優しい心を持ったが周りの子の様子がおかしい   作:なな

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第三話

 お友達の家に行く。

 

 その事実が甘美な響きとなって体中を駆け巡る。

 これまで一度も友達の家に行ったことの無い僕にとってはまさに夢でも見ているようだった。

 

 だからだろうか?

 

「うわぁ! 松下さんの家かぁ! 楽しみだなあ!」

 

 気付いた時にはきらきらと目を輝かせ僕は松下さんの手を取っていた。

 急に手を握られた松下さんは全身をビクッと跳ねさせながら真っ赤になった顔を隠すように伏せてしまう。

 

「…………喜んでくれてよかった」

 

 そう言った松下さんは恐る恐る僕の手をぎゅっと握り返してくる。

 そのままゆっくりと勇気を出すように伏せていた顔を上げて僕の視線と松下さんの視線が交じり合う。松下さんは恥ずかしそうにしつつもどこか夢心地な様子で嬉しそうに微笑みを浮かべている。

 そのまま今ある幸せを二人して噛みしめるように見つめ合っていた時だった。

 

 

 

「……ふふ、楽しそうだね?」

 

 

 

 二人だけの世界に突如として第三者の声が割り込む。

 その声にはっとした僕は松下さんを握っている手を離して声が聞こえてきた方へ勢いよく振り返る。

 

 ――――ちっ。

 

 その時、小さな舌打ちが鳴り響いたのだがそれはあまりに小さく僕は気付かなかった。

 振り返った先には予想通り舞香がいた。

 学校での舞香もいつものように凛とした佇まいで柔かな笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。

 

「舞香!」

 

 そう呼びかけながら大好きな妹――舞香の元まで駆け寄る。

 

「ふふ、兄さん、落ち着いて?」

 

 舞香はまだ小学一年生にも関わらず母性すら感じさせる様子で優しく言葉を投げかけてくる。

 

「聞いてよ舞香! 今日松下さんが家に呼んでくれたんだ!」

 

 舞香の目元が一瞬ひくつく。

 が、本当に一瞬のことであり気づかない。

 

「…………そう。良かったね、兄さん」

「うん!」

 

 楽しそうにしている僕を見て舞香の表情にも自然に笑顔が浮かぶ。

 

「”舞香ちゃん”。今日も来たんだね?」

 

 松下さんがにこにことした笑顔を浮かべながらこちらに歩いて来る。

 

「うん! ”加奈子ちゃん”。また来ちゃった!」

 

 対する舞香も笑顔を浮かべて松下さんのほうへ笑顔を向ける。そのまま二人はきゃっきゃっと他の女子生徒が放課後そうするように楽しそうに会話を始める。今日の授業は何があったか、今日の給食はどうだったか、なんてことを楽し気な様子で話し合っている。

 

 ……二人ともやっぱり仲がいいなぁ。

 

 僕はそんな二人をほっこりとしながら見つめる。

 最初は仲が悪いように見えたけど、今はなんというか、二人ともお互いにありのままの自分をさらけ出して接しているように見える。

 舞香が松下さんと話す時と他の子と話す時では距離感が違うように思う。そしてそれは松下さんもそうだ。

 勉強でもライバルだし、きっと僕がいない二人きりの時も仲良くしているに違いない。

 皆が仲がいいって、本当にいいことだと思う。

 

「それじゃあ立川君、そろそろ行こうか!」

 

 一通り二人が話し終えたところで松下さんがそう切り出してくる。

 これから松下さんの家に行けるということで僕の気持ちが一気に沸き立つ。しかし……、

 

「あ、ごめん。その前にちょっとトイレに……」

 

 昼休みに外で遊んだ後、水を摂り過ぎたのか急に催してきてしまった。僕は女の子二人を前にして少し恥ずかしくなりつつそう切り出す。

 

「大丈夫よ立川君、”ゆっくり”してきてね」

「そうそう、兄さん。”ゆっくり”とね……」

 

 二人はそんな僕に笑顔を浮かべてそう答えてくれる。やはり二人は優しい。

 僕はささっと逃げるように教室を後にする。

 

 ……はぁ、でも松下さんの家、楽しみだなぁ。

 

 そんな想いを胸に、スキップ気味にトイレに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はぁ、トイレに行きたくなって恥ずかしがっている兄さん、……可愛い。

 

 そんなことを思いながら、愛する兄さんが教室を後にするのを片手をふりふりと振りながら見送る。

 そして兄さんの姿が見えなくなり、二人以外誰もいなくなった教室内が沈黙に包まれる。

 

