優しい心を持ったが周りの子の様子がおかしい   作:なな

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第四話

 僕と舞香は口をぽかんと開けて呆然とするほか無かった。 

 僕達の視線の先には豪邸がそびえ立っていた。

 

 二階建ての巨大な建屋は僕の家の数倍以上はあるのではないだろうか。

 ガレージには車を四台ほど停められそうなスペースがある。奥の方には小学生の僕でさえ高級車だと分かる車が止まっている。手前のほうに車が停まっていないのは、松下さんのお父さんとお母さんが仕事で使用しているからなのかもしれない。

 広々とした庭にはウッドデッキがあり、辺り一面に人工芝が綺麗に植えられている。端の方ではパターゴルフをする為のエリアまである。また一区画には花壇があり、そこには多種多様な花が咲き揃っている。

 

「す、凄い凄い! 松下さんの家、お金持ちって知ってたけど本当に凄いんだね!」

 

 当然僕は大興奮。

 家のあちこちを見渡しながら、松下さんに駆け寄る。

 

「え、そうなのかな? ……私、他の子の家に行ったことないから分からないや」

 

 松下さんは僕がここまで盛り上がるとは思っていなかったのか驚いている。後半の言葉は尻すぼみに声が小さくなっていく。

 

「そうなんだ! 僕も友達の家に行くの初めてなんだ! お揃いだね!」

「お、お揃い……?」

 

 僕の言葉に松下さんの表情が明るくなり頬が赤みを帯びる。

 

「そ、そっか……。ふふ、そうだねお揃いだね」

「うん! 中はどんな感じなのかな! 楽しみだなあ!」

「……ふふ、喜んでくれてよかった」

 

 松下さんは心底良かったと言うように胸を撫でおろす。

 

「……もう兄さん、はしゃぎすぎだよ?」

 

 そこに舞香が僕と松下さんの間に割り込むようにやって来る。

 舞香の笑顔がどこかぎこちなく見えるのは豪邸を前に緊張しているからなのかもしれない。

 

「ちょっと待ってね。今鍵を開けるから」

 

 そう言って松下さんはポケットの中をカチャカチャと探っている。随分と色々な物がポケットに入っているらしい。

 

「……加奈子ちゃん、ポケットに何かいっぱい入っているね?」

 

 舞香も同じ疑問を持ったのか、そんなことを聞いている。

 

「……うん、お母さんとお父さんから防犯グッズは必要だからって、いっぱい持たされているんだ。一個だと不安だからって。鞄にも別のが入っているんだ」

 

 そう答えながら小さな手のひらに防犯ブザーやらGPS機能を持つアクセサリー、中には小型の催涙スプレーなんかもあった。

 

「…………凄いね」

 

 やや引き気味にそう呟く舞香だが、複雑そうな表情を浮かべて防犯グッズを見つめている。

 

「舞香も防犯ブザーを持っているよね!」

 

 確か母さんから舞香は女の子だから心配だと持たされていたはずだ。か弱い舞香が持つことには大賛成だ。

 残念ながら児童誘拐などの事件は実際に起きているからね。

 

「……そ、そうだね」

 

 舞香はなぜか気まずそうに僕から顔を逸らしながら同意する。どうしたのだろうか?

 この舞香の反応したは松下さんもだった。

 

「……立川君は持っていないの?」

 

 恐る恐るといった感じにそう問いかけてくる。

 

「僕? いや、持っていないよ? 僕は男の子だからね」

 

 そう言えば舞香もお母さんに僕の分を買うように言ってくれていたな。しかし、お母さんは男の子には必要ないと判断したようだった。確かに可愛い舞香と違って僕を誘拐するような人はいないだろう。

 

「…………そっか」

 

 そう答える松下さんの表情は暗かった。僕が何かしてしまったのだろうか?

