冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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ミドルフェイズ・幽霊屋敷

「ええと……地図によると……こっちの方だと思います」

 

 地図を広げたキャサリンが先導し、三人は街道を外れて林の中を分け入っていく。林の植生は比較的濃い方だったが、今の日中の日差しの下であれば地図を読むのに支障はない環境だった。

 

「本当にこの先に屋敷があるんでしょうか? 道みたいなものはありませんよ?」

「そうね……薮が酷すぎるわ。でも、最近人が通ったのは間違いなさそうよ。ほら、そこ」

 

 前回と同じく最後尾を警戒しながら歩いていたアルミナが、前方から垂れ下がる木の枝を指差す。その内の一本が半ばから不自然に折れており、まだ新しい断面を晒していた。

 

「本当ですね? 背の高い人でも通ったんでしょうか?」

「一人はエルダナーンだそうだし、おかしくは無いと思うわ。ん、ここ、薮が押し倒されてる」

「転びでもしたんでしょうかね?」

「酔っ払っていたそうだし、有り得なくはないわね」

「そろそろですよ」

 

 地図をしまったキャサリンが二人を振り返る。頷きを返した二人は口を閉じて先を急いだ。

 

 目的の幽霊屋敷が現れたのはそれからすぐのことだった。

 背の高い木々に隠されるように建つそれは、屋敷としてはやや小ぢんまりとした二階建ての邸宅だった。苔や蔦のない、チョコレート色に綺麗に塗られた外壁は、場所が場所だけにいっそ不気味である。庭も屋敷を囲う柵も見苦しく無い程度ではあるが手入れがされており、片側が開いたままの鉄の門扉がその怪しさを助長していた。窓は見る限り固く閉じられており、鎧戸までしっかりと閉められている。それらに破損している様子はなく、定期的に人の手が入っているのは間違い無さそうだった。

 

「ここまで迷わず着けたわね。キャサリンが地図を読めて助かったわ」

「その辺りはお父様にみっちり仕込まれましたから……」

「むしろ、アルミナさんは読めないんですね?」

 

 ノーラが茶化したが、アルミナはええ、とあっさり頷く。

 

「私の故郷だと、地図はもっと適当で大雑把なものだったのよ。大体の位置関係と目印が分かれば良いくらいの。それで十分だったわ。でも、これからは今のままじゃ駄目ね。キャサリン、今度私にも教えて貰えるかしら」

「はい、私で良ければ」

 

 嬉しそうに請け負うキャサリンに微笑みを返して、アルミナはノーラへ視線を移した。

 

「折角だから貴女も一緒に教わりましょう。読めないでしょう? 地図」

「さて、一先ず屋敷に近付いてみましょうか?」

「……あの娘ったら」

 

 そそくさと門扉へ歩いて行くノーラの姿に、やれやれとアルミナは首を振る。

 

「まぁまぁ、ああいう態度ですけど、きっと一緒に話を聞きに来てくれますよ」

「だといいけど」

 

 鼻を一つ鳴らして、アルミナも警戒しながら門扉を潜った。その後ろをメイスに手を掛けたキャサリンが続く。

 屋敷の正面玄関と思わしき樫の扉はきっちりと閉じられていた。慎重に鎧戸に近寄ったアルミナが中を覗き込むと、重い色合いのカーテンが引かれており中を窺うことは出来なくなっている。

 

「余程中に光を入れたく無いのかしら。この様子だと、盗賊のアジトって線は無さそうね」

 

 ここまで執拗に光を遮る必要はないし、外見も荒れた様子がなくて綺麗だしね、とアルミナ。

 

「やっぱり、幽霊屋敷なんでしょうか?」

「どうかしら。さて、選択肢は幾つかあるわね」

 

 アルミナが指を立てていく。

 

「一つ、扉をノックする。二つ、扉を蹴破る。三つ、扉を魔法でぶち抜く」

「えっと……それ、二と三はどう違うんですか?」

「二は身体ごと突っ込むから仮に待ち伏せを受けた時にリスクになるわね。三はそういうリスクはないけど、魔力を使うわ」

「か、過激ですね……」

 

 空中に跳び上がったアルミナが、扉に向かって華麗なドロップキックをキメる様がまざまざと思い浮かんだキャサリンがなんとも言えない苦笑いを浮かべる。

 

「ちなみに四、五、六は窓に同じことをするわ」

「う、うーん」

 

 突っ込む先が扉から窓に変わった姿を想像したキャサリンの眉尻が更に落ちた。

 

「まぁ、静かに行くか、派手に行くか、それともつついて様子を見るか、よね」

 

 ──今のところ選択肢はつつく、派手、派手ではなかろうか?

