冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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熱出して寝込んでしまいました。
38.0℃も超えると人間暇なのに文章書けなくなるものですね。
皆様もお気をつけください。


ミドルフェイズ・六人の妖精

 ノーラが動けるようになるまで待ってから、三人は移動を開始した。魔獣の気配は四番の方へ遠ざかっていったことから、そちらを避けて三番、九番、八番、十番と移動する。途中、胡桃と鉱石を採取した彼女達は、密集した太い樹木が作る薄暗い隘路を通り、十一番へと辿り着こうとしていた。

 

【挿絵表示】

 

「うぅ……まだ、ベタベタ、しますね……?」

 

 服の前面に暗緑色の泥のようなものでベタベタに汚した跡を付けたノーラが、しおしおとした顔で溜め息を吐いた。フェイスベールは外したらしくつけていない。

 

「それに、まだちょっと、しびれ、びれびれ……?」

「ううん……ちゃんと薬剤が落とし切れてないんでしょうか……やっぱり《キュア》*1も覚えた方が良かったかなぁ」

「調子に乗った罰だ。此奴には良い薬であろう」

 

 顔面に違和感があるのか頬っぺたをしきりに引っ張っているノーラと、申し訳なさそうにその世話を焼こうとするキャサリンを横目に、先頭を歩くアイビスが肩を竦める。ここに来る直前まで先頭を歩いていたノーラは一つ手前の十番のエリアにて、もうすぐ目的地に着くという油断からか、落とし穴を発見し損ねて罠に嵌ったのだ。嵌る際に躓いたため、顔面から綺麗にダイブである。落とし穴の底にはある種の植物をすり潰してから油で溶いて作ったらしい粘性の強い痺れ薬が撒かれており、哀れノーラは全身ベタベタの薬塗れとなってしまったのだった。今でこそ普通に動けているようだが、呆れ果てた顔のアイビスに救出された直後のノーラは軽い麻痺で歩くのもやっとという有様で、図らずも罠の効用を証明してしまっていた。

 

「早く、水浴びしたいです……」

「戻るまでは我慢してもらうしかないですね……確か、一番には川が流れていましたよね」

「そうだな。しかし、そこまで戻るのであれば村まで戻った方が良かろう。森の中では彼奴が何処から現れるか分からん」

「ぶー……」

 

 ノーラは唇を尖らせながらも大人しく頷く。何せ先程魔獣の爪をその身で味わったばかりである。不快感を何とかするよりも余計なリスクを負いたくないという気持ちの方が勝ったようであった。

 

「あ、開けた場所が見えて来ましたよ。ここが十一番みたいですね」

 

 キャサリンの言う通り、少し先に木々が途切れて少し明るくなっている場所が見える。

 

「ようやくだな……随分な僻地だが、何故地図に載っておるのだろうな? 他へ通じる道がある訳でもあるまい」

「何でも、貴重な薬草が自生しているそうですよ。行きがけにシンディさんから聞きました。彼女は変わった場所と言っていましたが……」

「ふむ」

 

 納得したらしく頷いたアイビスが十一番に足を踏み入れる。そこは背の高い木々が広く伸ばした枝葉の隙間から差し込む、柔らかな木漏れ日に照らされた静かな草地であった。ここまでの隘路と同様、密集した樹木に周囲をぐるりと囲まれたその空間には、思わず形造った何者かの存在を疑わずにはいられない異質さと神秘性が感じられる。奥の方には草に侵食されてすっかり朽ちた石畳の跡が見え、中央には伸び放題になった蔓や葉に埋もれた石の祠らしきものがあった。

 

「成る程、確かにこれは変わった場所だな……」

 

 アイビスは少し警戒するように腰を落として槍を握り込んだ。が、その脇をすり抜けたノーラが好奇心を剥き出しにした目を周囲に巡らせ始める。アイビスは警戒を解くと溜め息を吐いて石突で地面を軽く叩いた。

 

「中々パワーのありそうな場所ですね?」

 

