エントランスに戻って来た一行は、残る右側の部屋を探索した。そこは食堂だった様で、念の為探索してはみたものの、潜んでいる敵はおらず、先程の扉に纏わる情報も一切手に入らなかった。
「ノーラの剣の代わりが手に入ったのは良かったけど……」
「三徳包丁*1ですけどね」
思う様な成果が出ずに唸るアルミナへ、キャサリンが苦笑を返す。食堂の奥の調理場から拝借してきたそれは、華美な装飾が刀身に施されており、短剣として使うにはやや短く、長さの割に重いが、作りがしっかりしていて頑丈そうではあった。実際二、三度素振りしたノーラがそのまま頷いて腰のホルスターに納めたところからすると、振るう分には問題ないのだろう。
その本人はというと、成果の別の所で不満があるようだったが。
「ジュースが良かったです……」
「あら、上等な火酒じゃないの」
アルミナが持っていたスキットルを揺らす。彼女が匂いを嗅いで、軽く舐めて確認してみたところ、中身は酒精の強い酒で、一時的に身体を温めて
「本当は、前衛の貴女が待っていた方がいいと思うのだけど」
「お酒は飲めませんね……?」
「飲めないって、子供じゃあるまいし」
嘆息するアルミナに、ノーラは頬を僅かに膨らませる。
「子供ですが?」
「はぁ? 何言ってるの。貴女幾つよ」
「十一ですよ?」
「子供だった!? えっ、四個も下なの!?」
(あ、アルミナさんと同い年だった)
一行の中では背の高い
「……まぁ、無理に飲めとは言わないわ。使い時があるかも知れないし、これはキャサリンに渡しておくわね」
「はい、いただきます」
受け取ったキャサリンは少し迷ってから懐にスキットルを納めた。
「後は二階ね」
「そうですね……お二人が無事だといいんですけど」
一階の探索が空振りに終わり不安を覚えたのか、二階を見上げながら少し急くような声でキャサリンは救助対象を案じる声を発した。しかし、
「二人……あぁ、エディとロバートだったわね。そうね、無事だと良いわね」
アルミナは気のないような声で応じながら階段に仕掛けられた罠を探す。その反応にキャサリンは眉根を寄せた。
「アルミナさんは、心配では無いんですか?」
「そうね……『心配』は、してないかしら」
罠はないと判断してか、ステップに足を乗せながらアルミナは答える。
「私はね、キャサリン。正直もう、二人は死んでいると思っているわ」
「えっ……」
「そうとしか思えないのよ。行方不明になったのは三日前。入口には罠が仕掛けてあって、侵入者に襲い掛かるガーディアンもいる。屋敷の中も換気こそされてないけど、埃っぽい感じはしなかった。内装だって、ちょっと殺風景だけど整ってたわ。管理者がきっちり管理してる証拠よ。となれば、考えられるのは殺されたか、見つからないように息を潜めているか、だけど」
淡々と根拠を挙げながら階段の半ばまで上がったアルミナが、着いてこないキャサリンを振り返る。
「頭を枝にぶつけたり、転んで薮に突っ込んだりするような酔っ払いが、ここに三日も隠れ潜める? 有り得ないわ」
「まぁ、敵に捕まってるという可能性もありますけどね?」
ひょいひょいと階段を登りながら、ノーラがアルミナが挙げなかった可能性を口にする。アルミナは小さく頷いた。
「まぁ、そうね。それにしてはここまで遭遇した敵が私達に殺意剥き出しで襲い掛かって来てるから、可能性は低いと見てるんだけど。貴女だって同意見でしょう?」
「まぁ、そうですね? 生きていれば、とは思いますけどね?」
あっさりとノーラは頷く。
「ぶっちゃけて言えば、今回のお二人には同情すべきところが何も無いですし? 生きていてくれた方が色々と楽、位ですけどね? お金も増えることですし?」
「こらこら、そう言うこと言わないの」
真面目な顔でノーラを嗜めると、アルミナは再びキャサリンに向き直る。
「そう言う訳で、私は二人の生存は絶望視してるわ。この館に足を踏み入れた時からね」
「でも……まだ生きている可能性は、ある訳ですよね」