 キャサリンが曖昧な笑みを貼り付けたまま更に眉根を寄せて返答に窮していると、ノーラが代わりに口を挟んでくれた。

 

「仮に人様のお家だった場合、派手に行ったら大変なことになりますね?」

「……流石に無いでしょ、それは」

「分かりませんよ? 庭も壁も、しっかり手入れされていますしね? 案外、扉を蹴破ったら、包丁を持ったお爺さんがアルミナさんを追いかけ回してくるかも知れませんよ?」

「無いと信じたいけどね……誰か住んでたりするのかしら。やっぱり」

「さぁ、どうでしょうね?」

 

 悪戯っぽく笑ったノーラが戯けたように肩を竦めてみせる。片手で眉間を抑えたアルミナは一つ息を吐いて正面の扉を見据えた。

 

「……とりあえずは、正攻法で行きましょうか」

「そうですね、それが良いと思います」

「まずは、扉に罠がないか確認でしょうか?」

 

 そう言って、ノーラは視線をアルミナに向ける。アルミナは半眼でその目を見返した。

 

「……貴女、シーフよね?」

「嗜む程度ですね?」

 

 溜め息を吐いて、アルミナが扉を確認する。その目が取手の握りを通った所ですっと細まった。

 

「──ここ。何かあるわね。多分握った瞬間毒針が飛び出してくる奴よ」

 

 アルミナはノーラを振り返る。

 

「あとお願い。流石に解除までは専門外よ」

「不器用ですものね?」

「適材適所と言いなさい」

 

 アルミナは鼻を鳴らしてノーラと場所を交代する。元々ヴァーナは俊敏で周囲の気配に敏感である反面、大雑把な所が多いからか器用な種族ではない。彼女もその例に漏れず、あまり器用であるとは言えなかった*1

 

「解除は得意なんですよ?」

 

言いながらシーブズツールを動かすノーラの背中を見ながら、それにしても、とアルミナは呟いた。

 

「入り口に罠があったということは、ここは単純な幽霊屋敷なんかじゃ無いってことね」

「何者かの侵入を見越して罠を張っているから、ですか?」

「それもあるけど……私達の前に、行方不明になった二人が来ている筈よ。でも、窓には何者かが侵入した形跡がなくて、扉には罠が仕掛けられている。あのタイプは一度作動したらそのままになる類だわ。つまり、二人が入った後に罠を仕掛けたか、窓とかを修復した存在がいる、ということね」

「な、成る程……」

「まぁ、罠を仕掛け直した、が現実的でしょうけど。門扉は開けっぱなしにしておいて、玄関に罠を仕掛けるあたりいやらしいわよね」

 

 思っていたよりも面倒かも知れないわね。

 淡々とそう言って肩を竦めるアルミナの姿に、キャサリンは唾を飲み込んでメイスの柄を強く握った。

 

「ふぅ、これで解除成功ですね?」

 

 シーブズツールを仕舞いながらノーラが戻ってくる。

 

「ご苦労様。次は突入するわけだけど……」

 

 アルミナは再び扉に近寄ると、ぺたりと耳を付けた。目を閉じて扉の向こうの音を感じ取ろうとする。

 

「……音はしないわね。とりあえず開けたら敵とご対面、という可能性は無さそうだわ」

「扉に罠があった以上、中にも罠があると考えた方が良さそうですね? 注意して進みましょう?」

「そうね。慎重に行きましょう」

 

 頷きを返したアルミナがゆっくりと扉を押し開ける。途端、押し込められていたのであろう、生温く乾燥した空気が顔を舐め、その腐る前に乾涸びた肉の様な臭気に顔を顰めた。中は案の定薄暗く、扉の隙間から差し込む明かり程度では、そこがエントランスホールであること位しか分からない。

 

「やっぱり暗いわね……キャップライトを点けないと」

 

 アルミナは頭に付けたキャップライトの蓋を開ける。仕組みは知らないが、こうすると独りでに灯りが前方を照らしてくれるのだ。しかも火ではないのか、頭が熱くならない。便利なものだ、と感心しながら彼女は改めてホールを見渡した。

 続けてノーラとキャサリンもキャップライトを点ける。三人分のライトで照らされたエントランスホールはフローリングが剥き出しの殺風景なものだった。壁に古めかしい燭台こそあるが蝋燭は無く、絵画や鏡などの調度品も殆ど見当たらない。精々が玄関の横に何も掛かっていないコート掛けが立っている位だった。

 正面と左右に部屋と思わしきシンプルな扉が一つずつあり、右手側には二階へ続く階段があって吹き抜けになったホールの回廊に繋がっている。二階には見える範囲で正面に一つ扉があるが、回廊の先は通路へと続いていて窺い知ることができなかった。反対側には奥へ続く廊下があるが、暗さの所為で突き当たりで曲がっていること位しか分からない。