 そんなアイビスの様子は気にせず、依頼を持ち込んだあの紳士の言動を思い出したのか、にひひと笑うノーラ。それにそうですね、と苦笑を返したキャサリンは、改めて正面の祠を見据えた。かつては立派な物だったのだろうが、どれほど放置されていたのかすっかり荒れ果ててしまっている。

 

「お花はキャサリンさんが持っているんでしたよね?」

「ええ、持ってますよ」

 

 こちらに、とキャサリンは懐からハンカチを取り出して開く。そこにはネルから受け取った桃色の花があった。

 

「それを祠にお供えすればいいんでしょうか?」

「そうですね。それがネルさんからのお願いでしたから」

 

 キャサリンは無邪気な少女の顔を思い出して頷く。これを供えて、妖精に家族を返して欲しいと願うのが彼女の希望だった。

 

「ついでに、ちょっと祠を綺麗にしてあげましょうか?」

 

 ノーラが荒れ放題の祠を見回しながらそう提案する。

 

「……掃除か」

「雑草を抜くくらいならできますよ?」

「そうだな、儀式を行う前には祠を清めたほうがいいだろう」

 

 両手で掴んだ雑草を抜く仕草をしながら言うノーラに、真面目くさった顔で頷くアイビス。確かに、花を供えることも儀式といえば儀式である。軽く打ち合わせをした三人は、ノーラが雑草を、アイビスが瓦礫をそれぞれ除去し、祠の拭き掃除をキャサリンが担当することに決め、祠の方へ足を向けた。と、

 

「──お花の匂いがする……」

 

 三人の背後から、知らない少女の声が聞こえた。すぐさまアイビスが槍を構えて振り向き、ノーラが短剣を引き抜く。ワンテンポ遅れ、慌ててキャサリンが後ろへ楯を構えながらメイスの柄を握ろうとしたところで、そこに誰もいないことに気が付いた。

 

「んー? 君たち見ない顔だねー。ひょっとして寝過ぎたかなぁ?」

 

 一瞬硬直した三人は、再び背後から聞こえて来た声に再度振り返る。

 

「いいえ。人間達の世代がまるっきり変わる程には寝てない筈よ」

「精々……二十年位の筈……」

「それなら、顔が分からなくなる程じゃあないねぇ」

「ふーん。じゃー、この人間達は何ー? 密猟者?」

「それアレじゃん。人間のクズじゃん」

「いきなりその言い様は失礼でしょう、エラト、テルプシコラ。恐らく、冒険者と呼ばれる人達ではないかと」

 

 祠の前には、先程は居なかった筈の六人の少女達が並んでいた。三人を見ながら好き放題に喋っている彼女達は薄く光を放ちながら宙に浮いており、人間ではないだろうことが一目で分かる。

 

「妖精さんですか?」

「そうだぜー」

 

 右から二番目にいる、右手にハープを抱えた緑の髪の妖精──先程隣の妖精からテルプシコラと呼ばれていた──がひらひらとノーラに手を振り返し、にっ、と笑う。軽いノリながら友好的なその様子にノーラは緊張を緩め、短剣を握る手をゆっくりと下ろした。

 

「この人達にお花を渡せばいいんでしょうか?」

「……その筈だが。キャサリン、彼女等に花を渡せるか?」

「あ、はい」

 

 キャサリンは一旦しまっていた花を包んだハンカチを再び取り出す。それを見て、先程エラトと呼ばれたリュートを持つ妖精が、桃色の長い髪を宙に流しながらついっ、とキャサリンに寄ってきた。

 

「お花ー? 私達にくれるの?」

「はい。祠の妖精に持って行って欲しいと言われて預かってきたものですから」

「へーぇ」

 

 エラトは花を摘むと、くるりと宙を一回転しながら元の位置に戻る。その隣にいた淡い青の髪の妖精が花を見て顔を綻ばせた。

 

「花を見るのはしばらくぶりだ。いいねぇ、お花は好きだよ、ボク」

「持って行って欲しいと言われた、ですか……そうですか」

 

 反対に溜め息を吐いたのは先程二人の妖精の発言を諫めた赤髪の妖精だった。その様子を見咎めたアイビスが首を傾げる。

 

