冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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エンディングフェイズ・居場所

「──んー、やっと戻って来れましたね?」

 

 ログレスを囲う外壁の外、昼下がりの乗り合い馬車の停留所にて、馬車を降りたノーラは長時間の移動で凝り固まった身体を解すように伸びをした。

 交易の中心地でもあるログレスは、五つある門のすぐ外にこのような停留所を設けている。彼女達がいる東門は冒険者通りが近い所為か比較的冒険者の利用が多い停留所だった。

 他に乗り合わせた乗客達も皆冒険者だったが、彼等はすぐにログレスへ入るために関所へ向かうか、別の方面の馬車に乗るかですぐにばらけていく。あっという間に残るのは三人だけになった。

 ノーラは開放感の溢れる笑顔をキャサリンへ向ける。

 

「流石に疲れましたね? このまま酒場へジュースでも飲みに行きませんか?」

「もう一踏ん張りですよ、ノーラさん。報告が先です」

「むー……分かってます。冗談ですよ?」

 

 苦笑するキャサリンに、ノーラが膨れっ面を見せてそっぽを向く。

 

「まずはアルミナさんと合流しないとですね。いるとしたら神殿でしょうか」

「……いや」

 

 アイビスが小さく首を振ると、東門の方を顎でしゃくった。

 

「そこにいる」

「えっ」

 

 キャサリンとノーラが驚いてそちらを振り返ると、そこには確かに小柄な人影があった。艶やかな長い黒髪を風に流し、頭の上に二つの猫耳をピンと立てて歩いてくる。雑踏の中に紛れてしまいそうな矮躯の筈なのに、しっかりとした存在感を放つ彼女は、間違いなくこれから探そうとしていた人物本人であった。

 

「戻ったわね。おかえりなさい」

 

 涼しげな無表情ながら何処か労りの見える顔で、やってきたアルミナは言った。

 

「アルミナさん? どうしてここに」

「そろそろ依頼を達成して帰ってくる頃だろうと思っただけよ」

 

 依頼を失敗してくるとは微塵も思って無いような声でアルミナは返す。それから三人の姿を改めて見回し、僅かに目を細めた。

 

「中々手強い相手だったみたいね。キャサリン、ギルドマスター代理、ご苦労様」

「そんな、私なんて不甲斐ないばかりで……アルミナさんのようには全然出来ませんでしたし」

「キャサリン」

 

 せっかくお任せいただいたのに、としょぼくれるキャサリンだったが、アルミナは叱咤ような少し強い声で彼女を呼んだ。キャサリンが顔を上げて声の主を見れば、僅かに眉根を寄せた顔がそこにある。

 

「誰が私の代わりをやれなんて言ったのよ。私はギルドマスターの代理を頼んだの」

「え、でも……」

「ギルドマスターの仕事は、メンバーを無事に連れて帰ることよ」

 

 出来てるじゃないの、とアルミナは言ってキャサリンの胸鎧の真ん中を軽く拳で叩く。

 

「だから、貴女は私の期待にはちゃんと応えてるのよ。もっと胸を張りなさい」

「……! はい!」

 

 一転して嬉しそうに返事をするキャサリン。その姿を横目に、ノーラが身を乗り出すようにして口を挟む。

 

「でも、アルミナさんはギルドマスターの仕事がなんであるか、なんて話、しませんでしたよね?」

「うっ……それはそうなんだけど……ほら、マスターだってそう言ってたじゃないの」

「それは聞いていましたが、それでアルミナさんがどう思ってるかなんて分からないじゃないですか? 言わなきゃ分かりませんよ?」

「……お前がそれを言うのか」

「ギルドマスターの至らない点を指摘するのは、ギルドメンバーとして当然の行動ですね?」

 

 アイビスが呆れたように漏らした声に、ノーラはいけしゃあしゃあと返した。アイビスは処置なし、とばかりに溜め息を吐く。アルミナは指で眉間を揉みほぐした後、小さく溜め息を吐いてキャサリンに視線を戻した。

 

