどうかな」

 

周囲の地面が黄金となり、触手のように宙へと伸びてゆく。

 

「もはやルールなど形骸化した。

この街もろとも!民と共に!空気すらも!まとめて黄金化させてくれる!!」

 

萎びた皮膚の上からも分かるほど、神の心臓が激しい光を放った。

 

「ぐうぉおおおおおおッ!!」

 

ルシフェロがため息をつく。

 

「だからさぁ…今コウモリの話したばっかじゃん」

 

「な」

 

何を、と問おうとして、肩に痛みを覚えた。

 

コウモリが噛みついている。

 

「こういうところですぐにヤケクソになっから負けるんだよ。

なにより…」

 

2匹、3匹と群がり始め、シントリの四肢がやせ細っていく。

 

「が、ぁ…!!」

 

「この俺に。魔導王ルシフェロに。

お前ごとき下等な魔術師が勝てると思ったのか?」

 

「魔導王、だと…!?

ありえない…15代目で途絶えたはず…!」

 

「…あ、いやまぁ、別に魔法で勝った訳じゃないから今の名乗りは変か。

ゴメンね、今の忘れてOKで~す」

 

「が…ッ」

 

シントリの血を吸い尽くしたコウモリたちが飛び立ち、ルシフェロの首に集まる。

そして胴体を形成していく。

 

「名乗り直すそう。

俺は『真紅の城主』ルシフェロ…」

 

「ッ!!そ、その…名は…!」

 

「まだ死ぬなよ、ちゃんと名乗るから!

いや、やっぱ『夜の牙』ルシフェロ…あ、待って!

もっとカッコいい二つ名があった気がする!」

 

「…ッ!?」

 

シントリが一言も発しないのは、瀕死というだけではない。

ルシフェロが口にした異名は、全て伝説に語られるものばかりだったからだ。

 

「同一人物…だったのか…!」

 

「うん。ていうか全部俺だよ!殺す前に自慢しときたくてさ。

満足したのでもういいです」

 

枯れ木のように成り果てたシントリを、ルシフェロは一息で踏み殺した。

 

「さて。エンキの野郎もそろそろ終わった頃だろ。

応援しに行ってやるか~!」

 

 

 

 

 

『…どうした。顔色が冴えぬな?勇者よ』

 

嘲る黒い巨獣の前に立つ、強靭な肉体の男。

その右腕は、二の腕から先が切断されていた。

 

「……」

 

〈つづく〉

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