 

「どうしたの? ……何か嫌な思いをさせちゃった?」

 

 不安になりそう問いかける。

 

「ううん、なんでもない! じゃあ入ろうか!」

 

 そうして松下さんの家にお邪魔することになった。

 

 

 

 中は想像通り……いや想像以上の豪勢な内装だった。吹き抜けの内装は広々としており、数多くある大きな窓から太陽光が入り込み明るい雰囲気を生み出していた。掃除も行き届いており清潔さもあった。テレビや冷蔵庫、そのほかの自分の家にある同じ家電品のはずなのにサイズ感や重厚感がまったく違った。まるで異世界に来たようだった。

 松下さんは見たことがない高級そうなクッキーやらチョコやゼリーといったお菓子を山のように持ってきて、ジュースまで入れてくれた。

 

「うわあっ! 凄いっ! こんなにお菓子が沢山! 本当に食べてもいいの? お母さんとかに怒られない?」

 

 机の上に積み上げられたお菓子はまるで宝物のように見えた。

 こんなにたくさんのお菓子を見たのは初めてだ。それにお菓子を食べること自体久しぶりだ。

 

「うん、お母さんがお友達を呼んだ時にいくらでも食べてもいいぞって言ってくれてるからいいよ。……寧ろ全然減らないから食べてほしいくらい。美味しいといいんだけど……」

「わぁっ! やった! どれから食べようかな~!」

「兄さん、あまり食べると夕食が食べられないから食べ過ぎはだめだよ? ……でも確かに美味しそうだね」

 

 そんな舞香の言葉に「分かった!」と元気よく答えて個包装に包まれたクッキーを手に取り、袋を開け口に放り込む。舞香も甘いものへの食欲には勝てなかったのか、チョコを一つ手に取り口に入れる。

 

 その瞬間、僕と舞香の目が一気に輝く。

 

「「美味しいっ!!!」」

 

 あまりの僕達の驚きように松下さんが驚いてしまう。

 その後は僕達が夢中になってお菓子を食べながら、三人で楽しく会話を進める。

 学校での最近の出来事や休みの日に何をしているのかなど、正直学校でしている会話と内容はあまり変わらない。しかし放課後の今、この時間がとても特別で尊いものだと感じてしまうのだから不思議だった。

 これが放課後に友達と遊ぶと言うことなのかもしれない。

 

 三人で会話をしている時、僕はふと思い出す。

 

「そう言えば、二人とも塾のテストの結果はどうだったの?」

 

 舞香も松下さんも同じ系列の塾に通っており、昨日共通テストの結果が知らされたはずだ。

 

「私は98点だったよ、二位だったんだって」

「えっ! 凄い!」

 

 今回のテストについては問題を舞香に見せて貰ったがかなり難しかった。それを98点なんて。それに二位と言うのも凄い。そんな舞香が妹とは兄として誇らしい限りだ。

 すると舞香が何かを期待するような目で僕を見つめてくる。いつものことなので僕は舞香が何を欲しているのかすぐに理解する。

 

「舞香、頑張ったね! ……よしよし」

 

 よしよしと舞香の頭を撫でる。舞香の絹のような肌触りの良い紙質が手の平越しに感じる。

 僕が撫で始めると舞香は「……はぁ」と気持ちよさそうに頬を赤らめ息を零す。舞香はまさに至福の時だと言わんばかりに瞳を閉じて僕に撫でられるのを噛みしめている。

 ……でも、僕に撫でられて本当に気持ちいいのかな?

 前に自分で自分の頭を撫でてみたが、髪がぐしゃぐしゃになるだけに終わった。

 

 

 

「私は100点だったよ」

 

 

 

「え!? 本当!?」 「は?」

 

 

 

 突如、松下さんから告げられた衝撃の事実に僕は驚愕する。

 舞香も驚いたのか目をかっと見開いている。

 

「うん、ほら100点でしょ」

 

 そう言って松下さんからテストの答案用紙を見せて貰うと確かに満点だった。

 

「うわぁ! 本当だ! 凄い! 本当に凄いよ!」

 

 興奮のあまり舞香を撫でていた手を引っ込めて松下さんのほうに向きなおる。

 

「……う、うん。私、今回勉強頑張ったから……」

 

 恥ずかしそうにそう言う松下さんは舞香同様に何かを期待するようにこちらを見つめてくる。

 

「……うん? どうしたの松下さん?」

 

 松下さんの意図が分からずそう問いかける。

 

「……え、えっと」

 

 松下さんは顔を真っ赤にして手をもじもじさせながらそう言い淀むも、決意を固めたのか顔を上げて、続きを述べる。

 

「……私にも舞香ちゃんみたいに頭を撫でてくれないのかなって?」

「え? 撫でてほしいの?」

「…………うん」

 

