色々書き直しました。
今度こそ頑張って書き切りたいです。
歩道を一人のウマ娘が走っている。文面だけで見れば何を非常識な、と思うかもしれないが、その速度は人の歩行と同等だった。その理由は、彼女が車椅子に乗っているからだ。
少女は慣れた様子で駆動輪を動かし、時折止まってはスマホを確認していた。
(あってる、よね?)
心の中で疑問符を浮かべ、彼女は些かの迷いが混じった手つきで再び車椅子を動かし始めた。そうして数分、彼女の視界に巨大な校舎が写り込んだ。この日本において、恐らく最も有名な学園。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
通称を、トレセン学園。日本のウマ娘、トレーナーにとっての夢の始発点であり、少女の目的地だった。道が間違っていなかったことに安堵した彼女はスマホをしまい、今度は迷いのなく進み始める。まだ2月の、肌寒い日だ。彼女は足を隠すように、膝掛け用の毛布をかけていた。
そうしておよそ数分、少女はトレセン学園の校門に辿り着いた。目の前に聳え立つ校舎を前に圧倒されたのか、彼女は呆然とした様子でその場に固まっていた。車椅子に乗った、制服を着ていないウマ娘の姿に、道行くウマ娘達の視線が集中する。数秒してその事に気が付いた彼女はその表情に羞恥を浮かべ、慌てて校内へ向かおうと駆動輪を動かした。
風が、吹いた。
冷たく、鋭い風だった。それは、少女の膝掛けを仰ぎ、空へ舞い上げる。それなら何故か焦った様子を見せた彼女は、身を乗り出し、毛布へ手を伸ばす。
「おっと」
しかし、彼女よりも先に何者かが毛布を掴み取った。
鹿毛のロングヘアーに、前髪にある三日月の如き白い一房。語るまでも無いほど有名なウマ娘であり、トレセン学園において生徒会長を務める傑物。
"皇帝"シンボリルドルフ。
思わぬ人物の登場に少女が目を丸くする。
そんな彼女に、皇帝は優しく掴み取った毛布を手渡そうとして、周囲の不気味な静けさに包まれていることに気が付いた。それと同時に、頂点に坐すウマ娘としての優れた感覚が、少女に集まる恐怖を孕んだ視線を彼女に知らせた。そして、その理由に気が付いた。
意図せず、シンボリルドルフが瞠目する。ウマ娘の中でも特に密度の高い経験をしてきた彼女ですら見たことの無い、
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ウマ娘にとって三大欲求の次に原始的な、走りたいという本能。それを妨げられた時、彼女達の身には如実な不調が現れる。環境で、怪我で、病気で、理由は様々なれど、その疾駆を、その果ての勝利を遠ざけられた時、彼女達の心には少なからず絶望が飛来する。長い歴史の中、絶望故にその心を手折られたウマ娘は数知れない。
では、
そも走るという選択肢を与えられなかったら?本能を満たすことそのものが難しかったら?ウマ娘にとって、命にも等しいものが欠けていたら?これは元来無意味な問答だ。歴史上、脚の無いウマ娘の前例は数える程すらも無い。そう、まるで
だが仮にいたとして、その行く末は考えるまでも無い。脚が無いことのストレス故に、下手をすると10歳に辿り着く事すら難しいだろう。よしんば10歳を超える奇跡があったとして、それはあまりにも無慈悲で残酷な奇跡だ。
周りからの視線故か顔を俯かせる
「ごめんなさい……毛布、ありがとうございます」
痛ましい笑みと共にシンボリルドルフの手から毛布を受け取った彼女は、その毛布で脚を隠す。そして彼女は暗く、何かを押し殺した様な表情のままその場を離れようとした。そこでようやく、シンボリルドルフが我に返った。
「待ってくれ……!」
今日彼女がこの場にいる理由は、理事長より
そして今、この場で出会ったこの少女こそが理事長の言っていたウマ娘であるという確信が、彼女の中に飛来した。同時に、自分が迎えを頼まれたことに合点がいく。
「君の名前を、教えてくれないか」
シンボリルドルフというウマ娘の夢。『全てのウマ娘の幸福』という理想を目指す道程で、目の前の少女は見過ごせない。目を逸らす訳にはいかない。彼女を見捨てれば、その理想は永劫叶わなくなる。
そして、その名を聞けば退路は消える。
それを理解した上で尚、皇帝は少女に向き合った。
「私の名前は────」
後に、皇帝は語る。敢えて、この出会いに名前を付けるならば、
「────ハリボテエレジーです」
宿命というのが相応しい、と。
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コンコンコン、と会長さんが扉を叩く。すると、中から「どうぞ」と声がかかった。
「失礼します」
ここまで連れてきてくれたシンボリルドルフさん、会長さんが扉を押す。その先に居たのは、自分よりも明らかに幼い女の子と、その傍に仕える様に立つ女性だった。この学園の生徒ではないが二人のことは知っている。秋川やよい理事長と、その秘書の駿川たづなさんだ。二人はどこか硬い表情を浮かべていた。
「感謝。苦労をかけて済まなかった」
「いえ、寧ろ、ありがとうございます」
そんなやり取りをしながら、会長さんは私を理事長さんと向かい合う位置まで運んだ。
今日、私が呼ばれたのは面接の為だ。つい一週間前に筆記試験を受け、数日前に実技試験をうけた。筆記はともかく、実技は言うまでもない結果だった。本来なら、その時点で落とされているだろう。だがどういう訳か私は今日この場に、最終面接の場に招かれていた。結果が結果だ。今のこの状況は、私からすれば奇跡と言って相違なかった。
「早速ですが、面接を始めます。自己紹介からお願いします」
「はい」
返事をした後、深呼吸を一つ。このチャンスを掴めたのなら、夢に大きく近付ける。居住まいを正し、私は理事長さんと目を合わせた。
「初めまして、ハリボテエレジーです。本日はよろしくお願いします」
一礼し、数秒してから頭を上げる。真っ直ぐにこちらへ向けられる三つの視線。そして、並々ならぬ緊張感を伴った静寂がその場を支配した。
何か、失礼があったのか。理由の知れない沈黙を前に冷や汗が流れ落ちていく。しかしそんな私の不安を他所に、その沈黙は理事長さんによって破られた。
「質問」
どこか、緊張を孕んだ声音。面接を行う立場なのに、何故。そんな疑問は、この瞬間までに抱いていた緊張は、心を曇らせる不安は、次の言葉と共に霧散した。
「君は、何故ここに来た?」
そこに、侮蔑は無かった。理事長さんも、秘書さんも、会長さんも、真っ直ぐに私の覚悟を問うている。私を、あくまでも一人のウマ娘として見てくれていた。
「────」
詭弁も何も要らない。そう確信する。少しの勇気と共に、私は剥き出しの自分をぶつけることを決めた。
────────────
空気が変わる。
端的に言えば、彼女達は目の前のウマ娘に
「本物を、」
その瞳に宿る覚悟。脚が無いという地獄を、如何にして乗り越えてきたのかを否応無く理解させられる。
「本物を、見せたい人達がいるんです」
何故立つのか、
「ずっと、愛してくれている人達がいるんです」
何故望むのか、
「その人達は、ずっと私に謝っていて、」
何故戦うのか、
「ずっと、ずっと苦しそうで、」
何故進むのか、
「謝る必要なんてない」
「私は、この身体で産まれたことを絶対に恨みなんかしない」
「それを、私が私のままにターフを駆け抜ける姿で証明したい」
何故────
「その
────
「それが、私がここに来た理由です」
これは、一人のウマ娘がその名を体現する迄の物語だ。
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