「何か、引っ掛かることでもあるのか?」

「いえ。貴方方に言っても仕方のないことです」

 

 ゆるゆると首を横に振る妖精の様子に、拒絶を感じたアイビスは押し黙る他無かった。

 

「それで? 用事はそれだけ?」

 

 左端にいて腕を組み、じっとここまでのやり取りを見ていた妖精が、自身の冷たい印象を与える金の髪を掻き上げながら、同じく冷めた声色で口を挟む。

 

「だったらお花を貰って帰るけど」

「あ、待ってください! 二つ、お伺いしたいことが……ありまして」

 

 キャサリンが少し尻すぼみ気味に言った言葉に、帰ると言った妖精は美しい眉を顰めた。

 

「二つも?」

 

 だが面倒くさそうにするだけでこの場に留まる彼女の様子を見るに、どうやら話を聞いてくれる気はあるらしい。真っ先にそう判断したアイビスが口を開く。

 

「この地に妙な魔獣が棲みついている話は、貴殿らも知っているだろう」

 

 だが、

 

「妙な魔獣? 知らないけど」

「む……」

 

 妖精は意味が分からない、という顔で首を傾げるばかりだった。全く知らないとは思って居なかったアイビスが面食らう。すると、金髪の妖精の隣にいた紫髪の妖精がおずおずと彼女に声を掛けた。

 

「ポリュムニア……多分、それ、穢れ」

「あぁ、そういう……言われてみればそんな時期ね」

 

 ポリュムニアというらしい金髪の妖精は納得した風に頷く。他の妖精達の顔にも理解の色が広がるが、側から聞いている三人にはさっぱり分からない。

 

「そんな時期? 定期的に現れるのか、彼奴は。それに、穢れとは何だ?」

「まー、大体は?」

「穢れっていうのは……穢れだな!」

「いやいや、それじゃ説明になってないって。穢れっていうのは……何だろ?」

 

 アイビスの問い掛けに口々に話し出す妖精達。話そうとしてくれる分にはありがたいのだが、どうにも話にまとまりが無い上に中身も無い。ノーラがこいつらどうしてくれよう、とばかりに額を抑え、キャサリンが乾いた笑みを浮かべたところで、同じように頭痛を堪えるような渋い顔をした妖精が一人、三人の前に進み出て来た。

 

「話が進みませんね……どうにも騒がしい仲間が多くて」

「騒がしいってどういうことだー!」

「これ位普通だって!」

「ちょっと、ボクを一緒にしないでよ!」

「反応する時点で自覚がある証拠ですよ。エウテルペ、貴女も同じです。少しはメルポメネを見習ってください」

 

 じとりとした視線を彼女は桃髪(エラト)緑髪(テルプシコラ)青髪(エウテルペ)の三妖精に向けると、不満そうに口を尖らせる彼女達に一つ溜め息を吐いて三人の方へ向き直った。彼女は少し疲れたような顔をしたまま、にこりともせずに言葉を発する。

 

「埒が明かないので、ここからの応対は主にワタシ、クレイオが受け持つことにします。貴方方もその方がよろしいでしょう」

「そうだな、その方が助かる」

 

 クレイオと名乗った赤髪の妖精は、なんだとー! だの、横暴だー! だのと後ろから飛んでくるヤジを綺麗に無視し、顎に指を当てた。

 

「まずは先程の質問から答えましょうか。穢れについてですが……簡単に説明するなら、穢れですね」

「それ私のと何が違うんだよこらー!」

 

 テルプシコラが手にしたハープをぶん回して騒ぐ。クレイオは鬱陶しそうな視線を背後へ投げた。

 

「簡単に説明するなら、と言いました。しっかりと説明しようとすると、概念的な話も出て来るので言葉に纏めるのも理解させるのも難しくなるのですよ。無論、時間を掛けて説明を試みてもいいのですが……」

 

 ちらり、とクレイオは三人の顔──特に、既に嫌そうな顔をし始めているノーラを盗み見て首を振る。

 

