冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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エンディングフェイズ・闘犬の挽歌

「はぁ……はぁ……ふぅぅぅぅ……」

 

 荒い息を吐いていたキャサリンが、そのままへなへなとその場にへたり込む。張り詰めていた気の糸が、ぷつんと切れてしまったのだ。夥しい血を吸った絨毯の感触が気持ち悪いが、正直もう立っていられなかった。全身が痛過ぎる。痛みが無くなったと思ったのは気のせいだった。後ろ向きに倒れ込みたいが、背中が痛過ぎてそれも無理。浅いと思っていたがそんなことは無かったかも知れない。いっそ気を失ってしまいたい位だが、そうなっては二人に迷惑が掛かる。それは嫌だな、と、キャサリンは気力を振り絞って自身に《ヒール》を掛けた。

 

「キャサリン、怪我の具合は?」

 

 傍らに膝を突いたアルミナが、彼女の顔色を覗き込んで来る。気遣わしげに眉尻を少し下げたその表情が何だか嬉しくて、キャサリンは顔を僅かに綻ばせた。

 

「大丈夫です。動けるようになるまでは、少し時間をいただきたいですけど」

「そう。敵ももう居ないだろうし、ゆっくり治しなさい」

 

 アルミナは立ち上がると、崩れてバラバラになってしまったスケルトンを検分しているノーラの方へ足を向ける。術者が居なくなったことで偽りの命から開放されたのだろう。

 

「そうだ、キャサリン」

 

 一歩足を進めた所で立ち止まったアルミナが、キャサリンを振り返る。

 

「はい?」

「さっきはありがとう。文句無しの大活躍だったわ」

 

 そう言って、力強い笑みを見せ、アルミナは再び前を向いて歩いて行く。キャサリンは自分の胸が熱くなるのを感じた。

 

「っ、はい!」

 

 怪我の所為で少し掠れる声を、それでも精一杯に張り上げて返事を返してから、キャサリンは治療に専念することにした。怪我が治らねば何か手伝いも出来ないのだから。

 

「ノーラ、何か分かった?」

「うーん……この骨が、自然に骨になったのではないこと位でしょうかね?」

 

 近寄ってきたアルミナの声に、それにしては綺麗過ぎますからね? と拾い上げた尺骨を振って見せるノーラ。知識も技能も道具も不足している彼女には、これ以上のことは分からないようだった。アルミナは微かに嘆息する。

 

「じゃあ、どれがロバートかは……分かる訳ないわよね」

「そう聞くということは……やはり?」

「あくまで可能性よ。最悪のね」

「そうですか……まぁ、元の人相とかもよく知らないですし?」

 

 見分けるのは無理ですね? と尺骨を放り捨てる。元々人相などは神殿で伝え聞いた位の情報しか持っていない。骨になってしまっていては分かる筈も無かった。

 

「そうね……この中に居ないことを祈るしかないわ」

「そう言えば……エディでしたか? もう一方居たのでは?」

「あぁ、それなら……」

 

 アルミナが踵を返そうとして、ふとその足を止めた。頭頂部の耳が周囲を探るようにぴくぴくと動き出す。

 

「……何か聞こえたわ」

 

 足元に視線を固定しながらのその声に、即座に反応したノーラが三徳包丁を抜き、入り口に向けて構える。キャサリンも傷を癒しながら、入り口の方に身体の向きを変えて手元にメイスを引き寄せた。

 隠そうともしない足音が階段を登ってきたのはそのすぐ後だった。その足音は一人分であり、少し不規則で辿々しい。

 

「……ゾンビでしょうか? 行って見てきた方がいいですかね?」

「いいえ、あれは多分……」

 

 アルミナはノーラを制止する。彼女の鋭敏な耳は、足音に混じる荒い息遣いを捉えていた。それは直ぐに他の二人の耳にも入る様になり、

 

「ここか……! ッ! キミたちは……」

 

 扉に縋り付くようにして入り口に立ったのは、背の高いヒューリンの男だった。血と汗と脂に汚れ、頰は少し痩けて無精髭に覆われてはいるが、それがワイルドさに見えるような精悍な顔立ちをしている。疲労の為か濃い隈の浮いた顔は大分彼を年上に見せたが、実際はまだ若者なのだろう。男は息も絶え絶えという様子で三人を見回すと、声を搾り出した。

 

「……キミたちが、キミたちがアイツを倒してくれたのか……?」

「アイツというのがヴァンパイアの女のことでしたら、その通りですね?」

「っ! ……そうか……っ」

 

