力と心の軌跡   作:楓と狐

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今回もリア視点です。


1章
4月17日 2人の友達、「サラ姉さん」


「相席いいですか?食後のコーヒーを飲みたいので」

「え?あ、はい。どうぞ」

 

 緑の制服を着た桃色髪の女の子は顔を上げ、相席を承諾してくれる。ありがとうとお礼をしてから席に座る。やっと食後のコーヒーを飲めそうだった。

 

「赤い制服……」

 

 ぼそりと桃髪の女の子がつぶやいた。どうやら、この制服が気になるらしい。この制服は今年からできた《Ⅶ組》の制服であるから仕方ないかもしれない。

 

「身分や出身に関係なく集められた《Ⅶ組》の制服ですよ」

 

 あわてて口をふさぐ桃髪の女の子。どうやら無意識に出た言葉みたいだ。まあこの学院でも珍しい姿なのでわからなくもない。個人的には気にしてほしくはないのだが。

 

「私は1年Ⅶ組の……リアです。ちなみに平民です。あなたは?」

「私は1年Ⅲ組のモニカです」

 

 彼女の着ているのは緑色の制服。すなわち平民だ。私の場合は制服で判断ができないから自己紹介に平民であることを言った。私が平民と言ったときも空気が少し緩んだから、彼女は気にするタイプなのだろう。

 

「同じ学年のようですし、敬語じゃなくていいですか?」

 

 少し悩んだ後、モニカは頷いてくれた。彼女の方も敬語をやめてほしいのだが、それをこちらから言うのもよくないだろう。彼女の口癖が敬語かもしれないし。

 私はそこでコーヒーに口を付ける。やっぱりコーヒーは少し嫌いかもしれない。私にはひどく苦く感じる。食後の飲み物はいい口実としても、違う飲み物を頼めばよかった。

 

「それで、モニカは何を考えていたの?」

「え?」

 

 私がいきなり本題に入ると、モニカは驚いていた。ちょっと突然すぎたかもしれない。ましてや、私たちは初対面だ。もう少し話をしてからでもよかったかもしれない。まあ今更、戻れやしないのだが。

 

「いや、私が話しかける前、少し考え事をしているみたいだったから」

 

 そんなモニカをみて、相談に乗ってあげたいと思ったのだ。そのためにコーヒーを買ったのだが、モニカには秘密にしておく。彼女のことだ申し訳なく感じてしまうだろう。

 そういえば、旅をしていた2年間でもこういったことが多かった。どうやら私はお人好しみたいだ。だとしたら、おかあさんとおとうさんに似たのだろう。あの2人はかなりのお人好しだった。

 

「えっと、私は運動が得意じゃないですけど、学院で武術は必修だからなんとか克服したくて。それで運動部に入ってみようかと思ったんですけど、どの部にしようか迷っているんですよね」

「あー。運動部だとラクロス、馬術、水泳、フェンシングしかしらないなあ。見て回ったりはした?」

 

 この学院の運動部は思っていたより少ない。授業で武術が必修科目にあることが理由にあげられるだろう。といっても、文化部は園芸、美術、吹奏楽、文芸、釣り、写真、チェス、調理があったはずだ。こちらは士官学院にしては珍しく、多いだろう。

 

「今日の放課後に水泳とフェンシングを見学に行こうかと思っていて」

「まあ、見てからじゃないと決められないよね。ちなみに水泳とフェンシングはしたことがあるの?」

 

 どちらも初心者大歓迎だろうが、経験者の方が気持ち的に入部はしやすいだろう。私の場合、経験のある方に入部する。

 

「両方とも未経験です。やっぱり、やめた方がいいでしょうか?」

「いや、別にいいと思うよ?初心者大歓迎だろうし、人に教えるのって結構自分のためになるから」

 

 モニカは少し安心したようだった。やっぱり初心者であることに抵抗を感じていたんだろうか。特に気にしなくてもいいと思うのだが。

 

「そういえば、リアは何の部活にするんですか?」

「私は特に入るつもりはないかなあ」

 

 もし入るとすれば馬術か水泳、園芸のどれかだろう。といっても、部活に縛られるのが嫌で、入部はしたくないのだが。

 