「失礼ですが、貴女方はそういう細かい理屈や知識を求める性質(タチ)には見えませんね。まぁ、もう少し別の言い方が欲しいなら、そうですね、瘴気やらなんやらの悪いものが集まったもの、とでも言いましょうか」

 

 実際とは多少違いますが、今回はそれでも構わないでしょう、とクレイオ。三人は頷いた。

 

「そうだな、そこに時間を掛けても仕方あるまい」

「次に周期ですが……凡そ百年位でしょう。二十年位前後することはありますが」

「そんなに長いんですか?」

「長いですか? まぁ、貴女方の尺度では、そうなのでしょうね」

 

 首を傾げたクレイオは、そう一人納得すると言葉を続ける。

 

「この辺りは、その穢れが溜まりやすいのですよ。それが凝り固まると、近くの動物に宿って強い力の化身のような魔物が生まれるのです」

「それが、今森に潜む魔獣、ということですか」

「そうでしょうね」

 

 キャサリンの呟きを、クレイオはあっさりと肯定した。ノーラがぐっ、と眉根を寄せる。

 

「妖精さんがこの森を守って、悪いのが出ないようにしてると聞きましたよ?」

「おや、そんな話をどこで聞いたのですか?」

 

 クレイオは意外そうに少し目を丸くした。

 

「村の女の子と、パゥワぁぁあ! なオジサマですね?」

「は?」

 

 指を立てつつ情報提供者を挙げるノーラに、意味不明過ぎたのだろう、ここまで気怠げだったクレイオの目が点になる。

 

「パワー云々は忘れていい。その話は誤りなのか?」

「いいえ。結果的に見れば、間違いじゃないわ」

 

 見かねたアイビスが眉間を揉みながら口を挟む。応じたのはポリュムニアだった。

 

「私達の行いで、そう言った魔物の発生が抑えられていたのは事実ね」

「でも、みんなで話し合ってねぇ。今回位いいよね、ってさ」

 

 そう言って頭の後ろで腕を組み、寝転ぶように浮かんでいたエウテルペがひらっと手を振った。

 

「どうしてです?」

「だって、面倒だし」

 

 あっけらかんと、彼女は言った。それに、エラトとテルプシコラが同調して頷き合う。

 

「私達に何か得がある訳じゃないしねー」

「そうそう。だからサボっちゃおうかなーって」

「……その結果、彼奴が暴れ出したということか」

 

 低い声で唸るアイビスに、みたいだね、とエウテルペが他人事のように頷いた。

 

「彼奴の存在は、貴殿等にとっても困るものではないのか?」

「いんやー? べっつにー?」

「ほっといてもボク達には特に影響ないしねぇ」

「……そうか」

 

 どこまでも関心が無さそうな妖精達に、アイビスは小さく溜め息を吐いた。

 

「ならば、よい」

「いや、良くないですよ!? 魔獣はどうするんです?」

「やる気の無い者達の助力なぞ、ものの役には立たぬ。俺達だけで片を付ける他あるまい」

 

 袖を引くノーラに対し、アイビスは目を閉じて首を横に振る。完全に妖精に見切りを付けたようだった。キャサリンも何とか助力を得られないかと考えるが、何も交渉材料が見つけられずに焦りだけが先行し、口があわあわと動くばかりである。

 

「……そう焦らずとも、貴女方も放置すれば良いのですよ」

 

 ようやくパワーなオジサマという衝撃から復帰したらしく再起動したクレイオが、そんなことを言い出した。

 

「魔物は五十年もすれば死にますし、穢れも自然消滅するでしょう。穢れの影響下にあるのでこの森からそう大きく離れることも出来ません。その後は森が小さな魔物で溢れ返ることになるでしょうが、他所よりも少しばかり数が多い程度で収まるでしょう。大した問題ではありません」

「大した問題ではないって……」

 

 キャサリンは愕然として目を見開く。

 

「それは、それは五十年あの魔物を野放しにするってことじゃないですか!? 大問題ですよ! 村はどうなりますか!?」

「あそこは魔物の行動圏内です。遠からず滅びるでしょうね」

 

 思わず声を荒げたキャサリンに、クレイオはあくまで淡々とした声を向けた。

 