 

 

「……で、”松下”。どうして兄さんが松下の家に行くことになっているの?」

 

 

 

 静かになった教室内に舞香の低い口調での質問が響く。

 先ほどの花が咲き乱れるような笑顔を浮かべていた舞香はもういなかった。氷のように冷たく鋭利な表情を浮かべた舞香が加奈子を睨みつける。

 

 

 

「お友達を家に呼んだだけだけど? 何か文句でもあるの”立川”?」

 

 

 

 対する加奈子は、コミュ障であるが舞香と対峙する時は別だと言うように、元々強面と評されるその顔を般若のように変貌させ舞香を真っ向から睨み返す。

 そして、この加奈子の言葉に耐え切れなくなった舞香がキレる。

 

「大体っ! 前から言ってるけど! 兄さんは松下のことなんて特別好きでもなんでもないからね! 兄さんは皆のことが好きで優しいから松下とも話しているだけだからね! 友達がいないからって調子に乗るな!」

 

「はぁっ!? 立川こそ休み時間の度に、兄さん兄さんってこっちのクラスにまで来て馬鹿じゃないの? 兄離れしなさいよ! 気持ち悪いのよ!」

 

「わざわざ不良ぶって兄さんと二人きりになろうとしている松下の方が気持ち悪いわよっ!」

 

 と、感情の赴くままに罵り合う二人。勿論、かいとが帰って来ていないか警戒も忘れない。こんな姿を見られてしまえば終わりだ。

 

 口論をひとしきり終え、お互いが「はぁ、はぁ……」と荒い息を吐きながら睨み合っている時。

 少し冷静になった加奈子がずっと気になっていたことを切り出す。

 

「……クラスの子が話してたけど。立川君が親から見放されるって聞いたけど、……本当じゃないよね?」

 

 自分の予想が外れていますようにと祈りながらの舞香への質問。

 

 

 

 

 ――――ギリッ!

 

 

 

 ――ぞくっ!

 散々舞香と真っ向から喧嘩をしていた加奈子が、初めて舞香の突如の変化に恐怖を感じる。

 舞香の額には血管が浮かび、物凄い力で歯ぎしりしているのか、ギリリ……と鈍い音が聞こえてくる。

 舞香はこちらを見ているのに私を見ていなかった。

 明らかにずれている瞳の焦点がそれを物語っていた。

 まるでここにはいない何かを見ているように。

 こんな舞香の姿を見るのは加奈子ですら初めてのことだった。

 舞香から質問に対する回答を聞くまでも無かった。 

 

 そんな、じゃあかいと君は本当に……。

 

「ちょ、ちょっと立川! どういうこと! どうしてそんなことになっているの!」

 

 加奈子が舞香の肩を掴み、慌てるようにそう質問する。

 それによって舞香はようやく我に返り、しまったと言わんばかりに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 

「……別に、大したことじゃないわよ」

 

 これまで真っ向から加奈子と喧嘩してきた舞香が視線を逸らしながらの回答。そんならしくない舞香の様子に加奈子は逃がさないとばかりに問い詰める。

 

「嘘っ! ちゃんと言いなさいよっ!」

「うるさいっ! ……松下には関係ない!」

 

 突き放すような舞香の言葉。そう言う舞香の様子はとても辛そうだがそれを必死に押し殺しているように見えた。その煮え切らない舞香の様子に今度は加奈子がキレた。

 

「言って!! 授業参観の時、立川君は一人で寂しそうにしてた! 私は放っておけない!

 

 この加奈子の言葉に舞香の顔から怒りが消えて、ショックを受けたようにその顔をくしゃりと歪める。

 そして「そんなやっぱり……、兄さんは全然平気って言ってたけけど……」と顔を伏せながら小さく呟く。

 そんな舞香の様子を見て加奈子は何かを感じ取ったのか、少し落ち着いて再び質問を繰り出す。

 

「……ねえ、立川。私にも聞かせて。私は立川君の力になりたいの……」

 

 舞香の瞳を見つめての加奈子のお願い。

 その加奈子を舞香もじっと見つめる。

 ……しかし、

 

「うるさいっ!! これは私と兄さんだけの問題なの! 松下は入ってくるな!」

 

 そう言いながら感情剥き出しにした舞香は肩を掴まれていた手を振り払う。それでよろけた加奈子が再びキレた。

 

「なんなのよ! 言いなさいよっ!」

 

 そう叫びながら加奈子が舞香の髪を掴む。

 