「そうね。でも生きていたとしても満足には動けないでしょう。遺体の搬出になるか、衰弱した怪我人の護衛になるかは分からないけど……そんな所を横から襲われたら堪らないわ。私達はまだまだ駆け出しに過ぎないもの」
だから救助を急ぐよりも探索に重きを置いて行動していたのだと、アルミナは言う。
「私達が下手を打って二次遭難したら元も子もないのよ。彼等と貴女達なら、私は貴女達の安全を優先するわ」
「お風呂には負けましたけどね?」
「そこは謝るからもう勘弁して欲しいのだけど……ともかく、生きていてくれたら良い位の生存見込みでリスクは取れないわ」
ノーラの茶々に耳をくたりとさせながら、それでもアルミナは毅然と言った。
「……アルミナさんの考えは、分かりました。私達のリーダーは貴女ですし、その方針には従います。お話を聞いていると、お二人がすでに亡くなっているだろう、と結論付けたのも、理解できましたし」
階段に足を掛け、キャサリンはですが、と、
「私達は、彼等の生存を諦めてはいけないと思います。私達は、彼等を救出に来たんです。その私達が彼等の生存を諦めてしまっていては、救えた命も取りこぼしてしまう……そう思うんです」
階段を登りきり、アルミナの前に立ち。彼女にしては珍しく、強い瞳でアルミナに訴え出る。
「それが出来ないのならば……私達は一生、報酬を理由に人を見捨てる人にしかなれないと。そう思います」
キャサリンの言葉を聞いて、アルミナは目を丸くした後、僅かに口許を緩めた。
「……そうね。貴女の言う通りだわ、キャサリン。信じましょう。彼等の生存を。でも、方針は変えないわよ。確実に保護する為にも、背後の安全は確保しないと」
「はい……分かっています。さっきも言いましたけど、アルミナさんの言うことが、分からない訳ではないので」
キャサリンも険の取れた表情で、こくりと頷いた。
「これで、実は二人とも庭で寝ていました、とかだったら、笑えますね?」
いつものように茶々を入れてきたノーラに、アルミナはあら、と片目を瞑って応える。
「そうだったら最高じゃないの。危機に陥った冒険者は居なかったってことね」
「お財布は危機に陥りますけどね?」
ノーラの軽口に応じたのは、口をへの字に曲げたキャサリンだった。
「いえ、下手にお金があるから今回の様に酒に溺れて、捜索依頼を出される羽目になるんです。反省して清貧に甘んじればいいと思います」
「あら、言うじゃないの」
「心配はしますし、救出には全力を尽くします。ですが私も、同情しようとは思いませんから」
「違いないわね」
苦笑して、アルミナは先を向いた。一階から見えていた扉の他はただ真っ直ぐに廊下が伸びており、その突き当たりの左右に一つずつ扉があるのが見えた。
「扉は三つか……まずは手前を開けるわよ」
二人が頷いたのを見て、アルミナは扉を調べ始める。そして、耳を扉に付けた所で初めて彼女の鋭敏な聴覚が扉の向こうの物音を捉えた。それは生物的な何かの立てる物音というよりは、規則的で重たい、金属同士がゆっくりと噛み合うような音が聞こえてくる。
「これは……」
「……何かありましたか?」
これまでと違う様子のアルミナに、息を潜めてキャサリンが問う。音に変化が無いのを確かめて、アルミナはそっと扉から離れた。
「何かいるわ。多分……アイアンゴーレムが一体」
「そんなことまでわかるんですか?」
「昔ちょっとね。私の父は村一番の剣士で、村や周囲の森に現れた魔物を幾度となく斃してきたわ。いわゆる英雄というヤツね」
「英雄ですか……!」
英雄と聞いて、騎士の血が──その身に流れるのは下級兵士の血だが──騒いだのか、キャサリンの目が輝く。しかし一方で、そこまでは少し誇らしげだったアルミナの瞳が一気にどよんと曇った。
「私が幼い頃、森で遺跡が見つかったのよ。何があるか分からないからってコトで、父が調査に乗り出したわ。私を連れてね。そこで、父が見つけ損なったアイアンゴーレムが私にビーム撃ってきたのよ。一瞬頭が真っ白になったわ。よく覚えてる」