 ノーラの答えに男は重い息を落とすと、そのままズルズルと崩れるように座り込む。アルミナは常よりも固い表情で彼に声を掛けた。

 

「……貴方がロバートね」

「あぁ、そうだけど、どうして僕の名前を……あぁ、捜索依頼か」

 

 ロバートは一度上げかけた顔を肩ごと落とす。それが安堵の為か、依頼の報酬として支払われる財産を思ってなのかは分からない。その身体に癒しの魔法が掛かった。ある程度動けるようになったキャサリンが、自分への回復を打ち切ってロバートに《ヒール》を掛けたのだ。身体から痛みの引いていく感覚にロバートは溜め息を漏らす。

 

「ああ……ありがとう。助かったよ……あの女に捕えられて地下に放り込まれてから、ロクに治療もさせてもらえなかったから……」

「いいえ、これくらいは……それよりも、エディさんはどちらに?」

 

 ロバートに手を貸しながら、キャサリンが少し急くように問い掛ける。その言葉に、ロバートは弾かれたように顔を上げた。憔悴していたとは思えない勢いで彼女の肩を掴む。

 

「きゃ……!」

「そうだ、エディは……! エディは、どうなった!?」

「え、えっと……」

「アイツはっ! ちょっと前に牢を出されて、それで……!」

「お、落ち着いてください! エディさんはまだ……!」

 

「──キャサリン」

 

 静かなアルミナの声に、二人の動きがぴたりと止まる。その場の全員の視線を集めた彼女は、静かに背を向けると部屋の隅へ向かう。

 

「アルミナさん……?」

 

 その様子にキャサリンが首を傾げる中、アルミナは壁際で足を止めるとその場に膝を突いた。そこには、ヴァンパイアの女が最初に打ち捨てた枯れ木が転がっている。いや、それは枯れ木ではない。アルミナはそれを丁重に抱え上げた。

 

「……まさか」

 

 ゆっくりとした足取りでアルミナは三人の元に戻って来る。彼女が抱えてきたそれは、極限まで水分を抜かれてカラカラになった遺体だった。乾き切って眼球を失ったその顔には歯も毛も抜け落ちて何も残っておらず、シワだらけで人相はおろか今際の際の表情すら読み取ることが困難になっている。辛うじて、その尖った耳の長さから、それがエルダナーンの遺体であると分かった。キャサリンが息を呑み、ノーラが目を伏せる。

 

「それは……その服は、エディの……」

「……間に合わなかったわ」

 

 アルミナは、その遺体をそっと差し出す。ロバートは震える手を伸ばし、茫然とそれを受け取った。重い、しかし人一人の重量と考えれば随分と軽くなってしまったそれを、目玉が零れ落ちる程見開いた目で見つめる。

 

「私達が来るのが遅くなった。ごめんなさい」

「…………そうか……そうだよな……」

 

 今にも崩れ落ちそうな声が、ロバートの口から漏れる。

 

「……キミたちは、謝らなくていい。アイツが、死んだのは……一緒、に、館の探索をしようって、提案した……僕の、責任だ」

「いいえ。救助の依頼を受けた以上、責任は私にもあるわ」

 

 はっきりとした口調で、アルミナはそう答える。しかしロバートは緩慢な動きで首を横に振った。瞳の端から、ぼろりと大粒の涙が零れ落ちる。

 

「……僕が、僕が……! アイツを、こんな冒険に、誘わなければ……こんなことにはぁ……ッ!」

 

 そこから先は、言葉にならなかった。大切な友を失った慟哭が、主人を喪った館に響き渡る。三人は、その姿をただただじっと見つめていることしか出来なかった。

 

 

 

「──すまない。取り乱した」

 

 ロバートが平静を取り戻したのはそれから暫く経ってのことだった。両手が塞がっているからか、頬に残る涙はそのままにして微笑ってみせる。その表情には明らかな無理があったが、それを指摘する者はいない。代わりにキャサリンがハンカチを出してそっとその頬を拭った。

 

「ありがとう……そう言えば、キミたちがあの女を倒して仇を取ってくれたんだよな……改めて礼を言うよ」

 

「……いえ。私達はただ、立ち塞がる敵を排除しただけよ」

 

「そうか……強いんだな、キミたちは」

 

 代表して応えたアルミナにロバートが寂しげに微笑い返すのを見て、キャサリンが痛ましげに視線を逸らす。

 

