冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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ミドルフェイズ・館内探索(上)

「……大した収穫は無かったですね」

「そうね……ここのことが分かる資料があればと思ったのだけど」

「絵本……」

 

 怨霊を退けた彼女達は、そのまま正面の部屋と左の部屋──それぞれ応接間と書斎だった──を探索し終え、エントランスホールへ戻ってきた。敵こそいなかったものの、この館の情報に繋がるようなものもなく、空振りに終わっている。

 

「……その本は?」

 

 幾分か気落ちした様子だったノーラが、アルミナの持っている本を見咎めた。豪華な装丁の成された本だが、その背表紙に書かれたタイトルは『エルーラン地下遺跡概論』。この館とはまるで関係のなさそうな本であった。

 

「……何も成果が無いと悔しいじゃないの。だから、ここに書いてある知識を未来の冒険に役立てようと思ってね。お金として」

「……なるほど?」

 

 高山地帯に棲む狐のような顔になったノーラを捨て置くと、本を仕舞い込みながら、アルミナは屋敷の奥に続く廊下の前に立った。

 

「次はそちらの奥ですか?」

「ええ。いかにも何かが潜んでいそうじゃない?」

「確かに……」

 

 キャサリンは廊下の奥に目を凝らす。本来は窓から差し込む光で十分に明るい筈だが、鎧戸とカーテンに阻まれて完全な暗闇になっている。キャップライトの明かりだけが光源だった。

 

「……奥に行くまでに、扉が一つありますね」

「そのようね。確認してみましょう」

 

 足音を殺してアルミナが扉を近づき、手早く罠の有無を確認する。

 

「……大丈夫そうね」

 

 扉に耳を当てながら頷いたアルミナの手招きに二人が集まるのを待ってから、ゆっくりと扉を開く。

 

「ここは……浴室でしょうか」

 

 床には大理石が貼られ、部屋の二辺にある傾斜のある溝が角にある穴に繋がっている。穴の対角には木製の浴槽があり、木桶と水瓶が側に置いてあった。側面の壁には燭台が、そして正面の壁には窓を模した窪みに据えられた石像が鎮座しており、キャサリンの視線は思わずその石像に吸い寄せられてしまう。その翼を広げて寝そべる悪魔をモチーフとした恐ろしげな様相が、キャップライトの狭い範囲を切り取るような薄白い灯の所為か、闇から浮かび上がってくるように見え、殊更不気味に映ったのだ。

 

 しかしながら、三人いるのだから当然違う物に注目する者もいる。

 

「お風呂ね!」

 

 耳をピンと立てたアルミナが浴槽に目を奪われて瞳を輝かせた。釣られて其方に視線を移したキャサリンは、その上等な造りを見て眉尻を下げる。

 

「私の家のものよりも立派ですね……んん、いえ、そうではなく。今は依頼の途中ですよ、アルミナさん」

「あ、いや、つい……その、ごめんなさい」

 

 複雑そうな顔を、咳払いで鹿爪らしく整えたキャサリンの苦言に、アルミナはぺたりと耳を伏せて素直に謝る。

 

「お風呂、好きなんですか?」

「……悪い?」

 

 部屋の中を見詰めながら、揶揄う様な調子で声を掛けるノーラを、アルミナは半眼で見返す。ノーラは視線を外さないまま、いえ? と首を傾げ、

 

「いいと思いますよ? アルミナさん、意外と綺麗好きですしね?」

「どう言う意味よ!?」

 

 アルミナは憤慨するが、ノーラは取り合わずにでも、と

 

「流石に、ちょっと引きますね?」

「えっ、そこまでなの!?」

「ええ、あまり理解したくないご趣味ですよ?」

 

 狼狽するアルミナに、くすり、と嗤い、

 

「──知らないヒトに見られながらお風呂に入りたいなんて」

 

「うにゃっ!? そ、そんな趣味無いわよ!?」

 

 狼狽えるアルミナに、ノーラは笑みを消して溜め息を一つ吐いた。

 

「でしたら猛省してくださいね? ──敵です」

「!?」

 

 アルミナとキャサリンが弾かれた様に室内に目線を向けると同時に、ノーラが抜き放ったナイフをクロスに構えてアルミナの前に立つ。そこを、壁の台座から矢の様に突っ込んできた石像の振るう爪が襲った。爪はノーラと、咄嗟にカイトシールドを持ち上げたキャサリンを打ち据えて吹き飛ばしながら一向の間を通り過ぎ、廊下の壁に激しく突っ込んで破壊する。急に差し込んだ外の明かりが辺りを照らし、血を流す二人の姿がアルミナの目に映った。

