というより、テオの視点より、リア視点のほうが多くなる予定なんですけどね。
旧校舎の中は薄暗く、あまり光が入ってきていない。入ったところには広い空間があり、ステージのようなものもある。サラさんはそのステージの上にあがり、中央のあたりに立つ。私たちはステージに上らず、サラさんの前にばらばらに集まった。
「ーーサラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ」
このサラさんの一言でここにいる生徒に動揺が広がった。それもそうだろう。去年までこの学院は全部で5クラスだった。それも身分と出身でクラスを分けられている。それが今年より新クラスの設立をする。それだけだとよかったのだろう。だが問題は、身分に関係なく集められた生徒で構成されることだ。プライドの高い貴族生徒や貴族が嫌いな平民には無理なクラスだ。
「ーー冗談じゃない!身分に関係ない!?そんな話は聞いていませんよ!?」
緑髪のメガネ男子がいきなり声をあげた。どうやら彼は気にするタイプなのだろう。
名前を思い出そうとしていたサラさんに、緑髪のメガネ男子はマキアス・レーグニッツと名乗った。
「まさか貴族生徒風情と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」
どうやら貴族嫌いな平民生徒のようだ。でも、貴族風情とは思い切ったものだ。貴族が優遇されるこの帝国で、そんなことを言うと大変な目に合うことが多い。そのため、マキアスのような発言をする平民は珍しい。
「フン……」
その時、マキアスの近くにいた金髪の男子がマキアスに聞こえるように挑発のような行動をした。それを見過ごすマキアスでもなく、マキアスの矛先は金髪の男子へと移った。
「“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」
“平民風情”といったのはわざとだろう。明らかに喧嘩を売っているような内容だ。正直、今喧嘩をするのはやめてほしい。
「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」
私は金髪の男子の名前を聞いて驚いた。《アルバレア家》といえば四大名門の一つで、東クロイツェン州を治めている公爵家として有名だ。そんな大貴族の中の大貴族をこの《Ⅶ組》に選ぶとは、サラさんも何を考えているんだろう。
「だ、だからどうした!?」
マキアスは大声を出して、まだ抗おうとする。腰が引けている状態で言っても、意味がない。もっと堂々としていなければいけない。これはもう止めるべきだろう。
「はいはい、そこまで」
私が動こうとしたとき、ステージの上から声がした。どうやら先にサラさんが動いたようだ。サラさんを見るとこっちをみてウインクをしていた。どうやら動こうとしていたことがばれていたようだ。
「色々あると思うけど文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
ようやく本題に入るようだった。本題に入るまでが長かった気がする。少し《Ⅶ組》と話した後、サラさんはステージの奥へと下がっていった。
「ーーそれじゃ、さっそく始めましょうか」
そういってサラさんはボタンを押すような仕草をした。途端に足元より嫌な予感がした。私はとっさにその場より後ろに飛びのいた。この予感には従った方がいい。2年間の旅で学んだことだ。念のため腰に手を伸ばし、短剣を抜こうとするが空振りに終わる。そういえば、短剣は校門で預けたんだった。
前を見ると先程まで《Ⅶ組》が立っていたところに大きな穴ができていた。どうやら床が傾いて滑り台のようになったみたいだ。この場にいる4人以外みんな落ちていったのだろう。ここに残っているのは私とサラさん、テオに朝見かけた銀髪の少女だ。サラさんはステージにいたので巻き込まれない。というか、落とした張本人だ。テオは私と同じくとっさに飛びのいたみたいだ。銀髪の少女はワイヤーを使って梁からぶら下がっている。
「ーーこらあんた達。サボってないであんた達も付き合うの。オリエンテーリングにならないでしょーが」
どうやらこの穴の下に降りなければいけないようだ。サラさんが関係していることを考えると、あまりおりたくないのが本心なのだが。
銀髪の少女とテオはサラさんと少し話してから降りて行った。私も早く追いかけないといけない。だが、その前に少しサラさんと話したかった。
