もっと早くこの判断を下せれば……
この小説を捜索で紹介してくださった方がいたようで、紹介していただいた方、見に来てくださった方、ありがとうございます!
次はもうちょっと早く出せるよう頑張ります……
「──もう問題はないか、ノーラ」
「はい、問題はありません。ご心配をお掛けしました」
アイビスの問いに、ノーラはしおらしく頭を下げる。落ち掛けた夕日に照らされるその顔は泣き腫らした跡がしっかり残っていたが、再び上げたその顔は綺麗な笑顔をしていた。
「気にしないでください。それより、すいません。私の方こそ、ちゃんと話が出来なくて。私の方からもっと話をするべきだったのに……」
「いいえ、キャサリンさんこそ気に病まないでくださいね? わたしもまともに話ができた気がしないですし……癪ですが、クレイオさんがいなかったらまだすれ違ったままだったと思いますよ?」
「そうです。深く感謝するのですよ、人間」
胸を逸らして鼻を鳴らしたクレイオに、ノーラは頷いて笑みを見せた。
「ありがとうございますね? 癪ですけど」
「一言余計なのですよ!」
目に角を立てる妖精へ、性分ですね? とノーラは笑って返す。その様子はすっかりいつもの調子で、彼女の言う通り問題はもうないようであった。
「ふむ。では、早速奴の討伐に向かいたいが……日が暮れ掛けているのが問題だな。松明片手に相手が出来る手合いでは無かろう」
「ふっふっふ」
時間が惜しいとばかりに早速懸念点を上げたアイビスに、ノーラがにやついた含み笑いを見せる。
「こんなこともあろうかとですね?」
そう言いながら自分の背嚢に手を突っ込んだ彼女は、取り出したものを得意満面の笑顔ですちゃりと頭に装備する。
「キャップライトです。両手を空けたまま灯りが付けられる優れ物ですよ?」
「ほう、便利な物を持っているな」
「きっとこうなるだろうと思って用意しておいたんですよ?」
用意周到ですね? とドヤ顔で頭上のライトを光らせるノーラ。
「いやいや、それ、前回の依頼のために買った奴ですよね?」
私も持ってますし、と同じく背嚢からキャップライトを取り出すキャサリン。ノーラは彼女を振り返って大きく頬を膨らませた。
「むぅ。折角有能アピールをして落ちた株を上げようとしているのに、早々にバラさないで欲しいんですけど?」
「そう言えばノーラさん、それを買うためにアルミナさんからお金を借りていたと思うんですが。ちゃんと返したんですか?」
「……そんな昔のことは忘れましたね?」
「今のやり取りでお前の株は地に落ちたぞ、ノーラよ」
ジト目のキャサリンから必死に目を逸らすノーラを見て、呆れ返ったアイビスは嘆息した。
「借りた金銭は返せ。依頼料が入るのだ。金が無いとは言わせんぞ」
「えぇ……? 今回防具は間違いなく新調しないとですし、武器だって整備に出さないといけませんから、お金なんてそんなに残らないと思いますよ?」
「金が無いからといって金を返さなくて良い理由にはならん。いいから返せ。……研ぎくらいなら心得がある故、やってやろう」
致し方ないとばかりにアイビスはそう付け加える。確かに今回の依頼、ノーラが攻撃の殆どを引き受けた結果、彼女だけ装備面の消耗が群を抜いて激しいのは分かっていた。暴走状態で特攻したから被害が増えた面もあるが、それがなければ彼の装備ももっと破壊されていてもおかしくはない。あの攻撃を無傷で凌げる自身は彼にも無かった。それ故に、その礼も含めての提案だったのだが。
「本当ですか? それは大助かりですね? 予備も含めて六本あるので、よろしくお願いしますよ?」
一転、ぱん、と顔の横で手を合わせてにんまりと笑うノーラに、アイビスは閉口してしまった。どうやら嵌められたらしい。
「うーむ。これは清々しいまでのクソガキムーブなのです」
「……否定出来ん」
「あ、あはははは……」
腕を組んだクレイオがそう唸ると、アイビスは渋面を作り、キャサリンは乾いた笑い声を漏らした。
「まあ良い。いや、良くはないが……ともかく、これで灯りはあると分かったが、二つしかないな」
「あ、でしたら私のものをお貸ししますよ。激しく動いて探索もするお二人が持っていた方がいいと思います」
「お前の視界はどうするのだ?」
「お二人が灯りを持っていれば、私はそこへ援護をするだけなので大丈夫だと思います」