 

「くっ……中々、重いですね?」

「ノーラ、キャサリン、大丈夫!?」

「私は、大丈夫です」

 

 キャサリンが自身の傷を癒しながら返事を返す。ノーラも折れ曲がってしまった短剣を投棄すると、額から流れ落ちる血を拭いながら笑わない瞳でアルミナを見返した。

 

「問題ありません。これが最善だと判断しただけですから」

 

 予備(見えざる手で持つ用)の短剣を引き抜いて、ノーラは敵の方へ向き直る。

 

「それより、しっかりしてください。貴女はわたし達のリーダーなんですから」

「……ごめんなさい。軽率だったわ。もうしない」

 

 目と耳を伏せるアルミナに、ノーラはそこでくすり、と笑みを溢した。

 

「ふふ。まぁ、わたしもアルミナさんを揶揄うために警告を遅らせましたしね? 今回気を抜き過ぎた分は、許してあげますよ?」

 

 いつもの調子で言いながら、ノーラは石像を指差す。石像は壁をぶち破った時に何処か破損したのか、地面の上で不格好に蠢いていた。

 

「流石に石像を殴って壊すのは骨ですからね? 防御はしますから、攻撃はよろしくお願いしますよ?」

「任された。キャサリン、ノーラの治療をお願い」

「分かりました」

 

 キャサリンが頷いたのを確認し、アルミナは短杖を前に突き出した。

 

「風よ、我が前の敵を斬り倒せし、無限なる刃となれ! 《エアリアルスラッシュ》!」

 

 叩き付けるように続け様に放たれた風の刃に、石像は予想に反して再び動き出すことさえ許されず、あっさりと砕け散る。砕けた石像が動きを止めたのを確認し、更に他に敵の気配がないことを確かめてから、アルミナは深く深く溜め息を吐いた。

 

「二人とも、今回は本当にごめんなさい。余計な怪我をさせたわ」

「そんな、これ位平気ですから」

 

 キャサリンは首を横に振るが、アルミナは却って肩を落とす。あっさりと破壊できたことから、奇襲さえ許さなければ対した被害にならなかった可能性が高いのだ。少なくとも、風呂に気を取られていなければ、ノーラに庇われるような不様は晒さなかっただろう。

 

「……さっきはあんなに偉そうなこと言ったのに、我ながら情けないわ」

「ふふ。今回もわたし達の仇を取ってくださって、ありがとうございますね?」

 

 ノーラが煽ってくるが、言い返せないアルミナは頭を抱えるしか無かった。

 

「うぅ……穴があったら入りたいわ……」

「穴ならさっきの浴室にありましたね? 入りますか?」

「入れるか! いわゆる言葉の綾よ!」

 

 反射的にツッコミを入れると、ふぅ、と一つ、息を吐く。

 

「……ノーラも、さっきはありがとう」

「もういいですよ? さっきも言いましたけど、わたしも警告を出すのを遅らせましたしね? それでお風呂に夢中になって警戒が疎かになっていたアルミナさんに、反省して貰おうと思っていたのですが」

 

 石像があそこまで速く動くのは予想外でしたね? と頭を掻いた。

 

「さっき、私を揶揄う為って言わなかった?」

「趣味と実益を兼ねた形ですね? まぁですから、わたしにも悪い部分はあるので、感謝も謝罪も要りませんよ? 行動では示して欲しいですけどね?」

「それは……ええ。約束するわ」

 

 力強く頷いたアルミナに満足気に頷きを返し、ノーラはキャサリンに向き直る。

 

「そう言う意味では、キャサリンさんはただ巻き込まれただけで何も落ち度は無いので……申し訳ありませんでしたね?」

「い、いえ、それを言うなら私も気付きませんでしたし……」

 

 私も同罪では。そう口にするキャサリンに、いえ? とノーラは首を傾げる。

 

「わたしもアルミナさんも、キャサリンさんが気付くとは端から思っていませんので、気に病む必要は無いですよ?」

「ええっ!? そうなんですか!?」

 

 アルミナを振り返るが、彼女は露骨にキャサリンから目を逸らした。

 