「サラさん。お久しぶりです」
「……そうね。2年間の旅は楽しかったかしら?」
一瞬、サラさんが寂しそうな表情をする。サラさんが寂しそうな表情をする理由は判る。でも、ごめんなさい。今はまだこのままでいさせてください。
「ええ。また、機会があれば話しますよ」
「その時は酒を片手に聞かせてもらうわ」
サラさんは本当に変わりないようだった。酒好きのところも変わっていない。そう、変わってしまったのは私の方だ。
私は逃げるように、穴の下に降りて行った。
穴の下に降りるとちょうどみんなが起き始めているところだった。
「何あの体勢。あれはちょっとまずいんじゃないかな」
「多分、落ちるところを黒髪が金髪助けようとして下敷きになったんだろう」
降りたとき前に広がっている光景を見て、私は驚きを隠せない。テオが状況の説明をしてくれてわかるのだが、下敷きのなり方が悪い。互いに向き合う体勢で金髪の女子が黒髪の男子の上に重なるように倒れているのだが……。黒髪の男子の顔が金髪の女子の……。やめよう。あんまり見ていると彼女に悪い。そういえば、あの黒髪の男子と金髪の女子は朝の駅でぶつかっていた2人だろう。応援をしていたがもう無理だろう。さすがにあれはやばい。
少し後、ビンタの音があたりに響き渡った。
金髪の女子は露骨に不機嫌だった。黒髪の男子は左ほおを抑えながら隣の紅毛の男子とひそひそ話している。どうやら、先程の話をしているのだろう。本人も厄日だと言っている。
ってあれ?あの紅毛の男子はエリオット君だよね?雰囲気などもあのころと変わってないから多分そうだろう。向こうは私のことを覚えているだろうか?多分、覚えてないだろうなあ。出会ったのも数少なかったし。
その時、あたりに複数の電子音が鳴り響いた。どうやら私たちの持つ《戦術オーブメント》からなっているようだった。そういえば、この《戦術オーブメント》には通信機能も備えられているのだった。あまり通信設備も整っていないため使える場面がまだ少ないのだが、どうやら《トリスタ》では使えるのだろう。
《戦術オーブメント》とはクオーツと呼ばれるものをセットすることで《アーツ》と呼ばれる導力魔法を使えるようになったり、身体能力の強化などが可能な導力機である。今持っているこの《ARCUS》は中心に《マスタークオーツ》という特殊なクオーツが必要になる。従来に比べ不便にも思うが、《マスタークオーツ》は成長もするし、クオーツに比べ効果もいい。
《ARCUS》にはまだ機能が備わっているのだが、サラさんはまだ明かしていなかった。あえて隠しているのだろうか?
『というわけで、各自受け取りなさい』
導力機越しに届くサラさんの声に合わせるように、暗かった部屋に灯りがともる。どうやらマスタークオーツと校門で預けた武器を用意してくれたみたいだ。各々自分の用意した武具に向かって歩き出していた。私も遅れないよに、自分の短剣を見つけ歩き出す。
「そういえばサラさん。私には《ARCUS》と一緒に《マスタークオーツ》も届いていたんですが」
『ええ。あんたの場合は必要かと思って、私が別に用意したプレゼントを贈っておいたわ。まあ、再会のプレゼントよ。今回は学院からの支給品だから、受け取っておきなさい』
一緒に贈られてきたのはサラさんからのプレゼントだったのか。あれのおかげで旅は楽になってありがたかった。今度、私からもプレゼントをしないといけないな。
マスタークオーツをサラさんのプレゼントの《アリエス》から、学院から配給された《タウロス》に付け替える。その後に短剣を装備しなおす。やっぱり短剣を装備すると落ち着く。短剣がそれほどまでに私に大切な武器のようだ。
『ーーそれじゃあさっそく始めるとしますか』
同時に奥の扉が開いた。どうやら扉の先はダンジョン区画になっているらしく、弱いけど魔獣もいるみたいだった。終点まで着くと1階に戻れるらしく、脱出してこいとのことだった。
『ーーそれではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎1階まで戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ』
通信が切れた後、《Ⅶ組》の面々は開いた扉の前に集まっていった。私も遅れずに集まる。最初に口を開いたのはテオだった。