 舞香は妹なので頭を撫でることにも抵抗はあまり無かったが、同世代の女の子の頭を撫でると僕も緊張する。

 ……ちょっと恥ずかしいけど、松下さんがそう望むなら。

 

「わ、分かった。……じゃあ、えと、よしよし……」

 

 そう言いながら、高鳴る鼓動を感じつつ松下さんの金色の髪越しに頭を撫でる。

 松下さんの髪の滑らかさに驚く。ずっと触っていたいと思ってしまう髪ざわりだ。それに使っているシャンプーの匂いなのか撫でる度にとてもよい匂いがする。

 

「……あ、こ、これは…………いい」

 

 松下さんもうっとりとしたように恍惚とした表情を浮かべて僕の撫でを堪能している。松下さんが喜んでくれているということが分かり、僕まで嬉しくなり夢中になり撫で続ける。

 ここで松下さんが僕の背後を見て何かに気付いたように笑顔を浮かべてこんなことを言い出した。

 

 

 

「……あれ? 舞香ちゃん、怖い顔してるけどどうしたの?」

 

 

 

 ……え? 舞香が?

 松下さんがあり得ないことを言ったので、気になり後ろを振り返る。

 

「怖い顔? そんな顔、浮かべていないよ?」

 

 そこにはいつもと変わらず天使のごとき笑顔を浮かべている舞香がいた。

 やっぱりね。松下さんは見間違えたのだろう。舞香が怖い顔を浮かべるわけがない。

 

「ふふ、ごめんね。見間違えだったみたい。鬼みたいな顔になっているように見えたの。でも舞香ちゃんも凄いね? 98点も取れるなんて」

「…………ふふふ、ありがとう。でも加奈子ちゃんには負けちゃったから次は勝てるように頑張らなきゃだね」

「そうだね、お互い頑張ろうね、……ふふふ」

「うん! ……ふふふふふふ」

 

 二人はそう楽しそうに笑い合う。

 ……いいなあ、こういうのをライバルって言うんだろうな。舞香もいいお友達ができてよかったね。

 

 そんなことで残りの時間もあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

「……兄さん、そろそろ帰らないと」

「え、もうそんな時間!?」

 

 驚愕しつつ時計を見ると確かにそろそろ帰らないと門限に間に合わなさそうだ。舞香から母さんに友達の家で遊ぶことをキッズ携帯で伝えてもらったのだが、門限までに帰るように口酸っぱく言われたそうだ。

 

「そっか……、あっという間だったね。またいつでも遊びに来てよ」

 

 名残惜しそうにそう言う松下さん。

 

「うん! 僕も楽しかった! また遊ぼうね!」

 

 僕がそう答えた時だった。家の外で車のエンジン音が聞こえた。どうもこの家の駐車場に車を停めているようだ。

 

「え!? ママ? ママが帰って来た?」

 

 真っ先に反応したのは松下さんだった。驚きつつもその口調には嬉しさを孕んでいる。その証拠に松下さんの顔には笑顔が浮かんでいる。そのまま松下さんは僕達のこといることも忘れているかのように玄関に向かって行っていく。よほどお母さんが帰って来たのが嬉しい様だ。

 僕と舞香は不思議そうに顔を合わせると荷物を持って松下さんの後を追った。

 

「ただいまー、あら加奈子! 帰ってたのね!」

「うん! おかえりママ! 今日は早いんだね!」

「そうなの! 仕事が早く終わったのよ!」

 

 僕が玄関に辿り着いた時、嬉しそうお母さんに抱き着く松下さんが見えた。松下さんのお母さんはスーツに身を包み、髪も整えとした綺麗な人だった。松下さんを見つめる表情はどこまでも優しさに包まれていた。

 

 ……二人とも凄く幸せそうだな。

 

 目の前の光景に心がぽかぽかと温まる一方、なんとも言えない寂しさを同時に感じてしまう。僕はただただぼうっとその光景を見つめていた。

 その時だった。

 

 ……ぎゅっ。

 

 舞香が突然、にそっと僕の手を握って来た。

 それは小さく、しかし温かかった。

 ……家の外でなんて珍しいな。

 そんなことを思いながら、僕は舞香の方には振り返らず、ただその手を優しく握り返した。

 そうすると寂しさが少し紛れたようだから不思議だった。

 

 僕の後ろにいた舞香がどんな表情を浮かべていたかは分からないけど、きっと舞香も笑顔を浮かべているよね。

 

 やがて松下さんが僕達がいることを思いだしたのか、恐る恐るとこちらに振り返ってくる。

 そして松下さんが僕たちの姿を捉えた瞬間、一気にその顔が青ざめてしまう。まるで許されざる罪を犯してしまったような様子だ。

 

 ……どうしたんだろう?