そう言って、キャサリンは自身のキャップライトをアイビスに手渡した。
「分かった。有り難く借りよう」
「では、とりあえず灯りは解決ですね? 次は場所ですか?」
「そうですね。出来れば落とし穴のある所で待ち伏せしたいところですが……」
「落とし穴?」
キャサリンの台詞を聞き付けて興味を持ったのか、適当に周りで遊んでいたエウテルペが寄ってきた。
「そんなの用意したの?」
「ああ、いえ、私達が掘った訳ではなく……」
問われるままに概要をキャサリンが答える。話を聞いたエウテルペはへー、と声を上げて目を輝かせた。
「なんか面白そうだね!」
「そ、そうですか?」
一方のキャサリンは苦笑いを浮かべるしかない。
「狩猟用の罠だ。毒も撒いてある故、上手く嵌められれば動きも鈍らせることが出来るだろうが……奴は頭がいいそうでな。罠を見破ってしまうそうだから、頭を使う必要がある」
「穢れを何とかしたら頭が悪くなったりしませんかね?」
「むしろ、思考の靄が薄くなるので冷静になって賢くなると思いますよ」
ノーラの言葉をクレイオがばっさり否定する。
「工夫と言いますが、何か手は考えてあるのですか?」
「村長から、クルミと石は貰いましたね?」
「? 何です、これは?」
ノーラがごそごそと背嚢からそれらを取り出すのを見て、クレイオが首を傾げた。閃光石を手に取る彼女に、キャサリンがそれはですね、と聞いていた使い方を教える。クレイオは頷いたり、やたら試したがるテルプシコラをどついたりしながら興味深そうにそれを聞いて、感心したように頷いた。
「人間も、面白いものを考えつくものです」
「はい。これで耳や目を潰せればチャンスが作れるかと」
「そうですね? 落とし穴に落として、クルミをぶつけて、石を光らせれば、後は殴り放題ですよ?」
ノーラはにやりと嗤った。いやいや、とすかさずキャサリンが手を振る。
「クルミをぶつけて怒りで我を忘れさせてから、石や落とし穴ですからね?」
「そうでしたっけ?」
「シンディさんと話をした時にそういう話になったじゃないですか」
忘れたんですか? と視線で問うキャサリンに、ノーラは一瞬目を逸らし掛けたが、直ぐにしゅんとして視線を落とした。
「……忘れてました」
「そうですか。では、いい機会ですし、ここで改めて最初の動きを決めておきましょう」
「そうだな。実際相対して分かったこともある。その辺りももう一度詰め直した方が良かろうな」
「……怒らないんですか?」
しょぼくれたまま、おずおずと二人を見上げるノーラ。キャサリンは彼女のそんな様子を見て口元を緩めると首を振った。
「怒りませんよ。こうして素直に忘れたと、事前に話をしてくれましたから」
キャサリンは、そっとノーラの頭を撫でた。
「今回は問題になる前に対処が出来ました。だから、怒りません」
「キャサリンさん……!」
感極まったノーラがキャサリンに抱き付く。キャサリンは苦笑しながらそれを受け止めた。
「……後は最初から忘れていなかったのであれば、何も言うことはないのだが」
「アイビスさん、そういうことは思っても言っちゃ駄目ですよ」
苦笑いのままキャサリンがアイビスを嗜める。ノーラが抱き付いたキャサリンの胸元から少し恨みがましげな目を覗かせ、アイビスの足を小さく蹴った。蹴られたのは向こう脛だったが、全く痛くない。彼は小さく息を吐いた。
「……話を元に戻すぞ。この調子では日が暮れるどころか、夜が明けても討伐に出られん」
「むぅ……どんな時でも、軽口を叩ける位の余裕を持つべきですよ?」
「否定はせんが、それで時間を無駄にしていいというわけではない」
冷たくぴしゃりとアイビスが言うと、ノーラは頬を膨らませてむくれた。
「もう少しくらい、優しくしてくれてもいいと思いませんか?」
「子供扱いが望みなら、考えてやらないでもないが」
そうではないのだろう、とでも言わんばかりの赤い瞳が静かにノーラを見下ろす。ノーラはたちまち相好を崩すと、仕方ないですね? とキャサリンを見た。
「さぁ、茶番はここまでにして、早く話し合いを終わらせますよ?」
「……調子のいい娘だ」
呆れて嘆息するアイビスに再度苦笑を返すと、ノーラから水を向けられたキャサリンは改めて魔獣討伐に向けての話し合いを再開するのであった。