「しかし、そうと分かっているならば移住すれば良いでしょう。彼らとて、この地に移住してきてから百年程しか経っていません。一度も二度も変わらないでしょう」

「そんな……そんな訳がないじゃないですか!」

「落ち着け、キャサリン。感情的になってどうするのだ」

「でも……!」

「でもではない。今はお前が俺達のリーダーだ。彼奴の顔に泥は塗れないのだろう?」

「っ……」

 

 アイビスの言葉に、昂り切っていた気がすっ、と冷える。そう、自分はアルミナにギルドを任されているのだ。彼女なら、きっとこんな醜態は晒さずに打てる手を打つに決まっている。自分がこんな有様では、彼女に顔向け出来ないではないか。

 

「……はい、すいませんでした」

「落ち込まなくてもよい。彼奴も落ち込んだりはせんだろう」

 

 アルミナの前回の落ち込みよう*2を知らないアイビスはそう言ってキャサリンの肩を叩いた。励ましてくれているのだろうな、と勝手に解釈したキャサリンは、そうですね、と微笑みを返すと、感情の窺えない目でこちらを見ているクレイオを見据えて固く口を引き結んだ。と、

 

「……クレイオ」

 

 クレイオの後ろから、静かな声が飛ぶ。ここまで殆ど口を開いていなかった紫髪の妖精だった。恐らく、彼女がメルポメネなのだろう。彼女は顔の左半分を覆う悲哀のハーフマスクに手を添え、溜め息を吐く。

 

「いじわる、よくない」

「……意地悪をしていたつもりはないのですがね」

「嘘。そんなこと、考えてもないくせに」

 

 メルポメネのじとりとした視線に、クレイオはバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。

 

「……どういうことですか?」

「ごめんなさいね。私達、思うところはあるけれど、貴女達に協力したくない訳ではないのよ」

 

 黙ってしまったクレイオの代わりにそう言うのはポリュムニアだった。

 

「本当ですか!?」

 

 キャサリンが目を輝かせて彼女を見る。ポリュムニアは苦笑した。

 

「ええ。本来はとっくに対処していた問題だしね。私達だって、放置するのは本意ではないのよ」

 

 エラトやテルプシコラを見るとそうは思えないでしょうけど、と彼女が締めると、引き合いに出された二人がなんだとー!? と楽器を叩いて抗議する。一方で眉を顰めたのはアイビスだった。

 

「本意ではない? どういうことだ」

「そういえば、何故これまで魔物の対処をしていたんです?」

 

 アイビスの言葉に疑問を触発されたノーラがそう首を傾げる。それに応えたのは、観念したように一つ嘆息したクレイオだった。

 

「私達が対処をしていたのは、古い盟約のためです」

「盟約?」

「ええ。もう誰も覚えてはいないと思っていましたが」

 

 断片だけでも伝わっているようで驚きました、とクレイオ。恐らくあの紳士が調べた伝承の中に、詳しい盟約の内容について書かれたものがあったのだろう。

 

「貴殿等は覚えているのか?」

「もちろん、覚えてはいます」

「我々に教えてくれはしないだろうか」

「だってさー。どうするクレイオー?」

 

 エラトがすいっ、とクレイオに寄って来てその肩に寄っ掛かった。クレイオは鬱陶しそうにそれを払う。

 

「教えるのは構わないのですがね」

 

 クレイオは後ろを振り返った。

 

「この有様を、どう思いますか?」

「この有様とは、この祠のことか」

 

 彼女の見詰める先、そこには伸び放題に伸びた蔓草に、砕けて隙間から雑草が顔を覗かせる石畳、半ば崩れ、欠けた断面から苔が生えた祠が見える。

 

「ええと……荒れ放題と言いますか……」

「酷い有様、ですね?」

「ちょっとほったらかされ過ぎだよねぇ」

「おうち、ボロボロ……いつものお花も、なくなった……」

 

 二人の感想にエウテルペが肩を竦め、メルポメネも悄然と肩を落とす。

 

