2025/01/26:タイトル修正しました
「──全く、依頼を丸投げした上に、情報も集まりきってないとはどういうことですか? 昨日一日あった筈ですよね? いつからこんなに無能になったんです?」
「ごめんなさい……でもこれは仕方がなかったのよぉ……」
扉を開ける音がして、ログレスのアーケンラーヴ神殿の依頼所に、ノーラのアルミナを詰る声が入ってくる。アルミナはここに来るまでに散々絞られ続けたのか、しょぼくれた目をして項垂れていた。いつもなら適当なところで仲裁する筈のキャサリンは何も言わずに苦笑いしている。やはり彼女もそれなりに思うところがあるようだった。アイビスはここまで彼女達の様子を見て今は口を出さぬが吉とばかりに黙っていたのだが、いびられ続けるアルミナを不憫に思ったのか、それとも単に同じような言葉を聞くのに飽きたのか、依頼所の扉を潜るなり口を挟んだ。
「依頼人が行き先も告げずに不在にしていたのだ。こやつが悪い訳ではあるまい」
「そういう見方もできますね?」
「そういう見方しか出来ないと思うが……依頼人とはここで待ち合わせをしているのだったな?」
「ええ。神殿の人がこれ位の時間に来るように連絡してくれている筈よ」
アルミナが助かったとばかりに顔を輝かせてアイビスを振り返り、そう答える。
「しかし、依頼人が何処かへ行ってしまうなんてことがあるんでしょうか? 期日を見るに、それなりに緊急性が高いように思えますけど……」
キャサリンが依頼書の内容を思い出して首を傾げている。アルミナも難しい顔をした。
「私もそうだと思うのだけど……でも実際、昨日来た時には不在にしてたのよね。神官にその人を知っている人を見つけたから、会えるように伝言を頼んだ訳なのだけど」
「当然、他に聞き込み位はしているんですよね?」
ノーラが睨め付けるような目をアルミナに向ける。いい加減にして欲しいのか、アルミナは耳を伏せ気味にした。
「一応はね。ただ、大した情報は聞けなかったわよ」
「構わん。どんな小さな情報でもいい。聞かせてくれ」
間髪入れずに応じたアイビスに、アルミナも分かったわ、と頷く。
「まず、今回の依頼については覚えてるかしら?」
前提の確認として話を振ったアルミナに、はい、と応えたのはキャサリンだった。
「辺境の村の近くにある森に出現した、強力な魔物を退治して欲しい、ということでしたよね」
「そうですね? ところでキャサリンさん、間違いなく泊まり掛けになると思いますが、枕は持って来ましたか?」
「大丈夫です! もちろん持ってますよ!」
キャサリンは胸を張って自分の背嚢を叩くが、アイビスの訝しげな視線に気付いて気恥ずかしそうに目を逸らした。
「枕は重要なのか……?」
「この娘、枕が変わると眠れない性質なのよ」
「……成る程。そういうことか」
アイビスはキャサリンの身なりを改めて一瞥し、納得したように一人頷いた。視線に気付いたキャサリンはまだ気恥ずかしさが残るのか、頬を染めて少し肩を窄めて小首を傾げる。
「ど、どうかしましたか?」
その仕草に
「……すまない、話が逸れた。得た情報の話に戻してくれ」
「了解よ。その森なんだけど、普段は全然魔物なんか見ないらしいのよね。代わりに動物は多いらしいけど」
「ふむ……魔物は突然現れたのか? 原因などは分かっているのか」
アイビスの問いに、アルミナは全く分からないとばかりに肩を竦めた。
「そうか。では、魔物の種類は? 特徴や、どのような攻撃をするかなどは分かるか?」
「そっちも芳しくないわね。その辺りはさっきの神官も気になって訊いてみたらしいのだけど、あんまり目撃情報が無いみたいなの」
「目撃情報がない? なのに、強力な魔物なんですか?」
アルミナに漸く普段通りの目を向けたノーラが首を傾げた。アルミナは殆ど分からない位小さな息を吐いて答える。
「正確には、まともな目撃情報がないってことみたいよ。突然、黒くて大きな何かに背後から襲われたんですって。速すぎて姿が捉えられなかったみたい」
「ということは、その魔物は背後から奇襲を仕掛けて、そのまま離脱していったということか?」
「そのようね。そのまま森に消えていったそうだから、少なくとも普段空は飛んでいないんでしょうけど。被害者は大型の肉食獣の爪に引き裂かれたような傷を負っていたそうよ」