「それに比べて、僕は……くそ……なんでこいつが先に死んじまったんだ。先に死ぬべきなのは僕だった筈なのに……あそこで僕がヘタを打ちさえしなければ……!」

 

「言っても詮のないことよ、それは……」

 

 拳を握って再び自責を始めたロバートの肩を、アルミナは掴む。

 

「私が言っていいことではないとは思うけど……こんな風に貴方が自分を責めること……彼は望まないのではないかしら」

「……そうかも知れない。エディは、本当に気のいい奴で……いつも、無茶しがちな僕のことを気にかけてくれていた……」

「そう……それなら、顔を上げて。貴方のご友人を、連れて還ってあげましょう。それが今、貴方に出来ることだわ」

 

 淡々として聞こえる声で説くアルミナの顔を、ロバートは見返した。だが直ぐに、その瞳に耐えかねたように視線を落とす。

 

「……そう、だな。キミの言う通り、今の僕にできるのは、コイツを連れ還って丁寧に弔ってやること、だな」

 

 それでもロバートはそう言葉を搾り出すと、エディの遺体を抱え直して踵を返す。ここに現れた時よりも幾分かしっかりとした、しかし遥かに重々しい足取りで部屋を出て行こうとする彼の丸まった背は、長身である筈なのに関わらずこの場の誰よりも小さく見えた。

 

「それだけしか、ないんだな……」

 

 部屋を出る瞬間、ぽつりとそんな声が聞こえた。ずっと口を出せずにいたノーラが、じっとその背を見送るアルミナの姿を盗み見る。

 固く口を引き結んだ彼女の手。白くなる程に握り締められたそれは、何かを堪えるように小さく震えていた。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

「やっぱり嫌な女だわ、私」

 

 『鋼の猟犬亭』の一角。日も暮れて帰還してきた冒険者達の喧騒で賑やかになり始めたそこで、椅子の背凭れに背を預けて天井を見上げたアルミナは嘆息する。その手には倹約家*1の彼女には珍しいショットグラスが握られているが、一口も口を付けていない。つまみとして注文した腸詰やマティエス(塩漬けニシン)等も同様で、運ばれてきた時のままの姿で四人掛けのテーブルの上に並んでいる。

 

「救助対象が死んだと勝手に決め付けて、自分達の安全の為に余計な時間を使って……挙句に間に合わなくなって救助対象を死なせるなんて」

 

 席を共にするノーラとキャサリンからはその表情を見ることが出来なかったが、その口からはポツポツと愚痴が漏れている。自身へと向けられたそれは最早呪詛と言ってもいい程暗く重いものだ。

 

「何が知力4よ……中途半端に賢しいだけで何の意味もないわ。まだ何も考えてない方が間に合ったかも知れない分マシよ……その上、あんな薄っぺらい言葉しか掛けれないなんて……最低だわ」

「で、でも、アルミナさん……その、お一人は、助けられた訳ですし」

 

 消え入りそうな声で口を挟んだキャサリンに、身体を起こしたアルミナが鋭い視線を向ける。

 

「だから何よ? 私だったら絶対に認めないわ。そんなことで貴女達が死ぬなんてね」

「アルミナさん? キャサリンさんに当たっても何にもなりませんよ?」

 

 居竦んでしまったキャサリンを庇うように、ノーラがアルミナを嗜める。アルミナはバツが悪そうに唇を噛み、視線を逸らした。

 

「……そうね。ごめんなさい、キャサリン。どうかしてたわ」

「いえ……お気持ちは、分かりますし」

 

 キャサリンもまた手元のコップに視線を落とす。そこへ注がれたワインもまた、来た時から一切量を減らしていない。頼んだはいいが、誰もそんな気分では無かったのだ。

 ノーラは溜め息を吐く。

 

「アルミナさん」

 

 黙り込んでしまった二人の空気を壊すように、彼女はアルミナへ声を掛けた。

 

「わたしは、アルミナさんが間違っていたとは思いません」

「……気休めはよして」

「気休めなんかではありませんよ」

 

 常に斜に構えがちなノーラにしては珍しく、その視線は真剣で真っ直ぐだった。アルミナも視線を上げてその顔を見返す。その、磨き抜かれた菫青石(アイオライト)のように輝いていた筈の瞳が、今は燻んでいるようにノーラには思えた。

 

「今回の依頼、アルミナさんの判断が間違っていると思ったことはありませんでした。お風呂以外」

「……そこは言うのね」

「言います。あれは間違っていると思ってますから」

 

 きっぱりそう言うと、話が逸れました、と話を戻す。

 