「だんだん、誰も来なくなった……おうち、直してくれる人、来なくなった」

「感謝してくれる人もいなくなったしねぇ」

「まぁ、人里に出る前に何とかするから人間には分かんないんだろうけどさ」

 

 そう言葉を溢す彼女達の声には、虚しさや寂寥感のようなものが強く滲んでいた。

 

「……成程、貴殿等が努力していたのにもかかわらず、人間はそれを知らずに感謝しなくなったと」

「そそ。だからそろそろいいかなーって思っても、おかしくないよね?」

「なるほど……?」

「話は分かりました」

 

 キャサリンは妖精達一人一人の顔を見つめながら、胸に手を当ててしっかりと頷いた。

 

「今回の話は、私達が責任を持って村に伝えます」

「そうだな。貴殿等の祠の手入れと、供物を忘れぬよう村人達と話を進めねばなるまい」

「お願いします」

 

 ここまで少し捻くれた態度を見せていたクレイオが素直に頭を下げた。それだけ現状は彼女達にも我慢のしがたいものだったのだろう。

 

「……今、我々が貴殿らの祠の手入れをしても構わぬのだが。それは必要か?」

 

「いえ。貴方方はこの辺りの人間ではないのでしょう」

 

 アイビスの提案を、クレイオは首を横に振って断った。

 

「私達の望みは手入れが継続されることです。今後やってくれる人に任せましょう」

「相分かった」

「……それでは、話もまとまったようですし、討伐を手伝ってもらえるので?」

 

 ぱん、と手を叩いたノーラが、小首を傾げそう訊く。

 

「ノーラ」

 

 アイビスが窘めるように彼女の名を呼ぶ。ノーラは何です? とばかりに首を反対側に傾げ直していた。妖精達はそれぞれが一度顔を見合わせると、一つ頷いたクレイオが振り返って条件があります、と口を開く。

 

「ポリュムニアの言う通り、ワタシ達も今回の魔物の対処を手伝うことはやぶさかではないのです。少し放置したので穢れを祓うだけでは収まらないでしょうから、穢れの影響のなくなった魔物を倒してもらう必要はありますが」

「それは構わんが。それが条件か?」

 

 いいえ、とクレイオは腕を組む。

 

「条件はここからです。有り体に言えばですが、今のワタシ達は不満でいっぱいなのですよ。手伝えと言うのなら、対価が欲しいですね」

 

 彼女がそう言うと、彼女の後ろからそうだそうだと声が上がる。声を上げなかった者達もそれぞれに不満げな表情を浮かべていた。

 

「対価、ですか……」

「供物の花と、祠の手入れ以外に、貴殿らは何を望む?」

「お花、少ない……」

 

 メルポメネの声を皮切りに、他の妖精も次々と口を出す。

 

「確かにー。昔はもっとたくさんあったもんねー」

「色んな種類も欲しいよねぇ」

「私も欲しいかも。もちろん一人一人にだぜー? それも、みんな違うヤツ!」

「なるほど。六色の花か」

 

 村人に要求されるものと同じであるが、それをより多く、というのはおかしなことではない。彼女達がそれを欲するからこそ、供物足りえるのだ。

 

「そういえば、ここに来るまでにもお花が咲いていた場所が幾つかありましたね?」

「他にも探せば幾つかは確保できるでしょうか……」

 

 早速検討を始める三人の側に、宙を滑って寄って来たエラトがにぱりと笑った。

 

「そ、れ、かー、ストレートに、ストレス発散に付き合ってくれてもいいよ?」

「えっと、それは……?」

 

 困惑するキャサリンに、エラトの後ろを着いてきたテルプシコラが快活な笑みを見せた。

 

「花の代わりに私達と戦うのでもいいぜってこと」

「ちゃんと手加減はするからさー」

「俺はそれで構わぬが……二人はどう思う」

「私も、それで協力してもらえるのでしたら」

 

 むしろ花集めよりはその方がやり易いと思っていそうなアイビスの問い掛けに、キャサリンは少し気の進まなそうな顔をしつつも頷く。一方で、彼女よりも好戦的ですぐに話に乗ってきそうだったノーラは頷かなかった。二人の視線がそちらに集まった瞬間、しかし今度は妖精達の後ろから異を唱える声がする。