アイビスはふむ……と腕を組んで得られた情報を頭の中で整理し、魔物の全体像を捉えようとする。
「そうすると……いつもよりも更に警戒を強めないといけなさそうですね」
キャサリンが眉根を寄せてそう呟く。彼女達の中で一番そういったことが苦手な自覚があるからだろう。難しい顔をしている。その呟きを拾ったノーラが一つ頷き、ついっと視線をアルミナに向けた。
「そうですね? 何せ、そういう警戒行動が一番得意な人が居ないですし?」
「だからごめんって言ってるじゃないのよ……」
アルミナはげんなりとした顔で大きく溜め息を吐く。その声にこれまで以上に力がないのは最適任が自分であるという自覚があるからか*1。
そんな話を彼女達がしていると、依頼所の扉が開き一人の大柄な初老の紳士が入って来た。紳士はやや横柄にも見える足取りで彼女達に近付いて来ると、皺のある面長の顔に気さくな笑みを浮かべて話しかけて来る。
「やあ、君達があの依頼を受けた冒険者かね」
「えぇ、そうよ。貴方が依頼人かしら」
「そうだ。正確にはその代理人だがね……ふむ」
アルミナに声を返した紳士は顎に手を当てるとジロジロと彼女達に不躾な視線を向ける。
「……何よ」
「いや何、君達のパワーを見ていただけだ。気にしないでくれ」
「は? パワー……?」
呆気に取られたアルミナが問い返すと、紳士は力強く頷いた。
「うむ、そうだ。パワーは大切だぞ? パワーは全てを解決するからな」
「……怪力だけで全てを解決できるとは思えないが」
「怪力だけではそうかも知れない。だがパワーとは怪力だけとは限らんぞ。筋力、魔力、その他様々な力の爆発! それがパワーだ! POWWWWEEERRRRRR!」
目を見開き、両手を広げてそう奇声を発する紳士。突然の奇行にノーラがぽかんと口を開けた。どう反応していいか分からないキャサリンは口許に引き攣った笑みを浮かべ、アルミナは襲ってきた頭痛に額を抑える。迂闊な発言をしたと悟ったアイビスは一つ息を吐いて舌打ちしたい気持ちを抑えると、努めて冷静に声を出した。
「パワーのことはどうでもいい。それよりも、代理人とはどういうことだ」
「む、そうか……まぁいい。私は元々あの地を調査しようと訪れた学者でね」
アイビスの発言に大して気を悪くした風もなく、紳士は饒舌に話し始める。
「だが、現地に着いてみればあの魔物騒ぎだ。村には重篤な怪我人が何人もいた。とてもじゃないが訪れた私に歓待やガイドをしてくれる雰囲気じゃない。こりゃ調査どころじゃないなと思ったから諦めて帰ることにしたんだ。その時に、村長から手紙を託されたという訳さ」
「村の人を見捨てて来たんですか?」
騎士の娘であるキャサリンが表情を険しくする。その反応から紳士は彼女の家柄を察したのか僅かに目尻を緩めると、戯けたように両手を肩の高さに上げ肩を竦めてみせた。
「おいおい、私は学者だぞ? しかもこの図体だ。相応に良く食べる。特に熱々なステーキとポテトは欠かせないな。ディナーに無ければ暴れるところだ。そんな役立たずで大喰らいな部外者が非常時の村にいて何になる? であれば早々に立ち去る方が村の為になろうというものだ。そうだろう?」
「むぅ……」
紳士の返しに、キャサリンは小さな唸り声をあげて黙ってしまう。代わりに声を上げたのはその迂遠な物言いに少し苛立ち始めた様子のアイビスだった。
「御託は結構だ。単刀直入に聞くが、そちらは今回出現した魔物について、何か情報を持っているのか?」
「せっかちな奴だな。嫌いじゃない。いいぞ、そういうことなら効率良く行こう。彼から話は聞いたか?」
そう言って紳士は受付に立っている神官──先程の奇声を聞いていたのか大分迷惑そうな目をこちらに向けている──を指差した。アルミナが頷きを返すのを見て、紳士は鷹揚に頷く。
「なら、魔物については私が話すことはないな。その手の話はもう全て彼に話してある。それ以上の話を聞きたいなら、村の狩人にでも訊いた方がいいだろう」
「そうか……邪魔をしたな」
そろそろ付き合い切れなくなったのだろう、深く溜め息を吐いて会話を打ち切り、背を向けようとしたアイビスだったが、紳士はそれを呼び止めた。