「今日の放課後、一緒に見学に行きませんか?」

「えっと、誘われて嬉しいんだけど、今日の放課後は用事があるんだよね。ごめんね」

 

 モニカは残念そうにうつむいた。ほんとに申し訳なく思う。今日の放課後はサラ姉さんに2年間の旅のことを話す約束になっている。長引きそうなので、サラ姉さんが帰ったら話始めることになっている。

 

「入る部活決めたら教えてね。今度、モニカの部屋に遊びに行ったときにでも教えてくれたらいいから」

「はい。……遊びに来るんですか?」

「そのうちね」

 

 せっかく仲良くなったのだ。一緒に遊んでも罰は当たらないだろう。遊ぶ時間があるのかはわからないが。

 それから私たちは次の授業が始めるまで様々な話をしていた。モニカも私をリアと呼ぶほど打ち解けてくれたようだ。敬語は口癖なのかもしれない。コーヒーは嫌だったが、楽しい時間を過ごせてよかった。

 

 

 

 放課後、私はすぐに寮には戻らず、学院で時間を潰すことにした。サラ姉さんも仕事があり、帰るのは少し遅れる。サラ姉さんが仕事を終えるまでは私も暇なのだ。モニカについて部活見学に行ってもよかったのだが、どれだけ長引くかわからなかった。できればサラ姉さんを待たせたくなかったので、断ったのだ。

 屋上に時間をつぶしに行こうと教室を出たときにアリサとエマにも誘われた。これも先ほどと同じ理由で断った。それに今ここで彼女たちの誘いに乗れば、モニカに申し訳ない。せっかくできた他のクラスの友達なのだ、大切にしたい、もちろんクラスの友達も大切なのだが。

 

「っ!」

「きゃ!」

 

 考え事をしながら廊下を歩いているのがいけなかった。前から歩いてきた人にも気づかず、ぶつかってしまった。目の前に緑色の制服を着た茶髪の女の子が倒れている。どうやらぶつかった時にこけたようだ。私はその子に右手を差し出した。

 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫だよー」

 

 彼女は私の差し出した手を握って、立ち上がった。どうやら本当にどこもいたくないらしく、動きに不自然なところもない。少し安心した。

 

「あれ?その制服、《Ⅶ組》だよね?」

「はい。1年Ⅶ組の……リアっていいます」

「わたしは1年Ⅴ組のコレットだよ。よろしく~」

 

 どうやら同じ学年だったようだ。先輩の可能性もあって敬語を使っていたのだが、その必要はなさそうだ。というか、よろしくされてしまった。彼女の中ではすでに友達扱いなのかもしれない。

 

「いよいよ明日は自由行動日だねぇ」

 

 どうやら本当に友達になっているようである。私もコレットに合わせたほうがよさそうだ。初対面の相手がここまでフレンドリーなのは初めてかもしれない。いつもの私はこんな感じなのだろうか。いつも相手に合わせてもらっていた気がするので、たぶんそうだろう。でも、それで仲良くなれるのだから問題ない。

 自由行動日とは休みのようなものだ。授業がなく過ごし方は学生にゆだねられる。部活でもバイトでも勉強でも好きな過ごし方をしていい。

 

「ふふ、わたし明日はトリスタの商店街でショッピングしまくるよ♪」

 

 どうやらコレットはショッピングが好きなようだ。必要最低限の物しか買わない私にとって、ショッピングの楽しさは判らない。これは今までをどう過ごしてきたかが関係しているのかなと思う。少なくとも私の場合はそう考えられる。

 

「厳しい授業に耐えてきたのはこの日のためだもん!羽根をのばさないとね~!そうだ、リアも一緒にショッピングに行かない?」

「んー、ごめん。明日はしたいことがあるからパスかな」

 

 今日は断ってばっかりだと思う。用事があるのだから仕方ないのだけど、もう少しやり方はあったかもしれない。

 

「また機会があったら誘ってね。第二学生寮にもたまに遊びに行くと思うから」

「うん!」

 

 第二学生寮へはモニカの部屋に遊びに行くときに訪れる。その時にコレットにも会いに行けばいいだろう。モニカとコレットは2人とも平民生徒で、第二学生寮にすんでいるのだから。

 

「それじゃ、またね~」

「うん、また」

 