 

「え……私、お花がいいな……」

「同じく。優雅じゃないわ」

 

 メルポメネとポリュムニア(物静かな方の妖精達)だった。テルプシコラ(騒がしい方の妖精)が呆れた顔で頭を掻いた。

 

「えー? ノリが悪いぜ二人ともー」

「何とでも言いなさい」

「……意見が割れているようだな」

「そうですね」

 

 いつものことなのだろう、クレイオは特に思うこともない様子で、集まって二対三の口論をしだした仲間を放置し、三人に提案してくる。

 

「こうしましょう。花を持ってくるか、それともワタシ達と戦うか。貴方達が決めてください」

「良いんですか? 私達が勝手に決めてしまっても……」

「寧ろその方が都合が良いのです。ワタシが決めると角が立って煩いですし、彼女達に決めさせては百年経っても終わらないのです」

 

 クレイオはそう言って心底嫌そうな顔をする。その死んだような目と言い合いの内容が次第にくだらない方向へシフトしつつある妖精達の様子を見るに、彼女達の永い時の中には幾らでもそのようなことがあったのかも知れなかった。百年というのも案外比喩でも何でもないのかも知れない。

 

「彼女達はああして言い争っていますが、結局第一希望か第二希望か位の差でしかないのです。貴女方がどちらを選ぼうと文句位しか出ません」

「文句は出るんですね……?」

「でなければ最初から口論などしないのです。大丈夫ですよ。文句は言うかも知れませんが、ワタシ達は何かしらの恩を受けて何も返さないでいるような、恥知らずな妖精ではありませんので」

 

 澄ました顔でそう言うクレイオだが、その表情の陰には仲間達への理解と信頼が窺えた。

 

「そうそう、もし戦った後のことを心配しているなら、それにはおよびませんよ。手加減はしますし、傷も勝敗に関わらず癒してあげますしょう。勝てなかったからといって協力しないとも言いません」

「それは……ありがとうございます」

 

 クレイオの物言いはある種傲慢なものではあったが、頷いたキャサリンにはそれをおかしなものだとは思わなかった。あの強力な魔物を、こともなげに対処すると言ってのけるのだ。自分達とは隔絶した強さを持っていても何らおかしくは無い。

 

「それで、どちらにします?」

「えっと……」

「ちょっといいですか?」

 

 言い淀んだキャサリンの後ろから、ノーラがふと手を挙げて身を乗り出した。

 

「それ、どちらかでないとダメですか?」

「というと?」

「お花がいい妖精(ヒト)にはお花を渡して、戦うのがいい妖精(ヒト)とだけ戦うのはダメですかね? ほら、やっぱり貰えるなら一番欲しいものがいいじゃないですか?」

 

 そう言ってにまりと笑うノーラに、クレイオの口許に初めて僅かな笑みが浮かんだ。

 

「ええ、もちろん、それでも構いませんよ」

 

 そういうことであれば、とクレイオは顎に手を当てる。

 

「花は、ポリュムニアとメルポメネの分の二種類。ワタシは正直どっちでもいいので……そうですね、もう一種、追加で持ってくるならワタシも戦うのを控えましょうか」

「そうですか。やりましたよ? これで、もし花が六種類見つからなくても全員と戦わなくて済むようになりましたね?」

「おや、そういう魂胆でしたか。一本取られましたね」

 

 そう言ってクレイオは表情を苦笑に変える。元々、ノーラ達が採ってきた花の種類が少なかった時は同じような提案をするつもりだったのだろう。ひょっとすると四種類持ってきた場合は戦いに参加する妖精が二人になっていたかも知れず、そういう意味では下限が三人に限定されてしまった現状は交渉として敗北かも知れなかった。

 

「さて、こっちの交渉が上手くいったので、次はこちらですね?」

 

 上機嫌のノーラはそんなことには気付かずに、キャサリンとアイビスの方へ向き直った。

 

