「まぁでも、噂になっている位だし……先達がいたりしないかしら」
そう言ったアルミナに引き連れられ、彼女達は『鋼の猟犬亭』の前に立った。まだ数回しか立ち入ったことのない筈だが、すっかり常連のような顔をして、アルミナは黒樫の扉を開けてすたすたと中へ入っていく。ノーラも澄ました笑顔でその後ろに続き、キャサリンはしかしつい足を止めてしまった。
「どうかしましたか?」
気付いたノーラが体ごと振り返り、首を傾げる。キャサリンは頭を振った。
「いえ……まだちょっと慣れなくて。お二人は平気そうですね」
「うーん。ちょっとよく分からないですね?」
ノーラはキャサリンの感覚が分からないようで小さく首を捻っている。
「慣れるに越したことはないと思いますが、慣れていなくても、動かなくては何にもなりませんよ?」
周りは慣れるまで待っていてはくれませんからね? と笑うと、改めて扉を潜っていく。
「……見習わないとなぁ」
小さくため息を吐くと、キャサリンは胸の前で小さく拳を握って気合を入れ直し、黒樫の扉を押し開けた。
まだ朝の早い方の時間であるが、『鋼の猟犬亭』は結構な数の冒険者が屯していた。割のいい依頼を探しているのだろう、依頼掲示板には人だかりができており、時折もみ合いになっているのが見える。テーブルには彼らのパーティーメンバーだろうか、数人毎に固まって座り、談笑したり、依頼掲示板へ向かって野次を飛ばしたりと思い思いに過ごしている。これから冒険に出かけるからか、軽食や
キャサリンはカウンターで
そっとノーラの後ろに立つ──もう空いている席は無かった──と、三人組は一瞬だけキャサリンに視線を向けると、気にした風もなく話を始める。
「こうして話を聞きたがるってことは、あんたらもあの幽霊屋敷に探検に行くのか? やめとけやめとけ」
「ゆ、幽霊屋敷なんですか……?」
「専らそういう噂だぜ。まぁもっとも、実際にゴーストとかを見たことのある奴はいないみたいだが」
「見た所、貴女もアコライトみたいだけど? 《アンデッドベイン》*1は使えないの?」
神官服を着た茶髪の女が、キャサリンが首から下げた聖印を見ながら首を傾げる。キャサリンは居心地悪そうに首を竦めた。
「すいません……癒しの魔術を覚えるのに必死で、そちらの方は全然でして……」
「あら、そう。あぁ、別にそんな、落ち込んだりとかしなくてもいいのよ。《アンデッドベイン》を使えない奴なんて腐る程いるから」
パタパタと手を振りながら女がそうフォローする。そこへノーラが疑問を挟んだ。
「ゴーストはアンデッドの一種ですよね? 先日スケルトンと戦いましたが、何か違うのですか?」
「あいつらは実体が捉えにくくてな。剣で斬ってもあんまり手応えがねぇんだよ*2」
「余程強力な一撃を叩き込めば吹き散らせるみたいですが……まぁ、魔法で攻撃する方が楽ですね」
眼鏡を掛けた優男風の魔導士が斥候の男の言葉を補足する。
「成程、それでは、ゴーストが出て来た時の対処はアルミナさんに丸投げした方が良さそうですね?」
「丸投げはどうかと思いますけど……」
ノーラの物言いに、キャサリンは眉尻を下げて頬を掻いた。
「魔法が使える奴がいるのか。ならまぁ、ゴースト位なら何とかなるだろうが……」
「何か他に問題でも?」
「問題っつーか……こいつも噂なんだが、つい先日、あそこにお宝を探しに行くって言ったっきり帰って来ない奴がいるらしいんだ」
「あら……どうやら先を越されたようですね?」
「まぁ、元々先達がいるかもしれないからと、アルミナさんはここに来たわけですし……」
ノーラとキャサリンは顔を見合わせる。男は片目を瞑って続けた。
「噂が真実かどうかは知らねーが、何かしらはあるんだろうな。見たところ、あんたら駆け出しだろ? 変なモンに手を出すよりは、駆け出しは駆け出しらしく、無難な依頼で経験を積んだ方がいいんじゃねぇかと思うがね」
そう言って依頼掲示板を親指で差す男に、ノーラはむぅ、と眉根を寄せて押し黙る。戦士として間違いなく自分より格上の、しかも明らかに親切心で言ってくれているだろう相手に、反論するだけの実力も厚顔さも彼女は持ち合わせていなかった。