 コレットと別れの挨拶をして歩き出す。このまま屋上に行くつもりだ。コレットとの会話で少し時間をつぶせたが、まだサラ姉さんの仕事は終わらないだろう。少しだけ屋上の景色を見てから帰り、サラ姉さんを第三学生寮で待とうと思う。

 それにしても、コレットはフレンドリーな性格をしていた。私もフレンドリーな性格をしているとサラ姉さんに言われたことはある。けれど、私の場合は職業病に近いものがある。おとうさんの仕事を手伝っていたころからの癖だ。対してコレットのほうは天然だろう。あった人全員を友達にしそうな子である。

 屋上への階段上り、扉を開ける。目の前には茜色に染まる空。それとギムナジウムが見える。ギムナジウムはプールや武道場が設置されている。今頃、モニカもあの中にいるのだろう。

 私はギムナジウムの反対ーー町の景色を見るために移動をした。けれど、そこには先客がいた。赤い制服を着た銀髪の少女、フィーがいた。特別オリエンテーリング以来、《Ⅶ組》で一番仲がいい相手だ。クラスでフィーと私はよく2人でしゃべっている。

 

「フィー。こんなところで何してるの?」

「……ヒマしてる」

 

 どうやらフィーも私と同様、時間をつぶしているようだった。彼女の場合は寝ていることもあるのだが、今日は寝ていないらしい。

 

「フィーは何か部活はやらないの?」

「めんどいからいい」

 

 フィーらしい答えである。《Ⅶ組》への参加理由もめんどいからと言っていた。そのうちフィーもやる気を出してくれるといいのだが。

 

「屋上、意外と景色いい。……ヒマなときはいいかも」

 

 突然の感想にびっくりしたが、どうやらこの景色を彼女も気に入ったようだった。私も前に来た時に同じ感想を抱いた。フィーと同じ感想を持てて、嬉しかった。

 私たちは少しの間、屋上位からの景色を楽しんだ。

 

 

 

「あれ?サラ姉さん、何してるの?」

 

 私はフィーと一緒に帰るために2人で教室に鞄を取りに来た。そこで教卓の引き出しを探っているサラ姉さんをみつけたのだ。

 

「実は教卓の引き出しに生徒名簿を忘れちゃってね」

「それって、ハインリッヒ教頭にお小言を言われるんじゃなかった?」

「そうそう。だからこうして取りに来たのよ。あったあった」

 

 サラ姉さんは教卓から生徒名簿を取り出した。ほんとに忘れていたようだ。お小言を言われて、帰ってくるのが遅れるのはやめてほしい。遅れる分だけ私たちは夜更かしすることになる。

 

「それで、リアとフィーは何してたのよ?」

「屋上に時間を潰しにいってた」

「ヒマしてた」

 

 私とフィーの答えは言い方が違うだけで、内容は同じだった。サラ姉さんは呆れたようにため息をついた。

 

「暇そうで羨ましいわねえ。あたしもそういった生活がしたいわ」

「サラに言われたくない」

 

 フィーの言うとおりだ。普段から学生寮で酒盛りをしている人に言われたくない。というか、明日の自由行動日も酒を飲むと聞いた気がするのだが。

 

「こうみえても仕事で忙しいのよ。それよりあんた達はこれから帰るの?」

「そうだけど、どうして?」

 

 頼みごとをされそうで怖いが、聞き返すしかない。聞き返さなくても、サラ姉さんは話すだろうけれど。

 

「だったら、校門で待ってなさい。あたしもすぐに行くわ」

「あれ?仕事は?」

「そんなものとっくに終わってるわ」

 

 サラ姉さんは生徒名簿を手に持って教室を出て行った。どうやら、何も頼み事はないようだった。すこし拍子抜けである。

 

「リア。わたしたちもいこ」

 

 私たちは自身の鞄をもって、廊下を並んで歩き始めた。私がフィーに歩くペースを合わせている。私の身長は一般平均的で、フィーは小柄な子である。そのため、私のほうが歩幅の差で歩くのが少し速い。

 そうは言っても、走るとフィーのほうが私より少し速い。私は結構ずばしっこい方なのだが、フィーはその上をいく。まあ、特別オリエンテーリングの時にわかっていたことなのだが。