 

 僕が不思議に思っていると松下さんがこちらを見ていることに気付いた松下さんのお母さんがこちらに視線を向けてくる。

 

「……え? ……そこの二人。もしかして加奈子のお友達!?」

 

 ようやくこちらに気付いた松下さんのお母さんが驚愕したようにこちらを見つめてくる。

 

「はい! お邪魔しています。まつし……加奈子ちゃんの友達のかいとと言います!」

「……私は妹の舞香です、お邪魔しています」

 

 自然と握っていた手を離した僕は元気よくそう答える。

 舞香は丁寧にぺこりと頭を下げてそう挨拶をした。

 松下さんは相変わらず顔を青ざめさせているが、松下さんのお母さんは娘の様子には気付かず、その若々しい顔をさらにきらきらと子供のように輝かせる。

 

「まあまあ! 本当にお友達なのね! それにとってもいい子達じゃない! いらっしゃい! ゆっくりしていってね! あ、そうだお菓子もいっぱいあるのよ! なんなら夕食も食べていく?」

 

 そう言って慌てて家に入り、支度をしようとする。

 

「あ、でももう門限なのでそろそろ帰ろうと思っていたんですよ」

 

 舞香がそう言うと松下さんのお母さんは心底残念そうに「……あら、そうなのね」と漏らす。しかし明るい性格の持ち主なのだろう、すぐに笑顔を浮かべると、

 

「じゃあまたいつでもいらっしゃい! いつでも歓迎するわよ! 加奈子も喜ぶと思うし!」

「はい! お菓子もとても美味しかったです! ……じゃあ今日は帰ります」

 

 そう言って僕と舞香は玄関に向かい、靴に履き替える。

 

「じゃあお邪魔しました! じゃあまたね!」

「お邪魔しました、それじゃあね加奈子ちゃん」

「……うん、またね。立川君……、舞香ちゃん」

 

 そうして僕達は松下さんの家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……立川やクラスメイトの話からかいと君が親のせいで苦しんでいると思った。

 

 それなのに、私が我を忘れてママに抱き着いたり仲良くしてしまったものだから、私はしまったと思った。

 そして背後に二人の気配を感じた。だから私は恐る恐る振り返った。

 

 しかし、かいと君は優しい表情を浮かべていた。

 少し寂しそうにしていたのには胸が痛んだ。

 かいと君への配慮が足りていない自分を責めた。

 しかしそんな想いは一瞬のうちに吹き飛んでしまった。

 

 ……立川舞香が予想外の表情を浮かべていたから。

 

 それは、嫉妬、羨望、絶望を孕んだものだった。

 加奈子は少なくともあのような表情を浮かべる同世代の子を知らなかった。

 どんな境遇にあればあんな表情を浮かべることができるのか。

 しかし、教室で親のことに触れた時の立川舞香の様子を考えれば分かる。

 親の被害を一番受けているのは、かいと君ではなかったのだ。

 

 

 

 立川舞香だったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はぁ、今日は楽しかったな。

 

 布団の中で松下さんの家で遊んだ時のことを思い返していた。

 

 ズキッ……。

 

 いたっ……。

 

 はぁ、……この頭痛もいつになったら治るのかな。

 せっかく楽しい思い出に浸っていたのに現実に引き戻された僕はげんなりとする。

 しかしいっぱい遊んだためかすぐに眠気に襲われ、そのまま夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 僕がこの頭痛の正体に気付くのは僕と舞香が小学六年生の時となる。

 そこで僕はあるはずの無い記憶の一部を取り戻してしまう。

 

 ……恐ろしい未来の記憶を。

 

 

 

 舞香は未来で親を殺してしまうのだ。

 

 

 




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