間一髪地面に身を投げ出すのが間に合って助かったけど、とアルミナはうんざりした声で語る。
「父に即刻猛抗議したけど、『あれ位普通気付くだろ。気付かんかったお前が悪い』ですって! 私が倒れ込んだ時には青い顔してすっ飛んで来たクセによく言うわ!」
ふーっ。
長く息を吐き、一瞬で上がりきった怒りのボルテージを一気に平常状態に戻したアルミナは、肩を竦めながら二人を振り返った。
「……まぁ、そう言う訳で。死にたくないから、必死に周りの音聴いて潜んでるゴーレムがいないか探ってたことがあるのよ。だから、ゴーレムの音の聴き分けには自信が……って、どうしたのよ、二人とも。そんな顔して」
二人は顔を見合わせると、代表してキャサリンが問いを発した。
「えっと……それは、何年前の話ですか?」
「そうね、確か……十一年前かしら」
アルミナ、四歳である。
「えぇ……」
「何があるか分からない遺跡に連れて行くような年齢では無いと思うんですけど……」
「えっ」
アルミナの顔が炬燵から突然広大無辺な宇宙に放り捨てられた猫のようになった。
「英雄の子たるもの、戦えずとも戦いの空気は知っておくべきだって言われて、三つの時からナイフ片手に連れ回されたんだけど……?」
「……流石に常軌を逸していると思います」
痛ましいものから目を逸らすようにして、ぽつりとキャサリン。
「英雄の子とか関係ないと思いますが? 控えめに言って、アルミナさんの父親はどうしようもなくアホでクズですよ?」
よく死にませんでしたね? と珍しく愉悦ゼロの同情の目を向けてくるノーラ。
「……あんのクソ親父……! 今度会ったらギッタギタにしてやる……!」
顔を真っ赤にしたアルミナに、二人は揃って溜め息を吐いた。
「英雄の子供って、大変なんですね……私は普通の家庭に貰われて良かったです」
「わたしのところも大概でしたが、アルミナさんも苦労したんですね?」
二人が染み染みと呟いていると、気を取り直したのかアルミナが咳払いをして二人を見た。
「話が逸れたわ。アイアンゴーレムだけど、防御力が高くて、一回だけだけど強力なビームを撃ってくるわ。私達にとっては強敵よ」
何事も無かったかのように言いながら、アルミナはポーションを取り出す。
「ここまでで結構消耗しているわ。先にポーションを飲んでおきましょう」
言いながら封を解き、一息に呷った。そしてその不味さに顔を顰める。キャサリンとノーラも続いてポーションを空け、それぞれ微妙な顔をした。
「それじゃ、開けるわよ」
「さてさて……」
二人が武器を構え、アルミナがそっと扉を開く。そこは小部屋となっており、窓はなく、向こう側に柱に支えられた重厚な両開きの扉が見えた。
そしてその前に立ちはだかるのはアルミナの言った通り、一体の鉄の人形だった。巨漢の兵士を模しているのか、黒光りするボディは黒鉄の金属鎧のようにも見える。一対の角が生えた兜の面頬から覗く、生物ならざる黄色く輝く
「やっぱりいたわね。アイアンゴーレムよ」
「こっちを見てるだけで、襲い掛かって来ないですね……?」
「あの扉を守っているんでしょうか?」
「そうね……私もキャサリンと同意見だわ。多分、部屋に入ると襲い掛かってくるでしょうね」
三人は襲い掛かって来ないことを幸いに、部屋に入らないまま慎重に様子を窺う。
「あのゴーレム、右肩に傷が付いてますね?」
「あ……そうですね。あれは、大型の剣をあそこに叩き付けて、弾かれた時に出来た傷だと思います」
一瞬目を凝らしたキャサリンがそう分析する。
「よく分かりますね?」
「騎士の娘ですから。お父様の従者として騎士団の訓練に参加したことがあるんですが、見習いの方が偶にやって、ああいう傷を付けるんです」
大概刃筋がちゃんと立ってないか、勢いが足りないことが殆どですね、と続ける。
「では、あの傷を付けたのは未熟な剣士、と言うことですか?」
「可能性はありますけど……あのゴーレムがそれだけ硬い、ということかも知れません」
ともかく、
「誰かあのゴーレムに一太刀浴びせた人がいる、と言うことです」