「……おっと、どうやら受ける依頼が決まったようですね。僕たちはこれで失礼しますよ」
依頼掲示板の方を見ていた優男が立ち上がる。それに合わせて残りの二人も席を立った。
「えっと……お話、ありがとうございました。その、お礼などは……」
「いいわよ、そんなの。どうせ暇潰しみたいなものだもの」
ひらひらと女が手を振りながら背を向ける。
「ま、精々頑張んな」
最後にそんなぞんざいな激励を残して彼らは去っていった。
「……行ってしまいましたね」
「……そうですね? さて、アルミナさんに合流しましょうか?」
頷いて、ノーラも席を立つ。その表情はいつもの笑顔だった。
「何かいい情報が聞けていればいいんですけどね?」
「えっと……さっきの方達の話は……」
「もちろん、参考にしますよ? でも、聞けたのは噂だけでしょう? 判断するには早いと思いませんか?」
そう言って微笑むと、ノーラはさっさとアルミナの方へ歩いていく。置いていかれたキャサリンはぽつりと呟いた。
「……強いなぁ」
◇◆◇ ◇◆◇
「件の洋館に行ったっていう冒険者が二人、行方不明になっているそうよ」
『鋼の猟犬亭』を辞した三人は、歩きながら情報共有を始めた。アルミナは酒場の店主から得た情報を諳んじる。
「ロバート・キューザック。ヒューリンの男。27歳の戦士。エディ・ダナウェイ。エルダナーンの男。25歳の魔術師。どちらも駆け出しの冒険者よ。丁度私達と同じくらいね」
「成程成程……噂は真実だったわけですね?」
「噂?」
聞き返すアルミナに、ノーラは頷きを返す。
「なんでも、お宝を探しに行く、と言ったっきり戻ってこない冒険者がいるとか? あくまで噂の域を出ないようでしたけどね?」
「そう……結構有名な話になっているのかしら。ともあれ、彼等は二人だけでギルドを組んでいて、他に仲間はいなかったそうよ」
「そうなんですね……ちなみに、なんというギルドなんですか?」
「確か……」
頤に指を当ててアルミナは視線を上向ける。
「……確か、『小さな
「……そうですね?」
アルミナが視線を下げると、によによと生暖かい笑顔を彼女に向けるノーラがいた。その隣ではキャサリンが何とも言えない苦笑を浮かべている。
「……なによ?」
「いえ? 何でもありませんよ?」
によによ。
「何でもないならその表情はなんなのよ」
「いつも通りですよ? 気にし過ぎでは?」
によによによによ。
「……~ッ! いいじゃないのよヴォルフデアシュトルムだってかっこいい名前じゃないのよ!」
どこまでも人を小馬鹿にしきった笑顔にあっさり堪忍袋が切れたアルミナが、両手を振り上げてがーッと怒鳴る。キャサリンとノーラは顔を見合わせると、くすりと笑った。
「私は好きですよ」
「ふふ、いいと思いますよ?」
「……」
突然向けられた優しい笑顔とセリフに、アルミナは両手を振り上げた姿勢のまま固まった。だがすぐに再起動し、
「……そうよね!」
一転して破顔すると、くるりとスカートを翻して向きを戻し、上機嫌で歩き出した。
「……ちょろいですね?」
「まぁ……そういうところも、アルミナさんのいいところですから」
「たしかに?」
ノーラとキャサリンは頷き合うと、アルミナの後を追って歩き出す。少し足を速めれば合流は直ぐだった。黒い尻尾を左右に揺らしながら跳ねるように歩くアルミナの背中に、ノーラが声を掛ける。
「アルミナさん、次の目的地は何方へ?」
「……神殿よ」
アルミナはぴたりと足を止めると、いつもの怜悧な表情で振り返り、淡々とした調子で応じた。
(あ、耳動いてる……分かりやすいなぁ)
キャサリンがほっこりとしている間に二人が話を続けていく。
「さっきの二人の捜索依頼が神殿から出されているそうよ。依頼を出しているなら情報もあると思うわ」
「そうですね? ついでにその依頼を受ければ、神殿からも正規の報酬が貰える、と。一石二鳥ですね?」
「そういうことよ」
ストックとかもうないです。