「……まぁ、そこは謝るわよ。ごめんね、キャサリン」

「いえ、そんな。謝られるようなことじゃないですよ」

「キャサリンさん? こういうところからしっかりやっていかないと習慣っていうのは根付かないんですよ?」

「……お前はアルミナに当て擦りたいだけだろうに」

 

 再びつっこみを入れたアイビスに、ノーラは満面の笑みを向ける。それが何か? という声が聞こえるかのような面の皮の分厚い笑顔だった。

 アルミナが一つ咳払いを入れる。

 

「……色々あったのは何となく分かったわ。詳しくは後で訊くとして……ノーラ、身体は大丈夫なの?」

 

 アルミナはノーラの格好を見ながらそう問い掛けた。今の彼女は明らかに村娘の古着と分かる服装に、ベルトと短剣、背嚢といういかにもちぐはぐな姿をしている。革鎧すら身につけていなかった。

 ノーラはその問い掛けに、その場でくるりと軽やかに回ってみせる。

 

「この通り、身体は大丈夫ですよ? キャサリンさんに治して貰いましたからね?」

「そう。アイビスの方も、問題はないのよね?」

「うむ。この娘は大した癒者だ」

 

 首元に血で赤黒く染まった跡を付けたアイビスはそう大真面目に頷いた。

 

「ふふん。そうでしょう」

 

 何故かアルミナがそう胸を張る。当の本人は顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「そうだ、アルミナさん? 二つ……いえ、三つ程言ってしまいたいことがあるんですけどね?」

 

 ふと、思い出したようにノーラがそう声を上げた。

 

「三つも? 多いわね。何よ」

「まずなんですが……」

 

 ノーラはアルミナの右肩、その後ろを指差す。

 

「なんで剣なんて差してるんです?」

 

 そう、アルミナの右肩からは彼女が背負っていると思わしき剣の柄が覗いているのであった。赤銅色の金属にしっかりと布を巻いたその柄は作りからして短剣などではなく、明らかに片手剣のものである。

 

「ああ、これ?」

 

 ノーラに剣を指摘されたアルミナは気のないような台詞を返すと、その言葉を待ってました! とばかりに尾を振りながら流れるような動きでその剣を抜き放つ。

 それは、精緻な赤い紋様が刀身に刻まれた、やや幅広の美しいショートソードだった。刀身の長さは60cm程度とショートソードの中でも短い方だったが、小柄なアルミナが片手で持つ分には十分な長さに見える。それを何処か得意気な雰囲気を醸し出しながら構えるアルミナの姿は案外堂に入っていて隙がない。英雄と呼ばれた剣士の娘というのは伊達ではないようであった。

 

「これは……赤き斜陽の剣(レッドサンセットソード)ですか?」

「知ってるんです?」

「はい。騎士団でメイジの方が持っているのを見たことがあります」

 

 しげしげとその剣を眺めながらキャサリンは言うと、苦笑いを浮かべた。

 

「でもこれ、儀礼用で私が見たことあるのはちゃんとした刃が付いてなかった筈ですが……これはしっかり研いでありますね」

「当たり前でしょう。斬れない剣とかなんの役に立つのよ」

「あくまで剣型の魔道具であって、なんなら剣として使うことはあまり想定されてないと思うんですけど……」

 

 キャサリンは苦笑を深めるが、アルミナらしいと思ったのかそれ以上何も言わずに引き下がった。

 

「これは、私に修行を付けてくれた人がくれたのよ。筋がいいって褒めてくれてね」

「こんな高そうな物を、ですか?」

「実は、そうでもないんですよ」

 

 驚きに目を丸くするノーラに、苦笑しっぱなしのキャサリンが答える。

 

「見た目は綺麗なんですが、どうも技術的には大して難しいものじゃないそうで……マジックアイテムとしては安い部類*1だそうですよ」

「そうなんですか?」

「ええ……まぁ、それでも普通のショートソードなら十本位は買えるお値段だった筈ですけど」

「高いですよ!?」

 