「救助対象の人達でしょうか?」
「それは分かりませんけど……それに、あのゴーレムが何を守っているかが気になりますね」
「そこに捕まっていると?」
「かも知れません。これ以上は実際に中を検めてみないと……」
「そうですね? では……アルミナさん、ずっと黙ってますけどどうしましたか?」
ノーラの声に、口元に手を添えて考え込んでいたアルミナが視線を上げる。
「いえ……ゴーレムの胸に飾りが付いてるじゃない? 前に見た奴にあんな飾りあったかしら、と思って……」
彼女が指を差した先、ゴーレムの鳩尾に当たる部分には、星型の金の台座に虹色に揺らめく光を放つ石の嵌った装飾があった。
「確かにありますけど……ここはアルミナさんの地元ではありませんし、地域によってそういう飾りを付けることもあるのでは?」
「それはそうなんだけど……何か引っかかるのよね」
アルミナは二、三度耳の後ろ*5を搔くと、考えを振り払うように首を振って杖を構えた。
「考えても仕方ないわ。今はあれを何とかしないと。あの向こうに二人が閉じ込められてるかも知れないし」
「そうですね?」
「私はいつでも行けます」
「よし。じゃあ……行くわよッ! 風よ、吹き荒べ!《エアリアルスラッシュ》!」
アルミナの力ある言葉と共に、風の刃が疾る。じっと佇むだけだったアイアンゴーレムはそれを無抵抗に受けるかと思いきや、
「ッ避けた!」
──記憶よりも速い!
金属の軋む音を立てながら瞬時にダッキングした巨体が風の刃を掻い潜り、見た目から想像できない程滑らかな動きで三人に向けて大きく足を踏み出した。だがその動き出しの瞬間、ゴーレムの胸の石が一瞬煌めいたのをアルミナは見逃さなかった。
「ノーラッ! 飾りッ!」
「はい」
短く返したノーラは、三徳包丁を逆手にしてゴーレムの前へ低い姿勢で飛び出すと、左手の刃を掬い上げるように振るった。刃先が吸い込まれるように石の台座の縁に突き立ち、
「──これでどうですか?」
すかさずその柄に叩き込まれる右の柄尻。生じた衝撃が頑強な刃先に伝わり、台座をゴーレムの胸の窪みから引き剥がした。途端、ガクンとゴーレムの動きが目に見えて悪くなる。いや、見た目相応になったと言うべきか。それでも自分に向かって振るわれる拳を、ノーラは三徳包丁と、キャサリンがそこに張ってくれた障壁を利用して綺麗に受け流す。
「外れましたね?」
「よくやったわ! キャサリンもナイス!」
「いいえ……続きます!」
離れるノーラとスイッチするように、キャサリンも前に出る。しかし、胴を一回転させるという、生物には出来ない動きで崩れた体勢を立て直したゴーレムが、彼女の想定より素早く後退した為にメイスを振るタイミングを逸してしまった。
「くっ……」
悔しげに歯噛みをすると、キャサリンはカイトシールドを構える。
「さっきの飾りを外しても結構素早いですね?」
「大分マシにはなったけどね。キャサリンも焦らなくていいわ」
冷静にゴーレムの動きを見ていたアルミナが、その動きの起こりを潰すように短杖を突き付けた。
「今度は避けられないでしょう? ──風よ、疾く荒ぶ風よ、疾く敵を打ち払え! 《エアリアルスラッシュ》!」
ノーラとキャサリンの間を割るようにして走った風の刃が痛烈にゴーレムの正面を打ち据える。中心線に沿って装甲を大きく凹まされ、飾りの嵌っていた窪みを中心に放射線状の罅が走ったゴーレムが、耐えかねたように一歩後ろへ下がった。その隙を逃さなかったノーラがすかさず飛び掛かる。狙うはたった今入った罅。順手に握った三徳包丁に、もう片方の手を柄尻に添え、全体重を載せて体当たりするように突き入れた。ばぎり、と音を立てて罅が拡がり、
「くぅっ……硬いですね……!?」
しかし刃は内部にある別の硬い何かに切先を突き付けて止まってしまった。内部の鋼線のような構造物を幾らか破壊した手応えはあったが、間違いなく致命的にはなっていない。そう直感的に判断したノーラは、半ば以上がめり込んで抜けなくなった三徳包丁を手放すと同時に、見えざる手でゴーレムの腹を突き飛ばして距離を取った。ぶちぶチブチッ! と何かを引き千切る破滅的な音を立てて稼動するゴーレムの膝を蹴って更に距離を稼ぎ、キャサリンの側まで戻って来る。