「貴女はその……素直というか、おおらかというか……」

「まぁぶっちゃけ、向いてないですね?」

「そんな!?」

 

 がーん、という効果音を背負いそうな表情で、キャサリンは一歩後退る。

 

「いやその、ノーラの言い方は悪いけど、本当に気に病まないで欲しいのよ。私達は仲間で、それぞれが出来ないことを補いあっているんだから。回復とか、防御とか……色んなところで、私達は貴女を頼りにしているのよ」

「適材適所という奴ですね?」

「そう言うことよ。それでも気になる、というなら、貴女なりに頑張ってくれたらいいわ、キャサリン。貴女の努力を、私達は否定しない」

「……分かりました。頑張ってみます!」

 

 こっくりと頷いて拳を握り締めたキャサリンに、アルミナも笑顔を返す。

 

「……キャサリンさん、貴女は良い人ですね?」

「はい?」

 

 何でもないですよ? と廊下の奥へ向けて歩いて行くノーラに、キャサリンは首を傾げながらついて行った。

 

「また扉があるわね……」

 

 廊下を折れた先、再び日光が届かなくなった辺りに少し簡素な扉があった。最早慣れた動きでアルミナは罠を探して聞き耳を立てると、何もないと確信したのか扉を開く。

 

「あら?」

「また扉ですね……」

 

 短い廊下を挟んですぐの所にもう一枚扉があった。それは一枚の頑丈そうな鉄の扉で、明らかに他の扉と様相が異なっている。ざらついたその表面には取手や鍵穴の類はなく、扉だとは分かるのだがどのように開くのか皆目検討が付かなかった。

 

「引き戸かしら? とりあえず調べて見ましょうか……」

 

 再びアルミナは扉を調べ始めたが、少し触るとすぐに難しい顔で腕を組んで悩み始める。

 

「どうかしましたか?」

 

「うん……開け方が分からなくてね。恐らくだけど、これは何らかの魔法の鍵が掛けられてる……と思うんだけど」

 

 言いながら軽く叩いたり横に引いたりする。罠は無いと踏んでいるのか遠慮のない動きだったがびくともしない。

 

「鍵穴とかも、見当たりませんね……」

 

 キャサリンもアルミナの隣で頭を捻り始める。

 

「いっそのこと、このメイスで思いっきり叩いてみますか?」

突然暴力的になった(知力判定:ファンブル)わね……この手の魔法の鍵は、無理矢理こじ開けると不味いことになると聞いたことがあるわ。やめて置いた方が無難でしょうね」

 

 そうですか、と残念そうにキャサリンはメイスから指を離す。代わりに口を開いたのは、扉を見て以来ずっと目を点にしてぽかーんと口を開けていた(知力判定:ファンブル)ノーラだった。

 

「……これは……聞いたことがありますよ?」

「あるの?」

 

 アルミナの問いに、首肯いたノーラはかッ! と目──まるでぐるぐるとあらぬところを回っているように見える──を見開く。

 

「きっとこの先は厠……! 大の男二人がどちらが先に入るか言い争っていると、娘が頭から突撃してきて片方が撃沈、もう片方の男が哀悼の意思を示していると娘が厠に入ってしまってもう片方の男も撃沈するという……!?」*1

「何よその魔境……!? 絶対違うわ! むしろ嫌よ!」

「むぅ……残念ですね?」

 

 さして残念でも無さそうに言うと、あっさり正気に戻ったノーラは肩を竦めた。

 

「何にせよ、簡単には開けられなさそうですね? 何か仕掛けがあるのかもしれませんが……現状では情報が足りないと思いますよ?」

「そうなのよね……ここで悩んでいても仕方ないし、一旦捨て置きましょう。他を探索したら何か分かるかも知れないし」

「そうですね……」

 

 曖昧な返事をして、踵を返した二人を追う前に、キャサリンはもう一度扉を振り返る。一つに減った光源の中、ざらついた金属の表面で幾つも反射する鈍い光が、じっ、とこちらを窺う無機質な目の集まりに見えた。

 

*1
原ログママ




我々全員ネタもオマージュもパロディも大好物で、茶番も悪ふざけも大好きです。まぁ私だけ守備範囲が若干異なってて何のネタか分からないのも結構あるのですが……
もし何かのネタとかを見つけたら生暖かく流してくれると幸いです。
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