「まぁ待ちたまえよ。せっかちなのは結構だが、人の話は最後まで聞け。君には私の話が余計で無駄な物に思えたかも知れないが、重要な鍵となる情報というのは得てしてそういう無駄話の中にこそ埋もれているものだ。情報の取捨選択はするべきだが、得る前から不要だと切り捨てるのは愚か者のすることだぞ」
「む……」
したり顔で言う紳士の言い様にアイビスは眉根を寄せたが、改めて話を聞く気にはなったのか姿勢を戻して腕を組み直した。
「……疑問なのですが、ここまでに重要な情報というのはあったんですか?」
漸く再起動したらしいノーラが首を傾げる。紳士は一瞬目を丸くすると、いい笑顔で頷きを返した。
「勿論無い。つまり、全て余計で無駄な話というわけだ」
「「「「……」」」」
そう言って大笑いする紳士とは対照的に、四人は一様に押し黙った。何かを押し殺そうとするような表情を浮かべている彼女達を満足気に見回した紳士は笑いを収めると、表情を少し真面目な物に変える。
「さて、ここからの話の何を重要と考えるかは君達次第だが……私があの村に向かったのは、とある伝承を見付けたからでね」
「伝承?」
胡乱な目つきで首を傾げるノーラに、紳士はあぁ、と頷く。
「あの村近辺では、魔物の類の遭遇例が周辺に比べて極端に少ないのは知っているか?」
「ええ。森にいるのは動物ばかりで、魔物は見ないって……待って、その村の近辺だけなの?」
同じく胡乱気な目をしていたアルミナが、はたと気付いたように顔を上げた。我が意を得たりとばかりに紳士は頷く。
「例えば、村の西側を流れる川の対岸には別の森がある。この森の植生などは村近辺の森と大差が無い。大して距離が離れてないから当然だが……こちらにはスクリーマー*2やポイズンワインダー*3が生息している。不自然だろう?」
「そうですね……植生が同じであれば、環境的に同じ魔物が居てもおかしくはない筈です。特にスクリーマーは胞子で増えますから……」
「そうだ。地理的にはむしろ、あの森にスクリーマーがいない方がおかしい」
キャサリンの言葉を肯定した紳士は、そこでだ、と指を立てる。
「あの地域には何らかのパワーが働いているのではないか、と睨んだ私は、周辺の伝承を調べて回った。いや、実に苦労した。元々伝承の数が少ない上に、内容も食い違ってたり、歯抜けだったりしたものが多くてな……それでも何とか集めた伝承を私なりに曲解してみたのだが」
「いや、伝承を曲解してどうするのよ」
「曲解せず読解しなければ信用はされんぞ」
アルミナとアイビスが即座にツッコミを入れるも、紳士は一顧だにせず両腕をばっ、と広げた。
「どうやらあの森は、森に住む妖精が魔物の発生を抑えているらしいのだ。その……パゥワーで!」
紳士の力強い言葉と共に、四人は再び沈黙する。やがておずおずと口を開いたのはキャサリンだった。
「えっと……その、森には妖精がいるんですか?」
「そうらしいな。私は見ていないが」
そう言って紳士は肩を竦める。
「文献からではいるらしい、ということしか分からなくてな。言っただろう。私なりに曲解してみたと。他の文献の記述を組み合わせると、妖精が魔物を抑えていると取れなくもない記述があったんだ」
「……つまりなにか。貴殿の話はほら話だと思ってくれて構わない、程度に確証が取れないということでいいのか」
呆れたように言うアイビスに、残念ながらな、と紳士はぼやく。
「だからこそ、私もこの説が正しいのか確かめる為に村を訪れたのだが……結局、その森の奥に何らかを祀る古い祠があることと、祠の近辺で妖精の声らしきものを聞いたと言う村人がいることが分かった、位しか成果が上がらなかったな」
「あら、まるっきりほら話という訳でもなさそうな?」
説を補強するような証拠が出て来たことにノーラが目を瞬かせるが、紳士は首を横に振る。
「それらの関係を裏付けるものがない以上、大差はない。だが他に考えられそうな要因もなくてな。だからそう、そのパワーが失われた結果、今回の魔物が発生した、そうこじつけるのが自然ではないかと私は思っている」
「どうしてそう一々聞いてて信用出来なくなるような言い方するのよ……」
「私としてもイマイチ確信が持てないからな。もう少し調査していればもっと何か分かったかも知れないが、祠は確認に行く前に魔物騒ぎが起こってしまったし……何より現地に行ったらあまり興味がなくなってしまってな」
「興味がなくなった?」