 

「まずどこを探す?」

「そうですね……右手の扉、でしょうか?」

「そう? 左じゃない?」

 

 早速ノーラとアルミナの意見がぶつかる。

 

「あら……? そうですか?」

「下から見て回る方がいいと思うのよ。安全をしっかり確保しながら探索を進めたいから。なら左から攻めた方がいいと思うわ」

「えっと……私は、お二人に従いますので……お任せします」

「むぅ」

 

 キャサリンが意見を放棄し、ノーラも直感以上の根拠を持たなかったため、ややしてこっくりと頷いた。

 

「……わかりました。では、左からにしましょう?」

「よし、じゃあ早速行くわよ」

 

 そう言ってアルミナが足を一歩踏み出した瞬間だった。正面の扉が内側から弾けるように開き、吹き出すように二体の怨霊が飛び出して来る。怨霊は半透明の、薄汚れた布を被った何者かのような姿で、腕が入っているかのような起伏があり、目のように見える二つの穴からは、見つめるだけで心胆が冷えるかのような仄暗く不気味な光が覗いている。

 更に部屋の奥から、鎧の軋む音を立てながら二体の鎧騎士が向かってくるのが見えた。鎧の関節部から垣間見える中身は伽藍堂で、本来目のあるだろうヘルムのバイザーの奥には鬼火のような灯が揺らぎ、面頬の隙間からは瘴気のような物が漏れ出ている。

 突然の敵の襲撃に、三人は反射的に獲物を引き抜いて身構えた。

 

「あら……本当に幽霊が?」

「……あの鎧、多分前にも見たやつね。流行ってるのかしら」

「そういうことではないと思いますけど……来ますよ!」

 

 鎧騎士が鞘から剣を引き抜いたのを見て、キャサリンが警告を発する。その時には既にアルミナが怨霊へ短杖を向けていた。

 

「風よ、切り裂け……! 《エアリアルスラッシュ》!」

 

 短杖に取り付けられた輝石が煌めき、放たれた風の刃は空中を浮遊する怨霊を捉えて一撃でバラバラに吹き散らす。

 

「先手必勝! 先ずはこんなものね!」

「あっさりですね?」

「そうね。あの怨霊見たいなのは大したことなさそうよ」

「成る程成る程……」

 

 ノーラが頷きながら一歩、前に出た。彼女の背が一瞬、ざわり、と震えて見え、

 

「では……行きましょうか?」

 

 口元を吊り上げてそう楽しげに呟くと──次の瞬間には手前側にいた鎧騎士の懐に飛び込んでいた。鎧騎士の足元、背を向ける程に身体を捻った体勢から、全身をバネのように使って跳び上がる様に一気に振り抜き、鎧の胸甲に深く四条の傷を刻み込む。そのまま蹈鞴を踏んでいる胸甲を蹴り付けることで反撃を躱して着地。気取った動作で一礼した。

 

「いかがですか?」

「凄い……」

「……あれ? 何で傷が四本あるのかしら……?」

「フォルティ家に代々伝わる奥義ですよ?」

 

 さっさと『見えざる手』をしまったノーラが澄ました顔で嘘を吐いた。

 

「これは門外不出の──キャサリンさん!」

「ッ! 《プロテクション》──!?」

 

 ノーラや彼女が斬り付けた鎧騎士の陰に隠れる形になっていた、もう一体の鎧騎士が振るった剣から飛んだ衝撃波が、キャサリンの身体を激しく打ち据えた。ノーラの声で何とか防御は間に合ったものの、ダメージは大きいらしく苦悶を浮かべながら攻撃を受けた脇腹を魔法で癒し始める。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

「は、はい。これ位なら、何とか!」

「そう……やっぱり鎧の方が厄介そうね」

 

 舌打ちしたアルミナが杖を、大きく傷の付いた鎧騎士へ向ける。

 

「よくもキャサリンを……って言いたいところだけど、まずは数を減らすことが先決ね」

 

 既に体勢を立て直していた鎧騎士が自分に向かって剣を振ろうとしているのも構わず、アルミナは冷静に魔法を唱えた。

 

「風よ、風の刃よ、破魔の腕よ! 無窮の彼方より来たれ、《エアリアルスラッシュ》!」

 

 アルミナの放った風の刃が鎧の下半身を引き裂いた。ガシャン、と音がして中身の無い左足が根本から脱落するも、傷付いた左腕とひしゃげた右膝で身体を支えながら、金属を掻きむしるような耳障りな音を立てて騎士はなおも右手で剣を振り被る。