 マジックアイテムになど縁のないノーラは目を剥いた。恐らく今の彼女の装備全て合わせてもその金額にはなるまい。常に金欠なノーラにはかなり刺激的な価格だった。

 

「確か……魔法の威力を高める効果があるのだったか?」

「ええ、その通りよ。メイジたる私にはうってつけの剣ってわけね」

 

 刃を日に翳すように捧げ持ちながらアルミナは答え、肩を竦めた。

 

「ま、剣として見るなら上等な部類じゃないのは認めるわ。でも私は剣一本で戦う剣士じゃない。近付かれた時に対処する手札としてならこれでいいのよ」

「確かに、これなら不意に殴り付けて折ることも無さそうですね?」

「うっ……ま、まぁ、そうね」

 

 昔のことをほじくり返したノーラからアルミナは目を逸らし、話題を流しに掛かる。だがそれにアイビスが興味を持ってしまった。

 

「何の話だ?」

「アルミナさんったら、ログレスに来る途中で飛び出してきた魔物を杖で殴って大事な杖を折っちゃったんですよ? アホですね?」

「……阿保だな」

「咄嗟に手が出たのよ! 仕方ないでしょう!?」

 

 お前は何をやっているんだ、とでも言いたげな目を向けられてアルミナが羞恥心を吹き飛ばすように怒鳴り返す。が、アイビスはますます呆れの深まった表情をするばかりだった。

 

「お前ならば、咄嗟に殴るような事態になる前に気付けただろう。油断したな」

「ゔっ……それは……」

 

 言葉を詰まらせるアルミナに、アイビスは嘆息するが、それ以上追求するつもりは無いのか小さく首を横に振った。

 

「……そういうことであるなら確かに得物はその剣の方が良かろう。良き物を貰ったな」

「……えぇ、そうね。大切にするつもり」

 

 頷き、アルミナは視線を剣に落とすと、その表面をそっと撫でた。そして改めてノーラを見る。

 

「それで? 本題はこれじゃないんでしょう?」

「まぁ、そうですね?」

 

 ノーラは一歩進み出ると、何かを握り締めた手を突き出した。アルミナが剣を握っていない方の手を出すと、その上に握っていたものをちゃらちゃらと落とした。

 

「これは……」

「この間のキャップライトの代金ですね? ちゃんと返しましたよ?」

 

 ノーラは得意気な顔でそう答える。アルミナは無言で掌の硬貨に視線を落とした。

 

「あれ、もしかして忘れてました?」

「そんな訳ないでしょう。ただ、どういう風の吹き回しかと思って」

 

 アルミナは金額を確かめると受け取った硬貨をスカートのポケットに入れた。

 

「てっきり踏み倒すかと思ってたのに」

「失礼ですね?」

 

 むくれるノーラだが、後ろの二人のお前、踏み倒す気満々だっただろ、という視線には気付いていないようだった。アルミナはため息を吐く。

 

「まぁいいわ。こうして自分から返して来たのだし。前回報酬が入ったタイミングで返さなかったことは不問にしてあげる」

「……ちなみに、今回返さなかったらどうなっていたんです?」

 

 興味本位から恐る恐る訊くノーラに、アルミナは肩を竦めて薄ら笑いを浮かべた。

 

「別に、今回の報酬から抜くだけだけど。延滞金一割追加で」

「トイチは勘弁してくださいって言いましたよね!?」

「返す当てがあるのに返さない奴が悪いのよ」

 

 涙目を作って見せたノーラに、アルミナは片目を瞑って小さく舌を出し、応戦。一拍置いて、どちらからともなく噴き出した。

 

「ふふ。では、トイチにならないように気を付けないといけませんね?」

「そうね。気を付けなさい」

 

 アルミナはそう言うと、笑みを消してノーラの顔を真っ直ぐ見つめた。次こそが本題、と分かっているかのように。ノーラも居住まいを正すと、一つ深呼吸する。

 

「……あのですね? わたし、アルミナさんに一つ、隠していたことがあるんです」

「そうなの」

 