「それで、どうする?このまま各自でダンジョン区画に行くわけにはいかないだろう」
「ああ、武術の未経験者もいるだろうし、グループに分かれて行動したほうがいいだろう」
答えたのは黒髪の男子。まあ、妥当な意見だろう。パッと見た感じ武術の未経験者は結構いる。メガネの女子に金髪の女子、エリオット君、マキアスはあまり武術の経験がないだろう。ユーシス、黒髪の男子、テオ、青髪の女子、長身の男子、銀髪の女子、私は武術の経験があるだろう。
ってあれ?いつの間にか銀髪の少女がいなくなっている、1人で先に行ってしまったのだろうか。彼女なら大丈夫だろうが、一応追いかけてみよう。
みんなに言ってから行きたかったのだが、マキアスとユーシスが喧嘩をしていて言い出せなかった。仕方なく気配を殺して、銀髪の少女を追いかける。私が抜けたことにテオだけは気づいたみたいだが、どうやら見逃してくれるようだ。たぶん意図を理解してくれたのだろう。
少しすると銀髪の少女が待っていた。どうやら私が追いかけてくる気配を知って、止まってくれていたようだ。思ったより早く追いつけて嬉しいと感じてしまう。彼女とは仲良くなりたかったし。
「……どうしたの?」
私が追いつくと銀髪の女子は首を傾げきいてくる。少し無表情に見えるのがネックかな。
「一緒に行きたかったから追いかけてきたの。一緒に行かない?」
「……いいよ」
そういって彼女は武器を構えた。どうやら双銃剣のようだ。私も短剣を構える。以前なら《アーツ》での戦闘もできたが、今のマスタークオーツの《タウロス》がまだ成長をしていない。それにみんなと合わせるために、ほかのクオーツも外している。今は《タウロス》で最初から使える《アーツ》の範囲系の物理防御力を上げる《ラ・クレスト》しか覚えていない。そのため攻撃手段は短剣しかない。
私と銀髪の少女が合流した時に現れた魔獣の《飛び猫》。この少女となら手こずらずに倒せるだろう。
「そういえば、あなたは《戦術リンク》使える?」
「……使える」
「なら、繋ごうか」
私と銀髪の女子はその場で《ARCUS》の《戦術リンク》をつなぐ。《戦術リンク》とは《ARCUS》に備えられているもう一つの機能である。《戦術リンク》をつなぐと、繋いだ相手の行動がわかったり、考えが少しわかったりする。すなわち、連携がつなぎやすくなるのだ。彼女の戦闘の仕方を知らない状態での初戦闘ではかなり重要なものだ。
数分も経たないうちに《飛び猫》の集団を片付け終わる。思っていた以上に簡単に終わってしまった。《戦術リンク》で彼女の行動がわかったのも大きいだろう。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。……リア・ケルステン。リアでいいよ」
「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」
できれば戦闘の始まる前にしておきたかったが、魔獣が来たのでできなかった。戦闘中少し不便だった。名前を知らないということは思ったより弊害が出るものだ。
「それにしてもフィーは素早いね。戦闘中に何度も助けられたよ」
実際その通りだった。命に関わるようなものじゃなく、戦術的に助けられたということだが。
「リアの短剣術もすごい。攻撃を的確に捌いてた」
「あはは、私にとってはまだまだなんだけどね」
私より短剣の使い方の上手い人は数多い。私の師匠だってそうだった。師匠のような短剣さばきができるようになりたいとも思う。
「それより先にいこっか?」
私は来た方向と逆の道を指さす。あの道が多分外に通じる道だろう。何時までもここにとどまっておらず、先に進むべきだ。
「……ん」
フィーが頷いたのを確認して私は歩き出した。といっても、フィーの隣を歩くようにしている。彼女とは少し戦術で話しておかないといけない。特に私の《アーツ》についての事情は確実に話しておきたい。
「ん。物理攻撃がききにくい相手にはわたしが《アーツ》を使う。その間、前衛はよろしく。他の魔獣は2人とも前衛でいく」
「了解。もしもの時は《アリエス》に付け替えることもできるから、無理そうなときは頼んでくれていいからね?」
彼女は頷いてくれる。これで戦術的には問題ないだろう。できれば《アリエス》を使わなくて済むといいんだけど。
ということで、フィーは単独行動ではなくなりましたとさ。
まあ、テオ君のおかげで残りのメンバーも行動が変わるでしょうね。
次回はテオ視点で描かれます。