しかし、そうやっていつもの様に離脱を選択したノーラの行動は、今回の場合悪手であった。
ぶしゅう、と全身から赤黒い蒸気を噴き出したゴーレムは、両腕を左右に拡げると、腕力を誇示するかの様にくの字に折り曲げ、そのままノーラとキャサリン目掛けて猛然と突進して来たのだ。装甲の隙間や罅からぽろぽろと部品を溢しながら、それでも無傷の時と遜色ない動きで突っ込んで来るゴーレムの腕を、二人は避けきれなかった。ノーラは身体を逃がそうとしながら咄嗟に引き抜いたナイフで、キャサリンはその場に構えて障壁を張った楯で、それぞれ受け流そうと試みたが、
「く……流しきれない……!?」
体重の軽いノーラは、ゴーレムの鉄腕に引っ掛けられる様な形になって吹き飛ばされた。肩から床に激突しそうになった所を、左腕と見えざる腕で何とか受け身を取りつつ、勢いに任せて転がりながら立ち上がったが、無理な体勢で攻撃を受けた所為で痛めたのか右肩を庇う素振りを見せている。だが大した怪我ではない。一方、
「ぐ、くぅ……ッ!?」
首を目掛けて叩き込まれた鉄腕を、腰を落として楯で受けたキャサリンは堪えきれなかった。楯をやや上向きに傾けて受けた為に押し倒される形になった彼女は仰向けに激しく転倒する。
「がッ……げボッ……!」
背中から叩き付けられたキャサリンが肺から押し出された空気と共に血を吐き出す。
「キャサリン!」
「だ……い、じょ……ぶ、です……」
多くは無いが少なくもない血を口の端から流しつつも、キャサリンは背中を丸めるようにしながら身体を起こそうとしていた。動かせない様子の左肩に回復魔法を掛け始めたのを横目にし、一人難を逃れたアルミナは歯噛みをしながら、勢いを殺せずに壁を突き破ったゴーレムを振り返る。回廊の欄干に頭から突っ込んで引っ掛かる形で止まったゴーレムは、うつ伏せに倒れた体勢から、ギチギチと音を立てながら海老反りに上体を起こすと、頭部だけを真後ろに回していた。左右に開いた面頬の間から光の溜まり始めたレンズが見える。それは、アルミナがかつて幾度か見たことのある光景だった。
「させるかぁッ!」
その向く先がキャサリンだと悟った彼女はその前に飛び出しながら、突き刺さんばかりに杖を突き付け、吼える。
「いいから早く消し飛びなさいッ!! 《エアリアルスラッシュ》ッ!」
彼女の強い意志に護人の杖が応えたか、常より大きな風の刃がゴーレムの頭部を文字通り吹き飛ばした。脱力した胴体が、風の刃が諸共に切り裂いた欄干の隙間から階下に落下し、大きな音を立てる。杖を片手に駆け寄ったアルミナは、糸の切れた操り人形の様な姿勢で頽れているゴーレムに動く様子がないのを確認すると、息を吐いて部屋に戻った。
「キャサリン、ノーラ、怪我は?」
「わたしは、問題ないですね?」
ノーラは右肩を回す素振りを見せながらアルミナに近づく。その様子を見るに、痩せ我慢などでは無さそうだ。痛みは引いたのだろう。
「キャサリンは……」
「私も、何とか」
上体を起こし、脇腹に手を翳して魔法を掛け続けながら、キャサリンは辛そうではあるが、大分しっかりしてきた声で返事を返した。アルミナはその様子に眉尻を緩める。
「そう。キャサリンは少し休んでいて。私とノーラでそこの扉を調べるから」
「わ、私もやります」
「無理はしないでいいわ。今は万全を取り戻すことを優先して」
アルミナの返事に、キャサリンは悔しそうに肩を落とす。アルミナは仕方がない娘ね、とでも言いたげに腰に手を当てた。
「敵が居ないか調べて中を確認する位よ。危険があったら戻って来るわ。貴女が居ないのに敵と戦える訳がないでしょう?」
「でも……私、さっきも足を引っ張るばかりで」
顔を俯かせるキャサリンに、アルミナはノーラと顔を見合わせる。
「貴女は貴女の役割を全うしてたでしょうに」