一気にトーンダウンした紳士の言葉に、キャサリンが首を傾げる。紳士は不貞腐れるような渋面を作って深く頷いた。
「もっとこう、神秘的なパワーを感じられるかと期待していたのだが……行ってみれば極々平凡な村だった。パワーが足りない」
「結局パワーなのね……」
「当然だろう。それ以外に何があるというんだ」
「……兎も角。その妖精のパワーとやらを取り戻せば、魔物の問題は解決する可能性がある、ということだな」
眉間に指を当てたアイビスが、逸れ掛けた話を戻すようにやや強めに言葉を吐き出す。言外にいい加減にしろという言葉が聞こえてきそうな声色だったが、紳士はやはり気にした風もなく頷いた。
「その通りだ。現地に行ったらついでにでもいいから調べてみてくれ。もし何か分かれば教えてくれると嬉しい」
「……あい分かった。情報提供感謝する」
「いや、構わんぞ。パワーの溢れる若者と話すのは楽しい」
ではな、と手を挙げると、紳士は大股で歩き去って行った。彼が依頼所を出るのを見届け、誰からともなく深い溜め息を吐く。
「……今更だけど、本当に大丈夫かしら、この依頼」
「本当に今更ですね? で、そんな依頼を勝手に受けて丸投げしようとしているのは誰でしたかね?」
再びちくりとアルミナを刺すノーラの肩にキャサリンが手を添える。
「まぁまぁ……さっきの人の話はともかく、困っている方々がいるのは間違いないようですし」
「そうだな。それに、先刻の男の証言も、意味のわからない妄言こそ多かったが得られたことがないでもない」
少し癪だがな、と腕を組むアイビスを見上げ、アルミナが首を傾げる。
「妖精の話?」
「そうだ。正直信憑性には欠けるが……パワー云々は置いておくとしても、妖精が何らかの鍵になっている可能性はあるやもしれん。ついでに調べ、接触出来るものなら接触してみた方がいいだろうな」
「確かにそうですね? では、その村に着いたら先ずは情報収集でしょうか?」
「それがいいだろうな。それと、魔物自体の情報はもう少し集めたいところだ。今のままでは全く足らん。目を瞑って藪に突っ込むようなものだ」
こちらの方が優先度は高いだろうな、とアイビスは言い、キャサリンに視線を移した。意見を問うような目に、彼女は少し眉尻を下げる。
「私も情報収集には賛成なんですが……それよりも、私はさっきの人が言っていた怪我人が気になります。何か手伝えることがあればいいのですが……」
「俺達の仕事は魔物の討伐だ。優先順位は履き違えるな……と言いたいところだが」
そこまで言い、アイビスは自分の言葉に少し気落ちした様子のキャサリンを見て、ふっ、と表情を緩める。
「怪我人の中に魔物の情報を持っている者がいるかもしれん。具合が悪ければ話どころではないだろうから、治療を申し出るのは良い手かもしれぬな」
「! はい!」
一転して笑顔で返事をするキャサリンに、アイビスは頷きを返す。その様子を穏やかな表情で眺めていたアルミナが、さて、と声を上げた。
「私もそろそろ行かないとね。ギルドマスターの権限はキャサリンに任せるわ。出来るわね?」
「はい、任せてください」
「よし。皆も気を付けて、無事に帰って来るのよ」
「勿論ですよ? 帰って来て、アルミナさんにきっちりお仕置きをしなくては行けませんからね?」
「まだ言ってる……反省してるって言ってるじゃないの」
相変わらず隙あらば刺そうとするノーラにアルミナは流石にうんざりした様子で首を振るが、ノーラはまだ足りないとばかりに立てた指を突き付け、これ見よがしに振って見せる。
「いいえ? アルミナさんの反省はまだまだ足りていませんよ? そんな台詞が出てくるのが証拠ですね?」
「ぐ……」
「私も、今回はアルミナさんが悪いと思います。依頼は何とかしてくるので、アルミナさんは覚悟して待っていてください」
言葉を詰まらせたアルミナに、腕を組んだキャサリンが追撃する。その顔は微かに笑っていた。
「キャサリンまで……分かったわよ。待ってるから」
アルミナは降参だと言うように肩を竦めると、口許を緩め、行ってらっしゃいと三人を送り出したのだった。
今回中々愉快なNPCが出ましたが、私の作るシナリオの9割は何らかのパロディで出来ています。シナリオの方向性はプレイヤー曰く、悪ふざけか凄惨かの二択だそうで。
今回はもちろん悪ふざけです。