「今回、わたし達は二人の冒険者を救出に向かいました。結果、一人は間に合いませんでしたが、一人を助けることが出来ました。まぁ、ロバートさんには、わたしも同情はしますけどね?」

 

 彼女達と共にログレスへ帰還したロバートは、そのまま神殿で冒険者の身分の証であるメダルを返上し、冒険者を引退した。パワーソード──館の宝物庫に残されていた剣は彼の物だったらしい──を売り払い、捜索依頼の報酬を工面した彼は、将来のことはまだ考えられないが、先ずはエディの故郷へこれを届けることにする、と、遺体と共に共同墓地へ埋葬せずにおいた杖を手に、影の残る笑みを残して旅立っていったのだった。

 

「ですが、それは元を正せば彼等の自業自得です。わたし達が到着した時点で、彼等の命が無かったとしてもおかしくは無かった」

「それは可能性の話よ。現実は……」

「そうですね。ですが、それも可能性の話でした。あの女の所に辿り着くまでは……」

 

 思い出してください。ノーラはバン、と両手をテーブルに叩き付けて立ち上がる。

 

「貴女は言いました。彼等とわたし達の命なら、わたし達の命を優先すると。わたし達は死んでいません。無事にこの街に帰ってくることができました。貴女は、貴女が優先して護ろうとしたものを、護り切ることが出来たんですよ?」

 

 ノーラの声が次第に大きくなる。

 

「貴女は、貴女の責任を果たしたんです。あんな、馬鹿をやって捜索依頼出されるような人達のことで、貴女が気に病む必要は無いんです!」

「ノーラ……」

 

 言い切って肩で息をするノーラを、アルミナは見開いた目で茫然と見詰めた。そこへ、がたり、と態と立てた椅子の音がする。

 

「アルミナさん」

 

 固唾を呑んで二人を見守っていたキャサリンが、意を決したように立ち上がっていた。彼女もまた、真摯な目でアルミナを見詰めている。そこには先程口を挟んだ時には無かった力が宿っていた。

 

「私も、アルミナさんは間違っていなかったと思います」

「キャサリン……」

「アルミナさんは、私達とロバートさん達が安全に館を脱出出来るように、慎重に立ち回っていました。そのお陰で、歩いて移動するのが精一杯だったロバートさんを連れて、私達は危険に遭遇することなく脱出が出来ています」

 

 キャサリンはそこで目元を緩め、アルミナに気遣いの視線を向ける。

 

「アルミナさんは、出来る限りのことをしたと思います。確かに、悼ましい結果ではありますが……そこまでご自分を責めなくても、良いのではありませんか」

「二人とも……」

 

 アルミナの視線がノーラとキャサリンの間で揺れる。二人の視線は彼女を深く案じるもの。二人共、特にノーラはこう言った言葉を掛けるのは苦手だろうに、彼女を立ち直らせようと懸命になってくれているのがよく分かった。

 

「──いい仲間を待ったじゃねぇか」

 

 ことり、と音を立てて彼女達のテーブルに皿が置かれる。湯気を立てる茹でた腸詰の盛り合わせを載せたそれを置いた男は、ニヒルな笑みを浮かべていた。

 

「マスター……」

「話はまぁ、聞かせて貰った。おっと、怒るなよ? こんだけ注目集めてんだ。どうしたって耳に入っちまう」

 

 酒場の店主は肩を竦めて背後を指差す。言われて見回せば、酒場の客ほぼ全員が彼女達に注目していた。かつての自分に重ね合わせでもしているのかしみじみと頷いている者、純粋に気遣う様な視線を向ける者、はたまた面白い見せ物とでも思っているのか赤ら顔で旨そうに酒を飲んでいる者と様々だが、あからさまに馬鹿にするような視線はそこに無かった。

 

「お前さん、ギルドマスターだろ。ギルドマスターの一番大切な仕事は、メンバーを無事に連れ帰ってくることだ。命あっての物種だぜ、冒険者なんてのは」

 

 依頼達成なんて二の次でいいんだぜ、と、苦い思い出を振り返るように苦笑しながら店主は言う。

 

「無理に依頼を達成しようと無茶をして、仲間を失った奴を、俺はごまんと見てきたさ。その点、お前さんはちゃんと五体満足で仲間を連れ帰って来てる。そう出来る様に行動してたんだろう? 十分立派にギルドマスターやれてるよ」