「今回の件は、わたし達だけで解決するべき問題ではないと思うんですよ?」

「というと?」

「お花の件は、村の人にも協力してもらうべきでは? そうでなければ、また同じことの繰り返し……いずれ村の人達は、またここのことを忘れてしまう」

 

 そう思いませんか? とノーラは首を傾げた。話を横で聞いていたクレイオが頷く。

 

「確かに、それは本意ではありませんね」

「よーし、じゃあ村人とバトルだー!」

「えっ?」

 

 驚いたノーラが振り返ると、そこにはいつの間にやって来たのかエラトとテルプシコラ(特に煩い方の妖精達)がノリノリで空を飛んでいた。

 

「よっしゃー! 私のハープが火を吹くぜー!」

「そうではないだろう……」

「……それ、ぜったい違う」

「エラト、テルプシコラ……村人を殴り倒してどうするんです」

 

 三者から入ったツッコミに、二人はえー、だの気にすんなーだのと楽しげに笑いながら飛び回るばかりで全く話を聞く様子を見せなかった。クレイオは諦めたように溜め息を吐くと三人へ戻れとばかりに手を払う仕草をする。

 

「貴女達は一度村に戻って、村人とどうするのか話し合ってきてください。どうせ戦力にはならないでしょうからくれぐれも村人を連れて来たりはしないように。こっちは貴女達が戻ってくるまで変な暴走しないように抑えておくので」

「あ、ちょっと待ってください」

「何です? まだ何か……あぁ、そういえば先程、頼みたいことは二つあると言っていましたね。それのことですか?」

「はい、その……」

 

 キャサリンは俯いて暫し逡巡してから、顔を上げて言った。

 

「村の……人達が何人か、この森から戻っていないそうなんです」

「……。そうですか。死者の蘇生も霊の呼び出しもやりませんので悪しからず」

 

 片眉を上げたクレイオがにべもなくそう言う。その瞳はキャサリンの内心を見透かしているかのようだった。取りつく島もない様子にキャサリンが二の句を継げずに固まっていると、クレイオはおや、と

 

「違うのですか? でしたら死体の捜索ですか。そちらなら手伝ってあげなくもありませんが、あまり気乗りはしませんね。おそらく既に魔物の腹の中かと」

「いえ……そうではなくて」

「そうではない? 何が『そう』ではないのです? まさかその人間はまだ生きているなどと言い出しませんよね? 貴女も生きてなどいないと思っているでしょうに」

 

 クレイオの言う通りであった。ネルの父である狩人もその妻も、森に入った村人の殆どが既に亡くなっていることは知っているし、その事実を疑いもしていない。あの魔物が元は何だったかまではっきりとは分からないが、特徴は肉食獣のそれであるからして、遺体が無事に残っているかなど一顧だにもしていなかった。

 

 願いが叶わないことも、目の前の妖精がこのような話を好まないだろうことも分かっているからこそ、キャサリンの口は重い。

 

「その……村人に、小さな女の子がいるんです」

 

 それでも何とかそう言った瞬間、クレイオは盛大な溜め息を吐いた。事情を察したらしい。

 

「それでそんな話を。話は分かりましたが結論は変わりません。後はご自分で何とかしてください」

「そんな」

「そんなも何もありませんよ」

 

 思わず呟きが転がり出たキャサリンに、クレイオはぴしゃりと言った。

 

「子供の頼みだろうがなんだろうが、出来ないことを頼まれても困ります。そもそも貴女達人間は子供に甘過ぎるのですよ。子供の願いは叶えたいだの、子供のすることだから許せだの……肉体的にも知能的にも弱いのです。保護したがる気持ちは分かりますが、かと言って過保護に過ぎるのはその子供の為にもならないと思いますがね」

 

 そもそも子供にいい思い出がないのか、そんなことをつらつらと述べた彼女は、ついに言葉が出なくなったキャサリンへ思い出したように言った。

 

「あぁ、魔物の方は同じ条件で受けるので、そちらは心配しなくてもいいですよ。では、村人との話が纏って、どうするか決めたらまた来てください」

 

 

 

*1
状態異常を回復する神聖魔法

*2
第十七話参照

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