「確かに結果は振るわなかったかも知れませんが、足を引っ張られた覚えはありませんね?」
「ちょっとノーラ」
「キャサリンさんはそう思っているみたいですからね? わたしとしては、最初の《プロテクション》だけでも、十分ありがたいですよ?」
あれが無ければ、初撃を無傷では切り抜けられなかったでしょうしね? とノーラ。
「勝負は時の運とも言いますし? 前回の依頼の時のアルミナさんを思い出してください。半分くらい魔法を外していましたよ?」
「貴女だってスケルトン相手に空振ってたじゃないの」
「そんなことはもう忘れましたよ?」
半眼で見つめてくるアルミナの視線を白々しい笑顔で躱す。
「ミスを言うなら、さっきの後退時にキャサリンさんの側に降り立ってしまったのはわたしの落ち度ですし? 誰しもミスはあるんですから、あまり落ち込まないでくださいね?」
「……はい」
ようやく表情を和らげ、キャサリンは小さく頷いた。
「全く……貴女に一番足りないのは自信ね」
「そうですね? 少しはアルミナさんを見習うといいと思いますよ?」
「なんで一々私を引き合いに出すのよ」
「性分ですね?」
ノーラへ刺々しい視線をぶつけながら──笑顔に全て弾かれていたが──アルミナはゴーレムが守っていた扉へ向かう。罠の有無を確認し、扉に耳を当て──そうして彼女は眉根を難しげに寄せた。
「どうかしましたか?」
「……何の物音もしないのよ。少なくとも、この中に生き物は居ないと思う」
「あら……では、救助対象は?」
アルミナは首を振る。ノーラはシーブズツールを手にしながら扉に近づいた。
「これで、死体とご対面、ということにならなければいいのですが?」
不穏なことを言いながら鍵を開け、そのまま扉を開け放つ。そこにあったのは、
「あら……お宝ですね?」
部屋いっぱい、という程ではないが、小さな部屋に金貨や宝石が幾つかの塊に分けて乱雑に置かれていた。正面には宝箱と、壁に掛けられた大剣が見える。
「さっきのゴーレムは、この宝物庫の番人だった、ということね」
「そのようですね? どうしますか?」
「そうね……キャサリンも動けないし、少し調べましょうか。下の部屋の手掛かりがあるかも知れないし」
言いながら、アルミナは宝箱に近付いた。罠の有無や
「後は目ぼしい物はこの大剣くらいだけど……」
壁に掛かった大剣へ目を映す。諸刃の刀身には、明らかに装飾ではなく、実用一辺倒で彫られたと思わしき面白味のない無骨な字が刻まれていた。アルミナの持つ知識は、それが剣を強く振った際にその威力を増幅させる呪であることを教えてくれる。
「あら、これ、使った痕があるわ」
表面に入った細かい傷や所々潰れた刃を認め、彼女がついその傷へ触れた、その時だった。
「うにゃー!?」
アルミナの頭を衝撃が襲った。脳を直接掴んで激しく揺さぶられる様な衝撃に、耳と尻尾をピン! と伸ばして身体を震わせると、そのまま仰向けにひっくり返る。
「あらぁ……」
「ど、どうしましたかアルミナさん!? 凄い悲鳴が聞こえましたけど!?」
何とも言えない笑みをノーラが浮かべていると、本調子まで後一歩、といった様子のキャサリンがメイスを手におっとり刀で駆け付けてきた。青い顔をしたアルミナが弱々しく顔を上げるが、まだ脳が揺れているのか視線が定まっていない。
「ごめ……キャサリン、《ヒール》ちょうだい……」
「分かりました……!」
ぐったりしたアルミナの側に膝を付き、キャサリンが《ヒール》を唱える。開けた宝箱から宝石の象嵌された指輪を取り上げながら、ノーラは苦笑いを浮かべた。
「罠を調べている時には何も無かったのに、調べるのを忘れた時に限って罠に掛かるとか……本当に見ていて飽きない人ですね?」
最初はログを振り返りながら三人娘のセリフを補完して書いてきた訳ですが、最近は私の中でキャラクター像がしっかり固まってきたのもあってかアルミナ以外の二人もするする喋ってくれる様になりました。勝手に喋ってくれるのは良いのですが、段々掛け合いが無駄に長くなるというジレンマががが……