 何を、とはアルミナは訊かなかった。黙ってノーラの動向を見守る。その菫青石(アイオライト)の瞳を見つめて、ノーラは知らず汗ばんだ拳を堅く握った。乾き、自分の物とは思えぬ程重い唇を割り、声を出す。

 幸い、声は震えも掠れもしなかった。

 

 

「──わたしは、妖魔です」

「そうね」

 

 

「──え?」

 

 アルミナのリアクションは、あまりにも薄かった。

 

「え、あの。わたし、妖魔なんですよ?」

「ええ。ちゃんと聞こえているから言い直さなくてもいいわよ」

 

 淡々と、何でもないように返すアルミナ。彼女の様子はいつもとなんら変わらない。

 

「驚かないんですか……?」

「驚くも何も無いわよ。自分はグライアイだって、あの悪魔とか吸血鬼とか相手に言ってたじゃないの」

 

 ヴァーナの耳の良さを舐めないで欲しいわね、とアルミナは腕を組んだまま耳を動かして見せる。

 

「グライアイだと言うなら、明らかに多い斬撃の痕とか、その変な向きに付けてある腰の後ろの鞘とかの説明もつくしね。『見えざる手』……《インビジブルハンド》と、あの悪魔は呼んでいたかしら」

「……やはり、気付いていたか」

「当然でしょう。これでもあのクソ親父(剣一本で英雄になった男)の娘よ」

 

 アイビスの呟きに、アルミナは不本意そうに鼻を鳴らした。まだ父親の過去の行いを許していないようである。

 

「……気付いていたなら、どうして黙っていたんです……?」

「そんなの、貴女が隠そうとしてたからに決まってるじゃないの」

 

 それがどんな理由かは分からなかったけどね。上目遣いに、恐る恐る訊いてくるノーラにアルミナはそう答えた。

 

「バレバレではあったけど、隠そうとしているなら、本人が打ち明ける気になるまで待つのがギルドマスターだろうと思ったのよ」

「アルミナさん……」

「でも、そうね。貴女が打ち明ける気になったのなら、改めてあの時の問いの答えを返しましょうか」

「あの時……?」

 

 話が分からず、首を傾げたノーラに対し、アルミナは口元に不敵な笑みを乗せた。その手に握ったままだった剣が、ちゃきり、と音を鳴らす。

 

「私はドルイド。妖魔や魔族の企みを看破、監視し、そして倒すことが役目」

 

 その言葉に、思わずノーラは身を堅くした。キャサリンとアイビスの表情にも緊張が走る。

 アルミナはそんな様子を気にも留めずに剣を持ち上げ──笑みを緩めて、剣を鞘に納めた。

 

「貴女は妖魔よ──けれどそれ以前に、私の大切な仲間だわ」

 

 それは、二人が出会った頃にしたノーラの問い。

 何の企みもなく、ただ人に交じって平穏に暮らしたいと願う妖魔でも、貴女は狩るのか、とノーラは問うた。

 その時は、そんな(見知らぬ融和路線の)妖魔がいれば、そっとしておくとアルミナは答えたが。

 

「私は貴女を放っておくつもりはないわ。これからも一緒に冒険を続けるつもりだし、そのための苦労は厭わないわよ」

「……それは、ギルドマスターとしてですか?」

「それもあるけど……でもそれ以上に、貴女の友人として、ね」

 

 どうかしら、とばかりにアルミナは右手を差し出す。

 ノーラは濡れる瞳でその手を見詰めると、その手を両手で抱き締めるように取った。

 

「はい……はい!」

「ふふ……これからもよろしく、ノーラ」

 

 そう言って、アルミナは柔らかく微笑んだのであった。

*1
肉換算で35個。何ならこれより安いマジックアイテムは数える程しかない。一つ前のシナリオで出てきたパワーソードの1/4程度のお値段である




これにてセッション『闇然紅煌』は終了です。
次回はもう片方のギルドのシナリオを書き終えてからの投稿になる予定です。
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