 

「倒し切れなかったか!」

「追い討ちを掛けますね?」

 

 追撃を掛けるためにノーラが突っ込む。剣が振るわれる前に速度重視で逆手に持った右の短剣を突き込もうとするが、そこへ見た目の割に機敏な動作で無傷の鎧騎士が割って入った。盾のように翳した左腕の手甲に短剣が突き刺さる。

 

「くっ……邪魔が入りましたね?」

 

 そのまま鎧騎士が押し込むように剣を振るうが、その直前に残る三本の短剣を手甲に叩き付けて破壊したノーラが身を床に投げ出すのが間一髪で間に合う。

 

「あ、危なかったですね……?」

 

 転がるようにして離れたノーラを追って、左腕を破壊された鎧騎士が步を進める。そうして視線が通った瞬間に、半壊したもう一体の鎧騎士が剣を振り下ろし、アルミナに衝撃波を放った。アルミナも剣が振るわれた瞬間に反応して身を捻るが間に合わない。

 

「いったッ……!」

 

 打たれた胸を抑えてアルミナは苦しげに呻いた。胸の前で役目を終えた障壁の残光が散って行く。

 

「大丈夫ですか?」

 

 自身の治療を終えたキャサリンが、アルミナの隣に並ぶ。

 

「お陰様でね。私の治療はいいわ。ノーラの援護に行って」

 

 片腕の鎧騎士と残った怨霊に狙われて、体勢を立て直せないでいるノーラを指す。その声はしっかりしており、キャサリンが思った程のダメージは無いようだった。

 

「ああでも、狙うならあっちの半分壊れた方に行って。多分その方がいいわ」

「わ、分かりました」

 

 アルミナの指示に従って、キャサリンはメイスを握って壊れ掛けの鎧騎士に向かって走る。関節の何処かに異常が発生したのか、剣を振り下ろした姿勢から上手く身体を戻せていない鎧騎士の頭部に向かってメイスを振り上げるが、当たる直前に横合いから差し込まれた長剣に阻まれた。ノーラを追い掛けていた鎧騎士が引き返してきたのだ。攻撃の手が緩んだノーラは一息吐くと一度大きく飛び退って仕切り直しを図っている。

 

「弱っている味方を庇う、ですか。まるで騎士の鑑ですね……」

 

 メイスを弾いた衝撃で手首の関節が折れ曲がった鎧騎士を見て、騎士の娘であるキャサリンはやりにくそうにメイスを構え直す。だが、

 

「──風よ、全てを引き裂きし、無慈悲なる虚ろの咢よ、我が手に集いて力となれ! 《エアリアルスラッシュ》!」

 

 アルミナが力ある言葉と共に放った風の刃が鎧騎士達に容赦無く襲い掛かる。両手を失った騎士はそれでもより損傷の激しい味方を庇い、そして耐え切れずに砕け散った。

 

「あ……」

「よし、これで仇は取ったわ、キャサリン」

 

 振り返れば、ドルイドワンドで肩を叩きながらそんなセリフを宣うアルミナがいた。キャサリンは思わず半眼になる。

 

「……私、まだ死んでませんよ」

「あら、そうだったわね。ごめんなさい」

 

 アルミナはでも、と、

 

「相手は意志も知性もない魔物よ。余計なこと考えて手が鈍ってたら、その内、冗談じゃすまなく無くなるわよ」

「……。はい、そうですね……もう大丈夫です」

 

 知らずに強張っていた肩から力を抜き、しっかりと頷いたキャサリンによし、と返して、アルミナは杖を怨霊へ向ける。それとほぼ同時に、ノーラがもう一体の鎧騎士の首の繋ぎ目を斬り飛ばして止めを刺していた。振り返ったノーラが爽やかな笑みをアルミナに向ける。

 

「ふぅ。アルミナさんの仇は取りましたよ?」

「うるさいわね!? 真似しなくて良いのよ!」

 

 人に真似されると腹立つわね!? とアルミナが地団駄を踏む。しかし直ぐに表情を切り替えると、

 

「全く……ほら、さっさと片付けるわよ。こんな所でのんびりとしてはいられないわ」

「いったい誰のせいでしょうね?」

「……少なくとも、私の所為ではないですね」

「言うじゃないの……いいから手を動かしなさい、手を」

 

 三人の集中攻撃を受けて怨霊が消滅するのは、それからまもなくのことであった。

 

 

*1
器用3。ノーラ(器用6)やキャサリン(器用5)と比べればだいぶ見劣りするが、そもそも後衛であるメイジには必要ない




ちなみに、アルミナが唱えている詠唱は殆どが実際にセッション中で使ったものになります。
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