 《Ⅶ組》としてはリィンも素早い。けれど彼の場合は他の人より踏み込みが少し甘い気がする。彼からは何かを恐れているような感じが少し伝わってくる。ラウラは「大剣」を背負っていなかったらもっと速いだろう。武器の性質上、仕方ない。テオは速いほうに入るのだが、何か違和感がある。手を抜いている感じではないのだが、もっと早く走れるのではないかと思えてしまう。

 

「リア、自由行動日どうするの?」

「細かい用事をいろいろ終わらせる予定をしてる」

「細かい用事?」

「おかあさんに手紙書いたり、短剣の特訓をしたりかなあ」

 

 実際、すると言えばそのくらいだろうか。後は学院に暇をつぶしに来るぐらいだ。

 

「フィーは何するの?」

「ヒマする」

 

 うん。何となくわかってた。だってフィーだものね。

 

「昼寝するのもいいけど、ちゃんとまわりには気をつけてね」

「ん」

 

 まあ、何か近づいて来たりしたとき、彼女は自然と起きるようだが。私が旅で身につけた技術でもある。身につけなければ夜に魔獣に襲われて死んでいた。

 私とフィーは歩みを止めた。校門についたので、サラ姉さんを待つためだ。もうすぐしたらサラ姉さんも来るだろう。

 

「リアは、サラのことサラ姉さんって呼んでるのは何で?」

 

 いつかはされるだろうと思っていた質問がフィーよりされる。てっきりアリサかリィン、エマあたりにされるだろうと思っていた。フィーとは意外だった。

 

「昔、姉のように慕っていたからかなあ」

「特別オリエンテーリングでサラさんだったのは?」

 

 ばっちり聞かれていたらしい。確かに特別オリエンテーリングではサラさんと呼んでいた。その次の日からサラ姉さんに変わったのだ。気になるのも仕方ない。

 

「……2年ぶりにあったから変に緊張しちゃってね」

「サラさん呼ばれて、敬語まで使われて。あたしは寂しかったわよ」

 

 気が付くとサラ姉さんが後ろに立っていた。どうやら話を聞いていたらしい。ということは、私のついた「変に緊張した」という嘘も丸判りである。実際のところは2年前から距離を置こうと敬語にしたのだ。ばらされないといいのだが。

 私たちが気づいたことを確認するとサラ姉さんは歩き出した。私たちも続けて歩き出す。

 それにしても、オリエンテーリングで寂しそうな表情をしたのは、予想した通りの理由だった。まあ、他人行儀は寂しくも感じるだろう。それも手紙で2年間も続いていたのだから。

 

「それで?今日は楽しい話を聞かせてくれるんでしょうね?」

「楽しいかはわからないなあ。旅の話をするだけだし」

「いいのよ。あんたの経験したこと話してくれれば」

 

 それを聞いて安心する。楽しい話はあまりなかった気がするのだ。色々と騒動に巻き込まれたりはしたけれど、楽しくはなかった。むしろ、命がけでもあった。

 

「むぅ。疎外感を感じる」

「ごめんごめん。そんなつもりはないって」

 

 私たち2人で盛り上がっていたところにフィーがすねる。フィーは思っていたよりもしゃべる子でリアクションも面白い。友達になれてよかった。

 

「なんなら、フィーも聞きに来なさいよ。リアも別にいいでしょ?」

 

 私たちをみて笑いながら、サラ姉さんはひとつの提案をした。それを聞いたフィーは私の方を見て、首を傾げる。いいのかをきいているのだろう。

 

「フィーも来たい?」

 

 フィーは頷き答えを返してくれる。どうやら決まりのようだ。

 

「じゃあ、夕飯の後にサラ姉さんの部屋ね」

 

 サラ姉さんはそんな私たちを見て、微笑んでいた。

 




モニカさんとコレットさんの登場です。
しゃべる回数が少なくて、話し方が分からないのは秘密。
他にも《Ⅶ組》以外の生徒は出すつもりです。
まあ、出るキャラは判りやすいでしょうけれど。

後付のような「サラ姉さん」の理由。
決して後付けではないですよ。
後、血はつながっておらず、昔に姉妹のように仲の良かっただけですからね?

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