「ちょっ! 痛いっ! やめなさいよ!」

 

 髪の毛を引っ張られて思わず加奈子にビンタを繰り出す。これがクリーンヒットしてバチンッという音が響く。

 

「いっつ……。や、やったわね、この!」

 

 と、涙を浮かべた加奈子が反撃に出る。そして舞香も同様に。

 最終的にはお互いがお互いの髪の毛を引っ張たり叩いたりの喧嘩に発展してしまう。お互い一歩も引かない為、喧嘩はどんどんと激化していく。

 

 

 

「二人とも!? 何してるの!?」

 

 

 

 そこにかいとの慌てたような叫びが響く。

 その瞬間、二人はぴたっと息を合わせたように喧嘩をやめる。

 舞香と加奈子の二人の顔から血の気が引くようにどんどんと青ざめていく。

 二人とも完全に喧嘩に集中していた為、かいとが帰って来たのに気づかなかったのだ。

 

「ふ、二人とも! どうしたの! 何があったの?」

 

 舞香と加奈子の元まで足早に来たかいとが二人に質問する。

 舞香と加奈子の服は乱れまくり、髪の毛もぼさぼさである。明らかに言い訳ができる状況では無かった。

 そしてかいとは喧嘩や争いごとが大嫌いである。そのことを理解している二人は中々言葉を発することができずに顔を伏せている。

 加奈子は「……お、終わった」と呆然としながら小さく呟いている。しかし、舞香は良いことを思いついたと言わんばかりに顔を上げる。

 

「そ、その! 加奈子ちゃんとプロレスごっこをしてたの! 今日、クラスの男の子がプロレスの話をしていて楽しそうだなって思ってね! 加奈子ちゃんにお願いして今それをしてたの! ね? 加奈子ちゃん、そうだよね?」

 

 早口でそうまくし立てる舞香は加奈子に同意を求める。ついでに仲良しアピールをする為に加奈子に抱き着きながら。

 

「う、うん! そうなんだ! 私も話しを聞いて面白そうだなって思ったの!」

 

 そう同意した加奈子も舞香を抱き返しながらそう答える。

 

「……そ、そうなの?」

 

「「うん!!」」

 

 舞香と加奈子は笑顔を浮かべてそう元気よく答える。しかし、二人とも冷や汗は止まらない。

 そんな二人をじっと見つめたかいとは、ほっと胸を撫でおろす。

 

「……そっかぁ、二人とも喧嘩しているのかと思ったよ。でもあんまり激しくすると怪我するからだめだよ?」

 

 その言葉を聞いた舞香と加奈子は、心底安心したようにほうっと息を吐く。

 

「そうね、兄さんの言う通りね!」

「うん、ちょっとだけ激しかったね!」

 

 三人で笑い合いながらそんなことを言っていると、突然かいとが何かに気付いたように頬を赤らめると、後ろを振り向く。

 舞香と加奈子が不思議そうにそんなかいとを見つめる。

 

「……えっと、二人とも。楽しくするのはいいけど、……その、服装は考えた方がいいかも」

 

 そう言われた二人は自身の服装を見直す。

 二人とも激しく掴み合ったせいで学校指定のシャツの胸元ははだけ、スカートも捲れておりと、散々な恰好であった。そんな状態で二人で抱き合っている様子はかいとには少々刺激が強かった。

 ようやく自分たちの格好に気付いた二人は熟れたトマトのように顔を真っ赤にして、急いで服装を正した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の家はこっちよ」

 

 校門の外に出た僕たちは松下さんの家に行くべく三人で仲良く下校していた。

 

「楽しみだなぁ……」

 

 放課後にこんなにわくわくするこなんて初めてだ。

 松下さんの家はどんな感じなんだろう……?

 

「ふふ、そうだね、兄さん」

 

 笑顔を浮かべながら舞香も同意する。舞香は塾が始まるまでお邪魔するとのことらしい。

 

 ズキッ……。

 ……っ。

 はぁ、またか……。

 

 一瞬ズキツと頭痛がした。最近、頭痛の頻度が増えてきた気がする。

 でもまあ、今からいっぱい楽しめば頭痛も吹き飛ぶよね。

 そう思い、舞香と加奈子と下校中の会話を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……結局、かいと君の境遇は聞けなかった。

 でもかいと君が酷い目に遭っていることは間違いない。

 

 

 

 ……絶対に、何があっても私がかいと君を守って見せる。

 

 

 

 加奈子はそう心に決めるのだった。

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