「……でも、その所為で間に合わなかったのよ」

「良くある話だ、そんなのは。アレだろ? 神殿の捜索依頼を受けたんだろ。そっちの金眼の嬢ちゃんの言う通りさ。死んだのはそいつの自業自得だよ。大体……」

 

 すっ、と自然に伸ばされた店主の指がアルミナの額を弾く。すぱァン! と快音が鳴り、彼女の頭が思いっきり仰け反った。

 

「いッ……!?」

「これ位避けれない様なひよっこが、他所のパーティの生き死にに責任感じるなんざ百万年早ぇんだよ。まぁ、感じるな、とは言わんが……さっきのお前さんみたいになった奴は、その内仲間を殺す」

 

 経験上な、と店主は言うと、店主は最初からテーブルに置かれていた方の、すっかり冷めてしまった腸詰の皿を持ち上げる。

 

「そっちの皿はサービスにしてやる。辛いことは喰って呑んで忘れるのが冒険者ってもんだ」

 

 今度は冷めない内に食えよ、と店主は踵を返す。若い娘に格好つけすぎだろ、とか、こっちにもサービスしてくれだとか騒ぐ客共にうるせぇ散れ! と冷めた腸詰を投げ付けながらカウンターに戻って行った。

 そうして元の喧騒を取り戻していく酒場の様子を、痛む額をさすりながら見ていたアルミナは、ふーっ、と長く息を吐くと二人に向き直った。同じように周囲を見ていた二人も、それに気付いてすとん、と席に腰を下ろす。今更自分達が耳目を集めていたことが恥ずかしくなってきたのか、キャサリンが顔を真っ赤にしていた。

 

「……ごめんなさい、二人とも。心配を掛けたわね」

「いえ、そんな……」

「あんなアルミナさんは見ていられなかっただけですから、気にしなくていいですよ?」

 

 仲間ですからね? とノーラは柔らかい笑みを浮かべる。アルミナの瞳に、まだ強くは無いものの確かな輝きが戻ってきたように彼女は感じていた。

 

「まぁ、マスターさんに最後、全部持って行かれたような感じがして少しもやもやしますけどね?」

「何というか……言葉の重みが違いましたよね」

 

 経験の差でしょうか、とキャサリン。アルミナは首を横に振る。

 

「貴女達の言葉も十分刺さったわよ。貴女達があんなに一生懸命言ってくれたからこそ、マスターだって動いてくれたんだろうし」

 

 本当、いい仲間を持ったわ、とアルミナは噛み締めるように独りごちた。

 

「もう自分を責めるのはやめるわ。勿論、今回の反省すべき点は改善していくつもりだけど……その所為で自分を見失って、貴女達を失う訳にはいかないもの。キャサリン、ノーラ」

 

 アルミナは二人の名を呼び、しっかりと視線を合わせる。

 

「これからも、私を支えてくれるかしら?」

「もちろんです」

 

 その問いに、キャサリンは笑みを浮かべて力強く頷き、ノーラも笑顔で、

 

「何処までもお供しますよ? アルミナさんがまたお風呂にかまけたりしない限りは」

「まだ擦るじゃない……」

 

 アルミナの頬が思いっきり引き攣る。一方のノーラは腕を組んだしたり顔。

 

「当然ですね? 暫くは、忘れた頃を見計らってちくちくと刺していくつもりですよ?」

「ノーラさん、アルミナさんだって反省していることですし……」

 

 苦笑いを浮かべたキャサリンがそう取りなす。そうですか? と腕を解いたノーラはやれやれと首を振る。

 

「ふふ、仕方ありませんね? 今回だけですよ?」

「肝に命じておくわよ……」

 

 頭痛を堪えるような表情でげんなりと返したアルミナは、気を取り直すように手を叩いた。

 

「さ、お酒を呑みましょ。また料理が冷めてしまうわ」

「そうですね。これ以上はマスターに怒られてしまいます」

「流石に腸詰をぶつけられるのは嫌ですね?」

 

 各々が自分の飲み物に手を伸ばす。軽く杯を打ち合わせ、飲もうと口元へ引き寄せた所でアルミナはふとその手を止めた。琥珀色の液面に、彼女の青い瞳が映って揺らいでいるのが見える。

 

「……今日のこと、絶対に忘れないわ」

 

 アルミナはショットグラスに向かって呟きを落とすと。その中身を一息に煽ったのだった。

 

*1
金がないだけともいう




これにてセッション『吸命の館』は終了です。
次の冒険か、また別の何かでお会いしましょう。

別ギルドの投稿も始めました。良ければ覗いてやってください。
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